第11話 女神レーススタート!

 「さ~~て、お互い名前を知ったことだし、ここからがボクたちにとって本当の冒険の始まりになるんだ」


 「ここがスタート地点に? こんな所には何もないぞ?」


 二人は人々が行き交う道のド真ん中に立っているんだ。

 マダナイは不思議そうな顔をして、なんてこともないごく普通の街並みを見回している。

 

 「まあ見てなさいって! ログインウインドウ、オープン!!」

 ボクは左手で胸を押さえ、右手を高々とかかげた。


 『女神レース、スタートしますか?』

 ポヨンと音がして、出たよ例のポップアップ。

 二人の目の前にやけにカラフルな半透明のウインドウパネルが出現した。


 「へぇ~~、これが女神レースのため神々が構築したという伝説のネットワーク型方形魔法陣か、実物は初めてみた」

 「魔法陣って……、ボクたちは単純にパネルとかウインドウとか言ってるんだけどね?」


 「それで? どうやって操作するんだ?」

 「こんなもん指で触れればいいのよ、ええっと……」


 『最初にここを押してください』ってボタンがスタートボタンの上に重なって表示されている。

 これっていちいち邪魔なんだけど……。でもこのナレーションも儀式の一環みたいなものなんだ。そう思う事にしたよ。

 今回はキャンセルボタンの「戻る」は使わないよ。


 あっ! マダナイと話をしてモタモタしていたら、ボタンの隣にカワイイ猫耳っ子が出て来た。


 『スタートの前にこの世界について説明しちゃいまーす、このボタンを押してね!』ってナビし始めちゃったよ。

 

 というわけで、世界観なんかを伝える女神レース恒例ナレーションの再生スタートだよ!


 ポチッ。



ーーーーーーーーーー


 ……ここは神々の箱庭と言われる異世界の一つ。


 無数にある異世界は、天地創造神エクシートとサテネーゼという、めちゃラブの夫婦神が趣味とノリでどんどんじゃんじゃん作り出したと伝わっている。


 ここ、通称『ドイナシャ』と呼ばれる異世界では、北辺に位置する魔族の大国『魔王国』と南端にある『獣人国』、その間に人間族の四つの王国があり、これら六国が数世紀にわたって共存してきた。

 

 そのうち今回女神たちが降臨したのは、人間族の国で一番北に位置する『田園王国ザイーゴ』。ここは『魔王国』と国境を接している国で、この世界では三番目に人口の多い大国だ。


 女神レース開幕の原因は魔王国が侵略戦争を始めたこと。

 独裁者となった現魔王が突如大軍を発し、魔族による世界統一を標榜して南下を始めたのだ。


 虚を突かれた『田園王国ザイーゴ』の防衛線はあっと言う間に崩壊し、一週間でその国土の三分の一が蹂躙され、魔王軍は王都に迫った。


 しかし、この国難に人間族の勇者たちが立ち上がって反撃を開始し、なんとか魔王国の侵攻を食い止めたのだ。だが、そもそも数少ない勇者で大軍に挑むにはやはり限界があった。


 魔王軍が新兵器を投入し始めたこともあり、魔王軍を押し戻すことができず、半年後、戦線は膠着状態におちいったのだ。


 この事態を憂いた天上の神々は様々な手段を講じたものの、魔王と人間との和平交渉は決裂した。


 神々はついに侵略者である魔王の討伐を決意し、地上に100人の女神を送り込み、勇者を支援することを決めたのである。


 こうして女神たちが地上に降臨し、誰が一早く魔王を討伐するか、という女神による魔王討伐レースが切って落とされたわけである……。



ーーーーーーーーーー


 PV風の無駄に長いナレーションがやっと終わったよ。


 『女神レース、スタートしますか?』

 ポップアップが明滅し、スタートボタンが押せる状態になっている。


 「始めるよ、覚悟はいい? 今回押すのは「戻る」ボタンじゃないよ」

 ボクはマダナイの目をじっと見つめた。


 「もちろんだ、始めよう。お前となら俺はどこにだって行くぞ。お前に一生ついていくと決めた俺の覚悟を知るがイイ」


 どんな覚悟だよ。

 プロポーズかよ。


 「じゃあ、スタートね」

 ポチっ、ボクはそのボタンを押した。うん、すぐに切り替わらないところが怠惰な神が作ったシステムだけのことはある。『ただいま認証中!』の文字がいつまでも長々と明滅している。


 「ふわ~~~~」

 マダナイが三度めのあくびをした。

 「このシステム、バグってない? もしかして固まってる?」   

 そろそろ疑念に満ちた目でパネルをにらみ始めたころだった。


 『女神エル、エントリーNO100、女神レースへのログインを確認、認証しました。』


 「やっときたよ! この激遅回線!!」


 『このレースは認証されています』

 目の前でポップアップが次々変化し、やがて『完了』の文字とともにウインドウは自動的に消滅した。


 「終わったか? これで出発できるんだな?」

 「うん! ばっちりよ!」


 よ~~し、これでついに女神レースへの正式な参加が認められたんだ。その証拠に勇者マダナイの頭に新たにアホ毛が1本立っている。あれが女神レースログイン中という意味のサインなんだけど、うん、本人には黙っておこう。

 

 「これがボクたち、女神エルと勇者の物語の記念すべき一歩になるんだよ! さあ、マダナイ、旅立ちよ! しゅっぱーつ!」


 意気揚々とカッコをつけて、大地を踏みしめた。


 その時だった。

 本当に何の前触れもなく、突然、昼の空に流れ星がまぶしく光ったんだ。


 「え?」

 「なんだ!?」


 さあっーーーーとボクの髪までその光に染まった。


 はあっ? まさか、これってさっきボクやマダナイが天高く上って雲をぶち抜いた影響ってことはないよね? 


