第37話 そして地上で、こんにちわぁっ?
「私たちは冒険者育成所の研修生なんです」
既にモンスターが一掃された第1層ダンジョンを歩きながらユーリが話を続ける。
彼女たちは山麓にある大都市ビックリギョにある冒険者育成所で冒険者になるための訓練を受けている訓練生だった。
あちこちの街や村から集まった若者が2年間の研修を受けて初級冒険者に認定されるらしい。
1年目で初歩的な武器や魔法の扱いを習得し、2年になると3~4人のパーティを組んで実践訓練に移る。彼女が命をかけて逃がした戦士ボックと神官ミカは、そういったパーティ仲間だ。
パーティ仲間にしては薄情な連中だよと思ったけど、話を聞いてみると、彼らはただユーリを見捨てて逃げたわけじゃなかった。
こういったイレギュラーが発生した場合には、育成所の教官に通報して至急応援を呼ぶことになっている。そのマニュアル通りの対応だったというわけ。
最悪、しんがりに残った仲間が殺されたとしても、教官がただちに蘇生魔法で生き返らせるらしい。
「それで? お前たちはこのダンジョンで一体何をしていたんだ? まだ訓練生なんだろ?」
「今回は、一週間ほど山で暮らすという訓練だったんです。でも、山菜を採りにうろうろしていたら、がけ崩れが起きたばかりの斜面を見つけて、そこにこのダンジョンの入り口を見つけたんです」
「あらら……それでホイホイ入ってきたの? いくらなんでも命知らずだよ? もう少し訓練を積んでからでないと」
「ええ、誰も知らない新しいダンジョンだ! って盛り上がっちゃって……。ちょっと入ってみようか、ってことになったんです。……入って見たら、レベルの低いモンスターばかりなので、つい調子に乗ってしまって」
「まあ、一階層レベルなら、良い経験値稼ぎにはなるだろうな、俺のような勇者には物足りないけどな」
うん、嘘だね……
こいつ、1階層レベル程度の弱小モンスターが現れたら、良くて相打ちだよ。私が合いの手を入れないと、倒れた背中の上で魔物が勝利のダンスを踊るに違いないんだ。
……それにしても、ボクたちがこのダンジョンに飛ばされたタイミングで隠されていたダンジョンの入口が現れた?
なんか裏がありそうな気がするね。
「もうじきです。あ、あそこが出口です!」
魔法使いのユーリが見えて来た石段を指さした。
キラァアアアアン!
うわぁあああ! 日の光がこんなにもまぶしいっ!!
山の中腹の崖にぽっかりと開いた洞窟から3人は出てきた。
お菓子の家から飛ばされて1日かそこらしか経っていないはずなのに、久しぶりの外って気がするんだ。
……というか、ボクたちはいつの間にか山の反対側に出てきたのだ。
「うーーん」と両手を上げてのびをする。
低い崖の下には緑の森が広がっていて、森林の匂いが心地よい。森の果て、遠くに見えるのがビックリギョの街だろう。
洞窟の下はちょっとした広場になっていた。
「ボックとミカ、いませんね?」
ユーリが辺りを見回して言った。
「助けを呼びに行ったんじゃないのか?」
「うまく連絡がとれなくて、みんなが集まっているキャンプ地に走って戻ったのかもしれません」
「キャンプ地?」
「そうです、行ってみましょう!」とユーリが駆け出した。
「ちょっと待て! ……って行っちまったぞ。どうする? ついていくか?」
「そうだね。森でまた迷うよりビックリギョの街まで彼女らについて行った方がいいんじゃない?」
ボクは遠ざかるユーリの背中を眺めた。
「ところで、そろそろ気づいたか? 暴力女神」
その言い方はそろそろやめてほしい、とギロッとマダナイをにらむ。知らない人が聞いたら、この美しき女神エルに変な先入観を持たれてしまうじゃない。
だが、意外に勇者マダナイの顔は真剣そのもの。
何かに気づいたっていう感じ。
「ん?」
そういえば、辺りに微かに漂うこの邪な気配は……
「この気配、まさか魔物っ?」
「ふっ、今頃魔物の気配に気づいたのか? まだまだだな。それに自分のことにも気づいていない……」
そいつはニヤッと笑った。
何だろう?
