第35話 お金とアイテムは欲望に比例する?

 ま、間に合ったぁあああああ!!

 ボクは、床に両手をついてハァハァと荒い息を吐き出した。

 背後で4階層の扉が重々しく閉じた。


 危ないところだったァ!

 額の汗をぬぐって奥を見ると、あらら、勇者マダナイが大の字で伸びている。 


 「マダナイ! 大丈夫っ? 今、助けるからねっ! 癒しの光!」

 ボクはすぐに倒れている勇者を抱きかかえた。身体が発光してふれあう肌から癒しの効果が勇者に注ぎ込まれる。


 美しい女神が優しい笑顔で傷つき倒れたイケメンの勇者をいたわっている。なんて美しい神話の一シーンのような光景。


 「こんなにやられて! 一体誰にやられたのっ?」

 その瞬間、パチッとマダナイの両目が開き、「お前にやられたのだろうが!」と頭突き!!


 ぐはあっ!!

 ボクの目から火花が散った! 

 後ろに思い切りのけ反りながら、改めてマダナイに頭突きを食らったのだと理解する。

 そういえばそうだった。

 説明書にあったっけ。まれに仕返しされる場合がありますってやつだ、これ。



 ーーーーーーーーーーー


 「まったく、お前という女神はこれだから……、頭も鋼鉄なみなのか?」

 「石頭ですみませんねっ……」

 二人しておでこにタンコブができている。


 いや、むしろ勇者の方がタンコブが大きい。自分で頭突きしておきながら自分のダメージの方が大きかったようだ。


 「でも、こんなにゆっくりしていていいのかな?」

 「ほら見ろ、あの階層表示板を……」

 勇者は座ったまま、岩の壁に彫られた文字を指さした。


 「ええと……第4階層、あれ? 隣にいつものカウンター表示がない。えっと、故障かな?」

 「アホか? ここは地下4階、ダンジョンではぎりぎり初心者が潜れる深さだ。つまりここから上層にはタイムアタックというルールはないんだろ?」


 「そうなのかぁ? ふうーーーー。これで一安心だね。でも、ここって、普通に地上から降りてきたらって考えると、タイムアタックのせいでかなり高難易度のダンジョンだよね」

 「まぁ、そうなるか」


 タイムアタックのある層を攻略しようとすれば、時間が無くなってきたタイミングでボス戦に突入することになる。

 焦りもでるだろうし、あと一歩でボスを倒せるというところでリセットがかかって、ボスがノーダメージ状態に戻ったりしたら、もう目も当てられない。


 「ここから上層はじっくり調べながら行けるってわけね? そうだ! いいこと考えた!」

 思いついて、ぱっと瞳が輝く!


 タイムアタックという意地の悪いルールのせいで、途中にあった宝箱とかだいぶ見逃してきた。ここいらで少しくらい稼いでおいても良いんじゃない?


 美しいドレスも泥だらけだし、穴も開いたし、街についたらすぐクリーニングと修繕に出さなくちゃ。

 女神の特殊生地だから、クリーニング代とか意外と高いんだよね。おしゃれな靴もそろそろ新調しないといけないし。


 「ねえマダナイ、この先の旅を考えるとさぁ、この階層で少しお金とかアイテムを稼いだ方がいいんじゃないかなぁ?」


 「なるほど、それもそうか」 

 「よしっ! 決まりっ!!」

 もう有無は言わせないよ。やっぱり疲れるから嫌だとか言い出しかねないからな、こいつ。


 「金を稼いだら、俺の防具も更新してくれ。そもそも勇者の身なりを整えるのも女神の仕事の一つじゃなかったか? いまだに狩猟用の質素な布服を着ている勇者なんて多分俺くらいだぞ? 療養している勇者たちですらピカピカのフルアーマー装備が多かったし、最低でもチェインメイルだったしなぁ?」


 「ああ、あれね? うん、そうだったかなぁ……」

 どうごまかそうか、脳内をびびび……と電気が走る。


 「あんたの運が悪いだけじゃない? あれってきっとドロップ品だよ。今まで倒したモンスターがたまたま持っていなかっただけに違いないよ!」


 「え? 本当か? だが、なぜだろう? 俺が倒した敵はロクなものをドロップしてないけど?」

 「……そ、そうね、あれじゃない?」

 あ、思いついた! ボクは天才か?


