第24話 苦しむ者に救済を!

 峡谷に夜の静けさが戻り、焚火が赤々と燃えている。

 

 「いいか、俺はまだ信用したわけじゃない。あれだけ多くの勇者や女神を殺そうとしたのは事実なんだ。休戦と見せかけて騙そうとしてるって事も考えられる」

 マダナイは弱々しく地面に這いつくばった大きな竜の尻尾にどかっと座わると目の前の美少女をにらんだ。


 「大丈夫、この子の魂は純粋、本質的には善良な方さ。戦いたくないって気持ちはボクが確認したから間違いないよ。それにこうして自分の武器をボクに預けているんだし。ほらね」


 ボクは螺鈿細工の鞘に収められた二振りの刀剣をマダナイに手渡した。刀身は艶の無い漆黒色で刃先は恐ろしく鋭利だ。さっきの戦闘でも欠けひとつ見られない。


 ボンクラ勇者でもそれがただの刀じゃないことくらい一目でわかったはずだ。おそらく彼女たちの一族に伝わる名刀だろう。それを休戦の証として敵に預けるにはかなりの覚悟がいるはずなんだ。


 「ほら、こうなったら丸腰のただの女の子だよ」

 ボクが両肩をつかんで揺すると丸太に座っていた少女は目を白黒させた。


 「でも竜族は魔法も得意だぞ。そうそう油断できるかって」


 「疑りぶかい勇者だよ、こんなにかわいいのに」


 「盗賊に襲われた馬車に乗り合わせていたあどけない子どもが実は竜の化身で、地面から急に生えた竹の子が盗賊たちのケツに突き刺さりまくって全員痔になって捕まったっていう有名な童話がるんだ。知らないのか?」


 「は? 知らないよ。そんな汚いローカル童話。でも、それって人を助けた話じゃない? 良い話なんだよ」

 

 「ああ、あれは国を滅ぼしたはぐれ竜のサディスト、串刺し公が子どもに化けて、むぐっ……」

 何を不穏な事を言おうとしているんだよ、この子!

 ボクはとっさに少女の口をふさいだよ。


 「串刺し?」


 「いやだなぁ。あ、ほら魚が焼けてるよ、この串焼きのことだよ。さあ、マダナイ、一杯食べるんだよ」

 話をそらすにはタイミング良かったね。

 獲ったばかりの川魚が焚き火で串焼きにされて、美味しそうな匂いを放ち始めたんだ。


 「ところで、女神は敵だって言ってたけど何かあったの? ボクたちを見れば女神は敵じゃないってわかるよね? それにどうしてこの竜はこんなに弱っているんだよ? やっぱり下痢のせい? 話してくれないかな?」

 ボクはそう言って彼女の隣に腰を下ろした。

 美少女はゆっくりとうなづいた。


 彼女は竜族の娘で名前はローファ、驚いたことにこの竜の姉にあたるらしい。でも、体の大きさが違いすぎてちょっと信じられないんだよ。


 こんなにかわいい美少女なのに……。


 しかし、考えてみると竜の巨体を人の大きさにまで凝縮してるなら、その体組織は恐ろしい密度になっているはずだ。女神の防殻を傷つけるだけの筋力を発揮しても全然不思議じゃないのかもしれないね。

 

 「女神の襲撃を受けた時、里の多くの者が激しい嘔吐と下痢に見舞われていて、防戦すらできずに里を追われたんです。弟も同じ症状で逃げるのがやっとで……、女神の追撃から逃れるためにみんは人化して四方に散ったんですが、弟はまだ幼いので人化できないんです。だから二人で巨体を隠す場所を探して、やっとここに辿りついただけで、けして川を汚して街に迷惑をかけるつもりなんかなかったんです」

 ローファは必死な表情で説明した。


 うそじゃないことはすぐにわかったよ。


 「しかし、竜が下痢を起こすというのは聞いた事がないよな。一体何を食ったらそうなるんだ?」


 「原因不明なんです。里を女神が襲う前日に急に流行って……、そのせいで誰も力が出せず、戦士は残忍に殺され、女、子どもは女神に里を追われたんです」


 「それっておかしくないか? たしか竜の里は魔王領に向かうルートからはだいぶ外れていたよな? 女神たちは女神レースで忙しいんだろ? わざわざ寄り道して魔王の支配下でもない竜の里を襲う必要性なんかないはずなんだけど」

 マダナイが顎を撫でながらボクの方を見た。


 こいつ、顔に似合わず意外と考えているんだな。


 「そうか、わかった! それはきっと女神の名誉を傷つけようとする偽物だよ! そんなヒマ~~な女神がいるわけがないんだ、魔王軍の偽装工作に違いないよ!」

 ボクはポンと手を打った。


 でも、なぜかマダナイは目を細めてこっちを見たよ。

 偽物説は却下ってことかな?


