第31話 ラスボス女神爆誕
ラスボスらしき巨漢の魔人が姿を見せた。
その姿に息が詰まりそうだ。
湧き上がる圧倒的な力のせいか、周囲の空気が張り裂けそうなほどピリピリしてきたよ。
「ほらほら、並みの人間なら出会っただけで心臓が止まるくらいの迫力だよ。見てよ、とくに鼻の穴がでかい!」
「いいから、お前は黙ってろ」
その青銅色の重厚な扉が完全に開き切ると、そいつらは扉の影から探るようにゆっくりとこっちを覗き込んだ。
「ほらほら、見て。ボクたちを捕まえてボス部屋に引きずり込もうとしてるのかも」
「………」
筋肉男は巨体を揺らし、入口に頭をぶつけないように顔を出した。あれ? 顔に似合わず意外に慎重派? 意外にお茶目かもっ。
大量の空気が流れ、扉の向こう側にごうごうと吸い込まれていく。重々しい雰囲気はそのままだ。
「ボロベガ様。ついに見つけましたね。ここが最下層、ボス部屋のようです」
足元に緑色の肌の小さな魔物が数匹出て来て、ラスボス風の大男を見上げた。小さいと思ったけど、実際はボロベガという奴が大きすぎるから周りの奴が小さく見えるだけだ。
でも、ちょっと待って、今、ここがボス部屋って言ったような気がしたんだけど?
「うーーむ、ここがボス部屋か。この邪悪に満ちた気配など、まさにラスボスになるべくして生まれた一族の長たるわしにふさわしい場所だな」
へっ? やっぱり聞き間違いじゃなかったわ。
「大変だよ! マダナイ、ここがボス部屋ですって」
「しーーっ、見つかる」
まさか、あの扉の向こう側がボス部屋じゃなくて、こっちがボス部屋だったってこと?
えええええええーーーーーーーー! じゃあ、この玉座がボスの椅子だったりして! まさかねーーーーーー顔がひきつってきた。
「ここならバッチリ安全です。勇者が上層の奴らを突破できるとは思えませんが、万が一、勇者がここまでたどり着いても既にボロボロのはず。ここでダンジョンを支配して勇者を待ち、一気にラスボスの偉大さを見せつけてやりましょうぞ!」
小っちゃい奴がみんなで扉を最後まで押し開いて言った。
「ぐはははは……! なかなか良い趣向だ。ここで勇者を倒して、我ら一族の名声を世に轟かせてくれようぞ!」
「はっ! このダンジョンの支配者になれば、ボロベガ様は今の百倍は強くなりますよ。あ、ご心配なさらず、痛くありませんから。魔王様から送られたこの説明書によりますと、ラスボスになるにはあそこの玉座に座るだけで認証が完了して……」
眼鏡をかけた魔物がこっちを見て巻物を手にしたまま固まった。
「ぐはははは、愉快、愉快……ん。どうしたのだ?」
大笑いしていた大男は、その異変に気付いたようだ。
頭に角の生えた不細工な大男とその共と思われる緑色の肌の魔物が五匹、こっちを見て一斉に固まったわ。
目があったので、思わず微笑み返す。
「ぐわああああ……!」
「ひえええええ……!」
6匹の魔物が互いに抱き合って震えあがった。
美しき女神の慈愛に満ちた微笑みで恐怖におびえるなんて、失礼な奴らだよ!
「い、います! ラスボスがいますよ!」
ブルブル、ガクガク……。
「ま、まさか、魔女は数百年前に討伐されたはず……、きゃあああっ、助けてぇ!」
あ、そこで漏らさないでよ。
「な、何が、ここのボスは既に滅びましたよだ! 真の魔王と言われた『千本指の黒魔女』! ま、まだ、そ、そこに居るじゃねえか、ア、アホが!」
一見強そうな巨体の大男だが、明らかに動揺している。
もしかして、こいつ見かけ倒しなのかな? 面白いのでこのまま黙って見ていることにする。
「い、いえ、ボロベガ様、これは何かの間違い、痛い、叩かないでください、痛い!」
「俺たちがボス戦に挑む側になっちまったじゃねえか!」
大男にポカスカ頭を叩かれている可哀想な眼鏡君。
「ええと、説明書によりますと、ここはダンジョンのセオリーに従い、ボス部屋に入ったものは、ボスを倒すか、全滅するか、それ以外に部屋を出ることはできないようです」
眼鏡君が説明してくれる。
「ボ、ボス戦ですか!」
「む、無理です! 俺たちは戦闘向きじゃないです」
「に、逃げましょう! あの魔女はこのダンジョンのラスボス! 魔王以上の魔王と恐れられた魔女ですよ! おいらたちなど、指先一つでポン! ですよ」
ガクガク震えている。
何よ、この美しい高貴な女神を見て、魔女と間違うなんて! しかも、ラスボスですって? 魔物はそっちでしょうに!
