第17話 帰って来たアイツ
「なんだ! 地震か! それともまだ他にボスがいたのか?」
「あ! あれを見て!! 地面から大きなモグラが頭をだしたよ!」
指さした先に何かが出現した。
ちょうど出口を塞ぐように岩を巻き上げ、地中から何かが頭を出した。
ぴょんぴょんと二つの長い耳!
「モグラじゃない! まさかウサギか?」
マダナイが目を凝らした。
「この世界には地中ウサギがいるの?」
脳内でペラペラと覚えたてのモンスター図鑑をめくったが、そんなモンスターは登録されていない。
「いや、地中にいるのはモグラだろ? ウサギは土を掘って移動なんかしない」
「だよね! じゃああれは何なの?」
プシューーと屁のような音と湯気を立てて、そいつはゆっくりと穴から這いずり出て来たよ。
黒いサングラスの奥の赤い眼がギュオ~~ンって感じでこっちを向いた。
「げ! あれって尻ロボじゃない! ほら、魔王軍の魔導兵器だよ!」
「なんだって!」
ギィッチョンチョン! と金属音を響かせて出現したのは間違いなく以前戦ったのと同じ尻ロボだ!
奴が復讐に帰って来た!
いや、でもデザインがちょっと違う。
両手は鎌のような鋭利な刃物だ。
銀色に輝く円筒形のトイレットペーパーの芯みたいなボディにサングラスをして、ウサギみたいなその耳が特徴だ。いや、あれは耳というより土を掘るための特殊なスコップだね。
そして当然、お尻だけが超リアル! しかも今度のお尻には薄い獣革が貼られていてホクロまでついているんだ。
「マ、マ、マ、オウオウオウ、かかかか、きっ?」
何だかわけのわからないことを言っているし、こいつ。
「お前が呼んだんじゃないよな? 女神エル?」
「なんでよ! こんな奴、どうやって呼ぶかなんて知らないし!」
「だよな? だとしたら女神臭が奴を引き寄せたか?」
「あんた何気に酷いこと言うよね?」
完全に穴から出て来たそいつ、円柱形の体に足は無くて、先の尖った円錐形だ。
もちろん、この前倒した奴がお化けになって復讐しに来たわけじゃない。
腰から下は大きなドリルになっていて、地面を掘り進んできたらしいのよ。顔につけたサングラスみたいなの、あれが視覚情報から様々なデータを分析する器具なんだろう。
「め、め、め、がみがみがみ、カク、カク、カクニン。ショショショ、ショウ、キョスル!」
ぎこちなくしゃべったかと思ったら、いきなり鎌を振り上げて襲い掛かってきたよ! 女神と言っているところからすると、マダナイが言ったことはあながち間違いじゃなかったのかも!
「ひゃあ、スカートを切られた! 変態だよ! こいつ!」
ボクはスカートを押さえて後方に退いた。
「おしい」
「何がおしいのかしら?」
ボクはマダナイの背中に杖を押し付けた。このまま燃やし尽くしてやろうかしら。この変態勇者。
「め、め、め、がみ、がみ、敵! 敵!」
「むっ、あれを見ろ!」とマダナイが指さした。
「何よ」
「奴の尻に105号と書いてある」
「あーーそうですか、どうでも良い情報だわ」
でもこの前のが102号だったから、101、103、104の三体がどこかにいるかもしれないってことか。
「危ないっ!」
マダナイはボクを抱きかかえて飛んだ。
ひゃああっ! ビームだよ!
一瞬遅かったら胴が真っ二つだったよ! 背後にあった石柱が鋭利に切断されてる!
「なんて危ない奴だよ!」
「まっすぐお前を狙ってきたな、やはり女神が目的か!」
マダナイは鋭利な光の刃を巧みにかわしつつ後退した。
奴はしつこい!
