第22話 いざ竜の棲む谷へ!

 結局、次の日、ボクたちはたった二人で魔物討伐に出かけることになったんだ。


 もちろん、他の女神と勇者の同行を断ったのには理由がある。


 ぞろぞろと大勢で行ったら、近づく前に気づかれてしまうというのが理由の一つ。

 この前の失敗の原因はそれだね。竜のブレス攻撃の射程距離は半端ない、近づく前に焼かれてしまうのがオチなんだ。


 そして、もう一つの理由は、彼女達が連れている勇者ではレベル不足でかえって危険が増すしからだ。

 それに何といっても彼らは負傷によって失った生命力や体力がまだまだ戻っていないんだ。


 だからボクは「マダナイだけでも大変なのに、これ以上他の誰かを守りながら竜と戦うなんで無理だよ」と、心配顔の女神たちを説得したってわけ。


 でも、実はそれは建前、本当の理由はね………。



 うん!!

 ボクが合いの手を入れる姿を誰にも見せたくないからだよ!


 天界一の美の女神として売り出し中の、天界のアイドルの、このボクが、「あっほれ! あっほれ!」なんてガニ股踊りしている姿なんて絶対NGだよね!


 そんな事を知らない若い女神たちは街を出発するボクたちを門まで見送りに来て、「街や人々を救うためにお二人だけで立ち向かうなんて、さすが慈愛の女神ですわ」「まさに女神の鏡のような方ですわ」と尊敬のまなざしを向けてきた。


 女神たちの尊敬の念を集めるってのはこれはこれで悪くないけど、「女神エル、無茶です!! あの強大な竜にどう立ち向かうのです! あと一週間、せめて他の勇者が回復するまでお待ちください!」

 そう言って止めたのは女神ハンナだけだったよ。


 彼女はパートナーの女勇者を派手にやられているから敵の強さを知っているんだ。そうだよね~。ボクだって本当はちょっとヤダよ。実のところ、昨晩のマダナイとのやり取りで引っ込みがつかなくなっただけなんだし……。


 「やっぱりそう思うよね? じゃあちょっと考え直そうかな」と言おうとしたんだけど。

 

 マダナイが颯爽と前に進み出て、「この街の状況を見ろ、事は一刻を争う。それに俺が付いているんだ。大丈夫だ、吉報を待つんだ」なんて格好をつけたよ。


 こいつ、カッコだけは一流だからみんな騙されるんだ。


 集まっていた若い女神たちが頬を赤くしてぽお~~っと目にハートを浮かべたよ。


 その結果、二人で荒野をトボトボ歩くことになったんだ。

 



 ーーーーーーーーーーーー


 「うわ~~~~見てよ。これは本当に酷いわ!」

 思わず声が出てしまうほどその川は汚れていた。


 さっきまで青々として清らかだったのに、今は上流から濁った水がどんどん流れてきているんだ。


 竜の姿をした魔物が原因らしいけど、どうしたらこんなに汚せるんだろうね?


 「あそこだな。あの峡谷に入ってまもなくの場所に奴がいるらしい」

 水面に手をかざして何か調べていた勇者マダナイが立ちあがった。


 川の上流は、ここから見ると荒々しい岩山に見えるが、その奥は深い森が広がる山岳地帯になっている。


 豊かな高原の森林を流れて来た川が一気に滝となって流れ落ち、その峡谷を削り出したのだ。街の水源にもなっているその川は峡谷を抜けたところで扇状に土砂を堆積しながら平地に流れ出している。


 「見ろ、汚染はまだまだ広がっていくぞ」

 「ひどいね」

 「放っておけば半月もしないうちに穀倉地帯は全滅する。そうなれば魔物を退治しても数十年は誰も住めない土地になるぞ」

 川の水が汚れ始めた途端、川岸の草むらは徐々に川に近い方から茶色く立ち枯れし始めた。


 本来は川の側まで緑に覆われていたんだろう。既に川幅の倍くらいの所まで変色が進んでいるんだけど、こうして汚染が広がっていく光景を目の当たりにするとやっぱりぞっとする。

 昨晩、ボクが寝落ちするまでマダナイは「手遅れになる前に手を打たないといけない」と何度も言っていたけど、これを見て初めて実感したよ。これはただの毒じゃないよ。


 「それでどうなの? この川の毒の原因は何だか分かった?」

 ボクは川べりにしゃがんで水面に手を入れてみた。水は冷たくない、ピリピリと肌を焼いたりもしない、ごく普通だ。


 「ただの茶色く濁った水に見えるけど、これ毒なんだよね」

 ちゃぷちゃぷ……と水をかき回してみた。


 汚れた水は女神パワーを発揮しているボクの肌に触れた分だけ一瞬透明になる。


 その姿勢で髪をかき上げるとほ~ら水辺の女神様だよ。

 うん、かなり絵になるポーズだよ。

 色っぽい衣装からちらりと見える健康的な太ももが超刺激的のはずなんだ。

 「マダナイ、どうなの?」

 ちょっと流し目でマダナイを見たけど、こいつ全然ボクの方を見ていないんだ。チッ!


