第12話 尻ロボ来襲

 ガサガサッと茂みを揺らし、木々をなぎ倒してそいつが姿を見せた。


 うわ~~~~、いかにも攻撃兵器らしい無骨な金属製の円柱のボディだよ。

 頭部には横に長い楕円形型のサングラスみたいな物を装着していて、その奥で赤く光る二つの無機質な眼がボクたちを捉えたんだ。


 「テ、テ、テキ、魔王……。ターゲット変更……女神、勇者ヲ確認……」

 奴はどうやらこっちを敵と認定したようだよ。


 ウィンウィン……と耳障りな機械音を響かせ、そいつは側面から手のような器官を伸ばし始めた。


 円柱の底の方が焦げているから、おそらく飛行機関が壊れているんだ。腕の動きに合わせてボディがゆらりゆらりと左右に振れてかなり不安定そうだよ。


 そいつは指先をこっちに向けた。


 「攻撃してくるよ! こいつは何なの? マダナイ!」

 魔物図鑑には載っていない奴だ。


 「気をつけろ! 俺も知らない奴だ。だが、この気配は間違いなく敵だろうよ」

 マダナイが油断なく短剣を構えた。そのキリリとした目つきがかなり男前! ぐっ、無駄に美形キャラになってる。


 「でも、どうして街の人はこれが魔族の兵器だってわかったのかな?」

 ボクはちょっと動揺を抑えて両手を前に出して身構えた。ドキドキと胸の鼓動が早くなったのは敵が迫ってきたからに違いないんだ。人間言えばアドレナリンドバドバ状態なんだよ、きっと!


 「余計なことは考えるな、集中しろ!」

 「大丈夫、来るならきなさいって! いつでも強力な防御魔法、”女神の障壁” を展開するよ」


 「!」

 その時だった、そいつがいきなりバランスを崩して急に後ろを向いた。直後、指先から強烈な光が放たれた!!


 ドゴーーーーン!!

 物凄い爆風がボクの髪の毛を巻き上げた。これは馬鹿にできない威力の攻撃だ。


 「見てよ! 奴が指先から放った怪光線で森の木々が一直線に焼き尽くされたよ! 危ない奴だよ!」

 「ああ、本当に危ない。あれを見ろ、変態だ」

 マダナイが背中を向けた奴の方を指差した。


 「ん、んんっ?」

 ボクの目も細くなった。


 奴の背中の下部になんだかやけにリアルなお尻が金属とも違う物質で造られていて、そこに『魔王……追撃部隊……ロボ102号』と焼き印が入っている。


 文字は所々かすれて読めないんだけど、魔王軍所属のロボらしいってことだけは一目で分かった。


 「こいつを造った奴はお尻フェチか?」

 「問題はそこじゃないよ! あの尻ロボの武器は強力すぎるよ! かなり危険だよ」


 「そうだな。たまたまバランスを崩して攻撃が反れたからよかったものの、予想外の高出力だ。見た目で舐めてたよ。まともに食らっていたら今ごろ豚の丸焼けみたいな女神のできあがりだったな」


 「どんな想像してんのよ!」


 マダナイをにらんで叫んだ瞬間、またもピカッと光って、ドド~~ン!! と公園を囲う石塀が崩れた。


 「いかん、ここで食い止めないと街が破壊される! 放置しておけないぞ!」

 そう言ってマダナイが素早く駆け出した。加速スキルでももっていたのか一瞬で敵との間合いを詰めたよ。


 「待って! 考えなしに突っ込んじゃだめだよ!」

 その姿はカッコ良いけど、無茶だって!!


 「えーい、世話が焼けるよ! ハイッ! 女神の障壁っ!」

 尻ロボ102号は甘くないよ。あの目にも止まらぬマダナイの接近に即座に反応したよ。


 「しまった!」

 マダナイの目が驚愕に見開かれる。

 一瞬でマダナイめがけて胴の下部から槍のようなものを突き出したんだ。これは尻ロボの防衛装置、攻撃に対して機械的に反射する仕掛けなのかもしれないよ。


 普通の勇者と女神ならここで一巻の終わりだよ。


 でも、どんなもんだだよ? ガキーーン!! と鋭い金属音を放って、槍はマダナイの前に出現した女神の障壁に弾かれたよ。


 「ハイ! 今よマダナイ!」

尻ロボは槍を弾かれて体勢を崩した。今がチャンスだよ!


