第10話 俺の名は?
ここは勇者村の市場通りだ。
月始めの定期市も重なる日だと言うだけあって、市場をはみ出して立ち並んだ色とりどりの露店が通りをにぎわして、大勢の人々でごった返している。
「こっちだ、女神エル」
漂ってくる美味しそうな匂いに鼻をくんくん鳴らしていたら不意に手をつかまれたよ。
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
そいつは恥ずかしがるボクの手を引いてグイグイ進んでいくんだ。
別に仲良しってわけじゃないよ。
人混みでボクがはぐれないように、ってことらしいけど。
チラリと見た横顔はマジイケメン!!
これって知らない人から見たら、恋人同士みたいじゃない?
「あ~~、ほらあそこを見てよ。いったい何の人だかりかしら?」
ボクは顔が少し赤いのをごまかすために大袈裟に叫んだ。
「ふ~ん。あれは、新聞なんかを売る売り子だろ?」
そいつは足を止めて言った。
勇者村の路上を行きかう人々が、噴水の前で叫ぶ美少女の威勢の良い声に立ち止まって、ちょっとした渋滞が起きている。
「さあ、魔王討伐戦の女神レースの速報で~す!! 先頭は中間点を過ぎて、第一位は女神ミティア様ですよ! 魔王軍は旧国境地帯まで押し返されました! その活躍を記した女神通信最新号です! さあ買ってくださいよ! 色っぽい女神様の袋とじ付きですよ!」
「うわ~~……あの娘、見て見て! 一見普通の少女に見えるけど、あれも天上界から派遣された女神見習いだよ。背中の小さな羽は飾りのように見えるけど、あれ本物だよ!」
まったく、最近の神々ときたらお布施だけでは懐が寂しいらしく、ああいった雑誌を売ったりしてちゃっかり儲けているんだよ。
「へぇ、そうなのか? 俺には普通の人間にしか見えないけどね。特にエロ衣装のお前を見慣れた後だと、羽くらいなんてことないし、あ、あいつ普通だなぁって……」
「それってどういう意味? ケンカ売ってる?」
ボクの頬がひくついた。
「違う違う、誤解すんなよ。それにしてもこんなに人が多いのに、周りの人がお前の恰好にびっくりしていないのはどうしてなんだろう?」
「ハッ! やっと気づいたの? この衣装はね、魔力を流していると許可した者以外には輝いてまぶしくて直視できない仕様なの。だから一般人は無意識にボクそのものを意識の外に排除してしまうってワケ。まあ、認識阻害術の一種だと思えばいいんだよ」
「なるほど。それなら人さらいが無駄に犠牲にならずに済むな」
あっれ~~聞き間違いかな?
「ちょっと待って。今、「人さらいが」って言った? 「人さらいの犠牲に」じゃないの?」
「ゴホン、細かいことは気にするな、女神は大きくドーンと構えていればいいんだ」
「あーー誤魔化した! 誤魔化したでしょ!」
顔をのぞきこんで抗議したら、ほらね、やっぱり目を泳がせたよ。
「それはともかく、女神レースの先頭集団は順調に街を開放して旧国境地帯に迫っているらしいな。その差が開くばかりだぞ?」
「それ、あんたに心配されたくないよ」
がっくりだよ。
まだこっちはスタート地点をウロウロしているんだよ。
先輩女神で、実力ナンバーワンと言われる女神ミティア様のチームが、先頭を突っ走っていて、既に魔王城までの中間点を過ぎたらしいけど、こっちときたら、まだスタート地点にほど近いんだよ。
「うーーん、どう考えても出遅れたよね。色々と不利な条件が重なったしね」
巻き返すにしても勇者もロクでもないし、今回のレースで上位入賞はもう無理かなぁ。
ボク的には、各地の女神レースで実績を積み上げ、最上級女神である証のティアラをもらうのが野望のファーストステップなんだけど。
ふふふ……
最高神クラスの神々が集まる天の都城で行われるティアラの授与式で天界一の美の女神が社交界に華麗にデビューするんだ。
そうすれば、舞踏会でボクの美しさに目を奪われたイケメン上級男神たちがこぞって自らの領地と豪邸をボクに差し出して求婚してくるはずだ、にひひひひ……。
