第34話 洞窟森
「うわぁーー! あたり一面が緑の木々がうっそうと茂って森になっている!! きれいーーーー!!」
「本当にまだ洞窟の中なのか? 今までのどの階層とも違うな」
まぶしそうにマダナイが天井を見上げた。
地下のはずなのにやたらと明るい。天上に太陽のように発光する何かがあるんだ。
ボクらは、崖の中腹にある入口から岩壁伝いに降りて、森に入った。
森の中は不気味な感じはしないけど、蛇みたいなツルがぶら下がっていたり、足元にへんてこなツタがうねっていたりして、少しだけ気持ち悪い感じはある。
でも、久しぶりの緑は目に優しくて空気もきれい。さわやかな森林浴でリフレッシュだ。
「ふふぁ……癒されるぅ……。ダンジョンの空気がうまいなんてちょっと信じられない」
「階層ボスのような強大な敵の気配はないし、安全地帯なのか? どっちにしても次の出口を探すぞ」
「あーー、真面目なやつ。少しくらいこの緑を愛でたらどうなんだよ? ほら花もきれいだよ~~」
しかし、そんな風にのんびり目を輝かせていられる時間は儚かったんだ。
その原因は、こいつらだ!!
うっきーーーー!!
周囲の茂みがまたもざわざわと波打った。まただよっ! またいつの間にか取り囲まれてるぅ!!
飛び出してくる茶色い毛まみれの魔物!
うっきー、うっきーーーー!
ぎゃっ! ぎゃっ!
きぃいいい!
「ええい、ここはジャングルだったのかよ!」 マダナイは剣を振るうのももう飽きた、そんな顔でボクの方を見た。
「一体なんなんだよぉ~~? この毛むくじゃらの魔物は! 本当にしつこい~~っ! 」
「これは
「まったくこのエロ猿はーーっ!!」
パシッ!!
僕は伸びてきた毛むくじゃらの手をはたいた。
「どうしてスカートめくりなんかしてくるんだよ!?」
「いや、違うぞ、スカートめくりが目的じゃない。よく連中を見てみろ! ほらっ! あそこ!!」
走りながら勇者マダナイがちょっと離れた大樹の枝に居座っている猿を指さした。
大柄な猿が一匹だけ枝の瘤に座ってふんぞり返って、その左右にメス猿を従えている。
「なんだかずいぶん偉そうにしているじゃない! あいつだけ特別か?」
「あの偉そうな猿、大きなキノコを帽子のようにかぶっているだろ?」
ボクは左右から襲い来る猿を殴り飛ばしながら走る。
「あ、ほんとだ!」
「猿魔は実力主義だそうだ。希少な『帽子キノコ』を手に入れた猿だけが群れのリーダーに挑戦する資格を得ると聞いたことがある」
「帽子キノコ?」
「ああ、おそらくこいつらはお前のスカートがそのキノコに見えているんだ。キノコを手に入れ、ボスの座を狙いたいんだ」
「な!」
なんて、失礼な猿!
それじゃあボクの、この美脚がキノコの軸に見えてるってこと!? 大根足ならぬ、キノコ足ってこと!
メラメラと怒りが湧いてきた。
うっきー、うっきーー!
ぎゃ! ぎゃ!
「マダナイ、また集まって来たよ!」
「ええい、懲りない連中だ! 叩き切っても次ぎから次に湧いてくるぞ! 女神エル、俺が道を開く!! 遅れるなっ!」
マダナイは剣を振るいながら前に出た。
うん、今のセリフ、いいじゃない!
ボクのために危険に飛び込む雄姿!
マダナイの背中が珍しく勇者らしく見えた。
うん、これはこれで悪くないかも?
女神に対する気遣いとか、思いやりが生まれてきたのかも? このあたりで転んだりしたら、かっこよく助けてくれるかなぁ?