 そう言えばこの勇者、毒の鑑定とか言う無駄スキルを持っているんだ。


 「ふむ。わかったぞ」


 「やっぱり毒? 毒なんだよね? 良く見ると茶色いふわふわしたものがたくさん混じってるけど、これが原因物質でしょ?」

 ボクはそう言って水をすくった。

 マダナイは一瞬 アッ! という顔をしたがすぐにいつもの表情に戻った。何だったんだろう?


 「毒といえば、まあそのとおりだ」


 「やっぱり! 女神の目はそのくらいお見通しなんだよ。それで? この茶色い浮遊物は一体何だったの?」

 ボクは指先でその謎の茶色い浮遊物の塊をつついてみた。集めるとねっとりとした粘土みたいだね。


 「それは……」と言ってマダナイはゴホンと咳ばらいをした。なんだか言いづらそうだ。


 「何よ? ボクには毒耐性があるからどんな毒だって平気だよ」


 「そうか? 言ってもいいんだな?」


 「もったいぶっていないで早く言ってよ」


 「それな。それは実は排泄物…………、つまりは糞なんだな。クソとも言う、まあウンコだな」


 は?

 糞? クソ? ウンコ?


 「ぐえッ! ふ、糞ですって! ……そう言うことはボクが川に手を入れる前に言ってよね! ひえ~~~~!」

 ボクは手を思い切り振ったが、時すでに遅しだ。


 うっ、汚い! とボクが撒き散らした茶色の水滴をマダナイは華麗に避けた。


 「美しい女神が、噴水ならぬ糞水に手を入れていたなんて絵にもならないんだよ!」


 将来、ボクの冒険が絵本になったとき、きっと『女神エルは微笑みながらウンコの浮かぶ川に手を入れました』とか書かれるんだよ!


 「ウ、ン、コ~~~~~~!」


 泉かどこかで手を洗いたいところだけど、残念ながらここにそんな便利な物は無い。


 せめて何か手を拭うものはないの!

 そう思ったら、マダナイがカッコつけのために首に巻いているひらひらスカーフが目に入ったよ。街で可愛い娘の売り子に声をかけられてニヤケながら買ったばかりのやつだ。


 「それにしても汚れの原因が糞だったとは……。負傷した勇者達の話では巨大な竜のような奴と言う話だったが、これだけの糞を垂れ流しているところを見ると案外下痢でもしているのかもしれないぞ」

 マダナイは上流を眺めて心配そうな顔をした。


 「あんた、何で竜の腹下りの心配なんかしてんのよ」

 ボクはその背後で両手をゴソゴソと動かしながら言った。


 「いや、竜は孤高にして神聖で気高いという種族だろう? 今回の戦争でも中立だったはずだ。それがいつの間に魔王の配下になったのか、どうして下痢なんかしているのか、気にならないわけないだろ?」


 言われてみればそうかもしれない。あの気高い竜族が魔族の配下になるなどあまり考えられないんだよね。もしかして何か弱みを握られている? 


 それに生体的に強靭な竜が下痢をするってのもあまり聞いたことがない。これは確かにマダナイの言うとおり何かありそうなんだよ。




 ーーーーーーーーーー


 ボクたちは警戒しながら谷に向かって近づいていった。

 次第に近づいてきた峡谷の入り口はまるで巨大な魔界の門だったよ。


 川の両岸には竜の牙のように尖ってねじれた奇岩がそそり立ち、見る者に不安と恐怖感を覚えさせるんだ。


 谷間に入ると足元には拳サイズの礫だらけ。植物なんかまったく生えていない。これは年中崖が崩れ落ちているからなんだろう。


 いやだなこの雰囲気。

 不気味なんだよね。

 鳥のさえずりや虫の音も聞こえないんだ。


 全ての生き物が息を殺してじっとこっちを見ているような感じなんだ。


 そんな中、ボクのレンタル勇者、マダナイの奴は恐れ知らずでどんどん奥へ進んでいく。といってもここからは隠密行動だから岩々に身を隠しながらだけど。


 「マダナイ、もう少し警戒したらどう? あんたのレベルじゃあ不意打ち喰らったらとっさに避けられないよ? そんなに死に急いで、始まりの街に戻りたいわけ?」

 ボクはマダナイの袖をつかんだ。


 この勇者、初期に比べれば身体能力が上がったので以前のようにのろまに感じる事は少なくなったけど、まだまだ一流の勇者と呼べるレベルには達していないんだ。

 おそらく身体能力だけを見れば、治療を受けて街で養生している勇者達の方が何倍も上だろうね。


 ただでさえビリ争いの身なんだから、ここでマダナイが死んで始まりの街から再スタートになるのだけは避けたいんだ。


 「ほら、女神エルあそこを見ろ。たくさんの武器や防具の残骸が散らかっているのがわかるか? おそらくあの辺りが前回、勇者と女神がやられた地点なんだろうな」


 マダナイが指差した先にきらきらと金属の光りが反射して見えた。ちょうど崖が直角に曲がるところだ。

 地面や岩がガラス化している部分もある。高熱にさらされたんだと誰にでもわかる。


 「確かに、あそこで待ち伏せ攻撃を受けたら危険だね。前回は大勢でガチャガチャ鎧の音をさせながら無警戒で進んだらしいから、すぐに気づかれて奇襲されたんだね」


 「そうだろうな。だが「気づかれている」という点は今回も同じだ。お前、静かに行動しているつもりだろうけど相変わらず女神パワーを隠しきれていないからな。向こうは駄々漏れの女神の接近なんか、と~~っくに気づいているだろう」


