第33話 中層
走る、走る……!
あちこちで魔物を倒して、ようやく階段が見えてきた。
背後に乾いた足音をさせて骸骨騎士が追ってくる。
後ろから伸びたその不気味な手がボクの髪を掴みそうなんだよ。
「急いで上れ! あそこだ! 振り返るなよ!」
「わかってるって! 振り向きたくもないよっ!」
30、29、28…………
ついにタイムカウントは30を切った!
「「おんどりゃああああっ!」」
扉の前に立った二人は、背後に迫った骸骨騎士を互いに片足で蹴っ飛ばし、協力して扉を押し開けて中に飛び込んだ。
見事に息ぴったりな二人だった。
残りカウント2、間に合ったっ!
ーーーーーーーーーーー
『5階層』の石板が床に刻まれている。
二人して思わず床にへたり込んだ。
第9階層で一度タイムオーバーして、ボス戦を2回もする羽目になったので、タイムオーバーはもうこりごりなのだ。
「ふへーーっ、何とか間に合ったよ~~っ」
ボクはぱたぱたと手で扇いで風をつくる。
美しく輝く髪はバラバラで、可憐なドレスも乱れまくって、とても美の女神とは思えない姿になっている。
「まったくだよ。お前があの角で道に迷わなければ余裕だったのになあ」とマダナイ。こいつも額に汗をにじませている。
「何だよーーーー、あそこで急に魔獣が飛び出してきたから、右と左を間違えただけじゃない!」
ちょっと膨れたボクを見て、マダナイが「はぁあああっ」とため息をついた。
「女神エル、9階層からはお前のせいで、毎回、罠にはまってんだぞ? それでどれだけ時間をロスしたのか、忘れたとは言わないよな?」
う、確かにそうだった。
落とし穴に落ちたり、お尻や胸で壁の罠起動スイッチを押したりして、毎回ひどい目にあっているのは間違いない。
「でも、ナイスバディなんだから、仕方がないじゃない! あんな狭いところを通ったら、胸がつかえたり、お尻がはさまったりして、罠スイッチを押してしまうのも当たり前でしょ?」
うーーと唸ってマダナイを直視して睨んでやると、なぜか照れたようにマダナイが目を反らした。
「それにしても、これほどやらかす罠起動女神だったとは、俺もうかつだったな」
マダナイが立ち上がって前髪を直す。
「でも、あんたが落とし穴に落ちた時、とっさに助けたでしょうが?」
ボクも立ち上がってマダナイを見上げた。
こいつ無駄に背が高いからね。
「あれを助けたというのか?」
その嫌そうな顔……
そういえば、こいつの足元に穴が開いた瞬間、落ちそう! と思って上着をつかんだら、首まで脱げて、上半身裸で落とし穴のごつごつした壁にド派手に激突したんだった。
大した深さじゃなかったから、落ちたほうがましだったとか言われたんだよね。
「あの~~~~痴話げんかの最中、済まんがのう!」
声がして、ふたりしてそいつを睨む。
広い石畳のホールにみすぼらしいじじいがいる。
だが、そいつを無視して勇者マダナイが僕を見た。
「やはり、お前のせいで毎回ひどい目にあっているとしか思えないんだよな」
「人のせいにしてるけどねぇ、あんたがもっと機敏だったら良かっただけじゃない? 穴に落ちる前に、ぱっと飛ぶとかできなかったわけ? 勇者なら普通はそうするんじゃないの?」
そうだよね。
勇者らしく先に罠を見抜くとか、カッコよく跳躍するとかすれば良かったんだよ。
それが何だよあれ?
床がぱかっと割れてから、空中で足をアヒルのようにバタつかせて落ちるなんて……カッコ悪っ。
「じゃあ、あれか、毒沼ゾーンで下をのぞき込んでいた俺に後ろからドンケツを食らわして、危うく落ちかけたのも俺のせいか? あれ、落ちてたら今頃、ここにいるのはスケルトンだぞ?」
「ほぉーー! よく言うね! 天井から落ちてきたスライムのきったな~~い糞から障壁術で守ってやったじゃない!」
「あれは、お前があんなところでお菓子など食い始めるから、スライムが目覚めたんだろうが!」
「おおい! そろそろ痴話げんかをやめてくれんかのう!」
じじいがさらに声をかけた。
「うるさい!」
「ちょっと静かにして!」
じじいを無視して、にらみ合う二人の間に火花が散る。
「この身体なの? この美しいスタイル抜群のボクの身体が罪だとでも言いたいの?」
「お前も、この俺が勇者にしては鈍くさいとでも言いたいのか?」
睨みあう二人を前にため息をついたじじいの目が赤くなり、急激にその体が膨れ上がった。
じじいの姿をしているが、この階層のボス、ずる賢さで知られる
「ええい、人の話を聞かん奴らめ! 二人まとめて、ここで死ぬがよいっ!」
いつまでも自分の方を見ない二人に、痺れを切らしたじじいが飛び掛かった。
「見よ! 俺は鈍くさくなどないっ!」
マダナイが睨んだまま、剣を振るって見せたが、手が滑ってすっぽ抜けた剣がヒューーンと飛んで行った。
「ほら! そういうところだよ!」
かっこ悪いったらありゃしない。
「ひょう! 危ない! 勇者め、気づいていたのか!」
じじいが目の前の床に突き刺さった剣を避け、跳躍していた。
その身軽さは、じじいとは思えない。
「先にお前から我が牙の餌食じゃ!」
張り付いた壁から今度は女神めがけて襲い掛かった。
「このナイスバディでも身軽に動けるんですからね! 見なさいよ、こんな技もあるのよ! 必殺、有頂天ダンス!」
女神の勝利の踊りを3倍速にしたくねくねダンスだ。ちょっと妖艶でエロいが、激しい蹴りやパンチが織り交ぜられている。
……あ! 今何かに当たった気がする。
でも、その激しい動きのせいで、大きな白桃のような胸がぽろりと出て、ぼよよんと弾んだ。慌てて胸を押さえたので、何かに当たったことなど頭から吹っ飛ぶ。
「ノ、ノーブラかっ!」
しっかり直視した勇者が少し遅れて目と鼻を塞いだ。
「うげあああああっつ!」
全身に蹴りと拳を叩きこまれたじじいの化け物が吹っ飛んで行ったのだが、二人とも気づいていない。
「確かに見事な……いや、た、確かにお前はナイスバディの女神だ。それだけは認める」
こいつ、顔が少し赤い。
しかもなぜか前かがみで、うつむき加減になっているわ。
もしかして鼻血も出ている?
恥ずかしいのはこっちだっていうの!
ボクは急いで乱れた衣装を直した。でも、そのポロリ事故のせいで、言い争っていたのがどうでも良くなった。
「見て、カウンターが既にあんなに動いている。いつの間にか、あと600もないよ」
壁に埋め込まれた数字が次第に減っていく。
「いかん、ここのボスもまだ倒していないんだ。こんなところでぼやぼやしていられないぞ。行こう!」
「あっ、待ってよ!」
ボクは慌てて、走るマダナイの背中を追った。
二人が去ったボス部屋で、壁に逆さまにめり込んでいた哀れな魔猿獣が一人寂しく光の粒になって消えていった。
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