第21話 白衣の天使?

 「違います! 女神エルですってば! 失礼な!」

 可憐な雰囲気の同僚にマダナイと同じような事を言われるとは思わなかったんだよ!

 いくら胸元が見えて、太ももが露わな白いドレスを着ているからって誰が女神エロだよ! これは美の女神の正装なんだよ。 

 

 「失礼しました、そうそう、女神エル様でしたね。この子の治療を頼みます! この子、ちょっと不味い状況なんです、このままでは……」


 女神ハンナは必死に頑張っているが彼女の術は肉体の持つ自然回復力を強化するものだ。その力は重傷者の治療には適していないんだ。それにハンナ自身も腕にひどい火傷を負っているようだ。


 「うわっ! ひどい斬られ方だよ、このままじゃ天上界に召されるよ。まともな治癒魔法を使える者は他にいないの?」

 ハンナと入れ替わって見てみると床に寝せられているのは名前は知らないけど若い女神だ。彼女は何度か天上世界で見かけたことがある。


 「ええ、この街に残っているのは戦闘補助系の女神ばかりで、ちゃんとした治癒が使える女神はずっと先の街に行ってしまったんです。私たちの今のレベルでは応急手当が限界で……」


 「なるほど治癒系女神がいなんだ」

 このレースに参加するにあたり、女神は治癒系と戦闘系スキルのどちらを低レベルから使えるか選択しなければならないんだよ。レベルが上がればどちらも使えるようになるんだけど、自分が育成する勇者の資質を考えてどっちのスキルが先に発現するか選ぶってわけ。


 当然ボクは戦闘は勇者に任せて、可憐に勇者の治癒役を務める女神というイメージだったんだよ。だって元々慈愛の女神だし。


 でも、実際は勇者が弱過ぎて、二人で必死こいて戦うはめになっているんだ。みてよこの二の腕! 下手な戦闘系女神より力コブが出るよ!


 「どんなやられ方をしたんだよ、ひどい傷だよ。これで女神じゃなかったら即死だったよ」

 ボクは患部に手を添え、聖なる光を発現させた。


 鋭利な刃物ですっぱりやられている。傷口を見ただけで敵のおそろしさが分かる。その攻撃は女神の再生能力が麻痺するほどの切れ味なんだ。

 

 「その破廉恥な衣装……あなたは女神エ……」

 その女神もボクを知っているようだ。


 「あ、しゃべらないで。ボクは女神エル。今、治癒するよ」

 ボクはその唇に手を当てて言った。

 うん、この女神もボクのことを「女神エロ」とか言いそうだったから慌てて口を塞いだわけじゃないよ。


 「ボクの治癒スキルは天界でも上位ランクだよ。傷跡も残らないように治すよ! 女神パワ~~!!」

 ボクは両手を患部に添えて女神パワーを発揮した。周囲に聖なる光が広がって近くにいた軽傷者の傷口までふさがっていく。


 こうやって多くの兵士や市民たちよりも先に女神を助けるのには訳があるんだよ。身内だからってひいきしてるんじゃないんだ。


 どうやらここにいる女神たちは初期スキルに戦闘系を選んだ者ばかりらしく、他人の治癒はほとんどできない。でも、他の女神に自分の女神パワーを供給することはできるんだよ。

 つまり治癒を行っているボクの女神パワーが切れないように予備パワーとして彼女らのパワーが使えるってわけ。


 こうしてボクは次々と傷ついた女神たちを治癒し、彼女らの協力を得て倒れている人々全員の治癒を行なっていったんだ。


 エライね!

 さすがは愛と慈愛の女神だよ。自画自賛だよ!

 まさに白衣の天使じゃない?