 いや、ヒマな女神ならここに一人いるぞ見たいな目つきだ。ピンときたよ。マダナイの考えが読めたよ。


 どうせお前は最初からビリだし、勝負なんかとっくに捨てているからヒマだよな? という気配をひしひしと感じる。


 いやいや、ボクはヒマじゃないよ、レースだってまだまだ諦めていないんだよ!


 「でも、襲ってきたのは確かに女神と勇者でした。魔物が化けていたのなら私は見破れます。纏っているオーラからも神としての女神パワーを感じましたし」


 「それでもだよ。何者かが魔道具で化けていた可能性はない? 女神の気配を疑似的に発する魔道具が闇取り引きされてるって、最近聞いたことがあるんだよ。それを使えば簡単には見破れないらしいんだ」


 「魔道具……? でもあの勇者は……」


 その時、グウウウウウ、と目をつぶっていたラキャインが苦し気に唸った。


 「ラキャイン、また痛み出したの?」

 ローファは立ち上がると心配そうに竜の鼻先を撫でた。

 竜と言えど姉弟愛は美しいよ。


 「女神エル、ここでまた下痢なんかされたら大変だぞ。下痢を止める術はないのか?」

 マダナイがこっちを見た。下痢されたら何て言っているけど、さては二人の姿に心を動かされたね?


 「わかってるよ。慈愛の女神としては弱っている者を見捨てておけないんだよ。それがたとえ街の人々や女神と勇者を傷つけた竜だとしても、そうだよね?」

 ボクを見てマダナイは肩をすくめた。

 どうやら敵認定は止めてくれたようだ。


 「ローファ、あなたたちが自分の身を守るために仕方なくやったことだったとしても、それで傷ついた者がたくさんいるんだよ」


 「わかっています、でも……」


 「理由はどうあれ、その贖罪しょくざいはしなくてはいけないんだよ。分かる? 分かるんなら彼の病をボクが診てあげるよ。マダナイが言うようにまた糞尿を川に流されても困るし」


 「ラキャインを助けてくださるのですか? 女神エル様!」

 ローファが信じられないという表情で振り返ったよ。


 「大いなる慈悲はボクの本質のひとつなのさ。それじゃあ、少し痛むかもしれないけど、我慢するんだよ。ラキャインくん」


 「おお、なんだか女神エルが少しだけ高貴な女神っぽく見えるぞ。ああそうか、これが目の錯覚ってやつだ」

 マダナイが目をこすったよ。


 「ええい、女神の本気をそこで見てるんだよ」とボクは胸に手を置いてぐっと力を込めた。


 「ありがとうございます。感謝します女神エル様!」

 ぱあっとローファの顔がほころんだ。


 「検査と治癒を同時に施すからね」

 ボクは大きく上下している竜の腹に手を添えてみた。


 それだけで癒しの女神パワーが注がれていくんだ。だいぶ内臓が弱っているみたいだから、少し癒しの効果が行きわたってから下痢の原因を探ることにするよ。


 ボクは手のひらを腹の鱗に宛てて撫でるように異質な感覚のする部位を特定していく。


 「うっ!」

 すぐにチクチクするような感覚が返ってきた。何か女神パワーに抵抗するような嫌な感覚が腹の中から伝わってくるんだ。おそらくこれが下痢の原因だよ。


 竜の内臓、おそらく腸の内側に何かが突き刺さっているようなんだ。

 

