第23話 バトル? わかってたけど!!
竜がでたっ!!
……いや違った蛇だったよ。
びくびくしながら谷の角に近づいているから足元をニョロって蛇が逃げて行っただけで心臓が口から飛び出すかと思ったよ。
川縁では虫が静かに鳴き始めた。
危険が去ったわけじゃない。
これは竜が気配を消したということなんだ。逆に言えば殺気を覆い隠すほどボクに神経を集中させているってことだよ。
さっきまで音を立てて流れていた川もこの辺りでは妙に静かだ。谷の外でぎゃあぎゃあ鳴いている野鳥も、ここでは何かに怯えるように息を殺して崖の上から見下ろしている。
シャリ……シャリ……
土を踏む靴音だけが微かに響くのがイヤ~~な感じだよ。
切り立つ崖はもう少し先でほぼ直角に曲がっている。
いよいよなんだよ。
そのコーナーがいわゆる死地だよ。
目の前は川、背後にも崖が切り立っており、逃げ場が無いんだ。
その一帯に多くの溶けた防具や武器が散乱しているのは、もちろん “そういう事” だ。
ボクは魔法用の杖をそっと手にした。
回避するつもりだけど万が一ってこともある。
いざという時は防御系の女神魔法で初撃を防ぐよ。
レベル100オーバーのラスボス魔王でもない限り、例え竜でもこのボクの本気の防御魔法を破るような実力はないだろうし。
ちらりと見ると、勇者マダナイは対岸を進んでいる。
こそこそと岩陰に隠れながら崖の角に近づいているんだ。
コソ泥のようなその姿、う~ん、やっぱりどう見ても勇者という雰囲気は皆無だよね。
ボクはいつでも魔法を展開できるようにしながら、少しづつ崖の角に近づく。
そろそろだよ。
女神の腰袋からくたびれた帽子と棒きれを取り出し、棒の先端に帽子を取り付けてと……。帽子は火トカゲの革でできた特製品、棒は溶岩地帯に生える火柱樹の枝だから簡単には燃えないよ。
そうっと帽子を崖の先から見える位置まで出してみたよ。
ブオオオオオオオオオオーーーーッ!!
やっぱり来たよ! 青い熱線!!
炎が渦を巻いて帽子と枝が一瞬で燃え上がって灰になった。うそみたい高温だよ! 周囲が一瞬で青い光に飲み込まれたよ!
並みの竜ならブレスの色は赤とか橙色だ。高温になるほどブレスは青白く、そして強烈になる。
周囲の空気が一瞬で高熱の渦を描いて大きな熱の柱になった。
凄まじいなんてもんじゃないよ。
あまりの炎で竜の姿が良く見えない。
こんな超高温ブレスを吐くってことは、相手は相当ハイレベルな竜、たぶん古竜かかなりの貴種だね。
「あ、熱っちいし!」
予想を超えた猛烈なドラゴンブレスだよ!!
しかもこれの恐ろしさは超高温によるその威力だけじゃないんだ。
ドラゴンブレスの中でも最凶と言われる全体攻撃タイプの火炎流なんだよ。ちょっとやそっと回避してもムダなくらい広範囲を燃やし尽くすんだ!
「ぐぬぬぬ……女神パワー!!」
猛烈な青い炎の爆流の中でボクは歯をくいしばって女神魔法「
「いつまで続くんだよ!!」
ブレスが長い! 古竜だと思ったけど息切れしないから若い個体だね。でも、それにしてもこんなに息が続くものなのか?
やはり貴種かな? 竜族の中でも特に血統の良い一族だっけ? 頭の中をモンスター図鑑の情報が駆け巡ったよ。
「何様か知らないけど、美の女神を舐めないでよ!」
ボクは根性で踏ん張ったよ。
直撃は避けてるけど、それでもこの威力だ。踏ん張っても火炎に押されてじりじりと防殻ごと後退してしまうんだ。
やがて火炎が急激に弱まっていくのがわかった。
根競べはボクの勝ちだね!
「よし! これが女神の実力、防御魔法だよ! 熔けた鎧や武器の状況からどの程度の火力を持った炎系攻撃がくるかなんて、最初からお見通しなんだ!」
と、カッコつけたけど、ちょっと毛先が焦げていた。
周囲の岩々が溶けてテラテラとガラスのように光っている。
大きく息を吸う音が谷あいに響いてドラゴンブレスがついに途切れた。
「よし今だ! こっちを見るんだ!」
炎が退いた瞬間、ボクは打合せどおり前に飛び出した。もちろん防殻は常時発動中だ。こんな相手に一瞬でも油断はならないんだ。
いた! 見えた!