 「ふへ~~っ。これで終わったよ。もう大丈夫だから安心して」

 ひどい下痢の症状で苦しんでいた子どもは顔色も戻って母親の膝枕で寝息をたて始めた。


 「よくやったな。見なおした。ただの暴力女神ではなかったということだな」

 勇者マダナイが母親に感謝されているボクを見て珍しく感心している。


 「ふっふっふ……これで女神エルの偉大さがわかったよね?」

 少しは尊敬の念がアップしたはずだ。


 「うん。まさに病室を徘徊する白き魔王、どう見ても場違いな露出度の大きいエロ衣装で他の女神がひぃひぃ言ってもお構いなしにその力を吸い取るところなんか鬼気迫るものがあったよ、うん、魔王だった」

 マダナイはあちこちに倒れている女神たちを見回した。


 「だれが魔王だよ!」

 ここは素直に白衣の天使って認めてくれて良い場面だよ。


 「まぁ、そんなことはどうでも良いとして」

 「どうでも良かったんだ……」


 「まぁ頑張ったのは認めるよ。腹が減っただろ? 宿はコロンが手配してくれたそうだ。宿に行ってすぐに晩飯でも食おうぜ」

 「え? もうそんな時間なの?」

 窓の外を見るともうすっかり夜である。


 「時間も忘れて必死に頑張る姿が見れたのは悪くなかったな。今夜の一杯、おごろうか? 女神さま」

 「へぇ、珍しい言葉を聞けたんだよ」


 「一杯おごるから、晩飯代は頼んだぞ」

 「結局ボクが払うんだよね!」

 

 その時だ。

 

 「女神エル様!!」

 二人して神殿の外に出ようとしたとたん、ボクたちを呼びとめる声がしたよ。


 振り返ると女神ハンナとコロンが駆け寄って来た。


 「女神エル、みんなを助けて頂いたお礼に夕食をご一緒にいかがでしょう? もちろん夕食代は私が支払います。この街の状況についてお話がしたいんです」

 治療師コロンがボクの手を取って言った。


 ちらりとマダナイを見るとうなずいている。


 これだけの被害が出ているんだ。早めにこの街を襲った災いや魔物についても知っておくほうが良いだろう。


 「うん。わかったよ」

 「案内してくれるか?」

 二人はうなづいた。


 「それでは近くの食堂に参りましょう。こちらです」

 女神ハンナとコロンに続いてボクたちも夜の街に出た。

 



 ーーーーーーーーーー


 さて、その夕食ではかなり有益な情報が得られたよ。


 治療師ハンナの説明では、街の人々の病気はどうやら日常的に使っていた川の水の汚染によるものらしかった。


 勇者と女神は、汚染の原因を調査に行き、そこで凶悪な二匹の魔物の襲撃を受けたらしい。


 勇者と女神は剣による切り傷とひどい火傷を負っていたからそれぞれ剣と火を使う魔物ということなんろう。


 魔物は街の北にある峡谷に潜んでいるらしい。その姿を見た勇者の話では巨大な竜種一匹と竜を守護する剣士らしい。

 魔王の四天王にも匹敵する強力な魔物で、この街にいる勇者のレベルでは太刀打ちできなかったそうだ。


 確かに本当に竜ならかなりの高レベルモンスターだろう。竜種は、普通はこんな序盤で出くわすような魔物じゃないんだよ。


 そして、そいつが峡谷に居座ったため街の水源である河川が毒で犯され、それに気づかずに水を使った人々が病にかかっているんだ。


 今は原因が川の水だということに気づいて井戸水で急場をしのいでいるが、これから夏に向かうにあたり河川の毒を取り除かなければ、街は滅びるかもしれないという事態なんだよ。



 ーーーーーーーーーー


 宿に入ったボクとマダナイはちょっと深刻な顔でグラスを傾けながらテーブルの上のランプの明かりを見つめていた。こんな序盤で竜が出て来たんだ。相手が悪すぎなんだよね。


 「竜なんて想定外だよ」

 ボクはベッドに座って足を組んだ。


 「やはりまずいな」

 マダナイの声は重い。


 「うん、まずいんだよ。まだみんなレベルが上がっていなんだよ。怪我が治ってみんなで協力しても竜とどこまで戦えるか……」


 「いや、俺が言いたいのはこの部屋のことなんだ。二人同室だぞ? しかもベッドが一つ……」


 「なにを気にしてるんだよ? こんな美しい女神と同室になって恥ずかしいかもしれないけど。まあ、いつもの野宿だと思えばどうという事はないんだよ」

 宿は傷の回復を待つ勇者や女神で満室になっていて、不本意ながら今日はこいつと同室なのである。

 

