第7話 ろくでもない勇者に愛の手を!

 「えーー、なになに? 勇者は相手に応じて力を発揮します? なんだこれ?」


 「だからさ、相手が魔王級なら魔王級を越える力を発揮できるんだよ。つまり、俺の力は相対的なんだ。どうだ凄いだろ? ちょっとは見直したかな?」


 あ、こいつ胸を張った。

 だけど、どうも胡散臭い。

 能力値は赤点だが、あやしさだけは満点だ。


 「相対的な力ってなんなの? 理解不能ですって」

 絶対的な力を持つ勇者だ、と言うならなんとなく凄い力の勇者なんだろうなーって気がするケド。


 「相対勇者なんて、そんな勇者初めて聞いたんですケド」

 「だ、か、ら! 敵が魔王なら魔王を上回る力を出すんだってば!」


 「うっそだーー!」

 「嘘じゃ無いってば!」


 「自分を売り込もうとしてもダメだよ! ネズミウサギにも勝てなかったじゃないか。それなのに覚醒すれば魔王を上回る力を発揮するですって? 誇大妄想も甚だしいよ。あんたのスペックを見抜けないとでも思ってた? ああ、わかった。あんた、本当はホラ吹き勇者なんだ」

 ボクは反論できないように一気にまくしたてた。


 やっぱりね、ぐうの音も出ないようだ。


 こいつ、ちょっと見はイケメン顔で背格好も良い。かなり能力が高そうなのにめちゃ弱いんだ。これはもう詐欺師レベルじゃない?


 「ふっ、確かに俺は最弱のネズミウサギに負けた……」


 ですよねーー!

 見てました!


 「それは認めよう。だが、それは能力にとある癖があるせいなんだ!」


 こいつ、胸を張ったよ。


 「癖ですって?」

 コイツ、あの弱さを癖の一言で片づけたよ。どんだけ自分の能力に自信満々なんだよ。


 「そうだ。その癖さえわかれば、お前と二人でどんな敵にも勝てるぞ」


 いや、無理でしょ。そんなもんわかるわけないじゃん。


 「その癖って一体何なんなのよ!?」


 「俺の力は……、一対一の場合は相手が同格以上の時に真価を発揮するんだ。しかし、相手がレベル5以下の時とか、俺より格段に弱いと認識した時とか、ランダムで俺の力が相手以下になるって癖があるんだ。勇者になる時に弱い者イジメしないと神に誓ったからなんだ。な、勇者らしい仕様だろ?」


 はぁ?


 「だから最弱の魔物よりも弱くて当然、今の俺の能力値が最低なのもそのせいだ。わかったか?」


 「何それ? まったく意味不明なんですけど」

 ただ一つ、小面倒くさい奴だなーーという事だけは分かったよ。


 「つまり、レベル5以下の相手には絶対に勝てない。だからレベルアップもできずいるってこと?」


 「うん、そうだな」


 「はぁーー、あんた、バカだねーー」

 うーー、これは頭が痛いわ。


 そのくせ本当は魔王を越える力を出せるとか言い始めるんだ、コイツ。これはとんでもない勇者にひっかかったぞ。


 「俺がレベルを上げたり、活躍したりできなかったのは、単に今まで俺を使いこなせる者が現れなかっただけなんだ、信じてくれ! 俺の特殊能力を発揮するための条件を今まで誰も満たしてくれなかったんだ!」


 ほう、言うじゃない?

 使いこなせなかった方が悪いって言うんだね。

 

 「言葉どおりなら最強の勇者だよ? どんな条件かわからないけど、使おうと思った人たちもいたはずでしょ?」


 「うそじゃない、俺を使いたいって人がいなかったんだって! 俺は特殊な条件を満たさないと力を発揮できないし、覚醒できないと相手が弱ければ弱いほど負けるからレベルアップもできないんだ」


 うん、相手がレベル5以下とか格下の弱さなら、それより弱くなってしまう特殊能力って、はっきり言ってゴミ能力だね。


 それって特殊能力じゃないでしょ。


 いつまでも低レベルのままだって事だし、それって普通の人は「呪い」って言うんじゃないかな?


 誰もこいつを使わない理由がわかったよ。


 序盤のモンスターにすらまったく勝てない呪いの勇者なんかいらないでしょ。どう考えても返品ものでしょ。


 こんなのを連れていたら女神レースはお先真っ暗だよ。


 「お願いだ! 俺を信じてくれる女神が必要なんだ! たのむ、俺に力を貸してくれ、女神エル! この俺にも愛の手を差し伸べてくれる、そんな君が俺には必要なんだ!」

 

 はたから見るとなんだか告白みたいになってきたよ。


 「いや、いや、無理だからね。いくら愛の手を、なんて言われても特殊な条件とか面倒くさいし、女神レースはそんなに甘くはないんだよ」


 「女神エルよ大丈夫さ。心配無用! 実は面倒なことなんて何ひとつないんだよ」

 そいつは片手で顔の半分を隠し、ポーズをつけて不敵に笑った。


 「なんなのその顔? イヤ~~な予感がする。なんだか不安しかないんですけど?」


 「相手がどんなに弱くても強くても、俺がそいつらよりも確実に強くなる方法があるんだよな」


 「へぇ~~」とジト目。


 「ほら、その取説の325ページに書いてある! ああ、読まなくていい。なーーに簡単なんだよ。ああっ、なんでそんなに不安そうな顔をするかな? 俺こそがお前の未来を明るく照らす光となるんだぞ!」

 

 その表情、やはりどうも怪しい。

 簡単な方法って言うけど、何かありそうな気がする。


 ビリビリとこめかみを刺激するこの感覚、これは危険な時に感じるシグナルよね。もう逃げちゃおうかな?


