第4章 ダンジョン
第30話 初期配置はラスボス部屋?
闇の中に、ポウっと不気味な明かりが灯った。ゆらゆらと人玉のように揺らめく。
「どうかしら? これこそ聖なる女神の指先と言う、照明用の火の玉よ、私が一緒で良かったわね、尊敬しなさい!」
ふっふっふっ、って感じで片手を腰に当てて得意顔している女神は私だよ。この迷宮に一緒に飛ばされて来たのが私で正解だったでしょ? 感謝しなさい! 的な態度だ。
はぁ、なんというアホさだろう。
だが……
「まあ、確かに、これはありがたいかもな」とマダナイ。
「爪の先に火を灯してから宙に放つ! これよ!」
あまりマダナイには言えないけど、これはお財布の中身が1割を切った状態の時にだけ発揮できる特殊な火なんだ。
「ちょっと青っぽくて、幽霊とか何か出そうな雰囲気を醸し出してしまうけど、そこはちょっと我慢してほしいんだ。これでやっと周りが見えたよ」と辺りを見回したけど、どう見ても家の中じゃない。ごつごつした岩肌。ここはそう、間違いなくダンジョンの中だ。しかも気配からすると最深部、ボス部屋が近い?
「ちっ、よくもまあ場所にマッチした、不気味なものを出したもんだよな」
マダナイは嫌そうだ。
「明かりがあるだけマシなんだから、そこは褒めて良いところなんだけど」
本来なら、魔法のランタンとか欲しいところなんだけど、ダンジョン用のアイテムはまだ準備していないのよね。
マダナイも何も備えなんかないようだし、私がいくら目が良いとは言っても光が全くない場所で何かを視認することは不可能だよ。
もっともそこは女神! 愛くるしいおでこから発する音波的なものを使えば、大体どこに何があるかくらいは把握できるんだけど、コウモリ女とか言われそうでヤダ。
「それにしてもここは一体どこなんだろ? それにこの臭いは何だ? ひどく臭いぞ」
そう言ってマダナイは鼻をくんくんと鳴らした。相変わらず臭いには敏感に反応するよね。
「この程度の灯りじゃあ隅々まではよく分からないけど、かなり大きな洞窟みたいだよね」
ちょっと湿気があって少し熱い感じがする。
洞窟の壁なんかは黒くぶつぶつした岩肌で触れたらヤスリみたいで痛そうだ。
「えっと、この臭いは、うん硫黄だね。ここは火山の地下なのかもしれないよ。くんくん……」
私はマダナイの隣で愛らしく鼻を鳴らした。
「ふ~~ん、これが硫黄の臭いか。まるでお前の屁……へぶあああああっ!」
美しい女神に向かって何を口走ろうとするのよ! この勇者は! その鼻の穴に、指二本を突っ込んでやったよ。
「や、め、ろ~~~~っつ」
ふがふが言いながら、マダナイが悶えている。
どうよ、思い知った? 私は指を引き抜くとマダナイの鼻水を拭って歩き出した。
「洞窟だな」
「うん、何もないね」
「洞窟だな」
「うん、何もないよ」
ーーーー少し歩きまわったが特になぁーーんにもない。洞窟は奥までずっと先まで続いている。どこまで歩けっての?
「もぐもぐ、なんだか不気味な感じだよ。ここはあのお菓子の家の地下なのかな? もぐもぐ……」
食べているのはさっきのカカシの頭に詰められていた綿菓子だ。それを容赦なく美味しく頂きながら周りを見回した。
うん旨い。
これ、魔物の中身だったにしては甘くてなかなかイケルんだ。
マダナイはようやく鼻血が止まったけど、まだ時々鼻を押さえている。
「ここはおそらく山の地下じゃないか? ほら、お菓子の家から見えていた山脈があっただろ、あのどこかに古いダンジョンがあったと聞いた事がある。もしかするとこれがその忘れられたダンジョンに飛ばされたのかもしれない」
それにしても……、とマダナイがこっちを見た。よくそんな物を食えるな、という目だ。
いや、本当は綿菓子が欲しかったのかもしれない。
子どもの時に縁日で買ってもらった思い出でも脳裏をよぎっているのかもね?