その中で一番の男神様とゴールイン! いざ行け! 玉の輿~っ、というのが最終目標なワケですよ。うん。
でもまぁ、そんなことをこの勇者に言ったら、腹黒女神だとか言われそうだから黙っていることにした。
ーーーーーーーーーー
「どうだ? 履き心地は?」
「うん、いいんじゃないかな」
イスに座っているボクの目の前でかがんでいる勇者は、一応顔だけ見るとイケメンだ。体つきも良い。ただ、勇者としての中身がかなり残念なんだけど。
防具屋の店員の若い女の子たちがぽおっと顔を赤らめてずっとこっちを見ているくらいにはイケメンなのだ。
「靴ひもはしっかり結んでおくように、いいな!」
そいつはそう言って、ボクの靴ひもを固く結んでくれている。
意外に優しいんだよ。
防具屋で足から漏れる聖なる気配を遮断する効果のある靴を買って、その店先で履いているところ。
「ところで、女神エルよ」
「何かしら?」
「どうして他の女神と違って、そんなミニスカートなんだ? すぐに丸見えになるんだ、ちょっと目のやり場に困るよな」
そう言いつつもしっかり下から見上げている。
「ぐわああああああーー!」
「甘いっ!」
ボクの蹴りを今度はうまくかわして、変態勇者がニヤリと笑う。
「もっと防御力のあるズボンとかを履く事はできないのか?」
「これは、代々、ボクの女神家に伝わる由緒正しき伝統デザインなの! とやかく言われたくないよ!」
「そのデザインのどこがどう伝統なんだよ? 胸元が開いているし、スカートも短い。防御力もなさそうだし、俺にはただのエロ衣装にしか見えないが……?」
ぐぬっ……。やっぱりそう突っ込んできたか……。さてはこいつ、この手の女神の伝統衣装には詳しくないな?
「こう見えて防御力もあるし、色々な機能もあるんだもん」
「へぇ、そうなんだ」
あれ、意外に素直だったよ。
「そう言えば、なんだかんだであんたの名前をまだ正式に聞いていなかったよね? ユウシャ・イキダオレのままじゃやっぱり不味いよね?」
ボクは立ち上がって膝の砂を払っている勇者を見た。
勇者村に駆け込んで、この値段でレンタルできる勇者を頼むわ、と適当な依頼をしたせいで、ろくに名前すら見ていなかったのだ。
でも、ここまで一緒にいたのに名前も知らずにいたって凄いことのような気もしてきた。
いっそゴールに着くまで本名を聞かなかったらどうなるかな?
「ずいぶんと今さら感バリバリだよな。俺の名か? お前のことだから、ユウシャ・イキダオレで登録してそのまま行く気なのかと思っていたぞ」
「まぁ、それはそれ。それはあだ名だからね。あだ名でもレース登録できるけど、一応、本当の名前も聞いておかないとね。だってほら、特殊アイテムとか魔法とか使った時に、本名じゃないとその効果が半減するのがあるんだよね」
「ああ、そういうことか。…………お前が俺に関心を示すとは珍しいと思ったんだ、なるほどね」
ん? 勇者の表情が少し残念そうに見えたのは気のせいだよね?
「関心の問題じゃないって。これから一緒に危険な旅をするのに名前も知らないなんて、やっぱりあり得ないでしょ?」
「うーん、それもそうだけど……本名を告げると、なんだか呪われそうで嫌なんだよな」
そいつは危険物を鑑定するような目でボクを見たよ。
「おいっ!!」
女神への信頼ゼロかよ!
「誰も呪いませんって! って言うか、自分の仲間の勇者を呪う女神っていると思う? その発想の方が怖いよ!」
「どうしようかな~~……」
勇者は、さらにボクを値踏みするようにじろじろと見たよ。
こ、こいつ……。
本気でボクが呪いを与えるような悪い女神かどうか観察してる……。どれだけ疑り深い奴なんだ。
「いいから早く教えなさいよ、名前は? 女神レースの従者として名前を登録しておかなくちゃ、評価に反映されないんだよ」
ボクは急かすように登録画面を表示させ、いつでも入力できるように待機した。
「まあいいか。あまり言いたくはないけど、俺の名前はそうだな……、まだ、まだない……だ」
そいつは口元を押さえてちょっと恥ずかしがった。
乙女か!