大きな竜だ!
川の向こう岸に鱗を光らせた巨体が見える。
これでも食えっ!
「こっちを見るんだよ! うっふんフラッシュ!!」
炎が消えて揺らいでいた大気が収まってきた前方に向け、強烈な悩殺ウインクだよ!
「……からの~、女神降臨!!」
ピカッ!! ウインクと同時にボクは全身を神々しく光らせた。
薄地の衣装だけに女神の美しいシルエットが露わになってちょっと凄いって技なんだ。
たとえ竜でもあまりにも美しい女神からのウインクと眩い光に目がくらんだはずだよ。
それにこれには種族や性別を超えて相手を魅了する効果があるんだ。一発で魅了がかからなくても敵対心が揺らぐからね、かなり弱体化したはずだよ。
その瞬間だ。
対岸の壁にヤモリのように張り付いて出番を待っていた勇者がタイミング良く飛び出した。
「行くのよ! マダナイ! ハイッ、ハイ!」
作戦どおりだよ!
ボクは手拍子をしながら大股を開いて踊り出した。
「いけいけ! ひゅーひゅー! マダナイ、ハイッ、ハイ!」
恥も外聞もないその姿。
誰も見ていないからできるんだよね。
ん?
なぜか視線を感じた?
うそっ! 誰かいるんだよ!
上!!
ガキン!! と突然、頭の上で派手な金属音が轟いた。
「ちっ! 硬い! なんだこれ!」
見上げるとボクの障壁ドームの上に二振りの刀の刃先を食い込ませて悔しそうな顔をした者がいた。フードを被っていて顔は見えないけど声からすると若い女性、いや少女だ。
「誰っ? 敵っ?」
「この変態! 下品な変態女神のくせにっ!」
うぎゃ、見てたの? って感じだよ。
彼女が人間じゃないことはすぐにわかった。フードから飛び出した耳が尖っているし、瞳が紅い。
「そこから降りるんだよ! ハッ!!」
ボクは杖を振った。
魔法で光の槍を真上に撃ち出したけど、槍が少女を傷つけることはなかったよ。彼女は防殻に亀裂だけを残して風のように姿を消したんだ。
女神の魔法障壁である防殻に刀傷を付けた。それだけ考えても彼女はかなり高レベルの実力者ってことがわかる。防殻っていう女神魔法は内側からの攻撃は通るけど外からの攻撃には鉄壁の防御力を誇るんだ。
彼女はそれにあっさり傷つけるほどの能力を持っているってこと。しかも、あの漆黒の刀もただならぬ力を秘めていた。おそらくかなりの名刀に違いないんだよ。
でも、一番の問題はそこじゃないよ。
敵が複数いたってことが問題だよ。
竜とあの少女。
それに、もしもそれ以外にも敵がいたら、マダナイが危ないんだ。
レンタル中の勇者は女神の加護を受けているから一応死んでも復活できる。だけど、特殊な魔法で構成される初級ダンジョンと違って復活のアイテムを持っていない限り、フィールドで死んだら蘇生は始まりの神殿でしかできないんだ。いわゆるスタートに戻るってやつだよ。
突撃していったマダナイがどうなったか、ちらりと見ると、うまく攻撃をかわして竜の背後から背中に飛び乗ったところ。その周囲に他の敵の影はない。ちょっとほっとしたよ。
うん、うまい。
一応口先だけの勇者じゃないってことだよ。
そこなら竜の手は短いから届かないし、首を回しても死角になっている。
後ろからグサリとやる気なんだ。
さすが女神を囮にするような姑息な奴だよ。勇者らしく正面から正々堂々とは戦わないわけだね。
「どこを見ているの? あなたの相手は私よ!」
防殻のドームから飛び降りた少女だ。
いつの前にか真正面で刀を正眼に構えていたよ。顔は見えないけど、神秘的な気配にちょっと鳥肌が立ったよ。ボクの目には全身から白亜に輝くオーラが立ち昇っているのが見える。まるで聖なる祈りを力に人々を守る神官や賢者のようだ。
しかし、彼女が手にするのは聖なる儀仗ではない、闇色に輝く漆黒の刀剣なんだ。
