レンタル勇者にアイの手を~~っ! バージョン2

水ノ葉月乃

序章(まじめに序章書いてみた)

ーー侵略ーー 

 スコー……スコー……


 くらい水中に呼吸音だけが響いていた。


 ゴボゴボッ………と泡が水面に向かって浮遊する。


 水が揺らぎとともに湖底の砂や塵がわずかに舞い上がり、そしてまた沈んでいく。その複数の呼吸音が過ぎ去ると同時に周囲は再び冷たい静寂に包まれていった。


 月灯りに照らされた美しい湖。


 静かに揺らめく黒い湖面に湧き上がった気泡は次第に湖岸の入江に近づいていた。


 緑色の肌をした単眼の怪物が三匹、切り立つ崖に囲まれた入江に侵入していくと、その大きな影に驚いた無数の小魚達が泡立つように逃げて行った。


 入江の水中には無数の木々が林立しているが、それは一定の間隔で立ち並び、自然の林でないのは明らかである。


 呼吸用の器具を背負った怪物たちはゆっくりと木々に近づいていくとその表面の泥を払った。


 木々に見えたものは、人が打ち込んだ杭であった。

 湖底に侵入する大型船を座礁させて沈めるため先を鋭く尖らせた太い丸太が何重にも打ち込まれているのである。これが兵を乗せた軍船が湖を渡れない理由の一つなのであった。


 ゴボゴボ……と荒い息を吐き出しながら、先頭を泳ぐ怪物が太い棍棒のような腕で杭を強引に左右に押し広げ、侵入路を確保し始めた。


 その様子を後ろで見ていた二匹のうち一匹が水面に浮上した。風には微かに血と硝煙しょうえんの匂いが混じっているようだった。


 湖岸の崖下にあった小さな舟着き場も敵が這いあがれぬように急いで破壊したらしく、板切れがいくつも波に漂っている。正面の湖岸も崖になっており、登ることは難しそうだ。しかし、そんな事は既に分かっている。


 その怪物は周囲をぐるりと見渡し、地形を確認するとすぐに仲間の元に戻って来た。

 

 不協和音の荒々しい呼吸音とともに泡が水面に広がった。


 怪物の一匹が、先頭の怪物の肩をトントンと叩いて、「見つけました」と指で合図した。


 三匹は大きな体をしているが泳ぎが上手い。

 湖底が浅くなってきたが波を立てることもなく静かに進んでいくと、やがてごつごつとした岩礁に守られた場所に、垂直にそそりたつ岩壁を見つけた。


 平らな岩壁は水中から水上にまで続いている。


 その岩壁に片手を触れ、「ここだ」と身振りで合図をすると、背後の二匹が前に出て岩の隙間に指を入れた。


 「開けろ」と指示されるがままに、二匹の怪物は強引にその岩壁を左右に開く。発達した筋肉が膨れ上がり渾身の力を込めてその隠し扉を開いていった。

 