どこか変なの?
例のラスボス臭ってのも、ダンジョンを出たから消えたはずよね。
そう思って、手を見る、足を見る……急速に顔が赤くなった。
いつの間にか、お尻が……ドレスのスカートの端が背中の方にめくれていた。つまり、ずっとお尻丸出しだったってわけさ!
ぎゃああああ……!
「気づいていたら、その時に言ってよ!」
「いや、そんなこと指摘すれば、何をされるかわからないだろ? ましてダンジョンの中でラスボスと化しているお前に殴られでもしたら、命がいくつあっても足りない」
ぐぬぬぬぬ……。
だから、ダンジョンを出てボクのラスボス効果が切れるまで黙っていたというわけ?
だがそれだけかなぁ?
この変態勇者、のぞき魔勇者だし……。
ぐっと拳を静かに握り締める。
マダナイは危険を感じたらしい。ちょっと距離を置いた。
こいつ。ボクの行動パターンを悟ってきたね。
その時だ。
勇者を睨んだボクの背後で何かが起きた。
「!」
「気をつけろ! あれが魔物の気配の原因だぞ!」
勇者マダナイが不意にボクの両肩を掴んでくるりと振り向かせた。
「あのさぁ、そのセリフ、普通はボクを庇って、ボクの前に颯爽と立ちはだかって言うべき言葉じゃないの?」
気をつけろ! という意味で異変が起きた方にボクを振り向かせたんだろう。
だけどね、どう見てもこの状況、女神を盾にして後ろに隠れた勇者にしか見えないから!
まったくもう、こいつは本当に勇者か?
身構えたボクたちの前で、そいつらが幾何学模様の光の中から徐々に姿を見せ始めた。
ボクたちは黙って見ている。
みょみょみょんと光が蠢いて、大きな影が生まれた。
影が形を成して、肉体が再構築されていく。骨から肉、皮……うん、ちょっとグロい。
頭に生えた一本角……
あああっつ! こいつらっ!
完全に体が復原されなくても、なんだか、もうわかった気がする。
◇◆◇
「うう、まだ頭がくらくらするぞ。酷い目にあったものだ」
巨人は目を覆って地面にへたり込んだ。
やっぱり、こいつら……。
ラスボス部屋に入ってきたあの連中だ。
どうして魔物のくせにリポップじゃなくて、復活なんかしているんだよ? ダンジョンの魔物ならリポップが普通じゃない?
この姿で実は人間の味方の冒険者だったんです、なんてことはないよね? と思わず目が細くなる。
「ボロベガ様、ご復活おめでとうございます。やっぱり念のため復活術を施していて正解でしたね」
「ここはダンジョンの前でございますか?」
「ふう、生き返った」
「ああ、死ぬかと思った」(うん、死んでましたけどね)
「うむ、皆、無事のようだな? まずは安心したぞ。お前たちが一瞬で殺された時はどうなることかと思ったわい!」
ボロベガとかいう巨人、子犬のように周りに集まった5匹の従者の頭を代わる代わる撫でている。おかしい、人を襲う凶悪な魔物のイメージとなんか違う。
「ふふふ、これも私の先見の明によるものですな。わざわざ魔王軍支配下の人間の街まで行って、大金をはたいて復活のスクロールを買った甲斐があったというものです。われらは、ダンジョンの魔物と違って死んだら終わりですからね」
眼鏡君が、人差し指で偉そうに眼鏡を持ち上げた。
やがて5匹の緑の魔物がボロベガとかいう奴を囲んで座り込んだ。やれやれ……という疲れた感が伝わってくる。
「魔王城からの命令とは言え、やはり慣れないダンジョン暮らしなどするものではないな、ひどい目に遭ったわい」
「まったくです」
「同意、同意」
「それですが、やっぱりどう考えてもおかしいですよ……ボロベガ様」
「何がおかしい?」
