第6話 勇者の取説「あなたの羞恥心を捨てなさい?」

 田んぼのド真ん中にある丘の上をひゅう~~と爽やかな風が吹き抜けていく。


 二人はさっきから対峙したままなんだ。


 時折、急に舞い上がってくる強い風が、ボクのドレススカートの裾をバタバタと空しくなびかせるから、ちょっと見ると二人はさながら荒野の決闘って雰囲気をかもし出しているよ。


 「わかったわ。あんたがレンタル勇者だと言うことだけは理解したよ」


 「だからさっきからずっとそう言っているだろ? 女神エル」


 ボクがレンタルしたこの勇者……。

 ええ、確かに顔だけみれば一流かもしれない……。


 だけどね。


 そう、色々と残念としか言いようが無い奴なんだ。

 一番の問題は勇者とは思えない、ありえないほどの弱さだよ!


 その筋肉は見かけ倒し?

 それとも、もしかして何か知らない力がある?

 いやいや、まさかね。でもなんだか自信ありそうな顔しているんだよね。


 「まさかとは思うけど……何か理由があって力を隠してる?」


 よくよく女神パワーで観察して見ると、こいつ、手足が長くて着痩せして見えるだけで、実はかなりしっかり体を鍛えている。腹筋なんかシックスパックだよ。思わず涎が出るよ。


 体はまあ合格ラインかな?

 名ばかり勇者で、怠けていた奴とは違うようだ。


 でも、それならどうしてあんなに弱いの?


 しかも、妙なポーズを決めたがる変態だし!


 万が一だけど、こいつ隠蔽のスキル持ちだったりして? それで本当の力を隠しているってこともありえるのかな?


 うー-ん、こうなったらもっと能力を見せてもらうよ。

 こっそり女神パワーを開放して鑑定眼の倍率を上げてと……



 じいーーっと凝視する。


 はい、ごめん!

 見ない方が良かったわ。

 まさに疑いが確信に変わったわ。


 テッテレーーと音がして、ボクだけに見えたスティタス画面。

 そこに表示された能力値は、あり得ないほど低い!


 こいつ、まさに絶句するほど弱い。


 きっとその辺の農家の息子の方が数十倍強いんじゃない?

 なんちゅう逆チート!

 これで勇者を名乗れるなんて、ある意味奇跡的な能力値だよ!


 「そんなに俺を見つめてどうした? ああ、わかった。さては俺に惚れたか? 惚れたんだろ? やっぱりなあ、うん、俺の魅力にも困ったものだよな」

 そいつは自慢気にふふんと笑って前髪をかき上げた。それが、たしかにちょっとカッコイイから癪に障るんだ。

 

 「あんたバカでしょ! うざいわね……」


 「あーっはっはっは!  そう言うなって!  恋に落ちた乙女の照れ隠しかよ。カワイイやつだなあ」


 「はぁ!?」

 思わず耳を疑った。誰が誰に恋したっての?


 こいつ、いつの間にか凄く威勢が良くなったんじゃない?

 さっきまで死にかけていたとはとても思えない。まさかさっき死にかけていたのは演技? いやそんな演技をする意味が不明でしょ? しかもそれで助けた女神に仕返しする勇者とか、ほんとあり得ないし!

  

 むむむーーなんだか腹が立ってきた。


 「誰が口先だけのホラ勇者なんかに惚れますか!」と腕を組んで、舌をべーと出した。


 「なんだと……」

 こいつ、なぜか、ガーーン! とショックを受けたような顔つきになったよ。


 「口先だけ……? いや、何か誤解してるぞ。まさかとは思うが、レンタル屋の親父が準備した契約書や諸々の資料をちゃんと読んだよな?」


 「誤解なもんですか。体力、筋力、魔力、知力、持久力、俊敏、技量、防御力、器用さ、各種耐性、ぜーーんぶ1ケタってどうゆうコト? そんなに筋肉があるんだからせめて筋力くらいは凄いとかないわけ?」


 感覚的なんだけど、普通の人が最高に頑張って修行した能力値のMAXを100とすれば、勇者なら平均80台スタートでしょ? そこからMAX100を越えて天井知らずで能力が伸びるから勇者なんだ。


