第18話 マジ、ドンケツでしたよ

 マダナイは革と丈夫な布でできた狩猟用の服に着替え、買ったばかりの剣を何度も鞘から抜いて、ニマニマしている。


 ちょっとばかり稼いだので街に入ってさっそく装備を一新したのである。


 うん、マダナイのために少し奮発して丈夫そうで実用的な長剣を買ってやったんだよ。勇者思いで女神の鏡だよね。


 「中古にしては良い剣が手に張ったもんだ。見ろよこの地金の美しさ、銘は入っていないが名工の作品に違いない。この刃紋の入り方なんか……」

 

 あ~~、こいつの話は長くなりそうだ。


 でもどうして男ってやつは剣とか武器が好きなんだろう。うれしそうなマダナイの様子を見ていると、今日は剣と一緒に寝るぞとか言い出しかねない雰囲気だよ。


 「でも、あのうさん臭い武器屋の親父、最終的にあんたの口撃に負けたのがとっても悔しそうだったよ。恨めしそうと言ってもいいくらいだったよ。値切られた上に服までサービスさせられたんだよ」


 「そこは、俺の素晴らしい交渉術の成果と言ってくれよ」

 「だってボクたちが店を出てからも、ずっと睨んでいたんだよ。あの目、もしかすると夜中に奪い返しにくるんじゃない?」


 「客を見送るのも商人なら当然だ。そうだろ? ずっと壁の飾りになって埃をかぶっていた品がようやく売れたんだし」

 「ふーん、そんな目つきじゃなかったような気がするんだけど」

 あの武器屋、闇の密売人とかヤバい組織とかと裏でつながっていそうな雰囲気だったんだ。女神の目はごまかせないからね。


 「損して得をとれって言うだろ? この先、俺の活躍が話題になれば、おまけの装備一式くらい安いもんだろう」


 「話題になる時が来れば……。でしょ?」

 そんな時が来るとは思えないんですけど。

 あの親父、あんたに服までタダ同然で買いたたかれて涙目だったんですけど。


 「心配無用、これからの俺の活躍に刮目かつもくするが良い! くくくく…………」

 その顔、不安しかないよ。

 逆の意味で目が飛び出す日々が待っている気がするよ。


 血走った目で刃をうっとりと眺めるマダナイの表情を見ていると、今にも「剣が血を求めているぜ、ひひひひ……」とか言いながら舌を出してベロっと剣を舐めそうだ。


 それって悪漢の定番行動だからね、女神の従者たる勇者がする行いじゃないからね。


 う~~ん。

 ぴりりとこめかみのあたりが疼くのは、きっと女神の予感が不安を告げているんだよ。

 ほぼ悪寒に近い感覚だよ。


 「どうかしたか? 女神エル、眉間に皺が……」


 悪意がないのが逆にしゃくさわる一言だよ。


 「余計な事は言わないの!! そろそろ剣を鞘に収めなよ。剣なんかより、買ってあげたボクをあがめたらどうかな? ほら、ボクは美の女神さまなんだよ」


 「ぷっ」


 こいつ、鼻で笑いやがったよ。


 「……何よ。そのジト目」

 マダナイの奴、名残惜しそうに剣を鞘に戻したよ。


 「オホン、……それに見てよ。倹約家のボクったら、自分の身なりはそのままなんだよ。自分のドレスは我慢して勇者の身なりを整えたんだよ。まさに良妻賢母スキル発動って感じじゃない?」


 ドレスの汚れだって、自分で洗濯したし!

 ほつれだって、自分でチクチク裁縫したし!

 女神なのに涙ぐましい努力じゃない?


