第8話 お試し期間と初期不良はせめぎあう1

 さて、ここは始まりの街のすぐ隣にある通称「勇者村」だ。王都からはだいぶ離れていて、はっきり言って田舎なんだ。


 しかし、その名のとおり、人々はこういった勇者村で勇者と契約して世界各地に冒険の旅に出るんだ。


 この世界での勇者って、他の世界で言えばギルドに登録しているS級以上の冒険者って感じに近いかな。

 勇者認定に合格した者が加入するのが「勇者あっせん所」でその事務所がある村を「勇者村」って言うそうだ。


 勇者の力を借りたい者は誰もが「勇者村」に来る。


 当然、天空から地上に降り立った女神も例外じゃないよ。だから、この村も今回の女神レースのスタート地点の一つにもなっているんだ。



 チュンチュン…………


 霧の漂う村は早朝ということもあってまだ静寂につつまれ、小鳥の目覚めのさえずりが聞こえてくる。


 コトコト……と暖炉に下げらえた鍋から蒸気が上がっている。

 古い民家の一室を改造して作られている店内には、暖炉の匂いがくすぶっていた。


 その薄汚れたカウンターの前で、純白のミニロングドレスをまとった女神が柳眉りゅうびを逆立てている。


 「ですから、初期不良ですって! 交換してもらわないと困るんだよ!」


 バンバンバン!

 ボクは、勇者村の村長の自宅兼勇者あっせん所のカウンターを両手で叩いたよ。


 まったく腹立たしいったらない。昨日はあいつから逃げ切るのに日暮れまでかかったんだよ。そのせいで、この美しい女神が降臨初日から草藪の中で野宿だったんだよ。


 輝く瞳に力を込め、にらむ、にらむ、にらむ……


 「ちっちっちっ、たとえ女神様の要求でも無理ですな」


 目の前の剥げた親父……………、村長は冷ややかに指を左右に振ってにらみ返した。


 「今すぐ交換に応じなさいって! 女神の命令だよ!」

 ぐぬぬぬ……目玉が飛び出すくらい、こちらも再度にらむ。


 「無駄なことですじゃ、そんな脅しには屈しませんぞ。契約は契約なのです。既に二日目ですぞ? チェンジできるお試しタイムはとうに過ぎておりますからな」

 村長は書類の日付をトントンと指で叩いて憎らしいほど動じない。


 ムムム……流石は勇者村の村長だよ!

 肝が据わっている。


 ボクの女神の目力めぢからにも屈しないとは驚きだよ。


 こんな時でも無ければ大した人物ね、と思ったりするのだろうが、今はただ頭の硬い頑固おやじだ。


 「さてはーーーーっ、ボクをだまして粗悪品を押しつけたね?」


 「何の事ですじゃ? 誰も売れ残りがやっとさばけたなーー、ヤレヤレなんて、これっぽちも思っていませんよ」


 「思っているじゃない!」

 バン! カウンターを叩いて睨んだけど、この親父、平然とした顔で丸眼鏡を外してレンズを拭き始めたよ。


 「そもそも、貴女がこの程度の値段で「とびっきりの掘り出し物を出しなさい」などと無茶を言うから、蔵で熟成させていた勇者リストから厳選に厳選してご準備した勇者ですじゃ」

 村長はその黄ばんだ台帳をパンパンと片手で叩いた。


 ケホッ、ケホ……舞い上がったホコリが凄い。

 いや、その台帳、さっぱり開いた形跡がないんだケド!

 「蔵で熟成させていた」って、それってお蔵入りしていたリストってことだよね!


 「……何もね、本当に一生埋もれたままでいいような使えない奴をわざわざ掘り起こして持ってこい! なんて言わなかったよ。ほら、さっさとそっちの新しい勇者リストを渡してよ!」


 ええい、もうこうなったら! と強引に村長の手からそのリストを奪取する。


 「あっ!」

 村長は胸に抱えて守っていたリストが不意に無くなったので目を丸くした。もちろんそのリストはボクの手の中だよ。


 「おお、無茶ぶりはお止めくだされ! そう簡単にポンポン替えられたら、商売上がったりなのですじゃ!」

 村長が慌ててボクからリストを取り戻そうとしたけど無駄よ。


 「どうせレンタルで儲かっているんでしょ? いいじゃないの?」

 ボクはぴょんぴょんと柳に飛びつこうと跳ねるカエルのように手を伸ばす村長を身軽にかわした。


 はぁはぁはぁ………。しばらくして村長もあきらめたようだ。

 

 「どうせ今回の女神レース開催でたんまり儲かったんでしょ? これくらいサービスしてくれてもいいじゃない?」


 「困った女神様じゃ……。それにうちの村の勇者は薄利多売なのでな、そうそう儲けは生まれんのじゃ」

 村長は何か含みのある笑みを浮かべたよ。


 「薄利多売って……ここの勇者ってそんなに多いの?」

 あ、察した。

 村長の言葉が意味するところは、ここは厳選されたエリート勇者を揃えているってわけじゃないってことだよ。

 そういう優良物件は、王都近郊の貴族向けの高級勇者あっせん所に所属しているんだろう。

 つまり、この村の勇者あっせん所では、他の街では登録すらさせてもらえない、低レベルな奴とか問題の多い奴とか、要するに三流勇者も登録しているってことだ。


 「でもね、だからって粗悪品を押しつけるのはダメでしょ? 勇者村としての信用がガタ落ちになるよ」

 そう言ってぺらぺらとリストをめくる。


 「物は相談じゃが、無償のチェンジでなく、グレードアップはいかがかな? 金はかかるが、交換できる制度じゃぞ?」

 ニヤリと村長が笑った。


 「何を言ってんのよ……」

 売り込みを続ける村長を無視して、ボクはさらにリストをめくった。うわあああ~~……、その目が段々と死んだ魚のようになってくるのが自分でも分かるよ。


 ああ、ダメだこりゃ……

 残っているのはクズの勇者とか、吐きダメの勇者とか、あり得ない奴らばかりだ。ちょっと程度の良さそうな勇者には既にレンタル済みのマークがあるし。


 「実は、今残っている者ではこれなんかお勧めなんじゃがな。数日前に冒険から戻って、昨日返却されたばかりの優秀な勇者じゃぞ?」

 村長が指差したのは、なんとゴールドクラスの勇者だ! こんな高レベルの勇者がこの村に登録しているなんて!!


