第5話 レンタル勇者があいに手を!

 ゴロンゴロンと丸太のように坂を転がっていった勇者が岩に当たり派手にバウンドしてようやく止まった。


 その衝撃で、ふり落とされまいと髪の毛につかまっていたネズミウサギが目を回したまま、遠くにポ~~~ンと吹っ飛んでいっちゃった。たぶん田んぼの向こう側に広がっている森の奥まで飛んで行ったみたいだ。あれはもう戻ってこれないね。

 

 でも、これはやっちゃったよね。


 死んでたら始まりの街の教会で復活だ。女神と契約中の勇者は死んでも復活できる特典があるんだよ。


 「けほ、けふっ……」

 何か咳き込む音が聞こえた。

 丘の下でモワモワと舞い上がっていた土煙が消え、自称勇者の手がピクリと動くのが見えた。


 あれ? 意外に頑丈な奴だったか。


 ひょっとするとHP1になると耐久性が上がって粘るとか、一度だけHP1で復活するとかのレアスキル持ちかな?


 ちょっとほっとしたら、なんだか急に怒りが湧いてきた。


 「この変態勇者ッ! のぞき魔だな!」

 この自称勇者、人の気も知らないでずっとスカートの中を覗いてニヤニヤしてたんだよ。


 いくら言葉をかけても立ち上がる気配すらなかったのはそういうわけってことだ。だからずっと寝転んで下から見上げていたんだ。

 

 「もうどうでもいいよ、この勇者!」

 さっさと熨斗のしつけて、勇者村へ送り返そう。


 やっぱり前金をケチったのが悪かったのかな?

 それとも最近は物騒なので勇者を借りに来る人や女神が多すぎて、ボク程度の女神にはこの程度と思われた?


 でも、やっぱり粗悪品だし、クレームつけてやろうかな?


 「死にそうな仲間をいきなりケッ飛ばすって鬼畜だな。本当に美の女神なのか? まさか実は死神とか魔物じゃないだろうな?」 

 丘の下で砂煙に包まれていた自称勇者が起き上がったのが見えた。


 おお、ついに勇者大地に立つ!

 ちょっと前後にふらふらしてて今にも倒れそうだけどね。


 でも、その目はボス戦を戦い抜いて、これから最後の大勝負に挑む勇者のような厳しい光を放っている。そこだけ見るとホントイケメンと言って良い。


 「なんだかな~~~~」

 こいつ、見た目だけは無駄にカッコいいところがちょっと癪にさわるんだよ。


 だが騙されてはいけないのだ。

 中身は全然カッコよくないのだ。

 とにかく、めちゃくちゃ弱い! 弱すぎる奴なんだよ!


 それに、どんなにカッコをつけても、コイツはのぞき見してボクに蹴っ飛ばされただけの変態である。


 「ふーーん」

 とは言え、あの状態から立ち上がってきたのは正直驚きだ。

 こいつの能力を何か見落としていた? 


 女神パワーで見ると、あらら、HPが三分の一くらいまで戻っている。


 「ふーーん、へえーー。意外だ」

 ボクは丘の上から仁王立ちで奴をにらみつけた。


 そう、意外だったのは自称勇者の回復力だ。こいつ、女神タッチによる回復が驚くほど早いんだ。


 女神タッチというのは暗黒魔法の精気吸収術の逆バージョンのことだ。もちろん精気吸収術というのは主に対象の体力や魔力を吸収すると同時に敵を弱体化する攻撃技のこと。他の世界の技で言えばドレインタッチとかが有名だね。


 つまり女神タッチというのは女神に触れるとそれだけでHPが自動回復する力ってことなんだ。


 何と言っても、ボクは癒しの女神でもあるからボクの女神タッチは他の女神に比べても超強力だよ。HP回復だけじゃなくて怪我や病を治癒する効果もあるんだ。


 こいつには蹴っぽっただけでそのパワーが伝わったんだ。だから瞬間的にHPが回復して、死ななかったというわけだね。


 変な奴だけど、女神パワーとのリンクが超速い。爆速と言っていいレベル。あまり聞いたことがないほどの回復力だよ。


 それは取りも直さず、ボクとの相性が抜群に良いということを意味しているんだけど……。


 いやいや、それはない、ない。

 積極的に否定したい!

 ボクは全力で首を振った。


 こんな変態のぞき男とボクの相性が良いだなんて、そんな事があるわけない。


 でも、まさか本当だったらどうしよう?


 「うーーん、相性が良い条件って、なんだっけ……」

 そう思ったら、すぐに頭の中に検索データが表示されたよ。


 『女神とのリンクが高い条件:似た者同士、恋人、運命の相手……』ってあり得ないでしょ!


 「何かの間違いだよ!」

 なんだか少し意地になって、さらに条件を表示させてみた……


 あわわわ……顔が真っ赤になりそうな際どい説明が延々と出てきたよ! 


 だめだって、これ! もう、それ以上は成人指定だって!


 きゃー無理、無理!

 わーー、もうヤメ! もう十分わかったから!