 ごうっと湖の水がその隙間から内部に吸い込まれていく。開いた隙間から体を横にして潜り込むと、洞窟の内部は魔鉱石の灯りで仄かに明るかった。


 急に水位が上昇したため繋がれていた脱出用のボートが大きく左右に揺れている。

 用心深く水面に顔を出し、洞窟内を見回した緑色の肌の怪物は、そこに守備兵がいないことを確認すると、行くぞと指で合図した。


 「よし潜りごんだぞ、大丈夫、敵はおりまぜん。まざかごっちから来るとは思っでいながったようでず」

 「地上部隊は、派手にやっでおりばすな」

 天上付近の岩をくりぬいて作られた喚起窓から外の光が差し込んでいる。月灯りとも異なる明滅する光は城塞の天蓋を覆う結界に当たって弾ける攻撃魔法だろうか。


 「早く出ろ、無駄口はよすのだ。時間が大事だ」

 そう言って階段を上がって地上に顔を出すと断崖絶壁の上に館が見える。あれが敵の逃げ込んだ城塞である。


 その背景の空が赤いのは、友軍が正面攻撃を行っているからだ。砲撃の音が遠くから絶え間なく響いてくる。


 得意の攻撃魔法が通用しないため、実弾による物理攻撃に切り替えているのだとわかる。

 本来、王都攻撃用に準備されていた”城崩し”をここで使ったことで、今後の作戦にも大きな影響が出るのは間違いない。

 砲弾には限りがあり、連射で酷使した砲の信頼性は落ちる。その意味で王都攻防戦を前に敵軍はうまくやったと言うべきだ。


 「ズン、ザッパ、行くぞ。敵はまだ気づいていない。我らの目的は、敵が防御結界を発動させている魔法陣の破壊なのだ」


 「おう」

 「やってやるぞら」


 「お前ら、まずはパンツを履け」

 怪物は袋を開くとフルチンで立ち上がって雄々しく叫んだ二人にパンツを手渡した。



ーーーーーーーーーー


 「将軍、大変です、新手であります! 背後からです! 」


 息を切らせて走って来たのは城内で市民を保護している部隊の一員だ。


 今や最後の拠点となったこの古城に多くの市民が逃げ込んでいる。その市民を守るための兵が全身傷だらけで現れたという事は既に城内でも戦闘が始まっていることを意味していた。


 「なんだと!! 背後から? さては魔法結界を発動させている魔法陣を狙われたか!」


 その言葉にそこにいた誰もが表情を強張らせた。

 戦いが始まって3日めである。

 街は焼かれ、切り立つ崖の上にある魔導女学院の古城に立てこもって抵抗をしているが、危急を知らせる使いは王都に着いた頃だろうか。

 

 援軍が来るまで持ちこたえられるかどうか、それは魔法結界の維持にかかっていると言って良い。しかし、魔王軍の激しい攻撃にさらされ、結界と外界の境界線は時間を追うごとに後退しているのである。


 市民を守るために魔導女学院の教師と学生が総力を注ぎ込んで急遽発動させた大規模な広域結界である。

 結界の発動とその後の戦闘で、誰もが魔力を使い果たし疲れ果てており、結界の増強は既に無理だ。この状況で稼働中の魔法陣を破壊されれば、おそらくその修復は不可能だろう。


 「敵の数と現在地は? 敵の船団が湖に現れたなどという報告はなかったぞ!」


 「敵は巨体の怪物であります! おそらく湖を泳いで渡ったものと思われます! 湖からの入口にあたる峡谷を閉鎖していた防衛線は既に突破されました。抵抗を続けてはいますが、敵は魔法陣のある崖下広場に近づいております」


 「湖を泳いで渡っただと? そんなばかな!! 水中にも対魔物用の障壁を設置したんだぞ、魔族がエトル湖を越えられるはずがないんだ!」

 バン!! とテーブルを叩いた音が大きく響き渡り、部屋中の視線が指揮官である青年、王国騎士のブラインドに集まった。


 彼は若いが、籠城している王国軍で唯一最初の魔王軍の襲撃で生き残った士官である。絶望的な戦力差の中、ここまで持ちこたえてきたのは彼の指導力のおかげだった。

 

 「ブラインド落ち着いて! それでも敵は突破してきたんです。報告によれば、侵入してきた敵は緑魔族と呼ばれる単眼の亜人族のようです、亜人ですから対魔障壁も効果が薄かったのでしょう」

 美しい女騎士キャスが通信を傍受しながらくるりと振り返ってメモ紙をブラインドに手渡した。


 「くそっ、前面の守備で手一杯、背後に兵を回す余裕などないことに気づかれていたか……。不味いぞ、魔法陣を守らねば」

 ブラインドはつぶやいた。

 城内にある魔法陣の守備兵はごくわずかだ。しかし、今から増援を送れるような部隊など既にない。


 「ここは俺がじかに行って守る!」

 「ダメです、敵は既に魔法陣のある崖下に到達しています! もう間に合いません! それに貴方がここを離れたら誰が指揮をするんですか! 援軍が来るまで館に立て籠る方法だってあるはずです」


