第3章 傷ついた者たち

第19話 レベルアップのため、モンスターを呼ぼう!

 「それにしても、魔物も何も全然出て来ないね~~……」


 広い草原の一本道だ。

 のどかだわーー、平和すぎるーー。

 お日様もぽかぽか暖かくて、あ~~本当にのどかだよ。


 マダナイが次の街に行くならこっちが近道だというから、わざわざ石畳のきれいな街道を外れて、自然豊かな獣道みたいな道を歩いているのにモンスターのモの字もないんだ。


 おまけに田舎道だから砂利すら敷かれていない泥んこ道。


 こっちはそのおかげで靴はおろかクリスタルドラゴンの薄羽でつくられているお洒落な靴飾りまで泥まみれなんだ。

 これって実は魔法の詠唱なしで空を少しだけ歩けるっていう便利な魔法具なんだよ。


 こんな目に遭っているんだからせめて勇者が育つ程度の魔物が出て来ても良いのにねえ。


 「ぜ~~んぜん、何にもいなーーいじゃない!」

 

 叫んだ声が草原の果てに吸い込まれていく。こだますら返って来ないんだ。


 「この辺りの敵は先に通った女神と勇者がほとんど倒しているんだろ? ダンジョンと違ってフィールドでは魔法的な魔物湧き現象なんてそうそう起きないだろうしな」


 「まあ確かにそのとおりなんでしょうよ」

 悪しき生体魔素が充満しているダンジョンじゃないから生体魔素が集まって魔物が湧くなんてことは滅多にないんだ。

 

 「でも、このままで良いんだろうか……」

 モンスターが出ない旅は快適だよ。

 しかし戦わないと経験が積み上がらないから勇者が育たないというデメリットもあるんだ。


 う~ん、このまま低レベルでどんどん先に進んで良いのか?

 いやいや、絶対ダメだよ。

 少しでも勇者レベルを上げていかないと……この先の強い敵に一撃で殺されるかもしれない。


 ここはひとつ、導き上手な女神として一肌脱ぐ必要がありそうだね……ニヤリ。


 「おい、悪い笑みを浮かべて何をしようとしているんだ? 急に脱ぎ出して、痴女か?」

 マダナイが急にちょっと肩をはだけたボクを嫌そうに見たよ。


 ふふふ……ボクの女神パワーに驚くんだよ。実はこの衣服にも女神力の発散を押さえる効果があるんだよ。


 ちょっと脱いだだけで女神のオーラに触発されて、近くにいる邪悪な魔物が寄ってくるんだよ。

 ほら見てなさいよ!

 あんたのレベルアップのためにモンスターを呼び寄せるよ!


 「むっ! 何かが近寄ってくるぞ、気をつけるんだ!」

 急にマダナイが目を細めて叫んだ。


 来たか!

 草原の丘の向こうに揺れる黒い影が一つ、二つ……。


 「どうやら敵のお出ましらしいな」

 マダナイがつぶやいた。


 しめしめ……さっそく来たらしいよ。

 ボクったらさすがは魅力あふれる美しき女神、効果抜群だったよ!


 「俺の後ろに隠れるんだ!」

 マダナイがボクを庇って立ちふさがった。


 キャ~~~~、勇者っぽい!

 そうだよ! そういう姿勢が見たかったんだよ!

 ボクは瞳をキラキラと輝かせた。


 「まあ、何かしら? 何が来るのかしら?」


 素知らぬふりをしてぶりっこである。

 勇者に守られる乙女のような表情を作って、目をきょろきょろさせてみる。


 草むらの中から現れた影を見て、マダナイがチッと嫌そうに舌打ちした。


 「見るな! こいつら、ただの変態だ! 変態が集まってきたんだ!」

 マダナイが身構えた。その背に隠れて魔物の姿は見えない。

 でも、見るなと言われると見たくなるのが性分なんだ。


 ちらり……


 「まあ、なんてことでしょう!」

 ボクは顔が真っ赤になったよ。


 ニヘニヘと下衆な笑みを浮かべた男が三人、そこにいた。


 どう見ても魔物じゃない。

 ただの薄汚れた人間だ。


 でも、人間だけどまともな奴らじゃない。

 そう、まともじゃないことは見ただけで分かったんだ。


 その下半身は……。

 ゲゲッ! もろだよ、丸出しだよ!!


 「マダナイ、こいつら露出狂だ~~っ!」

 「だから見るなと言っただろ!!」


 「ぎゃああ~~~~~~!!」

 悲鳴を上げて両手で顔を覆ったけど、ボクは指の隙間からしっかり見た。


 今日はボクたちの様子が天界で女神レース中継されていたのを急に思い出した。



 ブーーーー!!

 ブファッ!

 ゲホゲホ!!