 「あらあら、すごいスペックじゃない!」

 顔も良いし、筋肉質で思わずよだれが……それはちょっと置いといて。


 ちゃんと最初からネームドだし、能力値を見ても何もかもがどこかのボンクラ勇者とは大違いだわ!


 「名前は、炎天輪の勇者ダボゴールか! レベルはとびっきりだし、能力も上々ね。あんた、出し惜しみなんかしないで、最初からこういう勇者を出せば良いのよ! さてとレンタル料は?」


 うがっ!!

 女神の目がッ!


 一撃でこのボクを仰け反らせるとは恐ろしい金額なんだよ。


 「ええい! どこの世界に勇者一人を借りるのに、どこかの軍隊の年間予算みたいな金を払う奴が居るっていうんだよ。馬鹿じゃない?」


 この親父、特大ダメージを受けたボクを見て、「やはり貧乏神じゃな……」とかつぶやいたわ。


 ちっ、そんな憐みの目で見るのはやめて欲しいんだよ!

 そんな大金があったら、最初からその札束であんたの頬をペシペシ叩いて言う事をきかせてるんだよ。ぐぬぬぬ…………。


 「ふむ。お気に召しませんでしたかな? 噂ではあなたのライバル、女神カリエーナ様はさらに上のプラチナクラスの勇者を長期レンタルされたそうですよ? 良いのですかな? あのお方が先に魔王を討伐してしまいますぞ?」


 「あれはお嬢様だから特別なの!」


 「勇者ダボゴール、いい物件なんじゃがのう。そうじゃ、レンタル期間と支払い期間を別にして、レンタル終了後も月賦払いを続けて数年後に完済するという手もありますぞ?」

 村長は机の奥から取り出した返済計画書をひらひらとボクに見せたよ。


 「むむむ、無理に決まっているじゃない!」


 そう言って村長に見られないように、こそっと背を向けてお財布を調べるが、どんなに逆さに振っても無いものは無い!


 この世界に居られる期間だって限定なのにレンタル後の月賦払いなんか続けられるわけない。無視して天上界に帰ってもそれまでなんだけど、契約不履行って行為は上級女神になる際にかなりの減点になるんだから。


 「ぐぬぬぬぬぬ……」


 「さあ、いかがしますかな?」

 返済計画書を手に迫る村長の不敵な笑みの前に、こっちは手詰まりだよ。あ~~~~もう、何も考えられない!!


 息苦しい雰囲気が漂う中、キィ……と静かに背後のドアが開いた気配がして、外の冷たい空気がすうっと流れ込んできた。


 「ははは……っ、なんだその顔! 青ざめて唇を噛んでる女神ってのは見れたもんじゃないよな」

 そいつは、しゃあしゃあとそんな事を言いながら現れたよ。


 「出たな、変態勇者! ずっと遠くに置いて来たはずなのに、どうしてボクがここにいるって分かった? どんな追跡術を使ったんだよ?」


 キザに入り口のドアにもたれかかって、そいつは、「ふふっ……」と笑みを見せたよ。


 「何よ、その不敵な笑いは?」

 おかしい、実は何か特殊な追跡スキルをもっていたのだ、とでも言うのかな? 鑑定の結果ではそんなスキルどこにもなかったんだけど。


 「お前、自分の足跡が目立つことがわかっていないんだな? こんな風にして魔力を通すとナメクジが通った痕みたいに足跡が光るんだ。俺は単純に足跡を追って来ただけだよ」


 そいつはわざとらしく指で輪っかを作って片目にかざして見せた。


 「なんですって! いつこの美しい女神エルが、ナメクジみたいにねばねばした粘液を出しながら歩いていたっていうんだよ! そんなわけないじゃない!」

 そう叫んでから、そっと足元を見るが当然何も見えないよ。


 うん、やっぱりでまかせだよ。


 「その物言い、高貴で上品な一流女神には見えないよな」

 ふうっ、ヤレヤレとばかりに肩をすくめたよ。


 「なんという侮辱っぷり……!」

 良いわ、こうなったら女神の怒りを見せてやろうじゃない?


 「女神のバチを当ててやるんだからね!」

 許さないよ!  ボクは怒りに任せてハアッと右手の杖を高々と掲げた。


 しかしボクの怒りの鉄槌は振り下ろされる前に別の誰かによって止められた。


 その人物とは……、ニヤリと笑みを浮かべた村長。


 「ここで、そのような魔法はやめてくださらんか?」

 ボクの手を村長ががしっと掴んでる。

 アレ? おかしい。さっきまでと気配が違う!

 この村長、まさか元勇者だとでも言うのだろうか? うん、これは凄い力だよ。手首がっ、骨が軋むよ。


 「たとえ女神様でも、店内で暴れられては迷惑千万、とっとと出て行って頂きたいものですな」ニヤリ……


 ひいっ! その微笑みがとても怖いんですけど。

 

 ボクは首根っこをつかまれ、ぽいっと店の外に捨てられた。

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