彼女の構えにはまったく隙が無い。やっぱり超一流の剣士だ。 今までボクが対峙してきた中で一番近い気配なのは黄金樹の守護者だった聖騎士だね。あの男の剣が折れるまで半日も打ち合っていたっけ……。
ボクは女神パワーを強めたよ。
女神の魔法障壁に傷をつけるほどの剣士なんだ。
油断ならない。
あの漆黒の刀に魔力を乗せて攻撃されたら、今のこの世界のボクのレベルでは障壁がもたないかもしれない。そう思わせるほど少女の目には強い力があるんだ。
「たとえどんなに硬くても一点集中すればね!」
少女は叫んで、さっとボクの防殻のドーム上に再度飛び乗った。
あっ! と思う間もなく、さっき傷つけられた場所に刃先が突き立っていた。
ピシッ! と何がが裂けるような音がした。
「黒龍光刃雨!!」
少女の声が先か、頭上から降り注いだ鋭い剣先が地面に次々地と突き刺さるのが先か。
「!」
危なかったよ、ぎりぎりでかわしたんだよ。障壁に開いたわずかな穴から魔法攻撃をしてきたんだ。
切っ先から放たれた黒い光の刃が幾筋にも拡散して降り注いだ。
ボク以外の女神だったら数発は直撃を喰らってたね。でも、この女神エル様の目の良さを甘く見ちゃだめなんだよ。
「それに今ならマダナイも誰も見ていないから」
ボクは左右に身をかわし、瞬時に女神空間から取り出した禍々しい気配を放つ魔剣の短いやつで黒い刃を弾き飛ばした。
「ちっ!」
反撃を察したのか、野生の勘なのか、少女はすぐに飛び降りたよ。でも賢明な判断だよ! 間髪入れずに放ったボクの魔法の矢が光跡を残して追撃していく。
あの少女、あの身のこなしで龍の名がつく魔法を使うってことは間違いなく竜種だね。竜人って言うやつかもしれない。
「女神のくせにあれを避けきった?」
軽快なステップで魔法の矢の追撃をかわしながら少女は驚いていた。それだけ必殺の思いで放った攻撃だったのだろう。
「うん、避けたよ」
ボクはドームを解除し、今度は少女の前に盾のように障壁を厚く重ねて杖を握り締めた。
本当はボクは魔法よりも素手での殴り合いや剣を使った方がずっと強い。だけど、それはこの世界では内緒なんだ。だって、せっかく今回は勇者に守ってもらう可憐な美しき女神って設定なんだよ。
「女神なんでしょ! 勇者でも剣聖でもないでしょうに! さっきの剣さばきは何よ!」
そう言って少女は再び刀を正眼に構えてボクをにらみ付けた。
ええと、ここはとにかく時間を稼がなくちゃ。
今この少女をマダナイに向かわせたら不味い。それだけは間違いなんだ。
いくら竜に匹敵する力を出すってのが本当だったとしても、二対一になったらマダナイは絶対に勝てない。
見るとマダナイは竜の背びれに沿って駆け上がったところだ。そこは死角になって、思ったとおり竜の手は短くて届かない。でも強烈な尻尾攻撃が来た。
どきっとしたけど、マダナイは振り下ろされた尻尾の周囲を軽やかに回転するように動いて避けたよ。
……って言うか、あれはどう見ても背中の上でバランスを崩したら偶然タイミングがあって、避けたように見えただけじゃない?
マダナイがこの野郎とばかりに剣を振りかざしたよ。
ギャオーーン! と竜がまるで悲鳴を上げるように吠えた。
少女がはっとして竜の方を見た。
その瞳が不安と心配の色に染まったのをボクは見逃さなかったよ。
なんだか、おかしい。
女神の直感がささやくんだよ。
凶暴な殺意とか殺戮衝動が、あまりこの少女と竜から感じられないんだよ。
凶悪な魔物に見られるドス黒いオーラが無いんだ。竜はともかく、少女に至ってはむしろ真逆だね。澄み切った白亜のオーラなんて女神でも滅多に見ない純粋善の色なんだよ。
対岸では竜の首に足を回して締め付けながら、マダナイがその頭をぼこ殴りし始めている。剣を使っていないのは、おそらく鱗が硬すぎて剣が通用しなかったからだね。
さっきの”合いの手”の効果で少しだけ竜より強くなった力で殴っているんだろう。
ドガバギ、ドガスカ!!