思わずむっとした表情になる。
「うわっ! みろ、魔女様のご機嫌を損ねた!」
ギギギギギギ………………
逃げ出そうとする魔物たちの背後で無情にも扉が閉じた。
◇◆◇
「うがああーーーーーーーー! 扉が、扉がーーーーーー!」
「開きません! ボスを倒すか、全滅しないと開かないんです。うわああああーーーーーー!」
「誰か、助けてぇーーーー!」
扉をドンドンと叩きながら魔物が泣き叫ぶ。
「ボロベガ様! ここは覚悟を決めて戦うしかありませんよ!」と頭脳は大人、みたいな眼鏡君。
「そうだ! そうだ! この魔女、若作りしていますけど、どうせ何千年も生きた年増、よぼよぼのババアです!」
「ばばあを倒せ!」
「ばばあ、ばばあ!」
その言葉でぴくっと頬がひきつる。
「この美しき女神を捕まえて、年増とか、ばばあとか、言ってくれちゃったね!」
うん、メラメラと闘争本能に火が付いたよ。
やってやろうじゃない!
背後から黒い炎を立ち昇らせた女神が立ち上がる。その光景はまさにラスボス爆誕!
「うわあっ! ラスボスがついに立ち上がった! なんか、こっちを怖い顔で睨んでます!」
「怖い怖い怖い!」
「敵意丸出しですっ!」
「ええい、ボロベガ様を守れ!」
わらわらと緑色の魔物が槍を手にして大男の前に立ちふさがったが、半分は泣きべそをかきながら、ラスボスに立ち向かう。まさに必死の形相だ。
「あんたはやらないの?」
こっそりと椅子の後ろに隠れている勇者に声をかけた。魔物は美しい女神に気を取られていて、もう一人、ここに勇者がいることに全く気付いていない。
「俺はあのボスをやる。お前は注意をひきつけろ、まずはあの小物の相手をするんだ」
椅子の後ろに隠れていたマダナイがささやいた。
「よーーし、やってやろうじゃない!」
ボクは魔物たちが一瞬その美しさに惑わされるくらい華麗に椅子から飛び降りた。
「うわっ! 来た! ラスボスが来たぞ!」
「来るぞ! いいか、敵は魔女だ、魔法攻撃に備えろ!」
みんなは慌てて両手で魔法障壁を発動し始めた。その魔法障壁、魔法防御力8割減衰で、物理防御力はゼロだ。
地面を蹴り上げ、魔物たちめがけて走る。
「速い!」
「ばばあの癖に!」
だから、違うって! この美しく若々しい女神に向かって!
思わず手加減するのを忘れたわ。
「めーがーみーーーーキーーック!」
「うわーー!」
「ぎゃあーー!」
一瞬で5匹の魔物が宙を飛んでいた。
チュドーーン!
空中で爆散して、幾何学模様の火花が散った。あらら、うーむ、ちょっとやりすぎたかな? それとも威力にラスボス効果でも付いていた?
ボロベガがあわわわ……と唇を震わせている。
「な、なんと卑怯な! 部下は魔法がくると思っていたのに、まさか、それを蹴り飛ばすとは! この暴力魔女め!」
一撃で部下が全滅した! なんだかやけに露出度が高くてさっぱり魔女らしくないが、やはり魔王以上の魔王のラスボスというのは本当だったのだ。ボロベガの頬を冷たい汗が流れた。
「くそっ、よくも部下を! これでも我も一族の長、簡単にはやられん! やられんぞ!」
ボロベガは身構えたが、その魔女が口元を歪めるのが見えた。笑ったのだが、すごく怖い!
「次はあなたの番だよっ。ホイサッサ!」
「なんだそれは!」ボロベガが眉をひそめた。
「ハイッ、ヨイヨイ!」
突然、ラスボスが目の前で間抜けな踊りを踊り始めたのだ。
ふとももも露わに片足を交互に上げて手をひらひらさせながら、妙な言葉を口走っている。その姿、色っぽいのか、アホなのか良くわからない。
「何を考えている? こいつ、まさか、これが変態という奴か?」
意表を突かれて、思わずボロベガの目が点になった。戦いも忘れてつい見入ってしまう。
「ぐああああっ!」
そのボロベガがふいにのけぞった。
見ると、後ろから忍び寄った勇者マダナイがその背中に剣を深々と突き立てている。
「背後からの一撃必殺!」
くふふふふ……とマダナイが笑う。
ああ、どうみても悪者か悪魔だわあれ。とても正義の勇者とは思えないんだ。
「き、貴様ら。つくづくひ、卑怯なり……」
ボロベガが白目を剥いて前のめりにドウっと倒れた。
「悪いな、これが勇者の使命だからな」
マダナイは急所を突いて一撃で決めた。その辺りはさすがに勇者なのである。
「やったようね?」
目の前でボロベガの体が光り、幾何学模様に分解されて消えていった。
「ああ、簡単だったろ?」
マダナイが慣れた手つきで剣を収めた。
侵入者が全滅したので、ボス部屋の扉が再びひとりでに開いていく。
「見て、通路が解放されたよ!」
「それにしても、まさかここがボス部屋だったとはな、さあて、ラスボス女神様、こんな部屋さっさと出ましょうか?」
マダナイが変なポーズをキメて扉の前で手招きした。
「誰がラスボス女神ですかって!」
むっとして、肩を怒らせて近づくボクを見て、マダナイの奴、ふふっと笑ったよ。
むむ……なんだか生意気だっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます