第25話 ローファが仲間に……?
小鳥のさえずりが夜明けを教えている。
澄んだ空気が辺りを包み込み、ごつごつした岩だらけの大地に日の光が少しづつ差し込んで朝露に濡れた花が開いていく。
ゴソゴソゴソ…… と周りで誰かが動いている気配がした。
「女神様、女神エル様、起きてください!」
声がして、身体が揺すられたよ。
「〇☆△〇……」
同時に意味の分からない言葉も聞こえてきたんだ。
「うう……あともう少し……むにゃむにゃ……」
ボクは夢の中で王宮の豪華なベットで寝ている。
隣に寝ている逞しく愛おしい裸の背中に寄り添って眠るのはとても幸せなんだ…………。
その時、温厚そうな爺やが「朝食の準備が整いました女神エルさま」と言ってドアをノックした。
ぷ~~んと朝から美味しそうな匂いが漂ってきた。
「女神エル様! 朝ですよ! 朝です!」
わ、わ、ぐらんぐらんと地面が揺れる!!
そうじゃなくて。
ボクが揺れてる! 揺れてるよ!
眠い目をこするといつの間にか朝になっていた。のぞきこんでいる天使は、竜人の美少女ローファだ。
日は上っているのに、両岸にそそり立つ崖の影のせいで辺りは少し薄暗くて涼しい。焚火の火が消えて、残りかすから煙だけが上がっている。
夢の中であと少しで素晴らしい朝食のはずだったんだけど。
そういえばボクたちは野宿してたんだ。急に現実に引き戻されたよ。荒れた地面にみんなでザコ寝していたんだったよ。思い出した。
焚火の反対側にマダナイが寒そうに猫のように丸まって寝ている。これが現実ってものだ。うん、わかってたんだ。
「ううーーん、どうかしたの? ローファ」
ボクはのびをして、簡易ベット代わりに繭のような形に変形させていたドレスを元の形に戻した。エロ衣装ってすぐ言われるけどこんな機能もあるんだよ。
身を起こすと、ローファの隣で微笑む男の子がいた。ローファに似た顔立ちで淡く輝く金髪の子である。
「へっ? ローファ、この子は誰っ?」
「エル様、昨夜の女神パワーのお力で、ラキャインが人化の術に目覚めました。あまり長くはまだ化けていられませんが……」
ローファが微笑んだ。
「えっ! 貴方がラキャインなの?」
これはびっくりだ。かなり幼い子どもに見える。これが竜体になると、あれだけの力を発揮しちゃうわけだ。竜族恐るべしって感じだね。
「☆☆〇〇……」
理解できない言葉を発しながらキラキラと目を輝かせてラキャインがボクの手を握った。
「弟を助けていただき、女神様、感謝いたします、さあ、お前からもお礼を言うのよ」
「〇☆〇☆……」
二人は目の前で片膝を地につけて恭しく頭を下げた。
「うむ、よろしい。なんてね、いいんだよ。女神として当然の事をしただけなんだ」
「なんだか騒々しいな! へきゅしょい!」
くしゃみをして鼻水を啜るマダナイが起き上がってこっちを見たよ。
風邪でもひいたんだろうか? あれは、しばらく放置だね。すぐ治癒してあげても良いけど、ちょっと反省させないとね。
「女神エル様……」
二人はなんだか決意のこもった目で私を見上げたよ。
その瞳を見てピン‼ ときたよ!
これは、もしかして、来たわ~~~~!
その瞬間、私は確信した。
これはもう「ぜひ私たちをお供にしてください! 女神様!」って流れに間違いないんだ!
竜族はこの世界最強に属する種族だ。
強いなんてもんじゃない。
しかも、ローファはどう見ても竜族の中でも最上位の一族だろう。そんなローファが仲間になったらどうなると思う?
うん、間違いなく、このへっぽこ勇者より断然頼りになるよ。
ビリ争い真っ最中の女神レースでも一気に順位を上げることができるはずだ!!
うっしししし……と、ローファに見られないように、思わずちょっと悪い笑みがこぼれたのも仕方がないよ。
「そんなに改まって、どうかしたの?」
ボクは高貴な女神のすまし顔で答えたが、内心では「よっしゃ、来い!」と気合を入れたよ。
そして、ほとんど邪心に近い期待を隠しつつ、女神の威厳を込めた微笑みを返したんだ。
「あのーー、実は、とても言いづらいんですけど……」
ローファがもじもじしている。その仕草が可愛い。
この娘、こんな表情をする子だったんだ? 思わず二度見してしまうよ。
「遠慮しなくて良いよローファ。慈悲は女神の徳なんだよ」
少し姿勢を正して、女神の流し目ちらり……
「そうですか……」
ローファは意を決したように拳を握った。
来たわーーー!
これは来たわーーー!!
仲間になりたいのかしら?
従者になりたいのかしら?
それとも、まさか女神の眷属? 竜を眷属に従える美しき女神様だなんて、どんな世界でも最終決戦に向かう英雄レベルの絵面だよ。
将来、ボクの冒険が絵本になったときは、きっと『女神エルはこうして伝説の竜を従えたのです』と書かれるよ!
よっしゃ!! 来い!!!