 「それはあんたが鈍くさかったからだよ! こんなに遅れてスタートしたせいで良い装備を持った魔物はとっくに倒されて、ドロップしてしまった後なんだよ! うん、きっとそうだ! 出がらしモンスターを倒したってロクな物を持っていないのは、当たり前、常識じゃない!」

 どうだろう? ちょっと無理があったかな?


 だが、勇者マダナイはなるほどという顔をした。


 おっ、これはいけるんじゃない?


 「よし、女神エル、お前の言葉が正しければ、最近誰も入った形跡のないこのダンジョンなら。……モンスターを倒しまくれば、良いドロップ品がでる可能性があるんだよな? そうか……」

 ニヤリと笑ったマダナイの顔が欲望に満ちている。


 ぎくっ!


 「え、えーーと、運もあるよ? 幸運のステータスが低いとダメだよ?」

 「う~ん、でも優れた女神の加護があれば幸運は急上昇するはずじゃないか? もしかして、お前はそんな加護すら発生しないダメ女神か?」

 「そ、そんなわけないでしょ!」

 あ、しまった。



 ーーーーーーーーーー


 「でぇやぁ!」

 勇者が剣を振るう!


 「今度こそ、何か出て頂戴!」

 ボクは必死に祈る。


 早く出てよぉーーっ!

 さっきから祈りすぎて酸欠状態なんだよぉ! 

 ヒッヒッフゥーーー!


 と、洞窟の角から襲い掛かってきた二匹のリザードマンが光になって消えた。わずかにゴールドをドロップしたが、アイテムはちっとも出ない。


 「また、外れか……次だ! いくぞ!」

 マダナイはしっかりとゴールドを拾い上げて辺りを見回す。


 第4階層のボスである石化のオオトカゲをあっさりと駆除したボクたちはダンジョンの隅から隅まで調べる感じで歩き回っている。かわいそうなのはここに巣食っていた魔物、リザードマンたちだろう。


 「俺たちを全滅させる気だ! 二匹の悪魔だ! うわあああーーーっ!」

 「あの男、執念深いぞ! どこまでも追ってくる! ぎゃああああ!」


 戦意喪失して逃げまくるリザードマンたちを背後から串刺しにして、勇者が「くくくく……」と笑う。


 やっぱり、あんた、勇者というより悪魔だよ。


 その時だ。

 ポロリン! と軽快な音がして、ついに何かがドロップした。

 やったっ! やっと何かでた!


 しかし、勇者マダナイはそれを拾い上げ、チッと舌打ちした。


 「何が出たのかな?」


 「こんなもの……、これはお前にやろう」

 ぽいっとそれを投げてよこす。

 胸に下げる小さな笛型のアクセサリーだ。確かにこれは女物だからマダナイにはいらないだろう。


 「女神パワー! 鑑定!」

 うーーむ、どうやら危機に陥った時に契約している飛竜を呼べるらしいね。


 「飛竜ねえ……。そんな高レベルの魔獣を従わせるような優秀な勇者だったらこんな所をでもたもたしていないでしょ? 全く無用の長物なんですけどね……」

 とぼやきつつ、奇麗だから一応下げておく。


 「おっ、あそこを見ろ、暴力女神、宝箱があるぞ?」

 岩をくりぬいたその部屋に入った途端、勇者が立ち止まった。


 「本当だ、石の壇上に宝箱が置いてある!」


 「妙だぞ? あんなに堂々と置いてあるのは不自然だと思わないか? 宝なのに全く隠す気がない」

 マダナイが宝箱を睨む。


 「罠かな?」

 「モンスターが宝箱に化けているという、よくある設定かもしれんぞ、開いてみろ」


 「わかったわ……、って! 女神に何をさせるんじゃ!」


 「いや、お前の鋼鉄のような頭なら、開けた途端、丸かじりにされても何の問題もないと思って」

 女神をかじらせるのが前提かよ!