 「てぇやああああ~~っ!」

 跳躍したマダナイが勇ましく尻ロボ102号の頭部に飛び乗った。


 「いいわマダナイ! そこで攻撃だよ! 女神パワー! 勇者断岩チョップをお見舞いするのよ!」

 「そうか! それが女神の加護だな! いくぞ!! 勇者弾丸チョッ~~プ!!」

 マダナイくん……発音は同じだけど脳裏に浮かべた文字が違うよ、それじゃあ加護は発動しないんだよ……


 ポカンと音がした。

 中身は空っぽみたいな音だが、「イッテぇ!! ぐおおお…………」とマダナイが拳を押さえて地面を転げまわった。


 うん、加護は発動しなかったね。それに思ったより硬かったみたいだよね。


 「ああ、痛そうだなぁ~~」


 「お、おまえなぁ!!」

 「いや、語彙ごい力がなかったのはあんただから」


 「前もって教えとけ!!」


 尻ロボ102号が右手を押さえて苦悶しているマダナイの頭上にすうっと近づいてきたよ。


 「あっ、不味いよ! 何かする気だよ!」

 「なにっ!!」

 マダナイがその影に気づいたが反応が遅い。


 「逃げるんだよ! マダナイ!」

 悲鳴にも似たボクの声が周囲に響きわたった時だ。


 ぷすっ、とわずかな煙が底から漏れた。


 うわあ、屁のようだよ。


 尻ロボは、何か攻撃しようとしたのだろうけど、壊れていて不発に終わったようだ。尻の下から黒っぽいガスが漏れただけだった。


 「そうか、わかった!」

 ピンチがチャンスに変ったよ。

 マダナイがとっさに地面を転がって尻ロボ102号の底に潜り込むと、そこに短剣を突き立てたんだ。


 「うん! うまい! ヒュー‼ まるで勇者みたいだよ!」

 「くそっ! こっちは必死なんだぞ! けなすくらいなら黙って見てろ!」


 「…………」

 ボクは両手で口を塞いだよ。


 なるほど、既に壊れている所から内部の機械を壊す作戦に出たんだね。


 ホント、まったく勇者らしくない姑息な手段だよ。真の勇者ならカッコよく斬りあって、実力で打ち倒すんだろうけどね。


 ポキッ!

 あ、短剣、折れたよ!


 こうなったら! とマダナイは短剣を捨て、機械の中に手を突っ込んで、青やら赤やら色々な配線を引っ張り出しては手でブチブチひき千切り始めたよ。


 う~~ん、なんて原始的な戦いだろう。


 変な物をつかまなきゃいいけど……。


 あ! ほら見たか、感電して髪の毛が逆立ったよ。でも根性で落ちなかったのは凄いよ。


 やがて、ボボボ、ボボボ……と尻ロボ102号の体から異音がし始め、尻からモクモクと煙が出始めた。


 「ええい! まだ動くかよ!」

 マダナイが大きな丸い玉を引き抜いたら、尻ロボ102号がさらに右に左に大きく傾き始めたよ。あれは左右のバランスをとっている玉だったらしいよ。


 ボン!

 見てよ! ついに火が体中の接合部分から吹き出したよ!


 「マダナイもう良いよ! こっちへ! 早くそいつから離れて!」

 だが、マダナイは壊すのに夢中で声が聞こえていないみたいだ。


 「しょうがない奴!」

 ボクは身を低くして草むらをかき分け走ったよ。


 まるで猪のように一直線に突進してマダナイの腰に抱きつき、ロボから引きはがして思いっきり跳躍した。


 「エル!」

 「黙って!!」

 二人は派手に木々の間に落下したよ。


 「イテッ! イテッ!!」

 「舌噛むよ!」

 抱き合ったまま、二人はゴロゴロと茂みの中に転がり込んだんだ。


 その時、背後で……尻ロボ102号の方角から凄い閃光が走ったよ。


 「ヤバいぞ! エル、耳をふさげ!」

 「え? きゃあ~~っ!」

 その直後だった。

 ゴウウウンッ……! と大きな爆音が響き渡り、二人の周囲の木々を凄まじい爆風が舐めていったよ。


 やがて一瞬の静寂の後に、森を抜ける風の音が戻って来た。


 「!」

 顔を上げると目の前にマダナイの顔がある。


 「ち、近い、近いんですけど!」

 「何を赤くなっているんだ? お前が抱きついているんだろ?」

 耳を塞いだボクを覆いかぶさるように守ったマダナイがいる。


 「え?」

 気づいたら顔が赤くなるよ。ボクはマダナイの厚い筋肉質の胸板に顔を埋めていたんだ。


 「こうしてみるとお前、かわいいな」

 「何を今さら……美の女神なんだよ」

 わっ、マダナイの唇が近いよ!


 「女神エル……あぶっ!!」

 マダナイの後頭部に何かが落ちて来たよ。その衝撃でイケメン台無しの顔になったよ。

 

 「イテッ、イッテッ! なんだよ、いい所に!」

 空からバラバラと尻ロボの破片が落ちてきたんだ。マダナイが起き上がって破片を払い除けながら空を見上げたよ。


 「ゲホッ!」

 痛っ! マダナイが避けたせいでボクの額にまで破片が直撃したよ! 目から火花が散ったよ!


 「マダナイ! どうせなら最後まで守ってよ! アザだらけになっちゃうんだよ!」

 今度はボクに破片が命中し始めたよ。

 

 ひゅ~~……ドスン!!

 しかも、かなり大きな部品が二人の目の前に落ちて来たよ。


 「あ、あっぶね~~!」

 「あんなのが直撃したら間違いなく死ぬよ!」

 「だよな」

 二人は思わず見つめ合った。


 そして寒い笑みを浮かべたんだ。

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