第2話 ユウシャ・イキダオレ?
ルーンタッタ、ルンタッタ!
憎らしいことにネズミの奴、なおも勇者の頭上で二本足で立ってダメージの入るダンスを踊っている。
ちっちゃな足で与えるダメージは両足でも一回0.01程度? だから四捨五入でHP表示は1のままなわけだね。
「どう見てもこのネズミが強敵なわけないよね? 人間の百倍賢いとか、体を鋼に変えられるとか、実は猛毒の持ち主ってわけでもなさそうだし。なんで勇者が簡単に倒されてるわけ?」
それが謎だ。
じ~っ! と二人は、いや女神とネズミは互いに睨みあったが何か状況が変化するわけでもない。
「そうだ、あれがあったっけ!」
たしか袋の中に天界を出るときに神から無理やり渡された初心者用のこの世界のマニュアルとか図鑑があったはずだ。
「こんな時こそ、これを読めばいいんだよ」
ボクは足元に置いた背負袋からクッソ重くてムダに分厚い本を取り出した。「うおっと!」片手で持ったら指がツリそうだ。
「あ、手が滑ったよ!」
ドスン! と勇者の股間ギリギリに落ちた本が、地面に突き立ったよ!!
あっぶねーー! あとちょっとでこの勇者にトドメを刺すところだったよ。それにしても地面に刺さる重さなんだね……この本。
「あ、大丈夫だったから。気にしない、気にしない」
青ざめた勇者に声をかけ、ボクは本を両手で地面から引き抜いて、すぐにパラパラと魔物図鑑をめくってみた。
図鑑を見ないと敵が分からないのはホント不便だ。
でもまあ、二、三日もこの世界で過ごせば自動的に脳内データが更新されて、女神パワーで一目見ただけで鑑定できるようになるんだけど。
えっと、えっと……!
ボクは大急ぎでページをめくった。
ええい! この本、分厚すぎてすぐに見つからないじゃない!
しかし、利点もあったよ。
「ふむふむ、なるほど……」開いただけで、そのページの情報が次々と頭の中にインプットされていくのだ。頭の中に「自動更新を待たずに今すぐ更新中です!」の文字がポップアップした。
強制更新のせいで頭が爆発しそうなくらいに頭痛が……、でもがんばれ!!
あった、これだ! 見つけたよ!
『ネズミウサキ:レベル1~5で倒せる最弱のモンスター。街の周辺に普通にいるネズミの仲間。手のひらに乗るくらいの大きさで見た目は愛らしいけど意外に気が荒い。子どもでも簡単に退治できる』……と魔物図鑑に書いてある。
うーーん、やっぱりこれだよね?
じろじろとネズミと図鑑を見比べてみた。
でも、たった今、勇者が一撃でのされたんだよ。いくらなんでも最弱のネズミってことはないんじゃない?
そうか! 閃いたよ!
「ま、まさかとは思うけど、このネズミ……」
二本足で立ってるし、実はこう見えてこいつも異世界転生者だったとか! それでもって凄いチート持ちとか!
『異世界行ったらネズミでした。小っちゃい体で無双の俺がチート能力でハーレム生活!』みたいな?
チュウ?
ってそんなわけないか。
異世界転生者でなければ、何か別の魔物が化けてるとか? まさか序盤最強のミノタウロスとか?
それだったらレベル1の勇者が負けるのもわかるわーーーー!
「女神パワーー、真贋の目、発動!」
じっーーーーっ…………
チュウ?
「やっぱり、んなわけあるかーーーーい! ただの子ネズミだよっ!!」
ボクは地団太を踏んだ。
美しい女神がパンツ丸出しで悔しがっている姿って見れたもんじゃないんだけど、大丈夫! 周りには誰もいないから。
「いやいや、いくら目をこすってもネズミはネズミ。異世界転生者でも別の魔物でもないよね? やっぱりただのネズミだよ」
あんなネズミ一匹にどうして勇者がやられるのか、まったくの謎なんだよ!
「あ、そうか!」
賢いボクはまたも閃いたよ!
「わかった!」
ボクは真面目な顔で倒れている男を見下ろした。
「もしかして、あなたはユウシャ・イキダオレという名前のただの人なんじゃない? 名前がユウシャというだけで勇者じゃなかったんだ! やだな~~もう! 勇者と誤解しちゃったよ」
うん、それならわかる!
その時だ。
「こ、これを見ろ……」
ボクの疑いのまなざしに気づいたのか、意外に勘の鋭いそいつは、さっきから手に握り締めていた紙きれを持ち上げた。
「え? ま、まさか、それって!」
何かどこかで見覚えのある紙だ。
「俺は正真正銘の勇者……ほら、これ、これがレンタル勇者契約書だぞ。俺は待ち合わせ場所の指示通り、ここに来ただけなんだけど……」
男はうめくように言ったよ。
「マ、マジですか! あんた勇者なの!?」
目をまん丸に見開いて紙を覗き込んだら、さらに目が丸くなったよ。
「うわっ、本物だよ、コレ!」
しかも、そこに記された筆跡は間違いなく自分のものだ!
急いでいたので「女神レースに出るから、安くてお勧めの勇者をレンタルしてくれるかい! それも規格外の凄いのを頼むよ」って言って、よく確認しなかったのが悪かった?
ガーーン! ショックだよ!
なけなしのお金を、こんなのに出費したという衝撃の事実がたったいま判明したんだ。
あのレンタル屋の親父、「その条件で安くてと言われましても、なにせ、レンタル済みばかりで今は勇者不足ですからな……」と言って棚の奥からホコリを払って持ってきたっけ?
「くっ! 文句言ってやる」
ぎりぎりと奥歯を噛みしめたよ。
こんなポンコツ勇者がボクのパートナーだって?
そう思ったらなんだか次第に顔が青ざめてきたよ。
あ、あれっ??
もしかしたら……これは早くも大ピンチじゃない!?
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