 「でも……、まさかね。さすがにそんな安っぽい設定、今時ないでしょう?」

 「そうだな」

 「ここに来てミミック? ぷっ、お笑いだよね。いくらセンスのないダンジョンマスターでもそんな配置しないよ。時代遅れも甚だしいって。ああ、恥ずかしい、恥ずかしいわ、くすくす……」

 笑った私の前で、宝箱がぷるぷると震えだした。

 あ、こいつミミックだったよ。


 勇者と女神に冷たい視線を送られ、宝箱が恥ずかしそうに背中を向けた。


 私の言葉でかなり傷ついたらしい。


 「あーー、違うよ。そんなつもりじゃなかったんだ。おお! ミミック! ダンジョンの有名な、定番モンスターじゃない!」


 だが、一度いじけたミミックは石のように固まっている。


 「ええと……」

 どうしようかな?、と思っていると勇者が前に出た。


 何をするのかな? 傷ついたモンスターに何か声でもかけるのかな?


 あ、違う、こいつ、相手が傷ついているからと言って、容赦するような勇者じゃなかったよ。 


 「うおりゃあーーーーーーっつ!」

 鬼のような形相で飛び掛かる。そして哀れなミミックを一撃で粉砕した!


 「ふふふふ……、見ろ、ついに出たぞっ! これだっ!!」

 悪魔のような笑みを浮かべ、マダナイが胸当てと小手を拾い上げた。


 あーー、あんた、どんどん勇者からかけ離れたイメージになっているのに気づいてる?


 でもドロップしたのは、本当に優秀な防具だった。

 びっくりだよ。


 「これは、魔聖鉱製のシルバーの胸当てと小手のセットだね」

 蔦と葉の絡まる金の象嵌で縁取られている名品。おそらくレベル50以上の魔物にも対抗できるレア防具。


 「ぐははははっ……! この調子でもっと見つけるぞ! ついてこい!」

 この勇者、このダンジョンを脱出するという目的も忘れ、魔獣狩りを始めたよ…………


 でもまあ、ここでは毎回 毎回 ”合いの手” を入れなくても、敵がちょうと良い具合に強いから、マダナイは簡単に倒せる。


 「うおりゃああああああ!」

 マダナイがスキル「強い奴よりちょっと強い」力を発揮して突き進む。

 「ホーイサッサ、ホイサッサ!!」

 華麗に舞うボク。

 勢いに任せて突進したマダナイの背後で、ポッ、ポッ、と、次々魔獣が光になって消えた。



 「クソ女神め!! よくも仲間を! 死ねええええええーーーーーー!」

 突然、踊っていたボクにリザードマンの刃が迫る。だがボクは冷静、どおってことない。

 「フォゥ、あうちゃーー!」

 ボクの華麗な回し蹴り。

 卑怯にも背後から襲い掛かってきたリザードマンたちが吹き飛んでいく。


 どうよ、と不敵な笑みを浮かべたボク。その前で、リザードマンが粉になって消えていく。


 「さあ、もっとかかってくるんだよ! フォーーーーッツ!」

 さらに、鼻息荒く、立ちすくんだ魔獣に手刀を構えたら、奴らは尻尾をまいて逃げ出した。


 「奥へ進むぞ! 女神エル」

 周辺にいたリザードマンをあらかた倒したマダナイがパンパンと手の埃を払って言った。


 勇者マダナイの身のこなしは上達している。

 何回もボス戦を繰り広げたせいで、レベルがかなり上がった? それとも欲に目がくらむと強くなるタイプか?

 どちらにしても、お金もアイテムも欲望に比例するもんだということだけは身に染みたよ。

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