第16話 初めてのボス戦だよ!
「ここが地下五階の最深部。そろそろだよな? この扉を開けばボス戦が始まるんじゃないか?」
マダナイはこれまでとは違う見事な浮彫の大扉を見上げた。
「確かに、いかにもそれっぽい重厚さだよ。このダンジョンでは今まで見たことない立派さだね」
ボクは杖をぎゅっと握り締めたよ。
ついにここまで来たよ。
「初級ダンジョンだけど、こうなったら完全制覇を狙うよ」
「その前に二人でコレを飲んでおこう。栄養バンバンドリンク! 体力・気力の回復剤だぞ」
そう言ってマダナイが腰に下げた袋から取り出したのは、小さな小瓶だ。結構な額で市場で買ったやつだ。
「ぷふぁ~~っ!」
「効くぅ~~っ!」
二人は扉の前で腰に手を当てて仲良く栄養ドリンクを飲みほしていた。
「これ、ムダにうまい。街についたらまた買っておこう」
マダナイは満足そうだ。
「あんたってまだまだ元気そうよね?」
毎回奇声を上げて舞い踊っているボクはクタクタだよ。ボクは口を拭いながら横目でちらりとマダナイを見上げた。
「まあね」
「ボクなんか、こうなったら意地だよ! 二度と死なせないよ! って、すぐに死にかける誰かさんを必死こいて治癒しまくっていたせいでもう疲労MAXなんだけど」
「まぁまぁ、エル、お前は最高だ、自信をもっていい! あんなに大胆に奇声を上げて、恥ずかし気もなく足を振り上げて踊る女神なんて他に見たことがない。たいしたもんだよ。うん」
それって褒められてる?
「でも、エルの言うのももっともだ。ドリンクが効いてくるまでちょっと休むか? ほらここに座れよ」
マダナイがそう言ってボス部屋の扉に背もたれて腰を落とし、
隣に魔物の革を敷物にした物を敷いてくれた。
う、こういうところが意外に優しいんだ。
「あ、ありがと」
ボクは膝を抱えてマダナイの隣に座った。
「リンゴでも食うか? まだ一つ残っていたんだ」
マダナイがポケットからリンゴを取り出すと、両手で掴んでパカリと割った。握力は確かに勇者だよね~。
「うん、もらおうかな」
ボクが手を伸ばすと、その手をぐっと掴まれ引き寄せられた。
「え? ななななな、何を~~!」
近い、近い、顔が近いよ! キスでもする気なの!
「動くな!」
ガゴン! とにぶい音がして、マダナイが石で何かをつぶした。
「こんな所にも毒蜘蛛がいるとはな、危なかった」
見ると石の下から気持ち悪い色をした数本の脚が出ている。
「こいつに噛まれると痛いし熱が出るからな。ほら、リンゴ、半分っこだ」
マダナイが爽やかに微笑した。
うっ、その表情を見たら胸がドキンとした。うひゃ~~顔が熱い、気のせいかな。
「マダナイ、あんた意外と気が利くよね?」
「ああ、俺には妹がいたからな……」
「妹さん?」
いたから、ってことは亡くなったのかしら? マダナイの顔に浮かんだ焦燥とも寂しさともとれる表情を見たらそれ以上は聞けなくなった。何か事情がありそうだ。
「さあ、いよいよだ。女神エル、行くぞ! 開けるぞ!」
「いよいよボスとご対面というわけね。頑張ろうね」
ボクたちは二人並んで扉を押し開けた。
そしてぐいっと扉が押し開かれた――その時だった。
開いた隙間から黄金色の光が溢れ出した。
「……は?」
扉の向こうに広がる光景を見て、思わずマヌケな声が出てしまったよ。ホント、予想外だったよ。
「おいおい、これってマジかよ!」
勇者マダナイも思わず立ち止まった。
「まあ、キレイ! お花畑だわ! 何なの? ここ!」
ボクは思わずくるくると舞った。
広々とした洞窟一杯に黄金色の花が咲き誇っている。地下だと言うのに空間がねじれているのか、外の太陽の光が降り注いでいるのだ。まるで別世界だ。
「ふーむ、黄金のお花畑か? まるで誰かさんの頭の中のようだな。なかなか良くできた演出じゃないか?」
こいつ、今、さらっとなんか妙なことを言わなかった?