「きゃ~っ!」
私はちょっと期待して、ツタに足を絡めたふりをして可憐に転んでみた。
「いたたた……」
と痛がるふりをして、勇者は? と見ると、あいつめ!
振り返りもしない!!
それどころか、しめた! 良い囮ができた! って感じで、ここぞとばかりにスピードを上げて逃げ去りやがった!
うっきー! ぎゃっぎゃっ!
倒れているボクの背中に猿魔どもが山盛りになってくる。
ぐえっ、そろそろ重い。
「うおりゃあ!」
ボクは女神パワーを発動させて飛び起きた。もちろん山盛りになっていた猿魔たちは一気に吹き飛んで粉になって消えた。
「マダナイーーっ! 待ちなさいよっ! どうして転んだ可憐な女神を助けないんだよっ!?」
すぐさまマダナイを追って、脱兎のごとく猛ダッシュ!
その凄まじい勢いで周囲に集まってくる猿魔たちが吹き飛ばされる。荒れ狂う竜巻に巻き込まれたように次々と粉になって消えていく。
「待てーーーーっ! まーーちーーなーーさーーーーい、マーダーナーイーっ!」
もうスカートがめくれようが顔が鬼気迫ろうが、恥も外聞もお構いなし!
「ぐあーーっ!」
マダナイが急ブレーキに悲鳴を上げた。
土煙を上げて勇者マダナイに追いつき、その襟を掴んだのだ。
「はぁはぁ……どうして、あそこで逃げるの? 普通はイケメン顔で「大丈夫ですか、女神様?」って助けるでしょ?」
ボクの美しい髪が爆発したように逆立っている。
「せっかく、囮役を買って出てくれたんだし、女神らしい自己犠牲だし……、そう! その高尚な心に俺も応じなければと思ってね!」
マダナイは襟元を直しながら顔をきりっとさせ、真面目な顔で言った。
「まあ! そうだったの!」
ぱっと一瞬、頭の中がお花畑になる。
だけど、こいつ、不意に顔をそむけて、肩が震え出したのは気のせいか?
いや、……その顔、絶対笑いをこらえているだろ? こいつぅ!
ーーーーーーーーーーー
マダナイが石壁の角から顔をのぞかせて、通路の向こうの様子を見ている。森を走りぬけ、反対側の石壁に穿たれた石造りの洞窟に飛び込んでからだいぶ奥まで来た。
さすがにこのあたりまでくると、猿も追ってこないし、もはや周囲は普通のダンジョンだ。
そして……
4階層から降りてくる階段の前に不気味にねじ曲がった大樹が、ででんと居座っている。この階層では上から降りて来てすぐの所に階層ボスが配置されていたらしい。
「見ろ、あれが5階層の入り口を守る魔樹だ。悪霊の木って奴だな。奴は入り口の方を見ている。いつものように後ろからグサリと……一気に倒すぞ!」
マダナイがそう言って走り出し、剣を抜いた。
よし、ボクも! と杖を手にする。
マダナイが勇者らしからぬ姑息さで敵を後ろから刺すのにはもう慣れた。
音もなく忍び寄りながら、「一気に行くぞ!」とマダナイが目で合図した。
「支援魔法、超加速!」
呪文を唱えた瞬間、マダナイの姿が消えた。
音速に近いレベルまで一気に加速した勇者マダナイが、剣を両手に跳躍した!! このまま魔樹を一刀両断だ!
すごいっ! この一瞬だけは勇者に見えるから不思議!
いや、勇者なんだろうけどね、普段は全然勇者らしくないからね、こいつ。
「とおりゃあああああああああーーーーっ!」
悪霊の木がマダナイの殺気に気づいて振りかえるが、その反応はあきらかに遅い!
決まった!
そう思った瞬間、木の枝から、頬袋を膨らませたリスのような魔獣がひょこっと顔を出した。
「!」
ぱこん! と、とーっても軽い貧弱な音がした。
見よ! 悪霊の木に命中した剣のその威力!