 「しかし……」

 「だから、あんたが床に寝れば良いだけだよ。野宿セットあるんだし。地面が板になるだけだよ」

 

 「そんな事は気にしていない。ただ、こんな狭い部屋だとお前の殺人的な歯ぎしりが反響して……俺は今夜どうすれば」

 マダナイがげっそりして両手で耳をふさいだ。


 「スミマセンね!!」

 そっちかよ! 


 「わかったよ。寝る前に女神特製の耳センを下賜するよ。ありがたく使うんだよ」

 

 うん、話を戻そう。


 「龍種といっても色々あるんだよ。火傷からすると炎を操るタイプなのかな?」

 「たた炎を吐くだけの竜型モンスターってだけじゃない。川を汚染しているんだ。もしかするとポイズンドラゴンか? いや、火と毒ってことはドラゴンゾンビって可能性もあるか、いずれにしても複数属性持ちの上位種だろうな」


 「そうなんだよ。いずれにしても、この街に到着したばかりの低レベルの勇者でどうにかできる存在じゃないってことだけは確かだよ。今は戦うのは避けるべき相手だよ」

 う~~ん、困った! とボクはベッドに倒れ込んで枕を抱えた。


 「ここはスルーして先に進んだ方が良いんじゃないかな?」

 

 「女神エルよ!」

 珍しく真剣な表情でランプの光を見ていたマダナイが、なぜかボクを睨んだ。


 「それがこの世界を救う女神の言葉かよ? どんなに勝ち目がなくても街を救うために立ち上がり、人々に希望の光を見せるのが女神じゃないのか?」


 うわっ、出た! 正論というか、女神に対して理想を持ちすぎじゃない? う~ん、実際はそんなに理想で行動するばかりじゃないんだよ。女神だって無謀な行動は慎むんだよ?


 「でもね、レベルってものがあるんだよ? いきなり高レベルの敵に戦いを挑むのは危険だよ。あんた自分のレベルがいくつだと思ってる? 女神は勇者がそんな無茶をしないように監視するのも役目なんだよ?」


 「だからと言って、何もせずに苦しむ人々を見捨てて、勇者と女神って言えるのか?」


 「……」


 「ふう、やっぱりお前はただの暴力女だったな。慈悲の心もないなんて、女神の風上にもおけない。もっともそんな水玉模様のお子様パンツを履いているようでは女神の高貴な資質とやらも高がしれているけどな」


 「ぎょわっ!」

 ボクはスカートを押さえた。


 この男、イスに座ってランプをじっと見ていたと思ったら、ただ単に覗いていただけなんだ! 思わずぐっと拳を握ったけど、ここでこいつを吹っ飛ばすと宿が壊れるかもしれない。


 「それにお前は肝心なことを忘れているぞ」

 「?」


 「俺は相手に応じて強くなる。相手が魔王なら俺も魔王に匹敵する力を出せるって言ったよな? 相手が竜なら俺は竜に匹敵する力を出せるんだぞ?」

 マダナイは自信を持って言い切っているが、実際に魔王と戦った経験もないくせに……本当のところ、どこまでそれが真実なのか分からないんだ。


 「その力なんだけど、少しづつ確かめたほうがいいんじゃないかな。いきなり強い敵で確かめるのは無謀だよ」


 「自分が選んだ勇者を信頼しないのか? 女神エル」

 うわっ、急にイケメン顔になったよ、こいつ! 

 なんだかカッコいいんだ。


 その顔は反則だよ、ずるいんだ。


 一応、元が格好良いから始末に負えない。いくら中身がへっぽこ変態勇者だと分かっていても、つい思わず見蕩れてしまった。

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