 それが、コイツときたら一般人成人男性の平均10~15レベルにすら至っていないんだよ。ひどいもんだよ。


 「あっ、さてはお前、やっぱりだ! 重要書類にさっぱり目を通していないんだろ! まさか、俺の取説とりせつも読まずにここに来たのか?」


 「それが何よ、悪いの?」


 「開き直ったぞ!! こ、この女神……なんて奴だ。悪いも何も……」

 そいつは額を押さえてうめいた。


 「?」


 「まあいまさらか。ここで愚痴を言っていても仕方ない。ほらこれだよ。早く読め。読めば俺がいかに優秀な勇者なのか分かるはずだぞ」

 そして、そいつは嫌がらせのように分厚い取扱説明書をボクの目の前にホレっと差し出した。


 「へぇーーーーどこが優秀なんだよ?」

 一体どこにしまっていたんだろう? と思いながら、ボクはその手から取説を奪取した。


 お、重っ。

 こんなのあのレンタル屋の親父出してこなかったよ。


 「こんなもの読まなくたってね、あんたの能力値はもう十分知ってますっての! ふーっ、ふーっ」

 ボクは取説の表紙のホコリを吹き払った。


 「おいおい、鑑定眼で見える能力が全てじゃないんだぞ? 敵に知られないようにわざと隠蔽しているって考えないのか?」


 「ぷん! 口から出まかせを言ってもダメだよ、隠蔽スキルなんて持ってないじゃない!」


 ボクの『女神の鑑定眼』の効果は大きく3つあるんだよ。


 一つが『看破』:敵のステータスを見抜く。熟練度が上がると、隠しているスキルや魔法まで見抜けるようになる。二つめが『鑑定』:対象の情報を読み取る。武器の強さや価値なんかが分かる。熟練度が上がれば上がるほど、詳細かつ詳細な情報を知ることができるんだ。最後に『解析』:物体の構造を調べたり、材質を調べることができる。熟練度が上がれば、隠された秘密さえ暴くこともできるってものだ。


 だからボクが本気を出せば、よほどの隠蔽力が無ければ能力を隠せるはずがないんだよ。


 「はっきり言ってここへ来る途中ですれ違ったヨボヨボ爺さんの方が、あんたより数倍上のスペックだったよ!」

 そう言いつつ、ボクは冊子をパラリとめくった。


 「これでも勇者養成所では成績優秀だったんだぜ。……大事な試合になると実力を発揮できたためしがないけどなっ!」

 こいつ、またもわざとらしいキザなポーズで語ったよ。


 そこ! 威張るなっての!

 いやいやいや、ダメでしょ、こいつ。

 スペック最低だし、こいつ今、自分から言ったよね?


 本番にめちゃくちゃ弱い奴なんだ。

 ハイ、ダメ勇者ね、確定!


 「あっ、お前、女神のくせに勇者の能力を疑っているって顔だな? 早くその取説を読んでみろ!」


 「わかったわよ。……なになに、この勇者の力を引き出すには、まずはあなたの羞恥心を捨てなさい? 何よ、これ?」


 これ、最初から訳のわからない取説だよ。


 「あっ、これっ、ここは偽造でしょ! ほら、この取説だと予想スペックはレベル10で平均80台にまで急成長することになってる! これはあからさまなウソだよ。レベル10で全能力が80台? レベル1でこの低スペックなんだよ、そんなことあるわけ無いでしょ?」


 ジロっとそいつを見る。


 「あんた、こんな文書偽造までして勇者を騙りたかったわけ? これって犯罪よ」


 「ま、待て! お前のその目、さては嘘だと思ってるな?」

 そいつは少し慌てたようだ。


 ここで見離されてはたまらないという感じだけど。


 うん、もう見放して良いよね?


 「その通りよ、あんた弱いし、この取説もでたらめじゃない。女神のこの目はごまかされませんよ」

 ボクはわざと指で目を上下に広げた。


 「違う、違う。まだ俺の勇者資質を理解していないだけだって。俺の力を引き出す方法さえ知れば、俺たちは最高のパートナーになれるんだ」


 「何を理解していないと言うの?」


 いい加減にしないと怒るよ! という気概でにらんだけど、そいつは少しも動じない。


 肝が据わっている?

 いや、違う、ただ鈍感なだけか。


 「いいか、よーーく聞くんだ女神エルよ!」

 そいつは大きく息を吐くと、ビシッとボクを指さした。


 「取説132ページだ!」

 結局、取説を開けってか!

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