 ゼーハー、ゼーハー。

 顔が赤くなったよ。


 でもこれで一つだけはっきりしたよ。


 あんな一瞬の女神タッチであの回復力。

 やはりこいつはただの人間じゃない、つまり本物の勇者だってコトだよ。


 「あんたが勇者だという事は信じることにしたよ。そっちも自分の回復状況を見れば、ボクが女神だって分かったよね?」


 「湧き上がって来るこの力、この回復……? エロエロ衣装で旅人から金を巻き上げる痴女と思わせておきながら、まさか本物の女神か……。なるほど、これは認めざるを得ないな、うん」


 「エロ衣装じゃないよ! 知らないの? ボクは天界一の美女と謳われし偉大なる美と癒しの女神なんだよ! この衣装は美の女神の伝統的な正装なんだよ!」


 「え~~、本当か? いやいや、どうも嘘くさいな?」

 「お前にだけは言われたくないわ!!」


 こいつ、意外と強敵だ。


 ならば、これがあらゆる男神を一撃で魅了してきた魅力抜群の悩殺ポーズとウインク攻撃はどうかな? この仕草ならどこからどうみても美の女神だよね!


 「へぇ、そのポーズ、よくお土産屋で売っている安っぽい女神像にそっくりだ。うん、たしかに女神だ。ああ、納得したなぁ」


 えっと、その低俗な評価はナニかな~~?

 美しいこのボクを見てその程度って、ホント信じられない奴だよ!


 こいつの目は腐っているのかな?

 思わずじっと目を細めて勇者を見た。


 「もう一度よーーく見てよ! ほら、どうかな? 魅惑のボディとこの美貌、もうどこからどう見ても美の女神以外ないでしょ? ありがたく拝んでボクにひれ伏すんだよ!」

 こんどこそ、とボクは腰に手を当てて胸を張った。


 しかも、悩殺よ。

 うっふんと目をパッチン!


 どうよ! これで魅了にかからない男はいないよ。

 そのハートは貰ったよ!


 「ふっ、どうかな? 口よりも先に手が出る暴力の女神と言うなら納得するけど? 美の女神? う~ん、まだ信じられないな」


 あれれ、まただよ。ボクの魅了が全然効かない?

 なんだ、こいつ本当に男なの?


 いやいや、もしかしてボクもこの世界に来たばかりだし?

 まさかの時差ボケ?

 お肌が荒れてるとか?


 身体のあちこち見回したけど異常はないみたいだし。

 あれー、おっかしいな、魅了が効かない原因がわからない。


 「無言か。という事は図星だったらしいな! この暴力女神」


 「ひ、ひどいっ。また暴力女神って言ったよ!」

 やる気かしら! 思わずこっちもケンカ腰になったよ。


 「そこで待ってろ!」

 勇者は目をギラつかせながら丘を登ってくる。


 やってくれたな! というオーラが全身から立ち昇っているんだ。この私と一戦やる気らしいよ。


 しかし、いくらレベルが1って言っても亀のようにどんくさいんだ、この勇者! 大した丘でもないのに途中でゼーハーゼーハー息切れしてるし。


 「遅いよ、早く上ってきなさいよ!」


 さっさと見切りをつけて立ち去ってもいいんだけど、そこは女神、腕組みして指をトントンさせながらも仕方ないから待ってやる。ネズミが吹っ飛んでいった遠くの森の方が何やら騒がしいけど気にしない。


 「はぁ、はぁ、お前、はぁ、はぁ……」

 「やっと着いたね」


 その息切れと汗が勇者とは思えない。

 やはり名前がユウシャなだけの一般人で、たまたま女神との相性が良いだけってことはない?


 「それで? 何か言いたいの? ユウシャ」


 「はぁ、はぁ……。これだよ」

 勇者は無言でポケットに手を突っ込むと、皺くちゃの紙を出した。


 「ん?」

 それには、『ご使用上の注意』と書いてある。


 「何だよ、それ?」

 そう言えば勇者をレンタルする時に村長がよく読んでから使えとかいっていた気がする。


 まぁ、面倒くさいし、誰もそんなもの読むわけないよね。

 今さらだよ、バカじゃない?


 「はぁ…はぁ……」

 勇者は荒い息を吐いてその紙を指差した。


 「え?」

 ここを見ろ、とでも言いたそうだ。


 「まったくもう、何だって言うんだよ」


 腰に両手を当ててのぞきこんでみると、その紙には『注意! 使用者が勇者に暴力を振るうと、まれに仕返しされる場合があります』と書かれている。


 「なによ? これ? どういう意味な……」


 びりっ!! 


 それを読んでいる途中、何かが紙を破って突き出した。


 「うぎゃああああああーーーーーー!」

 目、目、目、目つぶし~~~~ッ!!!!!


 紙の裏側から、勇者の人差し指と中指が、ボクの目ん玉に!!!!


 ゴロゴロゴロゴロゴロ……………!!

 ボクは目を押さえて地面を転がり回ったよ。


 こ、こいつ! 腹いせに目つぶし攻撃をしてきたよ!

 痛みよりも驚きの方が大きいよ!


 「こ、このレンタル勇者があっ!! アイ に手を! 目が、目があーーーーっ!」


 イタ、イタ、イタ、イタ~~っ!


 勇者の足元でゴロンゴロンとパンツ丸出しで絶賛転げまわる美の女神とか、普通ありえない光景だろう。


 それを見下ろす勇者は腕を組んで「ふふっ」と不敵に笑ったんだ。


 「さっきの仕返しだ。本気で突いたわけじゃない。ほぼ寸止め、軽めにちょっと当てただけなのに大袈裟なやつだな」


 「あ、本当だ………………目が……、目が見える」

 ボクは目を開いて肩で荒い息を吐いた。


 「ああ、そうか、やっと名前を思い出したぞ! 俺をレンタルした女神、お前の名は……女神エルめがみえるだったよな!」


 「それが何よ……」


 腫れぼったい眼をしたボク、女神エルの目にそのどーしようもない勇者が小悪魔的に微笑むのがぼんやりと映ったんだ。

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