「いくら盟約による魔王城からの指示は絶対とはいえ、領主であるボロベガ様にダンジョンに潜んで次の命令を待て、なんて指示はやっぱり変です」
「うむ」
「今回のように死ぬかもしれないし、いつ里に帰れるかもわからないじゃありませんか? 領主がいない里に人間たちが攻めてきたらどうするんです? それに、このダンジョンのラスボスは今は不在だなんて、嘘の情報で我々を騙したんですよ?」
眼鏡君、子どもみたいな姿だけど言うねぇ。
この中で一番賢そうな眼鏡君は、頭脳は大人という感じで眼鏡をキランと光らせた。
「それにしても、あのラスボスの魔女、あれは強烈でしたね。あんな暴力女とはもう二度と会いたくないものです」
「うんうん」
「まったくですな」
「同意、同意」
「ボロベガ様も、やはりあの暴力魔女にやられたのですか?」
「う、うむ。わしは……。たぶんやつの使い魔なんだろうな。卑怯にもそいつに背後からグサリと……」
「なんと! 後ろから! なんという汚い手を!」
「卑怯者ですな!」
「同意、同意」
ボクはマダナイを見てニヤッと笑う。魔物の下っ端からすら卑怯者と言われる勇者がコイツだ!
そうだよねぇ。
時々本当に勇者か? って女神のボクですら思ううんだから。
「ボロベガ様、これからどうなさいます? このダンジョンは暴力魔女と卑怯者の住処。中に入ればまたどこで出くわすかわかりません。情報に偽りアリと言って魔王に掛け合った方がよろしいのでは? それとも……、それでも命令に従って、この中で待機を選びますか? ちなみに復活のスクロールはもう無いですが……」
「うーーむ。復活の呪文なしで、あの凶暴凶悪で、姑息で、卑怯な、悪魔のような連中には会いたくないものだな……」
非常に深刻そうな顔でボロベガが深いため息をついた。
「特に……」
「あの暴力魔女ですね……?」
そんなに会いたくないのかっ!
ぴくッとこめかみがヒクつく。
勇者が背後で「ふっ、嫌われたものだな」とかつぶやいているが、お前も一緒だァ!
「うんうん、そうですな」
うんうん……
うんうん……
一同いつまでもうんうんとうなずいている。
“凶暴”とか”凶悪”とか! いちいちひっかかるっ!!
それって勇者が凶暴だったということでいいんだよねぇ?
まさか、ボクじゃないよね?
眉間に思わず皺が寄って、ちょっとばかり殺気が漏れた……
うん、そうだった。臆病者ほど警戒心が強いのだ!
ほんの微かな殺気を感知した緑の魔物が一匹、こっちを見て硬直した。
「どうした? ポンスケ、顔が青いぞ? 復活酔いじゃなかろうな?」
ポンとその肩を叩くがポンスケと呼ばれた緑色の魔物は動かず、ただ「あわわわわ……」と口をパクパクさせるだけだ。何を見てるんだ? と、当然、魔物たちは一斉にポンスケの見ている方を見る。
「ハァーーィ! こんにちわぁ!」
ボクはにっこりと微笑んだ。
◇◆◇
「わああああっ!」
「ぎゃああああっ!!」
「ひょええええええっ!!!」
一瞬でそいつらの緑色の顔が真っ白になったわ。
見事だわーー。全員シンクロしたわーー。
どうすれば肌の色がそんなに変わるのか調べてみたい気になるけど、ボクはマッドサイエンティストじゃない。可憐で美しいただの女神だし……。
「ラ、ラスボス! い、いますよ!」
「う、うぎゃあああ! でたあああ……!」
「ひいいいいい……!」
声が出たのは良い方だった。
あとの2人は口から泡を吹いて無言で倒れた。
「なんだよぉ!」
慈愛に満ちたこの美しい女神の微笑みを見て気絶するとか、失礼な魔物たちだよっ!
