第15話 これが初級ダンジョンよ、冒険チュートリアルよ!

 「ここよ! ここがそうだわ!」

 ボクは何度も地図を確認してみた。

 目の前には森の奥に続く一本道がある。


 「なーんだ、ちょっと道に迷ったけど、こんなわかりやすい場所にあるんじゃないか。しかも、道もきれいに整備されているし、どうせ観光用ダンジョンなんだろ?」

 マダナイが横からボクの地図をのぞきこんできた。


 「うん、そうだと思う。レベル的には初級者向けだって」

 「ふーん」

 マダナイの奴は関心薄めだよ。あんたのために来たっていうのに!

 ちょっと頬を膨らませてボクは森の中へと続く道を歩いていった。


 しばらくすると、道端に大きな石があったよ。

 その横にはそれっぽい宝箱の残骸なんかが置かれていて、ちょっと奥まった所に看板を掲げた小屋が建っている。


 「いらっしゃーーい、挑戦者は2名ですかね?」

 すぐにボクたちの姿を見かけて小屋から背の低いずんぐりしたドワーフっぽい男が両手をニギニギしながら出て来た。


 「ここが初級ダンジョンで間違いない?」


 「はい、そうでございます! お二人で王国銅貨4枚で中に入れますぞ」


 「お金を取るんだね?」

 「はい、これも商売でございますからな。はっはっは……!」


 「仕方ないわね~~、あんたのためだからね」

 ボクはマダナイをじろっと見ながら財布を取り出し、黒ずんだ分厚い手のひらの上にコインを置いた。


 「まいどあり~♪ ダンジョンの入口は看板に沿って坂を登ればすぐですぞ。ではご健闘をお祈りいたします」

 小男はニンマリと笑った。


 案内看板に従って坂を登るとやがて森が一部開けて、荒々しい岩肌に黒々と口を開けた洞窟が見えてきた。

 

 「ついたらしいよ! ここがダンジョンの入口よ!」

 「へぇ、ここが……安っぽい酒場の入口みたいだが、本当にダンジョンか? 入ったら実はダンジョンという名の酒場ってわけはないよな?」


 近づいてみると、ダンジョン入口の周囲に傷薬とか治療院とかの安っぽい看板が林立し、洞窟の上にはド派手なネオンサインまでピンク色にピカピカ光っている。


 『歓迎! はじめてのダンジョンへようこそ!』

 マダナイの言う通りだよ。これじゃあまるでいかがわしい夜のお店の入口みたいだよ。


 「このネオンサイン、町の連中が作ったのかしら?」

 「こんなのに力を注ぐくらいなら魔王軍に備えて町の守りにお金をかけた方が良くないか?」 

 「まったく商魂逞しいというか、危険なダンジョンすら売り物にするその根性、ここの連中なら魔物が攻めて来ても金儲けのネタにするね、きっと」

 ちょっと気が削がれたマダナイを尻目に、ボクは洞窟の入口に置かれていたパンフレットを手に取った。


 ダンジョンの概要や主な敵の事が書かれているが、ダンジョンマップや敵について詳しく知りたい場合はオプション(有料)を申し込んでね、と書いてある。

 くっ! どこまでも商魂たくましい連中だよ!


 「よし、俺の心の準備は整った。いつでも行けるぞ」

 マダナイはその辺で拾ったらしい棒きれを握り締め、急に片手で素振りしながら言った。


 「入るよ」

 「おう!」

 二人が連れ添ってダンジョンの入口をくぐると、ちょっと奥の岩壁に「入場の際はボードに触れてください」と書かれている。


 「ボードだって」

 「これのことじゃないのか?」

 マダナイがそう言ってうっすらと光る霧の板みたいな物に手を伸ばした。


 『勇者マダナイ:レベル1、HP10、MP10、初期装備:拾ったヒノキの棒切れ(攻撃力2)、ボロボロになった衣服(防御力0)、能力補正なし』


 『同伴者:女神エル、レベル不明、HP不明、MP不明、初期装備:女神の杖(魔力補正、ポイント今だけ10倍セール)、女神のドレス(防御力98、色気補正あり)、能力補正不明』


 ダンジョンに入ってすぐの通路に浮かんでいる半透明のボードにマダナイが手を置いたらそんな文字が浮かんだよ。

 入窟管理用なんだろうけど、登録しておけば出て来た時にダンジョンに入る前のレベルと比べられる仕掛けなんだろう。



 ーーーーーーーーーー

 

 「パンパカパーーーン!! さあ! 次は無謀なバカップルの二人が入場だ! 男の武器はなんと驚きの棒っきれ! これで果たして生きて出て来られるのでしょうか!」


 入窟登録が終わって、いよいよ本格的に洞窟に入るぞと歩みを進めた途端、馬鹿でかいファンファーレとアナウンスの声が鳴り響いた。

 パンフレットによれば、この洞窟での探索光景は町の飲み屋とかで中継され、その視聴料も運営費になっているらしい。これは中継が開始されたという合図なんだろう。


 「でも、誰がバカップルよ! その腐った目を女神パワーで矯正してやろうかしら!」

 思わず天井の角っこにある安っぽいスピーカーをにらんで、拳に力が入ったよ。


 「おい、気にするな。行こうぜ」

 マダナイが歩き出そうとすると、またもその行く手を塞ぐように通路の真ん中に光るボードがポップアップした。


 『今ならこの掛け金で、死んでも一度だけ死亡したその場に復活することができます! もちろん安心な、死んだら払う後払いですよ!』


 『さあ、あなたも保険に今すぐ加入を……!』


 『ネット保険なら格安で……』


 目の前に次々と魔法の案内板がぼわっと浮かんで明滅している。いろんな売り文句が下から上に流れていく。

 うざい……まったくうざい……。どこまで商売根性丸出しのダンジョンなんだよ。目が細くなるよ。


 「このダンジョン、呆れるほど観光用だよ。普通は死んだら始まりの街の神殿から再スタートだけど、保険に加入しておくとすぐにその場から再スタートできるらしいよ」


 「へぇ、なるほど、便利だな」


 「便利って、あんた、まさか死ぬ気満々じゃないよね?」

 初級ダンジョンで死ぬ気でいる勇者って……


 「女神エル、どうする、これ? 加入しておけば良いのか?」

 マダナイが目の前に浮かんだ保険勧誘ボードを指差して言った。


 「無視よ、無視! 人をバカップルなんて言う奴なんかに誰が金を払うものですか、だよ! 無視して進むよマダナイ。ん……、あんた、ちょっと何を?」


 「へぇ、簡単なんだな。こうすれば良いらしいぞ」

 ポチッ!


 「ぎゃあっ! 何やってんの!」

 目の前で、このアホが勝手にポチりやがったわ!


 「ちょっと! あんたは勇者よ! しかもこのボクは治癒の使い手だよ! こんな初級ダンジョンで生き返りの心配なんて必要ないんだよ普通は! ここは町の子どもが遠足で来る程度の娯楽ダンジョンなんだって!」


 「忘れたのか? 相手が弱いほど俺はそれ以上に弱くなるんだぞ?」

 こいつめーーっ!

それが自信満々に威張っていうセリフですか! 


 「むむっ、それに今の支払い方法、何だか 一瞬 “女神払い”  って見えたのは気のせいかしら?」


 「女神なんだから細かいことにこだわるんじゃない。器の小さい奴は嫌われるぞ」

 お前が言うか!


 「待てッ! 見ろ、さっそくモンスターが現れたようだぞ」

 サービスのつもりなのか、周囲にいかにも安っぽい戦闘用のBGMが突然流れ出した。


 「来るが良い、俺の力を見せてやる!」

 マダナイはヒノキの棒きれを片手で構え、空いた手で挑発するように指を動かして敵を誘った。


 そこだけ見ると格好良く見えるのだけど……。


 チュ~~!

 小さな洞窟姫ネズミが飛びかかってきたわ。手乗りネズミとして子どもがペットで飼うような奴よ、これ。


 「はっ!」

 それを一閃した棒きれは見事な空振り!


 ドスッ!


 「ぐおっ!」

 マダナイ思い切り腹に頭突きを喰らってよろけた。


 それでも勇者なの? と思わず目が細くなるわ。


 「あうっ! ぐあっ、おのれ!」

 見ていられないわ~~。弱いよ~。弱すぎるよ~~。


 いや、知ってた。

 知ってたんだけどね!


 「へぶっ! おのれっ!」

 マダナイがよろけた。そこにネズミが下からの頭突き!


 チ〜〜ン!


 あー、まただよ、股間にあの一撃は痛いよ。きっと……。


 一瞬白目を剥いてマダナイはがくっと両膝を地面に落とした。


 あ~~、そこまで弱いといっそ清々しいんだけど。

 勇者のくせに掌サイズの小ネズミに一方的にやられているんだよ。


 「なんでたかがネズミ一匹にあっと言う間にそこまでボロボロにやられてるのよ!」 

 もう、見た目だけは、ボス戦を3連続でやってきました、って感じが半端ないわよ、この名ばかり勇者!


 「はぁはぁはぁ……、おい、女神エル、何か忘れてないか? まさか、何もしないで俺だけに戦わせる気じゃないよな? パーティー戦しか選べない呪いを俺にこっそりかけただろ?」


 あ、バレてたんだ。


 「見ていないで、早く俺の力を解放する合いの手を叫ぶんだ」

 もう殆どHPゼロって感じでよろよろと勇者は立ち上がった。


 「おい、早くしろ、このままでは掛け金後払いが発生するぞ……」


 ああ……強くなるとか言うあれかぁ~~、そういえばそんなこと言ってたね? 


 だけど、このボクにも女神としての誇りがあるし。まだお嫁にも行っていないこの麗しい女神に一体何をやらせるつもり?


 「うぐっ、早くしてくれっ! こいつ弱いんだ! 弱すぎて力が出な~~いっ! 早く頼む、恥ずかしがってる場合じゃないだろっ!」


 「ええいもう、わかったわよ! 合いの手をかければいいんでしょ!」


 「じゃあ行くぞ、ここから俺は本気を出すっ!」

 満身創痍の勇者マダナイは小ネズミを前に棒きれを両手で握り閉めた。


 「頑張れ~~マダナイ! アッホレ! アッホレ!」

 戦闘曲に合わせ、妙な合いの手が洞窟にこだました。

 

 「いいぞ、女神エル! その調子だ!」


 ビシッ! と音がして、初めてマダナイがネズミの突進を棒きれで受け止めた。


 ぐぐっとマダナイがネズミを押し返した。


 「そこよ! ホホイのホーイ! あ、今だわ、そこよ! あらホイサッサーー!」

 こうなったら、もうヤケってものよ。

 ミニスカートの裾を泳がせ、美の女神が恥も外聞も無くガニ股姿で舞い踊る。


 恥ずかしくてもう、こんな姿、誰にも見せられないっ!


 「今だッ!」

 バシッ!

 マダナイの棒がついにネズミの急所を捉えた。


 その瞬間、ネズミの姿が空中で幾何学模様を描いて消え、勝利のファンファーレが遠くで鳴った。


 「終わったぞ。はぁはぁ、お前の合いの手のおかげだ……」

 勇者マダナイが実にさわやかな表情で振り返った。


 やっぱり、これも魔法で生み出されていた疑似生命体だったのね。ネズミが消えた地面に残る魂魄光を集めておこう。


 これは一定量たまると勇者のレベルアップに使えるんだ。


 「やっぱり敵が小物だと量は少ないね」


 「女神エル、今の合いの手自体は良かった……、だがアホ踊り付きというのはどうも……。踊りはまったく不要だし、ちらりちらりとパンツが見えると気が散るんだ……」

 マダナイがバツが悪そうに言った。目を合わせないところが悪い物を見たって感じだ。


 カーーーーッと顔が赤くなった。

 美の女神ともあろう者がはしたないことをしてしまったらしい。


 でも、合いの手を叫んでいると何故か身体が自然い動いてしまうんだよ。身体の奥底に眠る原始の力が呼び動かされるっていう感じ?  


 「次だ。行くぞ。まだまだ経験値が足りないんだろ?」

 マダナイは気をつかったのか、どこか気まずい雰囲気を変えようとしたらしい。


 「あ、そこ! ちょっと待ちなさいって! 石があるんだよ!」

 「ワッ!!」

 呼び止める前にこの勇者、石につまづいたよ。

 大胆に転んで……死んだよ!!


 「お前な~~~~!!」

 HPほとんどゼロだったくせに、回復前に歩きまわってくれちゃって!


 ちゃりーーーーん……


 ただでさえ少ない残金から掛け金が差し引かれる音がしたよ!


 「女神キックやパンチでも死なないくせに、どうしてそう簡単に死ぬんだよ、意味不明だよ!」


 地団太を踏んで悔しがっていると、そいつがケロリとした顔で入口の方から姿を見せた。


 「ふっ、俺としたことが死んだらしいだな? はっはっは……」

 快活に笑うところが憎たらしいっんだよ!! 誰のお金で蘇ったと思ってる?

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