 その時、天上界のオープンテラスで優雅に茶を飲みながらレース中継を見ていた神々が一斉に噴き出した。


 チャチャラーーとBGMが戦闘曲に切り代わって、大画面に神々が注目したとたん、『露出狂が現れた!』と何の前触れもなくいきなり画面一杯に男の下半身が映し出されたんだ。


 思わず「おや? これは何ですかな?」とガン見してしまった神々が向かい合って座っていた神の顔面に互いに飲み物を噴いてしまった。


 もはや天上界は大惨事だ……。


 うん、でもそんなことボクは知るよしもないんだ。


 「どうするの? マダナイ、これただの人間よ。変質者だけど……」

 「こいつら、お前の色香に迷わされて出て来たらしいな」


 「まあ、どうしましょう! きっとボクが美しすぎるから、遠くからでもわかったんだね?」


 「ちっ、全く愚かな連中だ。こんな暴力女神の発するしょうもない色気に迷わされるとは!」


 ぐぬっ! 変態共がいなければマダナイの股間に蹴りを入れていたところだよ。


 「ここは二つに一つだな」

 おおっ、その姿、これはこれでなかなかじゃない?


 滅多に見れないマダナイの真剣な思案顔なんだ。

 その表情に思わず見蕩れたボクがいるんだ。

 まったくもう、顔だけは英雄譚の主人公みたいなんだから!


 「さて、二つに一つって、どうするのかしら?」


 こういった場面で、勇者がどう判断するかは女神にとって重要ポイントなんだよ~~。


 間違った判断をする場合は、そ~っとさりげなく誘導してやるのが務めなんだ。

 清楚で可憐な美の女神は、ここで静かに勇者の選択を待つんだよ。


 「…………」


 「…………」


 「早く何か言いなさいって、こいつら段々近づいてきて怖いんですケド!」


 「そうだな、俺の判断は二つだ。つまり、女神を差し出して逃げるか? それとも土下座して謝ってみるか?」


 マダナイはこっちを振り返りもしないでつぶやいたよ。

 

 「はぁ?」


 「だ、か、ら、逃げるか謝るかだ」


 真剣な表情で言う言葉か、アホですか!


 「ええい、戦うとか! 説得するとか! ないのかよ!!」

 鬼の形相で頭のてっぺんから大噴火だよ。


 ボクを差し出して逃げる?

 土下座する? …………どこが勇者じゃ!


 真面目な顔で何てこと言うんだよ、こいつ!


 ボクの顔を見て、じりじりと近づいていたモンスター、じゃなかった、変質者たちがなぜかピタリと動きを止めたよ。


 いけない、思わず地が出てしまったよ。


 「おほほほ……。どうかしたかしら?」


 「これは、ち、違う……」

 

 ボクの鬼のような顔を見て、その変態共が後ずさりし始めたよ。


 「あら? どうかしましたかしら? おほほほほ…………」

 女神の笑顔で誘惑を試みた。


 しくじった~!

 ここで勇者と戦うか何かさせて、このアホ勇者に少しでも経験を積ませなければ呼び寄せた意味がないんだ。ボクの顔を見ただけで逃げられたら困るんだよ。


 「こ、こいつは、ちがーーーーう!」

 うわーーっ、と悲鳴を上げ、男共がちりじりに逃げ出してしまったよ。


 「ああっ、何よ! 何が違うっていうの! ボクは美の女神なんだって!! ちょっと待って、待ちなさいよ~~~~!!」


 一目散に逃げ出す下半身丸出しの変質者とそれを引き留めようと必死の形相で追いかけるドレス姿の美の女神……。


 めちゃくちゃ微妙な絵面だ。


 ブツン!!

 天上界では、女神レース中継の画面が急に切り替わった。

 ボクの崩壊した顔のドアップが突然ブラックアウトして、急に宣伝が入ったんだ。


 「はぁ、はぁ、なんて逃げ足の速さだよ。はぁ、はぁ……」

 結局全員に逃げられたよ。 


 「お前の本質を見抜いて恐怖のあまりに逃げ出したんだ……。変質者だが危険察知能力が高かったようだなあ」

 勇者は腕組みして分かったような顔でうなずいている。こいつめ! という感じだよ。


 ボクが誰のためにこんなに汗だくになったか分かってる?


 「何だか、納得いかなーーい!」と誰もいない草原に向かって叫んでみたよ。


 たった一回勇者に怒鳴っただけで、恐ろしい化け物に出会ったかのように逃げ去るんだよ。まったく失礼な奴らだよ!


 「こっちは美の女神なんだよ。麗しの乙女だよ。ボクを見て逃げ出すなんて信じられないよ」と肩を落とした。


 「だが、これで分かっただろ? お前の怒りは女神の怒りなんだ。そのパワーをまともに受けて平然としていられるのは勇者だけだ。普通の人間ならああなってしまうんだ。だから街中ではあまり怒りを露わにしないほうがいいぞ」


 何だか、どっちが指導される側だかわからなくなってきたよ。


 だけどこいつの言っている事も一理ある。

 女神として人々から嫌われるのは止めておかないとならない。


 ちょっと反省しちゃった……

 隣を見たら、マダナイが今にも吹き出しそうな顔をしているように見えた。

 急に神妙な顔つきでしおらしくなったボクを見て愉しんでいる? それとも気のせいかな?


 「あ! 今、くすっって笑っただろッ!」

 こいつ、イケメン顔で微笑するなんて、なんて奴なんだ。

 よーーし、次回の街に着くまで一泡吹かせてやるっ!

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