 「ああ、その件に関してはお礼を言わなくちゃあな。俺のためにダンジョンで儲けた金を全て使い切ったんだろ?」


 「勇者として強くなってもらわないと女神レースの先に進めないんだから別に気にすることはないんだよ」


 「そうか、すまないな……。そんなにこの俺のために……」

 マダナイは少し照れたらしく、鼻先を指で掻いた。


 うっ、その顔、少し嬉しそうなイケメンがいるよ。


 こいつ珍しく感謝して、素直に喜んでいるんだよ。


 見た目だけは格好いいんだ。イケメン男子が子どもみたいに微笑してボクの目を見つめるんだ。

 ちょっと胸がドキドキする。なんだか顔が赤くなるよ。


 ドギマギするボク……。でも、実は別の意味でキョドってるんだよ。


 「くっ、なんだか良心の呵責かしゃくってやつが……」


 本当はね、勇者に内緒で隣のお店でこっそりとお高い口紅を一本買ったんだよ。


 女神としては最低限の品だし、美しい乙女が隣にいた方が勇者もきっとうれしいよね?


 だから、実は勇者に買ってあげた長剣より口紅の方が高額だったなんてことは秘密なんだよ。

 まあ、どうせこいつはボクに無関心だから、気づきもしないだろうけど! 気づいて欲しいような気づいて欲しくないような、微妙な感じだよ。




 ◇◆◇


 テクテク…………

 テクテクテク…………


 「ここが中継地点だ。ようやく着いたようだな」


 「ふ~~、やっと着いたよ」


 勇者マダナイとボクは、次の街を目指して人っ子ひとり通らないのどかな田舎道を歩いて半日、やっと休憩地である公設野営場にたどり着いたんだ。


 途中、一匹のモンスターも出てこなかった。


 草原に放し飼いになっている牛が、もぉ~と鳴いて呑気に草を食んでいるのが遠くに見える。


 のどかだ。のどかすぎる。

 こんな冒険(女神レース)でいいのだろうか?


 当然、休憩地にも、だーーれもいない。


 ここは街と街の中間点にあたる野営地なんだ。


 獣対策に周囲を石垣で囲んだ中に水場やカマドがあり、簡易なトイレまである。旅人が自由に使える公設の休憩場所なのである。


 野営地の中央には必ずその土地の神の石像が置かれており、女神レース開催中はこれに女神が触れるとレースの現在の情報を知ることができるという仕組みになっている。


 「これが土地神なのっ!」

 ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまったんだ。


 なぜって?

 この石像、なぜか全裸で用を足している男の子の姿をしているんだよ。


 「う~~ん。これがレース情報を知ることのできる石像なんだよね。でもなんだか触るのがためらわれるよね?」

 その像、ここに触れろとばかりに股間を前に突き出しているのだ。しかもそこにかわいい物がちょこんと付いている。


 「早くしろよ」


 「わ、わかったよ。今、触るよ。ええっと……ここに触ればいいのかな?」

 ボクは意を決してその股間にそっと手を伸ばしたよ。


 ナデナデ……


 あれっ? 映像が伝わってこない。

 触り方が違うのかしら?

 両手で包むように触るのかも?


 「おかしい~~? ここをこうかな?」


 ボクが上から見たり下から見たりしながら、石像の股間を撫でているのを見てマダナイが「うわーー…………」という顔をしている。


 「仕方ないんだよ! 別に好きで触ってるわけじゃないからね」

 ボクはぷうっと頬を膨らませた。


 「だって、さわらないと情報がもらえないんだよ」


 「ふーーん。石像の背中に『ご注意、女神レースの情報を知りたい女神は像の頭を撫でてください。壊れますのでけしておチン○ンを撫で回さないでください』と貼紙があるんだけど?」

 石像の後ろに立っていたマダナイがぽろっと言ったよ。


 「誰かがさわり過ぎて、ぽろっともげたらしいぞ」


 「!」

 ぎゃ~~~~! やってしまった!

 ボクは焦って、もげたおチン○ンを手で隠して女神パワーでくっつけた。


 「もっと早く言ってよ!」


 耳たぶまで真っ赤になったよ。

 でも、張り紙をするくらいなんだから、間違える女神が多かったってことじゃん! ボクだけじゃないんだよ!