 「じゃあ言ってみなさいよ、強くなる方法ってなによ? 特殊な支援魔法? それとも特別な魔道具か何か?」


 ホレホレ早く言ってみなさい。

 この天界一の美女、愛と慈愛の美の女神の澄んだ瞳はごまかされないよ。


 「まぁ、魔法に近いとも言えるけどな…………」

 なぜかそいつは急に口ごもった。


 う、やはり怪しい。


 「魔法に近い? その言い方だと魔法じゃないんだね」

 勇者の何か企んでいそうな顔を見ていたら、さらに不安になってくる。


 「実は…………」

 「あっ、やっぱり聞かなくてもいい」

 なんだかロクなことにならない予感がする。こういうのって昔から良く当たるんだ。うん、今すぐ立ち去ろう!


 「わあっ、ま、待て! 人の話は最後まで聞け、一応女神なんだろ?」


 そりゃあ女神だけど?

 なんで、「一応」なのかしら?

 思わず立ち止まったのを、ボクが聞く気になったと勘違いしたらしい。


 「いいか、よく聞いてくれ」

 「聞きたくないけど、言いたいなら早く言いなさい」


 勇者の目が真剣になった。 

 ごくり……コイツ、もしかして本当に何か重大なことを言うつもり?


 「実は……俺が戦っている最中に「ハイ!」とか「アッホレ!」とか、“合いの手”ってやつを入れて欲しいんだ」


 あーー、何か妙な事を口走ったわ、こいつ。


 合いの手?

 合いの手ですって?


 「合いの手が唯一俺の力を開放する方法なんだよ。「ヒュー、ヒュー!」でも「ヒャッハー!」でも何でもいい。好きな掛け声でいいんだ!」


 「はぁ? 意味不明なんですけど。第一ね「ヒャッハー!」はないでしょ? 「ヒャッハー!」は! それって悪漢の定番セリフだから、それ、美の女神が言っちゃダメなやつだから」


 想像しただけで寒気が……。

 このヒラヒラのエロいドレスをなびかせたボクがですよ、舌なめずりをしながら「ヒャッハー!」って、誰に飛びかかるのよ?


 もうそれは絵面的に放送禁止でしょうよ?


 「な、簡単だろ? レンタル勇者に合いの手を! そうすれば俺は強くなるんだ!」

 「あー。そんな恥ずかしいこと、できるわけないでしょ!」


 もうわかった。

 だから今まで誰もこいつをレンタルしなかったんだ!!


 「女神は全ての者に愛の手を差し伸べる、そうだろ? 恥ずかしがることはない! お前ならできる! 自信を持つんだ! 女神エル!」


 なぜか最後は励まされたよ。


 「はぁああーーーーーーーー?」

 思わず目が糸のように細くなった。


 どこの世界に、戦っている最中に合いの手を入れて踊るアホがいるというのかしら?


 「な、いいだろ? 「ホイサッサー!」とか「ハイーハイ!」もお勧めだぞ! な、やってくれるだろ? な!」


 こいつ……満面の笑顔でグッと親指を立てたわ。


 「ば、バカだ……」

 ぐっ、この勇者、無神経というか、感覚がぶっ壊れているというか。もうどうしようもない奴だよ!


 戦いの最中に美しい女神が「アッホレ、アッホレ!」とか奇声を上げながらパンツ丸見えでガニ股踊りなんかしていたら、もう間違いなく変態認定だよ!


 想像しただけで顔から火が出そうだ。

 だから誰もレンタルしなかったし、こいつの仲間になる者も現れなかったんだよ!


 こいつやっぱり変態だ!


 あ、そう言えば、取説に「羞恥心を捨てろ」と妙な事が書いてあったっけ。うわあああ、わかった! これの事だ!


 「くっ、この美しき女神エルがそんな屈辱に耐えてまで、こんな貧乏くじ勇者を雇ってたまるものか。すぐにチェンジだよ! チェーーーーンジっ!」


 「ふっふふふふ……、甘いな、女神エル! チェンジできないようにお前の時計を遅らせていた。既に交換できる時間は過ぎている。この先の交換には金がかかるのだ……げぼあっ!」


 「何してくれてんのよ! このドアホっ!」

 再びの女神キックを受けて華麗に吹き飛んで行く勇者。


 「せっかく勇者の交換を依頼しようと思っていたのに!」

 慌てて腕時計を見たけど、確かに奴の指紋がついていて時間が狂っているし。


 一体いつの間に……。


 「まったく、ろくでもない勇者だよ!」


 「これは運命の出会いなんだ。俺は確信した。俺こそがお前の永遠のパートナーになるんだよ!」

 坂の下に転がった勇者がよろよろと立ち上がってグッと親指を立てた。


 うん、今すぐ逃げよう! ボクは決意した。

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