第20話 「その次の街ジカイサクノマチ」の街

 「もう大丈夫、これが慈愛の力です」

 ボクは女神らしく胸元で両手を組んで、長い祈りを終えた。


 「おおっ! これは! 息子の足が治っております! 女神さま! ありがとうございます~~ぅううう!」

 目の前の商人の男は大感激!

 大粒の涙を湛えてボクの手を取った。


 「とうちゃん! 足が動くよ!」

 足を骨折し、使用人の男に抱きかかえられるようにして路上にうずくまっていた少年がぴょんと立ち上がった。


 「ほーら、見たか? これが本来のボクの力なんだよ。正真正銘、美と慈愛の女神なんだぞ」

 ボクはちょっと得意顔になって、いつの間にか後からそっとのぞきこんでいたマダナイに言った。


 「誰も否定はしていないんだけどな?」

 「でも、あんた、すぐにボクのことを暴力女神とか言うじゃない? 少しはあがめてもいいんだよ。ほれほれ」

 ボクは手をひらひらさせてマダナイをからかった。


 「女神エル様、なんとお礼を申し上げれば良いのか」

 「ありがとう! 女神さま!!」

 うん、完璧! 元気も戻ってきたようだ。

 この親子は旅商人だ。護衛兼使用人の三人で旅をした。魔王軍のハグレ魔物の群れに襲われているところをボクらが助けた。


 この付近はだいぶ前に先行する女神たちが魔王軍から解放した地域なんだけど取り残された残存兵が時折現れるらしい。


 「ぜひ、ぜひ、何かお礼を!」

 「お礼だなんていいよ。君たちを襲った魔物は逃げ出したけど、このお兄さんがしっかり退治したからもう安心していいんだよ」

 そう言ってボクは振り返ってマダナイを見た。


 「ね、退治してきたんでしょ? さっきの魔物」


 「もちろんだ、俺は勇者だぞ? 残ったガーゴイル族の一匹や二匹、合いの手なしでも問題などない。まあ相手は五匹だったが……」 

 目が泳いでいる。


 うわぁ~~、どうにも疑わしい。


 「それで? もちろんやっつけたんだよね?」

 「やっつけた? うん、まあ、穏便にな。お帰り願ったまでだ」とポリポリと頬を掻く。


 「お帰り願った? 穏便にってどういうことだよ?」

 ジロリ!


 「あいつら、魔力切れだったらしい。魔王の国まで飛ぶ力がなくなって、仕方なーくこんな未精製の魔石を積んだ荷馬車を襲ったってわけだ。魔力さえあればこんな場所には用はないって言うから魔力玉をくれてやった。そうしたらみんな喜んで北へ飛び去ったぞ。もうこの付近で人を襲う事はないだろう」


 魔物を助ける心優しき勇者ってわけじゃない。

 きっと今のレベルでは勝てない相手だから話し合いに持ち込んだんだに違いない。こいつ、そんなんだからレベルがちっとも上がらないんだぞ。




 ーーーーーーーーーー


 さて、そんなこともあってボク達は、予定より少し遅れてその次の街ジカイサクノマチに着いた。


 「やっと着いたか、このあたりにしては割と立派な城壁を構えているな」

 マダナイは石垣を見上げた。


 「ここがその次の街ジカイサクノマチだよ」

 ボクは読み歩きしていた神々からもらった案内本をパタンと閉じた。


 ここの街の名前は『その次の街ジカイサクノマチ』だ。

 だからちゃんと言うなら「その次の街ジカイサクノマチの街」に着いたと言うべきなんだろうけど。


 なんかややこしいネーミングなんだよ! 舌を噛みそうになるんだよ。


 石造りの門をくぐると、魔物の侵入を阻止するチェックゲートが設置されていた。ここで魔王軍の者かどうか検査するんだね。

二人は衛兵の指示に従って街に入る人の列に並ぶ。


 「魔物チェックゲートか……いよいよ戦地に近づいて来たって感じがするな!」

 「でも、なんだか騒々しい街だなぁ。さっきから緊急車両の鐘の音が聞こえてくるしね」


 「そうだな、確かになにか不安な気配を感じるな」

 「あんたも気づいた?」

 ボクの女神センサーが街を取り巻く不穏さを感じ取って、こめかみのあたりがピリピリする。

 炎天下で帽子もかぶらないで歩いてきたから日焼けしてピリピリしているわけじゃないよ。


 「見ろよ」

 「なになに?」

 ゲート前から見えている大 通りは商店街になっていると言うのに買い物をしている人は少なく、通りに面した店々も臨時休業になっている所が多いようだ。通りを行き交う人々に兵士の姿が多いのも気になる。