「じゃあ、言いますね」
「ええ、遠慮なく何でも言っていいよ!」
ボクはにっこり笑った。
「あのっ!!」突然ローファが絶叫した。「お、お金! たくさんお金が欲しいんですっ!! 女神様!」
「………………へ、はぁっ?」
目が点になったよ。
「あ、あの、その! お金を、お金を貸してください! 女神様!」
ローファは恥ずかしいけど全身全霊、全力で言いきったって感じで身を震わせたよ。
「ーーーーーーはあ?」
えーと、聞き間違いかな?
お金が何とかって言った気がする。
空耳かな?
うん、そうだよ。きっとそうに違いないんだ。
「ぷっ!」と吹き出す声が横から聞こえた。
見ると、マダナイが鼻水をすすりながら焚き火の向こう側から嫌味な笑みを返してきた。きっと驚きのあまり、アホ面になっているボクの顔を見たんだよ。
「あの……弟はまだ体力が戻らないので、少しでも環境の整った場所で休ませたいんです。幸い人化が可能になったので町中の宿屋を借りたいと思うんです。でもそのための当面の生活資金が全然無いんです! 女神エル様! だから、お金です! お金を貸してはいただけないでしょうか!」
ローファは必死な表情でボクを見つめた。
そんな顔で見ないでよ、断りづらいんだよ。
それにしても……「お、おっ、お金! お金なんですかっ!」
ぐらっとめまいに襲われたよ。
仲間になるって申し出じゃなかったのもショックだけど、二人が街で暮らす当面のお金って、いったいいくら必要になるんだろう?
頭の中に財布の残金を思い浮かべたけど、とても足りそうもないんだ。
まさか、さんざん格好つけて女神の威厳を見せておきながら、実はボクもお金がないんだよね。あははははは……という訳にはいかないよね?
「女神エルこっちだ。へきゅしょい!」
大きなくしゃみをしてマダナイがおいでおいでとボクを呼んだ。
「何よ? 今、ローファと大事な話をしていたところなんだよ?」
「どうせあの二人に貸せるお金なんかないんだろ?」
ボクが近づくとマダナイが耳打ちした。
図星である。
そのとーーおりなのである。
燃え尽きた焚火の向こう側からローファが祈るように両手を組んで健気にこっちを見ている。
「何をニヤニヤしてるんだよ? 何か良い策でもあるの?」
「あの街には療養中の勇者を従えた女神が何人も残っているだろう? その女神たちにローファたちの面倒をしばらく見てもらうよう頼めば良いんじゃないか? どうせしばらく動けないんだろ?」
ズズッと鼻水をすすりながらマダナイが言った。
「まさか! そんなことできるわけないよ。自分たちを傷つけた相手だよ。いくら慈悲深い女神でもね、そんなにすんなり敵だった者を受け入れる訳がないよ!!」
どこまで女神がお人よしだと思っているんだろう。女神だって勇者だって敵だった者にそこまで甘くはないんだよ。
「うまくそういう状況に持って行けばいいんだよ。よく考えてみろって」
マダナイはちょっと上から視線な気がする。
「どういう事?」
むっとするがここは黙って話を聞く。
「このレースでは善行も評価に加算されるんだろ? 自分たちを傷つけた者を許し、しかもその面倒をみるなんてこと、まさに神の
「なるほど!」ボクはポンと手を打った。
彼女たちは先に進みたくても勇者が癒えないうちは動けない。その間に善行でポイント稼ぎができるよと誘いかけて、ローファたちを預かってもらうという訳か。
この勇者、意外にズル賢いところがあるんだよ。
「それに、お金を貸して街の宿屋を借りても、ラキャインの人化は不安定なんだろ? 街中で竜の姿に戻ったらそれこそ街は大パニックになるだろ? 最初から竜だとわかってもらっていた方が良い」
「うーむ、でも、確かにそれができれば最善かもしれないね。でも、街に残っている女神や勇者たちをうまく説得できればの話だよ。みんなはローファたちを完全に敵認定してるんだ、無理じゃない?」
「そこは、うまく説得するんだ」
「いやいや、だから、説得なんてとても無理だよ」
「じゃあ、うまくみんなを騙すんだ。お芝居は得意なんだろ?」
「お芝居? ボク、芝居が得意だなんて言ったっけ?」
「縛りプレイが何とかって言ってただろ? 降臨した世界に合わせて行動パターンを真逆に変えることもあるって?」
「あ~~、お酒を飲んだ時にちょっと自慢しちゃったやつね」
なんで、そんな妙な事は覚えているんだよ、こいつ。
「みんなが納得するようなシュチエーションで、みんなをうまく騙すんだ。俺にちょっと考えがある、竜が出てくる古典歌劇を参考にな……」
マダナイは冷えた腹を手で温めながら、ボクの耳元でボソボソとその計画を打ち明けた。
うん、やっぱりこいつは勇者のくせに悪巧みが得意なんだよね。
でもローファは祈るようにこっちを見ている。
うーーむ、やっぱり美少女。
あの純真な瞳、彼女の一途な願いがヒシヒシと伝わってくる。
その思いを女神であるこのボクが裏切るなんてできないんだ。
「仕方がない、一肌脱ぐよ」
「よし、さっそく準備に取り掛かるか、やるぞ女神エル!」
マダナイがそう言ってズズっと鼻水をすすった。
「さて、ローファ。直接お金を渡すよりも良い方法があるんだよ。だから、このボクに全て任せてくれるかな?」
ボクはいかにも自信あり気な態度で二人に微笑んだ。
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