「こ、こんな所まで追ってくるとは、何という執念深さ! うぬぬぬぬぬぬ……、さすがは伝説の魔女っ! 生きてはダンジョンから帰さなぬ、そういうことかァ!!」
すっくと立ち上がるボロベガ!
さすがは群れのボスだけのことはある。領主とか言われていたけど、こいつが魔族の里の長ってこと?
「くるなら来いっ!」
怯えて役に立たない取り巻きと違って、ボロベガはファイティングポーズをとって身構えた。
陽光に輝く鋼のような筋肉! その鍛え抜かれた姿は意外とカッコいい。もっこり股間の布きれがちょっと映像的に危ないけど。
「悪魔めっ!! 二度と……、二度と貴様にかわいい部下を殺させはせんぞっ!」
もうなんだか、どっちが悪役かわからないようなセリフを言われたよ。
「あのーー。一応、そっちが悪者で、こっちが正義の味方ね? そこはわかっているよね?」
「嘘だな!」
「嘘だなって! あんたら魔物でしょうに!」
「魔物? 魔物はそっちだろう! 我らは誇り高き魔族だ!」
あーーそうか。
こいつらは獣のような魔物と違って、人間と同じように社会生活を営む魔族なんだ。
だから領主なのか。
魔族は人間と同じように田畑を作って平和に暮らす者も多い。
今回のような戦争にならなければ、本来は人間と共存できる者たちなのだ。
「魔族を殺す悪しき魔女め! よくも正義の味方などとふざけた妄言を吐けたものだ!」
ボロベガが油断なく睨む。
「違うよ! 悪しき魔女でも魔物でもありませんっ!! ボクはイタイケで可憐で美しい女神なんだ! それでこっちのが勇者なんだよ!」
「ええい、謀る気か? 嘘だ! 騙されん、騙されんぞお! お前のような凶暴な女神がいるものか!」
「だ、か、ら、女神だってば!」
「それに、そんな卑怯者が勇者のはずがあるまい! そいつは、こそこそと隠れて背後からいきなり刺すような男なのだぞ!」
うーーん、それは事実だから否定できない。
苦笑してちらりとマダナイの顔を見る。
「おい、なぜすぐに否定しない?」
とマダナイが睨む。
「百歩譲って、お前たちが勇者と女神だったとしてもだ! 今は戦争中。当然、魔族たる我らにとっては敵! やらせはせん! この者たちや里をやらせはせんぞ!」
ボロベガが震えている従者を背中で守るようにして叫んだ。
男前だ!
やっぱり、なんだかカッコいいし。
女神の背後に隠れるのが得意な、どこかのへっぽこに爪の垢でも煎じて飲ませたいところだ。
「族長憤怒の守り!」
ボロベガが両腕に力こぶを作って力んだ。
おお、地下で見た時よりも筋肉隆々で逞しくみえてきた。
この魔族、少しは強そうだ。一応レベルくらい確かめて。
「ええと、こいつのレベルは……、は? レベル65!」
思わず眼玉が飛び出る。
本当にラスボス級! ダンジョンを魔王から任されるほどのモンスターだったということだ。
ちょっとびっくりして振り返ったら、目と目があって、ついうっかり勇者マダナイの顔を見た。
こいつは、なななななーーんと! レベル13!
おーい、嘘だよね? うん見間違いだよね? しょうがないなぁ、ともう一度見たが結果は同じ!
ブフォッ! と噴いた!
あれだけ経験値を稼いだっていうのにこのしょぼさ!
「なんで俺の顔を見て噴き出す?」
こ、こ、この勇者、もしかして普通の人間よりレベルアップするのが遅い? ダンジョンでのあの苦労は何だったんだァ!
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