第9話 お試し期間と初期不良はせめぎあう2

 イテテ……なんてバカ力。

 ここの店主、実は元勇者、いや元魔王なんじゃない?


 「ここの連中はみんな女神に対する扱いが雑すぎるんだよ」

 ボクはスカートのホコリを払いながら立ち上がった。


 「これでもこっちは世界を救いに来た女神なんだよ!」

 プンプン!


 「お前さあ。それは、お前のようなクレーマー女神が毎日何人も何人も押しかけて来たから、温厚な店長もさすがに嫌気がさしたんだろ?」

 そいつはいつの間にか壁に背もたれてリンゴをかじっている。


 「まるで見てきたようなことを言うね?」


 「うん、見てたからな」とちょっと憂いのある表情。


 ああ、察した。


 こいつ、いつ自分に声がかかるかって期待して、うずうずしながら店の前をウロウロしていたに違いないよ。今度こそ、今度こそ、と思いながら結局ポツンと売れ残ったんだ。


 今の言葉のニュアンスからどことなく漂う哀愁を感じてしまったよ。


 そう思ったらなんだか妙に可哀想になってきた。捨てられた子犬みたいだよ。そう思ったらボクの胸の奥で鈴が鳴った気がした。


 誰にも求められず、認められない苦しさは分かるんだ。だってボクは美と慈愛の女神なんだよ。


 「何よ、そのリンゴ、おいしそうじゃない? 一つくれる? ちょっと倹約しすぎてお腹が空いていたんだ」

 半分は本心だ。


 今さらすきっ腹に気がついて、お腹がぐううと鳴った。昨日から何も食べていないのを思い出してしまった。


 天界から支給されたこの世界のお金なんて勇者をレンタルしたらもう無いよ。次回のお手当てが振り込まれる日はまだまだずっと先なんだ。


 「やれやれ、ナメクジ女神は今度は隙っ腹かよ? 仕方がない奴だなあ。ほら食えよ」

 そういって、奴はポケットから真っ赤なリンゴを取り出してボクに放り投げた。


 「おっと」

 落としそうになりながらボクはそれを受け取った。


 カリッと一口かじると、うーーん甘酸っぱくておいしい!


 でもコイツ、いつも上から目線で憎らしいところがあるんだよね。それにまたナメクジって言ったし。


 「そう、それなんだけどさ。ボクのどこがナメクジなんだい? どこから見ても美しくて素敵な聖なる女神じゃない? ボクがちょっと微笑んだだけでみんながうっとりして癒されるんだよ」


 リンゴをシャリシャリ頬張りながらの抗議だ。


 「おや、まだ気づいていないのか? ええっ、うそだろ?」

 二つ目のリンゴをボクに放り投げ、そいつは目を丸くした。


 「え? 何をよ?」

 パシッと今度は片手でリンゴをナイスキャッチ!


 「ふっ、本当にポンコツだよな。たぶんこの世界に熟知したこの俺がいないとすぐ死ぬな」


 「だ、か、ら、はっきり言いなさいよ! 何がポンコツよ!」

 流石のボクだってブチ切れるって。


 ボクの剣幕を見た通りの人々がぎょっとしてボクたちの周りから人がいなくなったよ。遠巻きにした人もこっちを見て何かヒソヒソ話をしているし。


 女神なんて見慣れただろうけど、こんな風に往来で目を吊り上げて、腕組みして勇者を威圧している女神ってのは見たことが無かったのかもしれない。


 「お前は、自慢気に自然に溢れ出る気品とか、聖なる力とか、言っているけど、つまりはパワーの垂れ流しだろ? ほら、よーく見てみろ、お前の足の裏から漏れた力で地面が浄化されている。汚い地面の中に点々と妙に清潔な足跡がどこまでも続いているだろ? 神聖感知の眼で見てみろよ」


 「えっ? あ、本当だ!」

 女神の目パワーを上げて初めて気が付いたよ。


 「な? 俺が言ったとおりだろ? 上位の魔物だったらこれに気づかないわけはないんだ。勇者村を出ればこの先は魔物の生息地も多いし、村を出たとたんにいきなり高レベルの魔物がよってくるかもしれないぞ、いいのか?」


 え? ということは、トイレに回った時の足跡も続いているの? ええっ! それって不味いんじゃない?