 「痛いかもだけど、我慢するんだよ!」

 ちょっとパワーを上げると痛みでラキャインは手足をばたつかせ始めた。


 それが竜の脚力だから周囲に地割れが起きるほどだ。

 普通の人間なら巻き添えを食って肉片と化すほどの力だが、ボクは平然とそれを片手で受け止める。


 「ラキャイン! 我慢するのよ!」

 ローファが顔を抱きかかえた。


 「原因を特定したよ。呪いの針みたいな感じだね。今からこれを障壁で包み込んで外に転移させるよ」


 その尖った異物を丸く包み込むイメージでパワーを集中して「とりゃあ!」と一気に引き抜く。


 ボトリ……と丸い光で包まれた石のウ〇コのような物が地面に落ちたよ。


 「取れた!! でもここからが本番だよ! 弱った内臓の治癒を行うんだよ!」

 ボクの両手が神々しく白く光ってローファが目を丸くしている。


 どうだい? マダナイも少しはボクを見直しているんじゃない? この位置からだと勇者がどんな顔でこの奇跡を見ているか確認できないのが残念だよ。


 「ふう、身体が大きいので少し時間がかかったけど、弱った内臓はだいぶ回復したよ。あとは自然回復で大丈夫。これでもう下痢も止まるはずだよ」


 「女神エル様、弟は痛みが治まったらしく眠りました。弟のこんな寝顔は久しぶりです。ありがとうございます」

 ローファは、寝息を立て始めた竜の頬を撫でながらその目に涙を浮かべた。


 「さて、この尖った棒みたいな石は何だろう? 初めて見るね」

 改めて竜の腹から外に出した石を見下ろしたよ。


 石は禍々しい気配を放っている。

 障壁の光のベールで毒気を封印してから周りに付着した血や汚物を拭ってみると、黒っぽい尖った石で、何かの結晶のようだ。


 「竜は石を飲み込む習慣があるの?」


 「いいえ、こんな鉱石を飲むことはないです。何かに混じっていたのでしょうか? そう言えば、この病が流行る前の収穫祭で魔族の村から献上された肉を使った料理が出たんです。その肉に紛れ込んでいたのかもしれません」


 「マダナイ、こんな石だけど見た事あるかい?」

 ボクは布にくるんだ石を見せた。


 「ふっ、俺は商人でも鑑定士でもないんだ。そんな石っころ知っているわけないだろ」


 「そうだよね~~、聞いたボクが馬鹿だったよ」


 そうだった。

 誰にもレンタルされず、勇者村からほとんど外に出たことがなかった勇者が知っているわけなかったよ。


 「だが、それを知っていそうな奴なら一人いるな」

 「え? そうなの?」

 マダナイの意外な言葉に、思わず聞き返したんだ。


 「次の街の近くの森に賢者が住んでいるんだ。アイツならそれが何か分かるかもしれない」


 「へえーー、珍しく役立つね」


 「なんだよ、その目つき? まさか、この俺に恋心を抱いたんじゃないだろうな? あっ無理だ。すまない。まったくもって遠慮する。正体は暴力女神だけに……」


 「アホかっ! この高貴な女神エルが、あんたみたいなへっぽこ勇者にそんな感情抱くわけないんだよ! たまには役立つ情報を持ってたんだな~、と感心しただけなんだよ!」


 「ふっ、一瞬の恐怖ですんだか」

 マダナイは本気で胸をなで下ろしているようだ。


 ボクが恋心を抱いたらなぜ恐怖になるのか追求したいところだけど、今はローファが尊敬のまなざしでうっとりとボクを見ているので拳を収めたよ。


 「ローファ、ラキャインも眠ったし、少し寝たら?」

 「はい、そうします」

 ローファは素直にうなずいた。


 うっ、本当にかわいい。

 天界に連れ帰って美少女コンテストにでも出したらひと儲けできそうだ。ちらりとそんな事が脳裏をよぎったけど、もちろんそんなことはしないよ。


 ボクは邪な悪徳女神とは違うんだ。


 「どーれ、ボクも疲れたんだよ。少しお魚でも食べてから寝ることにするよ。あ、あれ?」


 無い!

 楽しみにとっておいた焼魚が一つも残って無い!

 さっきまで美味しそうな匂いをさせていたはずなんだよ!


 …………まさかと思ってふと見ると、奴の足元に食い散らかした魚の骨と串が落ちているんだ。


 「マダナイ……、喰ったね? お魚、ボクの分まで食べたんだ」


 「ん? ああ、魚か? 安心していい。あれはちゃんと保護したんだ」


 「保護って? どこにだよ?」

 周りを見たけど何もないんだ。


 「もちろん、俺の胃袋に……。な、なんだ? ま、待て! なぜ両手を天に向けて、炎の渦を回転させる?」


 「怒りの天炎でも喰らうんだよッ!」

 ドッ! と勇者の周囲に炎の円柱が生じた。


 「アチッ、ッチ!!」

 その炎の柱の中から奴が脱兎のごとく飛び出して、川に飛び込んだよ。


 「ば、馬鹿! この暴力女神! 俺がお前の加護を受けた勇者で無かったら一瞬で灰になっているレベルだぞ!」

 少し煤けた顔をしたマダナイが叫んだ。


 「ふふふふ……、まだ終わってないよ。そこで消し炭勇者になりたくなかったら、今すぐ魚を捕まえて焼くんだよ!」

 ボクは青ざめていく勇者の前で両手の指をわきわきと動かした。



 ーーーーーーーーーー


 香ばしい焼魚の匂いが煙とともに満天の星空に上って行く。


 「へくしょい!」

 マダナイのくしゃみ。


 「ボクの夜ご飯を食い散らかした罰だよ」

 焼けたお魚をもぐもぐと美味しく頂きながら、横目でマダナイを睨んだよ。

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