 「あ~~。ひどい言い方だよ。駄々漏れの女神なんて」

 「事実は事実だろ?」


 「それって美の女神に対して使う表現じゃないよ、なんか下品なんだよ。だって、まるでお漏らししているみたいじゃない?」


 これでも天界では美女として有名だったんだよ。言いよってくる男神なんかいくらでもいるんだよ!

 この高貴で上品で最高に美しい女神を捕まえて、駄々漏れ女神とは何たる言い草だよ! 人のレベルに合わせてこの美しさなんだよ、ボクの天界での本当の姿を見たら一瞬で恋心大爆散、愛の虜になるよ。


 「しっ、静かに。俺に作戦があるんだ。向こうが気づいているお前の気配を逆に利用しよう。女神エル、お前はあの角までそろそろと近づいて、角を曲がったら変態踊りでも何でもいい、奴らの気を惹いてくれ。竜族のブレス攻撃は次の攻撃に移るまでタイムラグがある。最初のブレスを吐かせてしまえば、次の攻撃に出る前に俺が奴の懐に飛び込むチャンスが生まれる」

 そう言ってマダナイは右手に新調した長剣、左手に短剣の猪の牙を握り締めた。


 「そう。そういう作戦でいくんだね、分かったよ……。って言うと思う! このボクが……この高貴で美しい女神エルが囮だなんて! 女神を餌にしてコソコソ背後から忍び寄る勇者とか、絵面的にもNGだよ! かよわき乙女を囮に使う勇者なんて最低だよ!」


 「かよわき乙女? そんな奴いたっけ? まさか不可視魔法を使って俺たちについて来た乙女がいるのか?」

 ぐぬぬぬ……。こいつめ、わざとらしく周囲を見回した後、こっちを見てニヤリと笑ったよ。


 「まぁ、そんなに心配することないさ、一応は女神なんだろ? 俺もつくづくお前の目の良さだけには感心しているんだ」


 「目が良いのが何か関係あるの?」


 「うん、お前はよく目が見える。きっと竜の初撃も見切ることができる。向こうは不意打ちのつもりだろうが、こっちはブレス攻撃がくるとわかって進むんだからな。だからきっと避けられる、女神だしな。その後は任せろ」

 そう言ってマダナイがボクの肩をポンポンと気安く叩くけど全然やる気は出ないんだよ。こいつ、ボクが丸焼きになっても女神だから問題ないとか思っているじゃない? この世界用の体で降臨しているから普通に死ぬよ?


 「女神エル、俺は勇者としてお前を信じている。わかるよな?」

 うっ、そんなに真っすぐな目で見つめられると……。

 

 こいつイケメンだけにその魅了が怖いんだ。


 女神のボクですら胸がトキメク気がする。

 まあ気のせいなんだけど。


 しかし、自分の勇者に信じていると言われて動かないのは女神としては失格だ。


 「わかったよ。やるよ。でもその代わり、勇者らしくたまにはいい所をボクに見せるんだよ」


 「いい所? 俺はいつもお前のために良い姿を見せているつもりだけど?」


 「え~~~~? そうだった?」


 おかしい。

 いつそんな姿を見たのかまったく記憶に無いんだ。

 これまでの戦闘シーンを思い浮かべても、あまりカッコ良かった記憶って無いんだよね。


 「ほら、宿屋で風呂上りのパンツ一枚の姿を見ただろ? 昨晩もお前がじろじろと欲情的な目でこっちを見ていたのは知ってるんだ。ラッキーだったろ?」


 「ちがうんだよーーーーーー! イイトコロって、そんな意味じゃないんだよ!」

 思わず顔が赤くなった。

 チラ見していることに気づかれていたんだ!


 あれは勇者の健康状態のチェックと次に何の力を伸ばせば良いか能力値を見ていただけなんだよ! でもそれは女神パワーの秘密だからこいつには言えないんだ。


 「勇者らしく、カッコ良く戦うところを見せてって意味だよ!」


 「ふっ、な~んだその程度。……俺に任せておけ、女神エル! 俺はきっとお前を、あの街を守ってみせる」


 ぐおおおおお、何だかいつもよりイケメンパワー全開で迫ってくる。きっと拾い食いでもしたか、朝食で何か悪い物でも食ったに違いないよ。

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