 「で、どうだった? 現在の順位は? あ、やっぱり頭を撫でないとわからないのか……」

 マダナイの声が遠いよ。


 石像の前にへたりこんでいるボク…………

 一気に疲れたんだよ。石と石を元通りにくっつけるのは得意じゃないんだ。


 「おい! 変態女神! いい加減に復活しろって!」

 マダナイが屈んでボクの肩をポンポンと慰めるように叩いたけど、目が笑っている。


 いちいち変態女神とか言う?

 なんだか腹立ってきたよ~~。こいつ……本当に女神に尽くす勇者なの?


 でも、その言葉を聞いたら、めらめらと闘争心が湧いてきたよ。


 へっぽこ勇者なんかに負けるもんか!

 ボクはがぜん力をみなぎらせて立ち上がったよ。


 「やっと復活したか。早く情報を教えてくれ。先頭はどこまで行ったのか、俺たちは何位くらいなのか」

 「どうせ聞かなくても分かりきっているでしょうに……」

 ボクは眉をつりあげた。


 でも、こいつ、眉間にしわが寄ったボクの顔を見ても平然としているんだ。度胸だけは勇者と言えるかもしれない。


 うん、コイツの顔を見ていたらさっきの失敗なんかどうでも良くなったわ。


 「じゃあ調べるよ」

 ボクは気を取り直し、手をかざして石像の頭を撫でた。


 するとどうだろう、今度はスムーズに映像が次々と頭の中に流れ込んできたよ。さすがは天界の技術!


 「えっと、え~と。……現在のトップはミネルダ様らしいよ。10位圏内は日々目まぐるしく入れ替わっているみたいだ。ああっ! カリエーナの奴、ちゃっかり第6位につけている。ちっ、流石に上位陣の勇者は優秀だよ。やっぱり優秀な勇者を雇うと違うよね~~。優秀な勇者って良いよね~~……」


 そう言って、ちらりとマダナイを見て薄笑いを浮かべみた。


 あんたとは大違いよね~、という皮肉を込めてみたんだけど、こいつ全然気づいていないんだ。


 「それで? 結局、俺たちは何位なんだ?」


 「チッ! それを聞くッ?」

 ボクは、キッとマダナイを睨んだよ。


 「聞くまでもないよ! ここがどこだと思っているの!? ほら見て、あそこがスタート地点! 始まりの街だってまだ地平線に見えてるんだよ!」

 思わず大声で叫んでしまったよ。


 「それで? 本当のところ一体何位なんだよ?」

 むむ、本当に動じない奴だよ。

 というか、こいつ本当に現状を把握していないのだろうか?


 「順位ね……、うん、ほとんどビリ、ドンケツグループだよ。99位って、くっ……屈辱だよ……」

 やっぱりと言うか、マジ、ドンケツでしたよ。


 ううっ、100人の女神中99番目とは、幾多の世界を救済した実力者であるこの美しき女神エルとはとても思えない順位だよ。


 この現状はちょっとイタすぎだよ!

 なんとか巻き返さないと……と思わず目が潤んだふりをする…………。


 「そうかそれで納得したぞ。勇者が旅立つというのに街の門に誰も見送りがいないのはなんでだろうと疑問だったんだよな」


 この鈍感男、美しい女神がうるうるになっている(ウソ泣き)のに気遣いの一つもできないんだ!

 こんな時、肩を抱き寄せて「俺が頑張って挽回してやる、心配するな」とか言えばカッコいいのに。

 

 「こんなに出遅れたのは誰のせいだと思ってるんだよ? 出発が遅かったから、見送りの人々なんか、とーーーーっくに家に帰ったんだよ!」


 先頭集団が旅だった時は、それこそ国を挙げての見送りだったはずなんだよ。

 50番目位まではまあまあの人数がいたんだろうけど、その後は一人減り、二人減りで、ボクたちくらいになるとだーれもいないのは当たり前だよ!