 だがこんな天変地異の原因は他に思い当たらない。


 「あわわわわ……!」

 だとすると不味いんじゃないの?


 「この世界で意味もなく天変地異を引き起こしたな! けしからん!」とかナントカ、神々に何を言われるかわからないじゃん!


 さあーーーーっと血の気がひいた。


 でもちょっと待って。なんだか少し様子が変だよ。

 天の太陽が二つになったかと思うほどの輝きが一瞬辺り一面を真っ白に染めたんだ。


 そして大きな光が遥か南の方へ落下していった。


 「うわっ、あれは何だったのかしら?」

 ボクは思わず目をつぶってしまったよ。


 「これは、ただの流れ星じゃないぞ! 女神エル、気を付けるんだ! 別の何かがこっちに向かって落ちてくる!!」

 マダナイに言われて空を見上げると、さらに赤黒い光が次第にこちらへ近づいてくるのが目に映った。


 「女神エル! 伏せろーーっ!」

 「えっ!!」

 マダナイが急に叫び、ボクを強引に押し倒して上に覆いかぶさった。


 ゴウッツ! と地響きと猛烈な突風が砂を巻き上げて頭上を突きぬけた。


 大気が一瞬でそっちに吸い込まれたかと思うと、次の瞬間、猛烈な衝撃波となって戻ってきた。二人の周囲に路上のあらゆる物が吹っ飛んできた。


 爆風が過ぎ去ると通りはめちゃくちゃだ。あちこちで人が転倒しているが、幸い大けがを負った人はいないようだ。


 さっきの光は街はずれにある公園の奥に広がる森に落ちたらしく、街中の人々が騒ぎ出している。


 「安全が確認されるまでみんなは建物を出るな!」と叫びながら自警団の人々が手に武器をとって走って行くのが見えた。


 「マダナイ、ボクたちも行くよ! あの気配はかなりヤバい奴だよ。感じたよね?」

 「ああ、何かバリバリに危険な悪意を感じた。ただの光じゃない。間違いなく敵だ。あれは自警団では手に余るぞ」

 珍しく意見が一致したよ。

 

 こいつなら「面倒事は嫌だ」とか言いそうだったのだけど。村の人々に危険が迫ると思ったのかな?


 ちょっとだけ見直した。

 その横顔はやはりカッコいいのだ。やだ、顔が赤くなったよ。


 「みなさん応援に来ました! どうしたの? 何が落ちてきたの?」

 二人が駆けつけてみると森の入口に人だかりができている。


 「今、落下物を調査中だ。おや、あんたら女神と勇者か? いまだにこの辺をうろうろしてるような女神がいたんだな、ほぉ~~~~っ?」


 森の手前で立ち入りを規制していた自警団の男がボクとマダナイをじろじろと見た。


 「はははははは…………」

 余計なお世話だよ、と思わずこめかみがぴくッと動く。


 その時だ、ガサガサッ! と茂みが揺れて数人の男たちが勢いよく飛び出してきた。

 

 「うああああああ、逃げろ、逃げるんだ!」

 「ここいいると危険だ!」

 「みんな、早くここを離れろ!」


 口々に叫びながら、林の中から自警団の男たちが次々と逃げてきた。その表情はまるでドラゴンにでも出会ったかのように真っ青だ。


 「どうしたんだ? 何があったか報告しろ!!」

 「た、隊長! あ、あれは魔族の……魔族の攻撃兵器だ! うわっ、来たぞ! 早く逃げてください!」

 そう言って男が指さした先に、林の木々を押し分けて、円柱形の金属の物体が現れた。


 「魔族の攻撃だ! いったん退却!! あんたらも早く逃げろ!」

 自警団の隊長がボクを見て叫んだ。


 「これは敵襲だ!! ここは俺たちに任せて自警団は早く安全な場所へ避難しろ!」

 マダナイはわき目もふらずに森の奥をにらんだ。


 「勇者マダナイの言うとおりよ!」

 

 「わかった。ここは任せる。だが、無茶はするなよ!」

 自警団の隊長はそう言って走り去った。


 「女神エル! 戦うぞ、じきに来る! 用心しろよ」

 マダナイが腰の短剣を抜いて身構えたよ。


 「あんたこそ今度はネズミの時みたいに無様をさらさないでよ!」

 ボクは攻撃用の杖を出現させたよ。いつもは指輪になっていて使う時にステック状になる杖なんだ。


 うわああああ~~!

 逃げろ~~!

 公園にいた街の人が蜘蛛の子を散らすように逃げていくよ。

 自警団は逃げ遅れた子どもや老人を誘導している。


 この場に残ったのはボクとマダナイだけだ。


 「来たぞ、女神エル!」

 そう言ってにらんだマダナイの視線の先で、木々が大きく揺れ動いたんだ。

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