派手な重低音の殴打音が谷間に響き渡った。
う~ん、容赦無いげんこつ攻撃。
どっちが悪なのか分からないよ。とても勇者とは思えないんだよ。はっきりいってちょっとヒクわ~~。
「ラキャインを殴らないで! もうやめて!!」
竜の名を呼んだ瞬間、少女の気がそれた。
今だよ! ボクはとっさに障壁を消した。
違う、障壁を移動させたんだ。
「きゃっ!」
突然目の前に障壁が迫って少女は驚いた。
少女にとっては虚を突かれた感じだろうね。まさか障壁が猛スピードで自分に迫って来るとは想像もしていなかったんだ。
でもさすがは竜種!
衝突寸前に後方にジャンプし、空中で体勢を立て直しながら着地したよ。だけどその瞬間、彼女の目が驚愕に震えたんだ。
なぜかって?
うん、彼女の目の前からボクの姿がなくなっていたからなんだよね。
「はい、王手だよ!」
ボクは後ろから彼女の首元に鋭く尖った杖の先端を突きつけた。
「くっ!」
「動いちゃだめだよ。動きは封じたよ。わかるよね? どう動いても死ぬよ」
「女神のくせに……」
「一流の女神は一味違うんだよ? さすがでしょ?」
「さっさと殺すなら殺せ、女神! 我ら一族を傷つけ、安住の地から追い出しただけでは飽き足らず、各地に散った仲間をこんなふうにして一人一人滅ぼす気なんだな? だが竜族の誇りにかけて、たとえ魂魄になって冥府をさ迷ったとしてもいずれ蘇って復讐を果たしてやるぞ」
悔しそうに振り返ったフードがはらりと肩にかかり、少女の素顔が露わになった。
「!」
一言で言うとまさに超絶美少女!!
これは、並みの女神なら思わず恥じらうほどの可憐さだよ。
「何よそれ? あんた達が魔王の配下で、災いをもたらすためにここにやってきたのは知っているんだよ」
ボクは動揺を隠した。
「魔王? 女神に襲われて、たまたま魔王軍と行動を共にしたけど、あれは古竜の里からみんなを逃がすために必要だったからで、魔王の配下になった覚えはないんだから」
女神に襲われた? 気になる言い方だよ。
やっぱり何か悪いことをやっていたから討伐されたんだろうか? 古竜の里を攻撃した女神について後で調べる必要がありそうだよ。
それんしてもこの美少女は竜族で間違いない。
竜人と言うより真の竜が人化の術で姿を変えているんだろう。
でも人の基準で見たらやっぱりどう見ても超絶的な美少女だ。
純真そうで一途な感じがする。
白亜のオーラを放っているので元々色白なのにさらに素肌が輝いて見える。
目もぱっちりして可愛らしいし顔の造形ときたら女神だ。
その姿で街に出たら人だかりができるに違ない。もしかしたら王宮からすぐに使者が飛んで来て王家に取り込もうとするかもしれないレベルだ。
だけど、本物の美の女神であるこのボクの美貌には敵わないはずだよ。きっと……。
「魔王の配下で無いなら、どうして下流の街を滅ぼすような事をしているんだよ?」
「な、何を言っているの?」
その少女はきょとんとした目で見上げた。
おや? おかしい。
どうみてもただの可憐な竜族の美少女に過ぎない気がする。
女神の目を使って見ても、邪悪さや悪意を見いだせない。
やはり何か誤解があるのかもしれない。
さらに女神パワーを使って少女の魂の情報をこっそり見ると、やっぱりそうだ。少女の魂は白く光っていて濁っていない。この少女の魂の根源は邪悪とは無縁なんだ。
今は自己防衛とか大切なものを守りたいという意識が過剰に出ているだけらしい。魔王の配下じゃないというのは本当のようだよ。
「あなたの連れている竜が垂れ流している毒の糞尿で河川が汚染されているんだよ。そのせいで下流の街が滅びかかっているんだ。知らなかった?」
「そうか、それで街の人が目の色を変えて討伐に来たのか」
少女はうなづいた。
少女の理解力は高いようだ。
優れた知性と卓越した戦闘能力もつ竜種の超美少女だなんて、なんだかもうこの世界では完璧すぎる存在だよ。
ギャウーーーン!
その時、竜が再び吠えた。というより悲鳴を上げたよ。
「あっ、あの勇者を止めて! もうラキャインをいじめるのはやめてください! 降参します! ちゃんとわけを話しますから、信じてください!」
少女はそう言って大切な刀を地面に置いた。
その瞳は純粋で澄み切っている。
うわっ、この娘、本当に良い子かも!
このボクですら思わずドキッとするほどかわいい!!
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