はらり、と枝の先の葉っぱが一枚落ちた…………
―――葉っぱ一枚の威力が炸裂!!
「……」
あ、アホじゃない? 呆れて何も言えない!
ボクの目は大きく見開かれて、その一瞬を記憶した。
「うぎゃーーーー!」
反撃!
悪霊の木に枝で横っぱらを打ち払われ、吹っ飛んできたマダナイがボクの横の地面に顔面着地した。
「うぐぐぐ! おのれ!」
なんとか生きているようだ。
マダナイは剣を杖にしてよろよろと立ち上がった。
このアホ勇者……。
「何をやらかしてくれちゃってるわけ?」
ボクは敵の追撃を感知してすぐに女神の障壁を展開する。
悪霊の木が枝を鞭のようにしならせて障壁を叩くが、あ、それ、あんたには破れないから、ちょっと待ってなさい。
「マダナイ、あんたねえ……」
「な、なにも言うな、女神エル……」
珍しくボクの名前を言うところを見ると、自分でもやってしまったとわかっているらしい。
わかるよ、そりゃあ、リスは可愛いよ。
目が思わずそっちに行ったというのも、わかる気がするけど……。
「戦闘中に、しかも必殺必中って場面で、どうして他のものに気を取られるのかな?」
どうせ、こいつリスに目が行ったせいで、あのリスの力に応じた力を発揮して剣を振り下ろしたに違いない。
つまり最弱に対する最弱の力を発揮したんでしょう?
「くっ、思わずリスを見てしまった。これも目が良すぎる女神の加護の悪影響かもしれない。そうか、目が良すぎるのも時に危険を招く。……それが今回の教訓ということだな」
「あえて、ボクのせいだと言いたいんだな?」
確かに勇者は、仕えている女神の能力の影響を受ける。ボクはよく目が見える女神だから、視力が上がっているのは間違いないんだけど……。
でも、勇者ならすごい集中力を発揮して、一撃にかける能力があるはずだよね。どうしてこうなった?
じろっと女神パワーで再度こいつの能力を見てみた。
勇者特性欄には、確かに「一撃必中」の文字も見えるんだけど……。
あれ? 勇者の性格の方に変な文字が増えてる……?
好奇心旺盛?
怖いもの見たさ?
何でも見る?
チラ見好き?
なんだか妙な属性が追加されてる?
「もしかして……? ボクのスカートの中をチラ見ばかりしてたから、変な属性が増えた?」
ゴホン! とそいつは咳払いして目を合わせようとしない。
あああーーーーもう、絶対そうだ!
でも、怖いもの見たさって何だよ?
ボクのスカートの中がホラーなことになっているとでも?
「めーがーみぃー……」
ボクの目に炎が浮かぶ。
「や、やめろ! こ、怖いぞ! 怖い!」
「きぃっーーーーーーーーく!!」
バフ!! っと見事にマダナイの腹にキックが決まった。炎の塊と化してマダナイが吹っ飛んでいく。
全身女神パワーのオーラに包まれた勇者マダナイが身体を「く」の字にしてぶっ飛び、背中から悪霊の木の幹に激突した。
一撃だ!
まさに渾身の一撃!
悪霊の木は身をよじらせる暇も、悲鳴を上げる暇すらもなく枯死し、枝先からあえなく消滅していく。
マダナイは悪霊の木を真ん中からへし折って止まらない。「ぐへぇえええええ!」と妙な声を上げながら、4層に上る階段の奥へ消えていった。
「どうよ? 女神を
腰に手を当てて鼻息が荒くなる。
だが、その時、悪霊の木が光になって消えた後ろで何かがピコピコと点滅しているのに気づいた。
あれは……!
天井から下がる石板のカウントだ、しかも既に10を切ってる!
9、8、7……
「うぎゃああああっ! なんでだよぉ~~!」
ボクは恥も外聞もなく、スカートをたくし上げ、マダナイが吹っ飛んで行った階段を駆け上った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます