第36話 もうすぐ出口っ!

 ダンジョンの第一階層、初めてこのダンジョンに踏みこんだ冒険者が最初にクリアしなければならない階層と言えばわかるよね。


 ーーーーって当たりまえだけどさ。


 明るい色の石材が使われた壁。

 重苦しい感じを与えない床。

 今までとちがうっ!!

 全然違うっ!!

 徘徊しているモンスターも少ないし。


 何となく楽々奥に進めそうな気がする。これは侵入者を油断させる効果があるんだろうか?


 しかしである。

 最深部からひぃひぃ言いながら這い上がってきた二人には、それこそ楽勝である。トラップも、迷路も、襲い掛かるモンスターもちょろいのである。

 

 るんるんたった! るんたった!

 「もう、スキップしちゃうくらいの気分だよねえ」

 「だからと言って油断は禁物じゃないか?」

 罠も子ども騙しだし、毒も弱いし、出現するモンスターも低レベルだし! 


 ――もっとも、弱いモンスターというのは、このアホな勇者マダナイには危険かもしれないけど。

 マダナイが倒せなくてもこの辺のモンスターならボクのげんこつ一発で消滅だから問題なしだしね。


 「ついに、やっと、ようやく、何だかんだあったけど、第一階層に着いちゃったよ。森の賢者の家から転移させられてどうなることかと思ったけど。きっと何か罠があるはずだ、って思っていたんだけど? 結局、罠らしい罠は無かったよね?」


 「うん、確かに。もうすぐ出口なんだろうな。あんなに大げさに転移させたわりには雑なダンジョンだったよな」

 「魔王軍もそれほどうまくいっていないってことかな? なんとなくだけど」


 マダナイが指摘したとおりだ。

 このダンジョン、振り返って見ると何となく雑だったという気がしてくる。

 ボクらをここに閉じめて”石”を奪う方法なんて、いくらでも考え付きそうなのに、ラスボスですら配置していなかったし。


 あれでもしもあの筋骨隆々の魔物が、ボクらよりも先にラスボスになって待ち構えていたら、かなり苦戦したかもしれない。こうして考えるとあの最初の魔物が一番力を秘めていた気がする。


 さてと、第一階層のボスは……?

 と、目の前にどーんと大きな箱の背中が見えている。


 あーーあれってやっぱり?


 「ミミックだな。やるぞ」

 マダナイがニヤリと笑った。


 シャキーーン!

 ちゃんばらり!



 ◇◆◇


 「みなよ、ざっとこんなもんよ!」

 「ザコいな!」

 二人はあっさりとボス部屋を後にした。

 背後には爆散したミミックの破片が散らばっている。


 「階層ボスが、深い階層では普通に徘徊するモンスターになるっていう定番パターンも、ある程度踏襲してたんだよね。このダンジョン」

 ボクは振り返って、木っ端みじんになっているミミックの残骸が粉になって消えゆくのを見た。


 「ふ~む、これは中々使い勝手が良さそうな剣だ、見ろよこの刃文、なかなかのものだろ? きっと魔剣だぞ!」

 マダナイは手に入れたばかりの剣を見上げてご満悦。


 「へぇ~~、そうですかぁ」

 「なんだよ、その気のない返事?」


 「だって……よ」

 その程度……と言いかけて慌てて口を閉ざす。

 言って良い事と悪いことがあるんだった。


 マダナイが入手したのは第一階層ボスの巨大ミミックを倒して手に入れた長剣。刃に鋭利さを増す魔力が込められている、いわゆる魔剣の類らしい。


 「らしい」と言ったのは、ボクから見れば大した魔力が込められているわけでもないから。魔剣と呼ぶことすら、どうかなぁ? と思ったけど、この世界では魔剣って珍しいんだっけ?


 実を言えばボクからしたら、その程度の駄剣の一本や二本どうでもいい。

 

 この世界での設定がおかしくなるから使わないけど、実はボクの使愛剣はレベル100の魔剣、さらにもっと凄い神剣だって持っている。

 それに比べればマダナイの剣からはレベル5程度の魔力しか感じないんだよ。んんっ、残念だねぇ、マダナイくん!


 しかしだ。

 4階層から2階層を地獄図に変えてまで、血眼でアイテムを探し回っていたマダナイが得意顔なんだから、良かったことにしておこう。余計な事を言ってひねくれられたら、また面倒だし。


 「どうだ? これでちょっとは勇者らしくなっただろ?」

 上から下まで上品な魔聖鉱製のシルバーの軽装鎧をまとって、マダナイは満足気に腰に魔剣を佩びる。

 その装備一式を揃えるためどれほど多くの魔物が犠牲になったことか……。勇者らしからぬ執念にはまったく感心するしかない。


 でも、よく考えたら、防具や武器を改めて買いそろえる必要は当面なさそうだよね? あ、これはひょっとして、女神の身だしなみに回せるお金が増えたってことじゃないかなァ?


 そうだよ!

 贅沢やお洒落のためじゃない。これは女神として最低限の気品を保つための必要経費なんだ!