 どこに立ち寄って何をしていたか全部バレバレである。うまそうな匂いを漂わせている串焼き肉の露店の前を右往左往していた足跡がものすごく目立っているんだよ!


 「ぎゃああああああああーー! 気づかなかったよ!」


 頭を抱えて突然奇声を上げた女神を可哀そうな目で見ながら避けて行く通りすがりの人々。


 さっきから怒ったり奇声を上げたり、かなり頭のおかしい女神だと思われている気がするよ。


 「な? ようやく理解したか?」


 「あわわわわ……」


 「仕方のないやつだよ。ちょっと俺に着いて来るんだ。お前には対魔物用の身支度が必要なんだ」

 そいつは指をクイクイッと動かした。犬でも呼んでいるような仕草だが、その仕草はちょっとカッコいい。


 「まあ、困った美しい女神を助けようというのかしら?」

 「可愛い子ぶりっこはやめろ」


 チッ……。

 どうせこの勇者村のリストにはロクなのが残っていなかったし、次の街に勇者チェンジできる店があるかもしれない。


 うん、今はそれに賭けよう。

 やっぱりこいつのレンタル期間を最短にしておいたのは正解だったよ。


 いずれにしても、今は我慢だ。

 今はこの変態を手なづけておくしかないようだ。


 「ほら、ついてこい」

 「ねぇ、急にどこに行くんだよ」


 慌てて後ろを追いかけたけど、相変わらずドンくさいレベル1なのですぐ追いついた。


 「防具屋に決まっているだろ? お前の足の臭いが漏れないように靴を変え、うぎゃ!」


 女神の杖が尻に刺さった男が路上に倒れた。


 「な、何が足の臭いですか! 足が臭う女神なんていません! 何て不敬な奴なんだよ!」

 ボクは杖をズボッと引き抜いた。


 「つつつ……いきなりケツの穴に杖をぶっさす女神か……。いや、臭いぞ。お前は全体に匂うんだ。自分では気づいていないかもしれんが、その天界の匂いは魔物を呼び寄せるんだ、知らないとは言わせないぞ」

 そいつは尻を押さえたまま見上げた。


 「ま、まさか、女神として高貴すぎて、その気配が知らぬ間に全身から漏れだしているのかしら?」

 くんくんと腕あたりの匂いを嗅いでみたけど、フローラルな良い匂いだ。


 「ぷっ、高貴だと? ……所詮はイチゴパンツのくせに、げぼっ! うげっ!」


 この変態、スケベ勇者!

 

 勇者の背に座って何度もお尻で押し潰してやった。

 だが、何かおかしい。勇者の身体に力がみなぎってきたよ。


 「ふふふ……触れると回復するというのは本当らしいよな」

 「しまった! これ、癒しと治癒の効果だ」


 尻のダメージも癒してしまったらしい。さっと身構えたボクの前で勇者はゆっくり立ち上がった。


 「じゃじゃ馬女神ってとこか。でも気位が高いだけの女神よりずっと好ましく感じるのは本当だぞ。それで? やる気か?」

 勇者はさっと両拳を握ってファイティングポーズを決めた。


 へぇ、このボクとマジでやる気なの?

 でも相手がその気なら力の差を思い知らせるしかないよね。


 「フ、フォー……」


 ボクは息を吐きながら身構えて、いつでも必殺チョップが出せるように手をカマキリのように上下に動かした。


 「さあ、かかってくるんだよ! こう見えても格闘戦でも強いってことをわからせてやるよ!」

 

 だが、勇者はふっと微笑んで急に構えを解いた。


 「やはりお前はおもしろい女神だよ、うん、気に入った」


 「なによ、やらないの? さては臆病風に吹かれたかい?」


 「女神レースはもう始まっているんだろ。こんな所で無駄な力を使っている場合じゃない。さあ一緒に防具屋に行くぞ。靴くらいなら俺が見繕ってやる」

 勇者はそう言ってくるりと背を向けた。


 アレ? 本当に拍子抜けだよ!


 「さてはボクの気迫にビビったんだ? それとも今さらボクが素敵な美人だって気づいたのかな? ほらほら、何とか言いなさいってば!」


 「アホ言ってないでついてこい」


 「あ、待って!」

 ボクは颯爽と歩き出した彼の大きな背中を追って走り出していた。

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