ーー陥落ーー

 「ガハハハ! 見てください、ボロベガ隊長殿、こいつら弱い、弱いでずあ!」

 緑色の亜人は魔王軍から与えられた魔弾砲を手に防衛部隊の兵士たちを次々と吹き飛ばしていた。


 「ザッパ、油断するんじゃない、敵も必死なのだぞ。もう我らの任務は終わったのだ。深追いするでない!」


 魔法陣を守っていた部隊を全滅させ、城を守っていた魔法陣は破壊した。あとは突入する友軍に任せれば良いのだ。この危険な場所からは一刻も早く撤退することだ。


 「隊長殿! 上から何か来るぜぇ! 撃ち落どすます!」

 ズンが叫んで、魔弾砲を上空に向け連続で砲撃した。

 鮮烈な発砲光と爆音が轟いた。


 「バカ、わしの命令を聞かぬか! 魔弾砲は小さい的を狙うには向いていないのだぞ!」

 ボロベガが叫んだ瞬間、目の前でズンの動きが静止した。

 何が起こったのかわからない。


 空から降って来た騎士がズンを一刀両断したのだと気づいた瞬間、ズンの体が左右に分かれて血飛沫が夜空に舞った。


 「ズーン!」


 「貴様! よぐも殺じだな!」

 ザッパが怒りに我を忘れて騎士に迫った。


 「待て! ザッパ! そいつの武器は!」


 ザン! と一筋の光が三日月のような軌跡を描いて闇を斬った。ザッパの腕がその白銀の騎士に届く前に、ザッパの胴が二つに分かれた。


 目の前で内臓をぶちまけながらザッパが闇に沈んだ。


 「き、貴様、ば、化け物か!」


 「お前に言われたくはないな、一つ目!」


 騎士が手にしているのは青白く光る剣、おそらく聖剣と呼ばれるレベルの業物わざものだろう。初めて見る代物だがかなり危険な色をしている。今にも暴走しそうな嫌な感覚がひしひしと伝わってくるのだ。

 

 「そいつは聖剣だな? だが、お前の手に余る代物だ。既に肉体が崩壊しつつあるではないか?」


 「だが、お前をほふるくらいの時間はあるだろう?」

 ブラインドは聖剣ダブルハートブロークンを両手で構えた。


 魔剣とも言われるこの剣は使い手を選ぶ。

 適合者でない者は肉体が裂けるか、精神が破壊される。

 剣の名前の由来である。


 俺も適合しなかったらしいな。

 ブラインドは兜の中で苦笑した。既に左手の感覚がない。魔力が吸われ、肉体が崩れていくようだ。時間が無いのだろう。


 「落城を招いた貴様たちだけは一緒に地獄に連れて行く!」


 「できるかな! 族長憤怒の力!」

 緑色の肌の一つ目の怪物が叫んだ。その身に凄まじいパワーが満ちていく。どうやらただの亜人ではないらしい。


 「行くぞ!」

 「絶望を味わうのだ!」

 闇の中で光が数度交錯した。

 白い光と紫の光である。


 観客の一人すらもいない、一対一の激しい戦いが崖下で繰り広げられた。


 「チッ! 亜人のくせに強いじゃないか!」

 「貴様も人間にしてはな!」


 二人とも身体中傷だらけである。


 「ぐふっ……」と先に血を吐いたのはブラインドである。

 「やはり、貴様、もはや聖剣の力に耐えられぬな? 諦めて投降しろ。聖剣を捨てねばじきに死ぬぞ?」


 「既に死ぬ覚悟はできていると言っただろう?」

 ブラインドは血をぬぐった。


 「見よ! まもなく城も落ちる。街も制圧されたのだ。これ以上の戦いは無意味であろう、わからぬか?」


 「亜人の貴様に言われるとはな」

 ブラインドは右手で聖剣を構えたが、もはや限界だ。その手が小刻みに震えている。打ち合ってあと数合というところか。


 「そうか、仕方があるまい。お前のような男は殺したくはないのだがな」

 そうつぶやいた一つ目の怪物の声に嘘は含まれていないようだ。見た目とは裏腹に意外に人間臭い。


 「ふっ、最後の戦いが貴様で良かった! では参る!」

 ブラインドが大地を蹴った。

 最後の渾身の一撃を食らわせる!


 その時だ。

 上空で爆発が起きた。

 城の上層が炎を噴き上げたのだ。


 「!」

 見上げたブラインドの目に落下してくる人の姿が映った。


 「キャス!」

 壊れた鎧が空中で四散し、長い髪が風に舞う。

 ボロボロになった瀕死の女騎士のキャスが落ちてくる。

 あの勢いでは気絶している?

 魔法も使えない状態だ!


 ブラインドは戦闘中だということも忘れ、最後の力を振り絞って跳躍した。


 空中でキャスをキャッチしたが、そこで魔力が尽きたのか、そのまま崖の岩壁に激突し、激しい土煙が湧き上がった。


 ブラインドの腕の中、キャスが目を開け微かに微笑んだ。

 その身に受けた傷は誰が見ても致命傷であることは明らかだ。


 「無茶をしたな」

 「無茶をしましたよ……」

 「バカだな……」

 額をくっつけ微笑みあった二人の上に大量の土砂が崩れ落ち始めた。


 「ボロベガ殿! こちらでしたか!」

 魔王軍の兵士たちがぞろぞろと駆けつけて来た。

 この谷まで兵が入って来たという事は、王国軍の最後の拠点であった城も陥落したということだろう。


 「騎士が一人逃げました。追討命令が出ておりますが見かけませんでしたか?」


 「騎士たちは死んだ。あそこだ」

 ボロベガは塚のように山になった岩と土を指差した。

 誇り高い人間らしい最後だったと言えよう。


 「ならば討伐完了ですな」


 「…………」

 ボロベガは無言で落ちていた聖剣を拾った。

 その瞬間に大量の魔力を吸い取られた。それだけではない恐ろしい力が侵食してくる気がする。


 「それは?」

 「これは人間が隠していた魔剣だ。危険だぞ、後で封印の得意な奴を呼んで処分してもらうと良い」


 そう言ってボロベガは剣を盛り上がった土砂の前に無造作に突き立て、亜人流の祈りを捧げた。敵とはいえ、誇り高き戦士だった騎士に敬意を表したのである。


 祈り終わったボロベガの背に冷気が触れた。


 「さて、これでわしの一族の忠義は魔王様に伝わったのであろうな?」

 不意に現れた背後の強い気配がボロベガを総毛立たせた。


 ボロベガはその強張った表情を気取られないように、後ろを振り返らずにボソリと言った。


 「うむ。お前たちの忠義はしかと見届けた。こたびの勝利もまさにお主ら三人の働きによるもの。城は一部燃えたが地下施設はほぼ無傷で占領できたのじゃ。お前たちの里の安全は保障しよう。お前にも追って褒美があるじゃろうて……」

 しわがれた声は黒い気配を纏って笑ったようだった。


 「そうか」

 「お主には特別にわしからも褒美をやろう」


 「ぐっ、な、なにをする……」

 不意にボロベガの思考に霞がかかったような気がして、ボロベガは頭を押さえてよろめいた。


 「くくく……。知性など不要、お主はもっと道具にふさわしい何者かになるのじゃ……」

 強力な魔導士の力がボロベガの周囲を覆っていった。


ーーーーーーーーーー


 この夜、王国の重要拠点の一つノイスヴェルゲン城塞都市は魔王軍による突然の大侵攻を受け、多くの人々と一緒にこの地上から消滅したのだった。

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