目からビームを出しながら体を回転させ、逃げるボクたちを執拗に追ってくる。ボクは抱っこされたままマダナイの首にしがみついているのが精一杯だ。
「ちっ!」
「マダナイ! 逃げ場がなくなって来たよ!」
「わかってる!」
ボクたちはいつの間にか出口と反対方向に追い詰められていたのだ。
「まずいな! 女神エル、今こそ合いの手だ」
「えっ? 合いの手って、抱きかかえられたままで?」
「やれ、今やらねば後悔するぞ」
「ええい! わかったわよ。がーんばれーー! マダナイ! へい! へい!」
「おお、力が湧いて来た! いくぞ、女神エル、お前を先に安全な場所に逃がす、出口で待ってろ、さあ歯を食いしばれっ!」
「え? 何を? ええええええっ!」
歯を食いしばれって? 何でボクが?
ぎゃあああああーー!
マダナイの奴、ボクの足首をつかんで二度回転すると出口に向かって投げつけたよ!!
あ! 待って、待って!
尻ロボが吹っ飛ぶボクに気づいちゃってるんですけど!
「そこは、ダ、ダメーーっ!」
尻ロボがボクの行く手を遮るように素早く回り込んだ!
大きく見開いたボクの目に尻が近づく! 近づく!
「その尻をどけて~~!!」
うぎゃーーーー!
ゴォーーーーン!
ボクの顔が尻ロボのお尻に真正面からめり込んだよ!
獣皮の下の金属ボディがピシリと割れたよ。
グォッツ! と尻ロボが揺らめいて、その衝撃で撃ち放ったビームが天井を焼き切ったよ。
岩が崩れてきて尻ロボの視界を遮った。
「今だ!」
それを見逃すマダナイではない。
今のマダナイは合いの手でパワーアップしているんだ!
鼻血を出しながら尻ロボの足元に落ちたボクの目には、拾ったばかりの短剣を抜いて颯爽と飛びかかるマダナイの姿が映った。
そうよ、やる時はやるんだよ!
ボクをこんな風に扱ったんだからね、一撃で決めるんだ!
「ぐへ!」
そう思ったらマダナイが股間に石つぶての一撃をくらって地面にうずくまったよ。
もはや見慣れた光景だよ。
よろけた尻ロボがドリルを回転させた拍子にそこにあった小石が弾け飛んだらしいね。
鼻血を出して大の字の女神。
その隣に唇を噛んだまま股間を押さえてうずくまる勇者。
うん、これって今回の女神レースで一番無残な光景だわ~~!
「うわっ! なんだ、こいつは!」
「侵入者だ! あれは魔王軍のロボだ! 無駄だ、戦うな、ここは逃げるぞ!」
その時だった!
緊急事態を知ったダンジョン管理人の連中が手に獲物をもって部屋の入口に姿を見せたのだった。
「ヤバいぞ! 急げ! 煙幕を張れ! 魔物の動きを阻害する奴だ。その隙にバカップルの二人を回収しろ!」と声が聞こえたかと思うと、誰かが煙幕玉を投げたらしい。
部屋に煙が立ち込め、ボクとマダナイを誰かが担ぎ出した。
尻ロボが手あたりしだいに周りに落ちて来た岩を壊している音が響く。
「お前たち、大丈夫か? 怪我はないか?」
「すみませんねぇ、ケホケホ」
「あんちゃんも大丈夫か? ひどくやられたようだな?」
「……死にそうだ」
マダナイは肩を貸した男に青い顔で答えた。
「後ろ、追ってこないか?」
「ロボは我らを見失ったようです」
「うむ、たいしたロボじゃないな!」
「……そうでもないみたいよ」
ボクは出口側の通路を見た。
そこには尻ロボが赤い眼を光らせていた。どうやら地面を掘り進んで一気に先回りしたらしい。
「この野郎! ダンジョンを壊しやがって!!」
男が槍を構えたが、そんな武器が通用する相手とは思えない。
「待て! お前らでは勝てん! 逃げるぞ!」
尻ロボが勢いをつけて前傾姿勢でこちらに向かってきたので、ボクたちは慌てて逃げ出した。
奴がいる通路を避けて脇道を走り抜け、階段を駆け上る。さすがに彼らはこのダンジョンを知り尽くしているらしい。