 思わず剣を握ったブラインドの手を魔境の映像を見たキャスがグッとつかんだ。「キャス……」その真っすぐな瞳の強さにブラインドは思わず目を反らした。


 キャスには言えない。他のみんなにもだ。誰もが援軍が来るのを待っているのである。


 だが……とブラインドはグッと拳を握った。

 援軍は来ない、来るはずがないんだ。


 ここで我々が敵軍を足止めする。

 その日数を稼ぐことこそが目的だった。敵の攻撃を耐え忍んだこの三日間で王国は各地から軍を招集し、王都防衛のため魔王軍を迎え撃つ準備を整え始めているはずである。


 つまり王国軍編成のための時間稼ぎだ。ここで捨て石になることこそがこの城塞都市の真の役割であり、赴任の際にブラインドたちに課せられた使命であった。


 「報告いたします! 湖からの敵の攻撃、食い止められません! 中庭に逃れていた市民を守りつつ、学院内への撤退を始めます!」

 「館内にも動揺が広がっております! 逃げ込んできた市民がパニックを起こしております!」

 危急を知らせる傷だらけの兵が次々と駆け込んできた。


 ゴゴゴ……とすぐ足元の崖下で幾度も爆発音が轟いた。湖を渡った敵の攻撃だろう。


 ここなら今しばらくは安心と思われていた城内は背後からの奇襲に既に大混乱に陥っている。


 「ええい、逃げ込んできた市民と学院の生徒たちだけでも南へ逃がせないか!」


 「湖の対岸にも多くの篝火を確認しております! 兵の護衛もなく市民が敵の包囲網を突破することは既に不可能と思われます!」


 「くそっ!」


 「ブラインド! さっきの爆発は結界の魔法陣が破壊された音だったみたいよ! 敵軍の先鋒が使っている催眠魔法が城内にまで浸透し始めてる! 敵軍は正門を突破した模様、既に対抗手段がありません!」

 壁際に置かれた通信用魔法珠と魔境を同時操作しながら、女騎士キャスが悲痛な面持ちで振り返った。


 魔王軍の攻撃は突然過ぎたのだ。いくら城塞都市と言えどこれほどの大侵攻が宣戦布告もなく奇襲攻撃という形で行われるとは想定外であった。


 「まだだ、このまま城を陥落させるものか! キャス、あれを使うぞ! 封印庫の鍵を貸せ」

 「まさか、あの封印されし聖剣を使うんですか? あれは危険すぎます! 使用者の精神を破壊するんですよ!」


 「キャス、奴らに人間の意地を見せてやる!」

 そうは言ったが真の目的は別にある。


 聖剣は魔族には使えない。もちろん自分のような普通の人間にも使える代物ではない。使えるのは勇者と呼ばれる特殊な存在だけだ。


 この城にあるのは正当な所有者のいない危険な聖剣である。

 不用意に人が触らぬように封印されていたが、いずれどこかで勇者が手にすることができるように放出しなければならない。それもこの街に着任した際に命じられた極秘事項の一つなのである。


 「そんな意地で、あなたを失いたくありません」

 「キャス、俺だってお前が大事だ」

 ブラインドはキャスの頬を撫でた。


 「ブラインド……」


 その時だ、凄まじい音が二人の会話を遮った。

 指令室の窓ガラスが一斉に割れ、爆風が吹きこんできた。


 「!」

 目を開けると室内は惨々たる状況だ。吹き飛ばされたガラスの破片で多くの者が血を流して床に伏している。もはや指揮できるような状況ではない。


 「今、状況を確認します……」

 ブラインドに守られていた女騎士キャスが彼のマントの下から抜け出して、床に転がった魔法珠を拾い上げた。


 「何がどうなっている?」

 ブラインドがその後ろからのぞきこんだ。


 「正面から敵が中庭方面に侵入しました! 峡谷からは亜人3体です! 湖方面に逃げようと峡谷に向かってしまった市民の一団がいたようです。味方が市民を守って亜人と交戦中!」

 キャスが魔法珠を手に叫んだ。


 「やはり俺が助けに行く!」

 「あ! ブラインド待って!」


 キャスの声を背にしながら、騎士ブラインドは封印の鍵の入った小箱を小脇に抱え、指令室を飛び出していった。

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