「…………でも、どうしてこんなダンジョンの地下に私たちを転移させたのかな?」
「やっぱり、魔王結晶石のせいだろうな。石を持って森の賢者を訪問した者を確実に捕まえるための罠なのかもしれない、ほら、これを見ろ」
マダナイは足元に落ちている布切れを拾い上げた。
「この薄汚れた布って!」
覗き込むと破れた布切れに下手くそな目玉が描かれている。
「おそらくこれは、あのカカシの目だな。既に本体が死んでこの目には何の力も残っていないみたいだけどな、一応処分しとくか」
そう言ってマダナイは布切れを火の玉に突っ込んで燃やした。
「ふ~ん。なるほどねぇ。目だけこっちの洞窟に置いて、ここで何かしていたってこと?」
「だとしたら、油断するんじゃない。石を奪うための仕掛けがあるか、どこかで敵が待ち伏せしているか、何かやっているはずだ。転移直後に襲われなかっただけ幸運だったと言うべきなんだろう」
「なるほどね。何が起きるかわからない。気をつけろって事ね」
「そうだな。油断せずに出口を探そう」
マダナイにしては珍しくまともな顔だ。
二人は再び洞窟の壁に沿って歩き始めたが、出口らしいものは見つからない。それにマダナイが言うように突然敵が奇襲してくるなんてことも全然ない。
最初は真面目に緊張してたけど……。
二人とも今や緊張感なし。
最初はちょっと光の当たらない窪みを見るたび、そこに魔物がっ! って気を張ってたけどね。
次第にだらけてきて、今ではもうぐだぐだだ。
「一体何なのここは? 全然、なーんにもいないんですけど?ねえ、ねえ、さっきの話だと、罠がある可能性が高いんだよね? どこかで待ち伏せしているんだよねぇ? 本当かなぁ」
火の玉を少し前方で揺らめかせマダナイを下から見上げたら、「うわぁ」とかなりビビったようだ。
「いや、ここは間違いなく敵が準備したダンジョン。何かあるのは間違いない。ほら、感じないのか この異常な圧迫感を」
「圧迫感?」
マダナイは真面目な顔つきをしてる。でも私にはまったく何も感じないんだ。
「ここには邪悪な気が満ちている。常人には耐えられないレベルのな。この気配だけで普通の人間なら死ぬな。まして真っ暗だったら数分ともたない。そうか、ここはもしかするとそういうタイプの罠だったのかもしれない!」
「へぇ~~、私は全然平気なんだけど?」
「魔物の綿菓子を食うような図太い神経には、悪意の満ちた密閉空間の圧力も何の効果もないらしいな。まあ、ここで悲鳴を挙げられたり、気が狂ったりする女で無かっただけマシだったかもしれない」
「うーん、それって褒められてる? 微妙な感じがするんだよ」
「も、もちろん褒めている。それはもうべた褒めだな」
そう言いつつ、マダナイがちょっと距離を置いた。
ーーーーーーーーーーー
進むにつれ、広かった洞窟がしだいに狭まっていく。
やがて目の前にようやく壁が現れた。
大きな岩の壁に巨大な壁画があり、竜か何かが描かれていたようだが剥落していてはっきりしない。
「ほーーら、見ろ! どう見てもボス部屋としか思えない扉があったじゃないか」
マダナイが腰に両手をついて、やれやれやっとかよ、とその扉を見上げた。
ゆらゆら揺れる火の玉に照らし出され、壁画に埋もれるようにして巨大な青銅の扉が見えている。その扉の大きさは人の背丈の3倍はありそうだ。
扉の表面には無数の不気味な蛇レリーフが施されており、中央の巨大な蛇が近づく者を威圧しているようにも見える。
「これは、マダナイの言うとおりボス部屋の扉に間違いないよ、いよいよだね」
「開けるぞ、いいか?」
「ええ、気をつけて!」
さすがの私も少しは緊張する。
「うむ、おそらく中に入ったら熾烈なボス戦になるぞ。どんな恐ろしいボスが待っているのか……いいか、油断するなよ、暴力女神」
「その一言が余計だよ!」
こっちは勇者を支援しようと、踊りの準備を……間違えた。美しくさわやかに身構えていたのに!