「どうするんです! あれは魔王軍の新兵器です!」
「こうなったら四層の地底湖の水を抜くぞ! 五層を水没させてやるんだ」
管理人のリーダーが壁に隠されていた観音開きの扉を開いた。
そこにはいろいろなバルブがある。
「水没ですか! そうすると第五層は壊滅です。復旧に時間がかかってしまいますが?」
「そんな事を言っている場合か? あれは魔王軍だぞ? 奴が上がってくる前に倒すんだ! さっさとお前たちは向こう側のバルブを開けろ! あんたらも手を貸してくれ! そっちの壁のバルブも開けるんだ!」
「わかったよ!」
「ここだな!」
ボクとマダナイはすぐに反対側の壁に隠されていた扉を開いた。
「いいか、赤いバルブを全開にするんだぞ!」
「わかったわ!」
「回すぞ!」
みんなで協力しあってバルブを回していると、遠くから地響きのような音が伝わってきた。
リーダーが言ったように第四層にあった大きな地底湖の底が抜けたんだろう。
物凄い水量の水が第五層の全てを押し流していく。
下層が水浸しになったのを確認するとリーダーは第五層への防壁を閉ざした。
ーーーーーーーーーー
外はいい天気だった。
空気もうまい!
「ふへーーーー、酷い目にあったよ」
「まったくだ」
管理人たちがパタパタとせわしなく事務所に出入りしている中、ボクとマダナイはダンジョンの出口で互いに背中を合わせて地面にへたり込んでいた。
「うぅ……おでこにタンコブが、痛い……」
ボクは頭を撫でた。
「おい、大丈夫か?」
マダナイはボクの顔を覗き込んできた。
「うん、癒しの自己回復力があるからね。少し休めば治ると思うんだけど」
「ならいいが、まさかあの図体であんなに反応スピードが速いとは思わなかった。悪かったな」
「うん、大丈夫だよ。以前の奴は壊れていたから動きが遅かったようだね。でも今回の襲撃でデータを収集できたよ。奴の情報は魔物図鑑に収録したよ」
新たに遭遇した新種の魔物のデータは脳内にインプットされた魔物図鑑に収録することで、女神ネットワークを通じて魔物図鑑を使う全ての女神同士で情報を共有できるんだ。
「俺も学習したよ。奴にはレベルが存在しないから相対能力がうまく機能しなかったんだ。この次は油断しないぞ」
なるほど、マダナイの能力にはそういう弱点もあるんだ。
「大丈夫だったか、災難だったな」
あ、リーダーさんが来たよ。
「俺はダンジョン管理長のデック、危険な目に遭わせちまったな」
「俺は勇者マダナイ、こっちは女神エルだ」
「ほう、やはり女神と勇者か、ただ者じゃないとは思ってモニターで見ていたんだ」
見ていた?
それって、ボクの恥ずかしいアホ踊りも見ていたってこと!
「ごほん、大丈夫、記録はしていないから」
やっぱり見てたんだよ!
キャー! と顔が赤くなったよ。
「あのロボは沈黙したか?」
マダナイがデックを見上げた。
「ああ、監視モニターで確認した。奴は尻の辺りに生じたひび割れからボディの中に水が入ってショートしたらしい、通路に沈んで動かなくなったのを見つけたよ」
尻のひび割れね……。
奴のボディよりボクの石頭の方が強かったんだ。
なんか、微妙……。
「でもお手柄かもしれないぞ。あれはビックリギョ近郊で女神様たちが苦戦しているロボだろ? 王国軍に連絡したら、あそこまで損傷の少ない機体を
「ボクのタンコブも無駄じゃなかったってことよね?」
「そのようだな」
マダナイがボクを見て笑った。
「誰もまさか尻ロボの尻を割ったのが女神の頭突きだとは思わないだろうね」
「?」
くすくすと笑い出した二人を見て、管理長のデックが怪訝な顔をして肩をすくめたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます