第2章 旅立ち ードンケツだ~~!ー

第14話 ドン! ケツ! なんですケド!

 「ところで、女神レースってなんだ?」

 「ええ~~っ! あんた、勇者のくせに女神レースも知らないの? うわ~~、信じらんない」


 この世界で勇者になるには試験があるはずなんだよ。


 天上界から派遣される女神が試験官になって、勇者に試練を与え、試練を乗り越えた者だけが勇者の称号を得る。

 勇者として認められた時に、女神レースの説明もあったはずなんだけど……。


 「うん、まったく聞いた覚えがない」


 こいつ、本当に勇者の試練を突破したんだろうか? さては何か不正で勇者資格を得ただけなんじゃないの? 


 ジロリとにらんでみたけど、こいつは平然としているんだ。


 「まあいいわ。簡単に説明するとね。女神レースは世界の危機を救うのがゴールなわけ。今回はゲームで駒を進めるように魔王に占領された街を次々と開放しながら先に進むことになるんだ。誰がいち早く魔王城に辿りついて、魔王を倒すか説得するか。つまりこの世界を平和に導くまでを競うってわけ」


 「へぇーー、それが女神レースねぇ」


 この辺りはモンスターも出ないので退屈なのか、マダナイは頭の後ろで手を組んで軽くストレッチなんかしている。

 今、二人は隣町を目指して、小鳥のさえずる野原をテクテク歩いている最中なのだ。


 「現在、先頭集団はかなり先を行ってるよ。みんなで連携して魔王軍に占領された王国第二の都市、古都ビックリギョの奪還作戦をやっている最中だそうよ。でも、魔王軍の抵抗がかなり激しくて、未だに一進一退らしいんだよね」


 「ビックリギョの街か。ここからだとかなり遠いな。え?  それじゃあ、もしかして、俺たちってかなり出遅れているんじゃないのか?」

 マダナイが目を丸くして振り返った。


 女神のレースは始まったばかりだから、まだ他のパーティーも近くの町にいるはずだと思っていたふしがある。

 甘い、甘いのよ。

 女神レースは過酷なんだから。


 「あんた、今頃それに気づいたの? 魔王を倒した女神が一位、これは当然だからね。他のみんなは誰よりも早く魔王城にたどり着こうと必死に競い合ってるんだよ。まあ、ボクたちはドンケツグループなんだケド!」

 誰のせいでこんなに出遅れたか、こいつ、さっぱりわかっていないんだよ!


 「ふ~~ん、まあ、お前がドン! ケツ! の女神だというのは十分に分かっているとして……」

 マダナイの視線が痛い。

 何が言いたいのかしらっ! 思わず笑いながら唇を噛んだよ。


 「……先頭集団が膠着状態なら、その街を素通りして抜け駆けを狙う女神チームもいそうだよな?」


 「あ、そういうのは自然淘汰されるから。魔王軍はすごく強いから他のチームとの協力プレイができないような女神は結局すぐに天界へハイさようなら~~よ」


 「どういう意味だ?」


 「あっ、知らなかった? 勇者は死んでも女神との契約中なら始まりの街で何度でも復活できるよね? でも、女神は死んだらお終いってワケよ。リタイアってこと。天界に引き戻されるんだよ」


 「なるほど、だから勇者は女神を守る必要もあるってことか」

 そんな納得顔のマダナイは新鮮な気がする。

 こいつ、顔はホントにイケメンだから嫌になるんだ。そんな真面目な顔をされると胸がドキンと鳴る。


 「そうなんだけどさ……、もちろん守ってくれるんだよね?」

 ちょっと頬を染めて上目遣いにマダナイを見上げてみたよ。

 どうかな? 庇護欲を掻き立てられるんじゃない?


 あ、勇者マダナイが無言になったよ。

 なぜか額に脂汗を浮かべているのはなぜ? 

 あーー、ほら、ボクを見る表情が強張って、どんどん青ざめてきた。そんなにボクが怖いってワケ?


 「ねえ、大丈夫? どこか具合でも悪くなった?」

 苦笑しながら聞いてみた。


 「あ、違う違う。ちょっといろんなことを考えてしまっただけだ」

 マダナイは慌てて誤魔化したが、ぎこちないよ。


 「へぇ、それで? 具体的には何を考えていたの?」


 「ん……」

 マダナイは深呼吸して空を見上げた。お前は守る必要なんかまったくない暴力女神だろ? という心の声が聞こえてくる。


 「……俺、この前、尻ロボを倒してから少し変なんだよな。何ていうか、何かが足りないというか」

 こいつ、唐突に話題を変えてきたよ。やっぱりさっきの心の声は真実だったに違いない。


 「何かが足りないのかぁーー。そうよね~~。あんたの場合は、ぜーんぶ足りないんじゃない? 武器もないしね」

 ボクは上から下までマダナイをじろじろと見た。


 マダナイは女神キックやらパンチやらを喰らったせいで、初期装備の服は既にボロボロだ。

 うん、これはどうみても浮浪者か逃亡中の奴隷って感じ。見た目で勇者らしい所が何一つないんだよ。


 それに改めて気づいたんだ。

 マダナイって勇者らしい装備を何一つ持ってない!


 「そうか! 短剣をダメにしたんで丸腰なんだ。だから心細さを感じていたってことだな」

 マダナイが急に納得したようだ。


 「そうよねー、短剣はすっごい安物で、ポキンってすぐに折れちゃったしね」

 そもそもナントカ聖剣とかもっていないのかしら? 拳闘家でもない限り、勇者なら普通は持ってるわよね、ナントカ剣。


 「ん? 急に獣のような目つきでにらんでどうした? その目がなんだか異様に怖いぞ」


 「まぁ、女神に対してなんて失礼な! その口が悪いの?」


 「いてっ、いってっ、急に頬を引っ張るな!」

 おーーイテっ、と頬を撫でるマダナイ。


 「それにしても、丸腰勇者なんて見た事がないよ。それでも勇者なの? ナントカ聖剣とか持っていないの? 勇者なら普通は持っているんじゃない?」


 「ふふん」とそいつは鼻で笑ったよ。


 「そういう初期装備が無いのは、レンタルの際にオプションを申し込まなかった誰かさんのせいだろ? どうせ値切って支払いをケチったんだろうな」


 「ええええ~~~~っ! そうだったの?」

 ええ、確かに値切りましたよ。うん。

 だってこっちは金欠なんですから。


 「そ、そうなのね?」


 「そうなんだよなあ、誰かさんが勇者装備セットをレンタルしなかったんだよなあ~~」

 「そ、装備セットぉ?」

 う、気まずい。そう言えばあのレンタル屋の親父が何か言ってた気がするけど聞き流してたよ。


 ここは前向きに話題を変えねば!

 アセアセ!!


 「まったく、仕方が無いわねぇ~~! ほら、この地図を見てごらんよ。次の町の手前だよ。森に初級者用のダンジョンがあるらしいよ、ほら、印があるでしょ? ここでドロップ品を集めて街で換金して装備を整えるんだよ! ほら、経験値も入るし、一石二鳥だよ。ね、どうかな?」


 「ダンジョンか……。実を言うとダンジョンに入るのは初めてなんだ。なんだか不安だな」

 あんた……ダンジョンに入ったこともない勇者っているの?

 目が点になったよ。


 だめだめ! ここは気を取り直して。勇者を奮い立たせるのも女神の仕事だよね。


 「なーに言ってんの、勇者なんでしょ! 尻ロボだって倒したじゃない! ダンジョンに入ったことがなくても豊富な経験と実績があれば大丈夫だよ! どんな敵でもバンバン倒して、経験値稼いでレベル上げよ!」

 ボクは笑顔で親指を立てた。


 「どんな敵と言っても尻ロボ戦では、レベル上げに必要な経験値は入らなかったけどな?」


 「う……」


 「だ、大丈夫だよ。こんどはダンジョンなんだから経験値が入るわよ、レベル爆上がりよ!」


 お金を稼ぐと同時にマダナイも早くレベルアップさせなければならないんだよ。

 レベルが上がれば、コイツの最悪な特性、弱い敵にはそれ以上に弱くなるっていう謎仕様の影響も少しは減るはずだって思うんだ。つまり弱い敵を無視できるだけの基礎能力があればいいんだよ。弱い敵とは戦わないことにすればいいんだ。


 「二人で協力すればきっと大丈夫だよ。ね、マダナイ?」


 ここで、ボクはどんな男もいちころの『必殺、美の女神渾身の微笑み』を繰り出してみたよ。


 この晴れやかな笑顔を向けられた者は十中八九、女神の信奉者になって、しばらくの間、ボクの言いなりになるんだけど……。


 「そんな偽の笑顔を振りまかれても今さらだ。お前が何かあるたびに力に物を言わせる女神ってことはもう十分に分かっているんだ」


 やっぱり魅了が効かなーーい。

 がっくし……、こいつといると自信を無くすよ……。


 どうしてこいつにはボクの微笑み、女神のカリスマが効かないんだよ?


 ボクの虜にならない男なんてホント初めて見たよ。


 ウ~~~~と、女神の意地にかけて再度睨んでみたけど、マダナイはどこ吹く風だよ。


 「だから、そんな拗ねた表情で、頬を膨らませて美少女ぶっても無駄なんだって。お前の恐ろしさはな……」とマダナイが語り出したよ。


 うわーー、こいつ、勇者のくせにボクに殴られた事をまだ根に持っているらしいよ。


 いやいや、あの程度のパンチに反応できなくて何が勇者だよ。


 いくらレベルが低くたって、勇者ならサッとかわすのが普通じゃないかな? 恨むんなら自分の力の無さを恨むべきだよ。


 グッ! と思わず拳を握り締めている自分に気づく。


 いけない。

 こいつと一緒だと、しだいに悪い女神になっていきそうで自分が怖くなるんだよ。

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