 勇者が手に入れるアイテムなんかを買い取りしてちゃっかり儲けにあやかろうとする商人や、勇者と一緒に旅に出て名を上げようとする冒険者たちも残っちゃいない。

 だから無人の原っぱの中、寂しい道をトボトボと二人で歩くことになってるんだよ。


 「トップ争いをしているミティア様やミネルダ様たちなんかは、勇者以外の冒険者たちも加わってこの中継地を過ぎた時点で既に20人くらいの大パーティーになっていたんだよ。それなのにこっちは……」


 周りには誰もいな~~い。


 「へぇ、むしろ良かったんじゃないか? 注目されないって事は、逆に言えば俺たちの情報が敵に漏れにくいと言うことだろ? つまり敵に下手に対策を取られる心配が少ないってことだ。これは後半戦に行くに従ってじわじわと効いてくるはずだぜ!」

 親指を立ててイケメンが笑った。


 え? この勇者、まさかだよ!!


 そこまで計算して、わざとこんなに遅れて出発するように仕向けたとでも言うの?

 たしかに序盤から注目されてこっちの技や戦闘パターンを研究されるのは不味いかもしれないし。


 まさか……! ごくり!!


 「俺たちの情報って? あんた、実は何か必殺技とかスペシャルな隠し技を持っているってこと? 勇者にふさわしい奥の手ってやつを持ってるんだね?」

 ボクはそっとマダナイの耳元でささやいた。


 勇者は自嘲気味にふっと笑ったよ。


 「バカか? そんなものあるわけないだろ? お前が戦いのたびに奇声を上げて踊り出す、妙チクリンな変態女神だと世間に知れ渡るのが遅ければ遅い方がマシじゃないのか?」


 「くぅうううう、そこかあああ……!! でも、奇声じゃなくて合いの手ね!」

 ぐわ~~っ! 思わず頭を抱えたけど言われてみればそうだよ。


 変な踊りをしているところを誰かに見られるリスクはできるだけ少ない方が良いに決まってるんだよ。


 だが、この勇者、人前でボクが踊りだすのが前提ってわけだ。


 ”合いの手” 無しで力を発揮できるように自己鍛錬に励んだりしたりしない奴なんだ。うん、わかってたよ。


 「ところで、99位と言ったよな。俺たちよりも遅い女神グループがいたんだな。その最後の一人ってどんな女神なんだ? 気にならないか? 俺にしてみれば、そんな奴がいること自体がかなり驚きなんが」


 「え? ちょっと待って……」

 言われて見ればボクたちが出発した時には、あの街に残っていた女神なんか一人もいなかった気がする。


 まさかボクよりも遅れてこの世界に降り立った? いやいや、神はボクが最終便だと言ってたし。そんな女神がいたとは思えないな……なぞだよ。


 「登録名簿を見るとね……。あ、あれ、変なノイズが……。あ、表示された……。名前は、女神リリス? へぇ、あまり聞いた事がない女神だよ。もしかすると新米さんかな? 従えている勇者は、ええと……、はぁ!? 『クズ勇者カルマ』だって! ひどいネームだよ!」


 確かにチェンジしようとした際に見たリストには、クズ勇者ってのが残っていた気がするよ。

 だとすると、あの時点でまだ勇者を選んでいなかったということだよね。


 「クズ勇者を従える新米女神か……。根性がありそうな女神だ。なかなか気になる存在だな? 女神リリスグループが追いつくのを待って、ドンケツグループ同士で協力するという手もありかもしれないぞ」


 「ええっ、そっち? ダメだよ! 上位を目指すために一刻も早く先行する女神たちに追いついて合流するのが当面の目標じゃない? グループに混ぜてもらうならそっちでしょ?」


 「そうか? 先行女神に合流しても何を今さらノコノコやってきてって、思われるのが関の山じゃないか? むしろドンケツ同士協力しあう方が対等な立場で進めそうだけどな。お前がそう言うなら、まあ、頑張れ」


 頑張れって、他人事みたいだよ。

 勇者が頑張らなくてどうするんだっての!


 だけど、コイツの言う事にも一理あるって思ったよ。


 コイツ、意外に賢い?

 いや、ボクが意外に賢くないのか?


 まったくもう! ボクはお饅頭のようにほっぺを膨らませたよ。

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