「この花畑を背景にして、この美しいボクの絵を描いたら、物凄く売れるんじゃない? あんたのスキルに画家見習いとかないの? 旅費の足しになるかもよ」
「チッ、何をバカなことを。だいたい俺は勇者なんだぞ? そんなスキル持っているはずないだろ」
「まあ、普通そうだよね。……期待していなかったけどね」
ちょっとからかった時のチッっていう表情が意外に好き。
「馬鹿にするなよ。俺も絵心くらいあるぞ! 俺が持っているスキルは、隠し撮り……」
そこまで言って、マダナイが、ハッ! と身構えた。
何か不穏なことを言いかけていた気がするぞ、こいつ!
グゴゴゴゴゴ…………!!
不意に地面が揺れ、花畑が割れた。
せっかくの美しい黄金の花畑が、土にまみれてめちゃくちゃになったじゃないか!
ブモウウウウーーーーーーーッツ!!
黒い大きな巨獣が土の中から現れた。
でっかい一つ目の猪のようなモンスターだよ。間違いなくボスだね!
「マダナイ! 気をつけて! こいつは今までの敵とは格が違うよ!」
ボクは美しい髪をなびかせマダナイを見た。
「ふっ、俺を誰だと思っている」
おお、そのイケメン顔がカッコいい!
「キャー素敵~~!」って感じだ。
そう言えば、マダナイは相手が強いほど強くなるっていっていたし、どう見てもあの敵はマダナイよりレベルが上、少しは期待できるんだよね?
「来る! 来るわよ!」
興奮した猪がドドドド……とこっちにきたわ!
土煙が近づく!
「マダナイ! 今よ!」
「ブッげえっ!!」
マダナイが猪の突進を受けて、くるくると宙に舞った。
思わず目が点になる……
「どこが強くなるのよ! まったく強くなってないじゃない!」
とっさに華麗に宙を跳んで、ボクはマダナイを空中でキャッチした。
「礼を言う、助かったぞ」
白い歯がキランと意味もなく光る。それ全然イケてないから!
女神にお姫様だっこされている勇者ってあまり見たくない光景だよ!
「『礼を言う』じゃないよ、全然歯が立たないじゃない!」
「お前、俺が今どんな武器で奴と戦っていると思う? これを見ろ」
マダナイはボクの目の前に折れて箸程度の大きさになった棒きれを差し出した。
「えーーと、それは魔法の杖かな?」
「拾った棒きれの成れの果てだよッ!!」
あ~そう言えばそうだった。
そもそもこのダンジョンに潜ったのも少し稼いで武器や防具を買うためだったんだっけ。
確かに、いくら勇者でも、お箸一本であの巨大な猪を倒せ、ってのも無茶かもしれない。
「分かったよ。ボクも少し援護するよ。こんな奴、ちゃちゃっと倒しちゃおう!」
腕まくりし始めたボクを見てそいつは怪訝な顔をしている。
「お前、まさか素手で戦うと? お前、癒し担当の女神のくせに近接戦闘もいける口なのか?」
マダナイは意外そうな顔をした。
「まあねぇ~~。ちょっと見てなよ」
そうか、こいつはまだ美の女神エル様の力を知らないんだ。
ここはちょっと驚かしてやろう。
女神への尊敬の念を植え付けるチャンスだし、ボクに対する敬愛の念も湧くかもしれない。
「本気かよ?」
地面に降ろしたマダナイが唇の端に滲んだ血を拭った。
「もちろん。女神にとっては戦闘訓練も乙女の嗜みの一つなんだよ。ほほほほ……」
ボクは可憐に微笑む。もちろん営業スマイルだ。
その二人の背後にドドドドド! と猪モンスターが再び迫った。
「また来たぞ、女神エル!」
「いいかい、ボクが奴の動きを止めるから、トドメをお願いするよ!」
「わかった、最後は俺に任せろ!」
「さあ、しっかりと見てその目に焼き付けるんだよ!」
ドドドド……! 凶暴な巨大猪が目の前に迫る。
「その動き、見切ったよ!」
女神パワー!
「
掛け声と共に、ボクは華麗に舞い上がり、拳が猪の短い首にヒットした。
ブヒィーーーーーー!!