「はぁ?」
女神がアホ面になってしまう。
「名前がまだ無いのだ、ですって?」
まだネームドでないということ? ろくに勇者としての仕事をしてこなかったくせにネームドなワケないじゃない!
「誰もそんな事聞いてないのよ。勇者の称号名とかじゃなくて、ほら、両親につけてもらった名前の方よ!」
「だから俺の名はまだないだ」
「んんん、もう、この男は! 称号名が無いことぐらいわかっているわよ!」
「称号名だって? 何を言っているかさっぱりわからないぞ」
「わからないのはこっちだって!!」
「普通、女神は勇者と目と目で会話できるんだろ? お前、本当に女神か? 実は腹黒い疫病神が化けているとか、服を脱いだら実は魔物とか言うんじゃないか? どれどれ」
そう言って、当たり前のようにスカートをめくる。
「
ボクの渾身のアッパーカットを喰らって、勇者は見事に仰け反って雲を突き抜け、天高く飛んでいった。
うん、これで死なないのだから、やはり腐っても勇者なんだろうね。
「ヒュー、意外に頑丈よね」
手をかざして青空を見上げたよ。
どこまで飛んでいったかな?
地面に激突する前に緩衝魔法くらいは使ってやろうと落下地点に近づいていったら、落ちて来た勇者の目が光った。
えっ! と思う間もなく、そいつは素早く着地すると同時にボクの股ぐらと肩を両手でがしっと押さえた。
乙女の股をつかむとか、ありえませんよ! と思った瞬間、今度はボクが天高く飛んでいたよ!!
あーー、仕返しに投げ飛ばされたらしいよ。
ぐんぐん地面が遠ざかって、地平線の彼方まで良く見える、そしてついに雲を突き破ったわ。
うん、これは、今まで見た事がない力だよ。
うかつに「ヒュー」なんて言ったから、それが合いの手認定されたに違いない。
今度は落下に転じながら、ボクは冷静に今の勇者の力を計算する。
う~~ん。これって女神パワーに匹敵する力を発揮したってことじゃない?
だとしたら、相手に応じて相対的に力を発揮すると言っていたことは本当だったの? まさか本当は強い勇者だったりしてね?
勇者が待っているところに、ひゅーーーーと落下していくが、そこは女神、最後は華麗に舞い降りる。
「はい、戻りました~~~~!」
「わかってる。ちゃんと見守っていたんだぞ。パンツ丸見えで降りてくるところなどまさに麗しの女神そのものだった、黒い大人のレース仕様とは、いや、ホント、今回は見直した」
その変態勇者、最後の着地の瞬間まで食い入るようにじっと見ていたらしい。
「どこを最後まで見てるんだよっ!」
ボクはスカートを押さえた。
一瞬でも感心したのが悔やまれるよ。まったく!!
「さて、さっきの話だが、冗談を言ったわけじゃないんだ。俺の本名は、マダナイ・ロースター、だから勇者マダナイというんだ」
マダナイは親指で自分の胸を示した。
「勇者マダナイか……、なんだかいまいちぱっとしない名だね。もうちょっとマシな名前はなかったの?」
そう言いながら女神レース登録画面に素早く書き込んだよ。
そうだ、いっそ頭にノゾキでもつけたらどうかな?
人の下着ばかり見ているし、本質を的確に表しているんじゃない?
ボクの頭のなかでは「ユウシャ・イキダオレ」から「覗き魔ダナっ!」に名前が進化したよ。
一人でうなづいていると、マダナイが何か疑り深い目でこっちを見ているよ。手足を確認して状態異常がないか調べているみたいだ。どんだけ女神を信頼していなんだ、こいつ!
「呪いはかかっていないようだな?」
「当たりまえじゃない!」
「もう名前は覚えたよ。さあ、一緒に冒険に出かけましょうか! 女神レースに出場するよ、覗き魔ダナっイ!」
あっ、なんか間違った。
ちょっと噛んだのをごまかすようにボクはその手を強引につかんだけど、マダナイはギロって無言で睨んだよ。
「アハッ、テヘペロっ……」
「…………」
うわ~~、無言のイケメン、怖いよ~~!
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