 「どうやら何か起きているらしいな?」

 「そうみたいだね。ほら前の人が進んだよ。ゲートをくぐるんだよ」

 ボクは柵の隙間から覗いているマダナイの腕をつかんだ。


 「これが魔物探知ゲートか? 工科系スキルの女神が持ち込んだ機械だな」

 「これをくぐるだけで良いんだ」

 

 二人は街の異常な雰囲気を気にしつつ、衛兵に促されるまま設置されている魔物対策のゲートをくぐった。


 その途端、ゲートがピコンと光った。


 「ムッ!!」

 両端に立っていた衛兵の目が鋭くなった。

 「そこのお前達! ちょっとこっちに来てもらおう!!」

 すぐにちょっと偉そうな衛兵の男がこっちに駆け寄ってきた。おそらく隊長さんなんだろう。


 「まさかボクたちが魔物だと判定された訳じゃないよね?」

 「やっぱりな……。お前、さては魔物だったんだな?」

 「違いますって!!」

 全力で否定したが、マダナイの目は疑っているんだ。この数日でボクが女神だってわかっているはずなんだけど? 


 「お前たち、おとなしく我について来るんだ」

 長槍を手にした隊長らしき男がボクたちをゲートの隣にある建物に連れ来んだ。

 

 「コロンさん、反応した二人を連れてきたぞ」

 建物に入るなり隊長が目の前にいた少女に言った。


 「女神様! 貴女方が新たに到着なされた女神様と勇者様ですね!」

 パッと目を輝かせて、コロンと呼ばれた少女が振り返った。

 ああ、そうか。魔物感知ゲートは勇者・女神感知ゲートでもあるんだ。


 「助けてください!」

 コロンはふいにボクたちの手をつかんだ。


 歳の頃は12、3歳の少女である。髪を短く切りそろえて快活そうな目をしているが、着ている衣服にはべっとりと血が付いている。どうみてもただ事じゃない。


 「どうしたというんだ?」

 「何をそんなに慌てて? 助けてってどういうこと?」


 「ごめんなさい。慌てて説明がまだでした。この数日、たくさんの人が病気になって、原因を探りに行った女神様や勇者様も傷ついて戻って来たの! ボクたちの治療術では手に負えないんです! 助けてください!」


 「!」

 ボクたちは顔を見合わせた。


 先行して街に到着していた女神と勇者が傷ついたらしい。最前線でもない場所で勇者がやられるなんて、一体どんな凶悪な魔物がいたんだろう?


 「女神エル、考えるのは後だ。苦しんでいる者を救う、それが女神と勇者だろう」


 そうだね。たまにはこいつもまともな事を言うよ。


 「お嬢ちゃん、大至急、みんなの所に案内してちょうだい」


 「はい、こっちです。ボクはこの街で治療師をしているコロンと申します。女神様は……えっと」


 「ボクたちは女神エルと勇者マダナイよ」


 「女神エル様、病人や怪我人はとりあえず奥の神殿に集められています。こっちです!」

 そう言ってコロンは後ろを振り返りつつ駆けだした。




 ーーーーーーーーーー


 「う~~~~っ」

 「苦しい~~~~っ」

 「お腹が痛いっ」

 「下痢が止まらない」


 神殿の床にはたくさんの人々が粗末な布の上に寝かされていた。中には何人かの女神と勇者の姿も見える。


 「ええっ! こんなに女神もいるのに治癒とか癒しを使える女神はいないわけ?」


 「それが……あそこにいる女神ハンナ様だけなんです」

 コロンが部屋の隅で治療にあたっている女神を指差した。


 「どうなってるの? ひどいケガなんだよ」

 ボクは倒れている女神の治療にあたっている女神ハンナの隣にかがんで、その顔を覗き込んだ。


 「あなたは? ええと、確か女神エロ?」

 ハンナはボクのちょっとだけ露出の多い衣装をちらりと見て口走ったよ。

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