猪は天井まで吹っ飛び、岩に激突して悲鳴を上げた。
どうかな? これがボクの得意技の一つ渾身のアッパーカット技 “怒髪天”だよ。
「お見事だ、花柄とはね! 目が釘付けになるな」
「馬鹿者ッ! しっかり見てろとは言ったけど、見る場所が違うんだよっ!」
何を目に焼き付けてるんだよ! ボクはとっさにスカートを押さえ、そのまま優雅に降りて来た。
「次は俺の仕事だッ!」
ボクの羞恥をよそに、勇者は落ちて来た猪に向かって走り、トドメとばかりに華麗にジャンプして両足をその腹に叩きこんだ。
ブヘェ!! と妙な声を上げて猪が吹っ飛ぶ。
「頑張れ勇者! ホレそこ! 今だ! トドメだ、ハィヤッサ!」
乙女の恥じらいなんてどこにあるの? と突っ込みたくなりそうな大開脚で踊りだした女神を少し嫌そうに横目で見ながらマダナイが続けてパンチを繰り出した。
「そこよ! ハイーーー、ハイッ!」
「ハアッ!! テヤッ!!」
ボクの合いの手で、次第に調子が出て来たのか、勇者は魔物をボコ殴りし始めた。右に左に猪が体を揺らす。
「いいぞ、ハイ×2、ハイッ!」
壁際に追い詰められた満身創痍の魔物の一つ目がへんてこな踊りを踊っている美しいボクを睨んだ。
「ブモッ!」
勇者の一瞬の隙をついて、そいつが最後の力でこっちに突進してきた!!
「しまった、逃げられた! そっちに行ったぞ!」
マダナイが振り向きざまに叫んで猪の後を追う。
マダナイは……間に合わない、猪の足は速い。
突進してくる猪と目が合った。
本当は勇者に仕留めさせたかったけど、そっちがその気ならもう容赦しないよ。
「めーがーみぃーーーーーーー」
ボクは叫びながら駆け出した。どこへ? もちろん前へ!
猪の血走った眼が動揺を見せてぎょろりと睨んだのは一瞬だ。まさか獲物のボクが逃げずに向かってくるとは思っていなかったんだ。
「キーーーーック!!」
魔物に向かって猛然と突進したボクは、その鼻柱の前で鮮やかに一回転して猛烈な蹴りを喰らわせてやったよ!
ゴキリ、と猪モンスターの首の骨が砕ける嫌な音が響いた。
「どうよ、思い知った?」
目の前で土煙を巻き上げ、ドウ! とその巨体が崩れ落ちた。
「お、お前……」
勇者でも流石にこれには驚いているようだ。
まあ、無理もないよね? ボクの実力はこんなものさ。
これが女神パワーだよ。
侮ってはいけないんだよ。
「ふふん、どうだった? 最後のトドメはボクが刺しちゃったね。女神様に感謝するんだよ」
腰に手を当てて自慢気にマダナイを見ると、なんかボクを見る目が妙だ。
「お、お前、そんな恐ろしいキックで何度も俺を吹き飛ばしていたんだな?」
あれ、驚かれた理由が違う。
「えへへへへっ……、何のことかな~~?」
誤魔化し笑いだが、誤魔化しきれそうもないので、一応謝っておく。
「すみませんでした」
「さて、奴はこんなものをドロップしていたぞ」
マダナイが猪の消えた付近で屈みこんだ。
おやおや、それは!
「ラッキーだよ! それはレアドロップ品の“猪の牙”という短剣! 切れ味は抜群だし、って……何、匂いを嗅いでいるの?」
「いや、あんな猪の体から出て来たものだから獣臭くないかと思ってね、くんくん」
この男、匂いには過敏に反応するよね。
ふきふき……
そう思って見ていたらボクのドレスの裾で短剣を拭ったよ。
「ぎゃああああ! 何をするのよ!」
「近くに手ごろな布が無かったのでな。雑巾の代わりだ、別に気にするな」
「気にしますよ! 何が雑巾なもんですか!」
ああ~~、ボクのドレスの裾に変な色の体液が付いたよ。
これのクリーニング代、高いんだよ!
マダナイは短剣をまじまじと眺め、腰のベルトに差した。
「いいかげん、金も溜まったよな。そろそろ街へ戻って装備を揃えようぜ、暴力女神」
くっ、いつの間にか妙なあだ名がついた。
「じゃあ、行くよ。さっさとこんなダンジョン出ちゃうよ」
「腹も減って来たし、街に着いたら飯にしようぜ!」
「ドレスを汚したあんたのおごりってことよ!」
「仕方がないなあ」
と、ちょっと浮かれた二人が足取りも軽く入口に向かって少し歩いた時だった。
「!!」
急にグラグラと大地が揺れ出した。
まさかボスは二連戦ってやつですか?
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