 ダンジョンで稼いだこのお金があれば……。

 ひっひっひ……思わず悪い顔になる。


 そして、二人でニヤニヤしながら次の通路の角を曲がった時だった。



 「見てっ! 出たわっつ!」

 「みんな気を付けろ!! あの邪な欲望に染まった笑み! あれはきっと悪い魔女とその眷属だぞ!」

 急に正面の通路の奥の方から若い男女の声が響いた。


 「人間? 幻覚じゃないよね?」

 「モンスターが化けているわけではなさそうだ」

 二人で目を丸くすると冒険者風の少年少女が武器を構えた。


 「悪しき魔女と眷属! ここから先には行かせないぞ!」

 少年戦士を先頭に魔法使いと神官の少女の3人組が立ちはだかる。


 「ええと、周りに悪い魔女と眷属って奴の姿は見えないんだけど……? ねえ、どこに悪い魔女がいるの?」

 と彼らに声をかけると、彼らはなぜか青ざめて音もなく後退りした。


 「みんな待て! あ、あれはボス級の魔女だぞ! レベルが全然読めない!」 

 こっちの能力を鑑定したらしい”戦士”が叫んだ。なんで戦士が鑑定スキルを持ってるの? と突っ込みたくなった。


 「ボス級……それって不味いんじゃあ? うわっ! こっちに近づいて来た!」

 「ぞわっとしましたァ! あれはやばいデスぅ! いったん退却するデスぅ!」


 「……そ、そうだな!」

 あ、あいつ!

 戦士のくせに真っ先に一番後ろ、神官の背後に隠れた。

 マダナイよりもへっぽこ確定っつ!


 「ボック、ミカ、ここは逃げて! 私が時間稼ぎをするわ!」

 少女の魔法使いが杖を差し出し、勇敢に前に出てきた。


 エライ! 自己犠牲で仲間を庇うなんて!

 大きなくりくり目の少女、端正な美少女というより、丸みがあって可愛い系だ。


 「ユーリ、無茶はするなよ!」

 「ごめんなさいデスぅ!」

 戦士と神官が逃げ出した。


 う~~ん、そこはどうにかしてユーリちゃんと一緒に後退すべきじゃないかなぁ。特に戦士のキミ!


 「ええ! 先に行ってて! すぐ追いつきます!」

 少女が杖をかざして、こっちをじっと睨んだ。



 「あーー、悪い魔女とその眷属って、……もしかしてボクたちのこと?」

 

 「ふふっ。さっきのお前の悪い顔をみられたようだな女神エル。どうせ浮いた金で好き放題食おうとか、豪遊しようだとか、思っていたんだろ?」


 「えーーーー、ひーどーいっ!」

 そこまでは思っていないし、食うとか遊ぼうとかじゃなくて……でも、好き勝手使おうと思っていたことはほぼ図星。


 「いつもながら、うそが下手だぞ?」

 「そ、そんなこと、この気高き女神エルが思うわけないじゃない! それに、あんただって、似たような顔してニヤニヤしてたじゃない!」

 この勇者、いつのまに読心術を? と焦りが顔に出る。うん、ボク正直者だから。


 「まあ、いずれにしても問題は奴だな」

 マダナイはドキドキと動揺したボクには特に突っ込まず、魔法使いの少女を指さした。


 ごにょごにょごにょ……

 前方では少女が目を閉じて、攻撃魔法の詠唱を続けている。初級魔法の火の玉なのか魔法の矢なのか。


 でも、なんだか、とても遅い。さっぱり魔法が発動する気配がない。


 ごにょごにょごにょ……

 あ、また言い間違えて、言い直してる!

 うん、未熟!

 きっと、初心者なんだ。


 それなのに自分を犠牲にして仲間を逃がそうという、その気持ちだけは買う。だけど、だめ! 今のままじゃすぐ死ぬよ。

 レベルが低すぎて、このまま進んでも1層ボス戦前にお墓の下になるタイプだよ、この少女は。


 「あの娘たち、根本的にもっとレベルを上げた方がいいよね」

 ボクは腕組みしながら待つ。


 …待つ……あ、また噛んだ!

 遅い……詠唱が終わらない……。

 早くしてよ!

 ハ、ヤ、ク、シ、ロ!