「美しい女神が後ろで見守っているなんて、普通に考えたらとってもありがたい状況なんだよ。感謝感激のはずなんだよね」
女神レース中でもなければ、この世界の人間が女神を目にする機会なんて、ほぼ皆無なんだからね。
「行くぞ! 中に入るぞ!」
私の声を無視して、マダナイは扉を押したがびくともしない。
「んんんんんんんんんんーーーーーー!!」
額に青筋を立てて押しているが、扉は微塵も動かない。
マダナイがこっちをちらちらと見たわ。お前も押せという無言のプレッシャー。
「仕方がないわねーー、私も力を貸すわよ。どりゃあああああーーーーーー! 女神パワーーーーー!!」
私も女神とは思えない恰好で一緒になって押したが、何よこの扉、本当に開くの? それともただの飾りか?
「ぜぇぜぇ……妙だな?」
マダナイは、肩で息をしながら首をかしげた。
ーーーーーーーーーーーー
どのくらい時間が経過したのか。
マダナイが尻を逆さにして扉を入念に調べている。
「何か仕掛けがあるはずだ俺に任せろ」と言われたから、任せているけど、いつまで経っても開かない。
いざ、ボス戦! と思って、杖を握り締めていたけど、次第にテンションが下がってくる。
腕組みしながら指をトントンと叩くが、まだ全然開かないし。
イライライラ……
早く開けるんだよ! と勇者の背中に圧力をかける。
「おい、後ろで貧乏ゆすりはやめろ。気が散る!」
マダナイが睨んだ。
「じゃあ、早くしてよ」
「うーむ。おかしいな。扉を開くための取っ手とか、鍵とか、何も見当たらないぞ」
「うーん。ねえ、これ本当に入口なの? やっぱり、実はダミーだったりして?」
「いや、間違いなく扉だろ?」
マダナイが扉に張り付くようにあちこち調べている。
女神を飽きさせて、高貴な私に貧乏ゆすりをさせるとは……。それはそれで、実は巧妙な仕掛けなんじゃない? 気を緩ませ、こっちの戦闘意欲を低下させる罠だったりして?
でもついに本当に飽きたので、ぐるりと周囲を見回してみる。
「あれっ?」
扉の反対側にちょっとしたマウンドが出来ていて、そこに何か大きな物体が置いてある。あんなのあそこにあった?
「ねえねえ、あれは何かな?」
マダナイの肩を叩くが、こいつ、振り返りもしない。
「今、奥にレバーみたいなものを見つけた。もう少しで手が届く、気が散るからちょっと静かにしてろ」
こいつめ、まったく耳を貸そうとしない。いいわ、どうせこの場所には敵はいないようだし、ヒマだし、勝手にちょっと見てきちゃうよ。
近づいてみると、「おお、これは!」
黒光りする立派な石の玉座じゃない! これはかなりの年代物と見た! 表面はてかてか光って石に見えるが、座面は柔らかい素材が使われている。肘掛けは刃物で切られたように片方が半分欠けている。
ううむ、何だか座ってみたくなるような気にさせる気配を放っているよ。
「罠だったりして? まさかね……」
ぴょんと軽やかに飛んでイスに座ってみた。
「おお、なかなかの座り心地じゃない!」
肘かけが壊れてるけど、あまり気にならない。
何だか、王様にでもなった気分だよ。
その時、真っ暗だった洞窟の天井が紫色に光った。
止まっていた時間が動き出したって感じ? なんだか洞窟全体が生き物のよう蠢いた気がしたけど気のせいだよねぇ?
「アホ女神! お前、一体何をやらかしたんだ!」
勇者マダナイが慌ててこっちに向かって走ってきた。
そして、素早く私の座るイスの陰に隠れる。
「何よ?」
一体何が起きたっていうの?
そう思っていたら、重々しい音を響かせて目の前の大きな扉がひとりでに開き始めたじゃない!
扉の奥に闇が広がっていて不気味な雰囲気が漂い始める。
その漆黒のカーテンのような闇の中に一つ、二つと邪悪な赤い眼が光った。
ついに来たよ!
あれがこの階層のボスか?
大きな鼻の穴からぶふぉっと鼻息が漏れた。
「見てよ、マダナイ。やっぱりボスだけのことはあるよ。鼻の穴が凄くでかいわ~~~~」
「妙なところに感心している場合かよ?」
「だって、ほら」
「しっ、静かに」
筋骨隆々の巨体、醜悪な大男が手下の緑色の魔物を引きつれて姿を現した。筋肉がぶるんぶるん唸っているのが聞こえそう。
見ただけで分かる!
これはかなりの高レベルモンスターに違いない!
やっぱり、こいつラスボス級?
どんなに強大な敵なのかな?
薄闇の中、二人の喉が同時にごくりと鳴った。
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