 いつの間にか、ボクらがつま先でリズムカルに床を鳴らしているのに少女は気づかない。


 「まったく、身の程をわきまえぬ奴だな……。我慢の限界だ。もういいだろ?」

 ついにじれったくなったマダナイが目を細めて前に出た。


 「あーーーー、でも、あれだけがんばっているんだから、一発くらいは魔法を打たせたらどうよ? あの娘に経験値もつくしね」

 「時間がもったいないだろ? あの様子だといつ魔法が発動できるかわからないぞ。今がレースの最中だということを忘れちゃいないだろうな?」


 「まぁ、それはそうなんだけど、大したロス時間じゃないと思うけど?」


 ごにょごにょごにょ……

 言い間違えてまたも詠唱し直している。


 魔法少女がせっかくまだ頑張っているのに、あいつときたら、空気を読まない。

 すたすたすたと歩いて行ったかと思うと、あーーあ、その少女の頭にポカリとげんこつを食らわせたよ。



 ーーーーーーーーーー


 「つつつつ……」

 魔法使いの少女は頭を押さえてうずくまった。


 もちろん詠唱は中断されたから魔法はまったく発動しない。

 暴発すらしなかったということは、あれだけ時間をかけたのに魔力すら十分錬れていなかったということ。


 「お前の負けだぞ、ユーリとやら!」

 勇者のくせに、敗北者から魂を奪う幽鬼のような奇妙なポーズを決めたよ、こいつ。

 今まで使う機会のなかったポーズを披露したって感じ。

 あとどれくらいキメポーズを考えているんだろうか?


 あわわわわ……。

 ユーリという少女は地面にへたりこんだ。


 「ちょっとーー、可哀想に怯えているじゃない!」

 ボクは駆け寄って、マダナイの前に立つ。


 「ひええええ! おゆるしください! 黒魔女様っ!」

 ユーリは目をつぶって耳を手で覆った。


 「ねえ、だから、ボクは違うって」

 肩に手をのせると、ユーリはビクンと体を動かした。

 

 「あわわわわ……眷属にするなら、ゾンビは嫌です、せめて今の姿のままのゴーレムにでも変えてください」

 まったく!

 人の話を聞かない娘っ子!


 「じゃあ、グールにしちゃおうかしら?」


 「ひいっ!」

 ちょっとワルノリしただけで、娘は涙目で息絶えそうな顔になった。


 「いてっ!」

 パコン! と今度はボクの脳天に勇者のチョップが落ちた。


 「遊んでいるんじゃない。暴力女神」

 「何をするんだよ! 目が飛び出すかと思ったじゃない!」

 油断していたので、かなり痛い。


 

 「さあ、やるなら、やりなさい! ボック、ミカ、きっと私の仇を討って!」と魔法使いの少女が泣きながらにらんだ。


 「おい、お前、何を勘違いしている? 俺は勇者で、こいつは一応……自称女神だぞ」

 マダナイのその言い方、少しひっかかるな。


 ユーリはじっとこちらを睨んだ。


 「うそです! そんなにお尻から怪しい気配を、もわもわっと立ち上らせている女神なんてこの世にいませんよ! 騙されませんからっ!」


 ガーン! お尻ですかっ!


 「お尻! やっぱりお尻なの?」

 ちょっとショックが大きい。

 自分では見えないが、まだラスボス効果が残っていて、背後から黒い気配(湯気)が立ち上っているらしい。

 きっとこれはダンジョンを出るまで効果が消えないタイプだ。


 じろり、じろり……。

 ユーリは疑わしそうに私の方ばかり見ている。


 「そうだ! ほら、これを見て頂戴! ボクが本物だって証だよ! 女神と勇者の契約書、もちろん本物だよ!」

 ボクはポシェットから紙を取り出した。


 「……レンタル勇者? 契約者は女神エル? むむむ、この書類は本物だわ。とすると本当に……、勇者なのですか?」

 ユーリの頬にやっと血の気が戻ってきた。


 「ね? わかった? ボクの名は女神エル。こいつはレンタル勇者のマダナイ。ボクらは女神レース参加者なんだよ」


 「ええと、女神様……本当に本当に本当に本物なんですね?」


 「疑り深い奴だな。俺を見れば勇者だとわかるだろう?」

 マダナイが今どき子どもでも喜ばないようなキザなポーズをつけた。これがカッコいいと思っているところが痛いのだ。


 「なるほど、そんなポーズを恥ずかしげもなくできるなんて! 尊敬しますね! もしかすると本当に勇者かもです」

 ユーリの素直な発言にマダナイは少し傷ついたようだ。


 「ずいぶん妙なところで勇者認定したよ」

 ボクはポンとユーリの肩に手を置いた。

 

 「まあいい、それとこいつの尻から立ち上っているこの怪しい煙は、ラスボスを倒した時の後遺症みたいなものだ。こいつは魔物や魔女ではない、安心しろ」

 マダナイは目を反らしたまま言った。


 煙が出てるんだ……


 「ひょうええーーっつ! ラスボス、倒したんですか? 流石は勇者様っ!!」


 ラスボス? 倒した覚えはないのだけれど……


 どちらかというとラスボスとして、ボス部屋にのこのこ入って来た魔物を蹴散らしただけなんだけど……


 「勇者の俺にとって、この程度のダンジョンのラスボスを倒すなど、造作もないことだ、片手で首チョンパだ」

 キランと白い歯が意味もなく光る。それにチョンパって何?


 「うわああああっ! 素晴らしいですっ、勇者様っ! 改めてまして、ユーリと申します! あのっ、尊敬しますっ!」

 なんだか、少女がマダナイを見つめる目がピカピカと輝きだした。


 こいつにカリスマなんてスキルあったかな? 

 ボクは疑いのまなざしで「ふふん」と得意気なマダナイをにらんだ。

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