第6章 金髪の悪魔さん、悪だくみ中

49 幼女リゼ・ルコット

(リゼ視点)



 リゼ・ルコット。

 私はスラム街の生まれ。


 大賢者の塔で、生まれながらにしてエリートとして育てられ、ヌクヌクと恵まれた環境にいた戦友とは違う。



 昔は孤児院にいたが、我が偉大なる祖国は軍国主義であり軍事一辺倒の政策によって、国民への福祉に無頓着であった。


 周辺はいずれも強大国に囲まれており、軍事政策なしには、独立を維持できない事情があった。


 そのため、国民は国家と軍への忠誠と奉仕を義務付けられていた。

 具体的には兵役と重税だ。



 そのようなわけで、私がいた孤児院は経済的に行き詰まり、出される食事は泥みたいな粥。

 何種類かの雑草を混ぜ込んで、腹持ちを少しでも良くしようと工夫した代物だったが、馬の飯の方がマシな産物だ。


 そのようなわけで、私は孤児院なんて代物には早々に見切りをつけて、スラムでの路上生活に移った。


 別にスラムに移ったからと行って、孤児院よりましなことなどなかった。


 私が昼間スリで手に入れた食べ物と金を奪い取ろうと、バカな大人どもが寄って集って私を取り囲み、時には貞操を奪おうとしてくるクズもいた。


 出会う人間全てが、私にとって不都合な連中。

 つまり敵だ。


 もっとも、私は見た目が幼いとはいえ、人間とは思えない怪力を昔から持っていた。

 瞬発力とて高い。


 ナイフ1本あれば、それだけでバカどもを始末するのに十分だった。


 こういうバカな手合いは、生かしておく方が面倒だ。

 全員首を斬り落とせば、2度と動くことはなく、私に手を出してくることがない。



 バカどもを返り討ちにし続けていたら、いつの間にか裏路地を牛耳る犯罪組織のボス扱いされていた。

 と言っても、所詮はただの薄汚い路地裏の人間たちのボス。


 できる犯罪にしても、高が知れたものだ。


 小銭をもらって、世間に出してはいけない物を運んだり、時に殺しを請け負ったり。


 世界の片隅でひっそりと起きる、小さな事件でしかない。

 間違っても、世間を震撼させるような大犯罪とは無縁だった。





 しかし、私の見た目はいくら年を重ねても、幼女の姿から変わることがなかった。


 それまでに散々殺しをしてきたので、私についてくる連中が、私を敬いながらも恐れる態度に変化はなかった。

 だが、姿の変わらない私のことを、不気味な化け物と思っていただろう。



 そんな矢先、私が二十歳になった頃のことだ。


 事件は裏路地で起きた。

 私のケツを触ろうとした幼女趣味のゲスがいたので、腹が立って首を切り落とした。


 男には、拳銃を所持した取り巻きが何人かいたが、いずれも殺したので問題ない。


 いつもの事だったので、死体の後処理をせずその場を去った。

 だが、その男は変態であったが、国内ではそれなりに名門の家の人間だった。


 軍の憲兵が大々的に投入され、普段連中が踏み入ることのない裏路地スラムにまで、調査の手が及んだ。



 その結果、私は憲兵に捕らわれた。


「薄汚いスラムの小娘が、お前は一体どのような方を殺害したのか理解しているのか!」


「ゴミクズが、カスが、人間ですらないお前のようなものが、どうして偉大なお方を殺したのだ!」


「お前は人間ではないのだ、動物と同じ畜生風情が!」


 尋問を受け、罵声を浴びせられた。


 だが、その程度の罵声など、スラムの住人であれば聞き慣れている。

 そよ風が吹いたからと、いちいち反応するほどの事ではない。


 暴言は無意味だが、しかし腹いせに殴り蹴られ、血反吐を吐かされた。

 肉体的な暴力は、無視するわけにはいかない。


 忌々しいので、拷問してくる奴の指を歯で噛み切ってやったら、それ以降は猿轡をかまされてしまった。




 このまま行けば、私は法的に殺人罪が適応され、処刑されることになる。


 ただの一般人の殺害であれば、スラムで起きた事件と言うことで、調査もおざなりなものだっただろう。

 私は捕まることもなく、事件は迷宮入りで済んだ。

 だが、殺した相手は、それだけ問題になる人物だった。



 この薄汚い世界から自分が消えることについて、私としても多少は考えたが、何も感慨は浮かばなかった。


 今までも死にそうな目に何度も遭ってきたので、あまり感情が動かなかった。



 そのまま私の死刑囚としての手続きが踏まれていったが、法的な手続きの途上で、魔力量が計測される機会があった。


 祖国は常に高位の魔法使いを欲している。


 高位の魔法使いは、戦争において強力な力になり、国家と軍は喉から手が出るほど欲っしていた。


 そのため市井の人間であれば、生涯に一度は魔力量を測定される機会があり、孤児院の人間とてそれは同じだった。


 ただ、早い段階で孤児院を抜け出した私は、それまで一度も魔力を計測されることなく過ごしてきた。



 だからこの時まで、私の魔力量が測られることはなかった。


 そして測られた結果が、大賢者グランドマスター級と分かったのがこの時だった。




 少々政治的な話になるが、この時代帝国における高位魔法使いは、そのほぼ全てが大賢者の塔を中心とする、魔導協会に所属していた。

 魔導協会は、国の管理下にある組織だが、大賢者の塔のトップである魔導王の影響が色濃く出ていた。

 軍隊に所属する高位魔法使いとて、魔導協会の影響力からは皆無といかず、軍は常に魔導協会側との折衝を行うことで、高位魔法使いの運用をしている状態にあった。


 そんな軍にとって、魔導協会に存在の知られていない大賢者グランドマスタークラスの魔力の持ち主は、他に替えのきかない奇跡だった。


 そもそも大賢者グランドマスタークラスの魔力量の持ち主など、数世紀に一度現れるとされる超貴重存在だ。


 魔導協会に、存在を知られていない大賢者。

 それを軍単独の管理下に置くことができる。



 この事実は、私が殺した男以上の価値があり、私は処刑を免れて、軍の技術研究所送りになった。

 実験動物モルモットという形で。



 その後は、実験と言う名目で体に処置を受けた。


 大賢者グランドマスターの体は、怪我に対する回復力が高く、その回復速度の計測。

 怪我の程度による、傷の治りの速さ。

 食事や水分が不足している状況下での、回復速度。


 これ以外にも純粋な身体能力の測定や、魔力に関する実験も行われた。


 科学者マッドどもに、散々体を弄られた。


 とはいえ、深く怒りはしない。


 私の見た目に性的興奮を覚える変態科学者を殺したので、この件に関しては、あいこにしてやっていい。



 ただ、技術研究所での生活が何年も続いたので、モルモットの生活を続けるのに飽き飽きした

 暇なあまり、科学者マッドども相手にいろいろ勉強し、そこで学問の徒として覚醒することになった。


 その後は、私も科学者の末席に加わって、軍の技術研究に手を貸す立場になった。


 この期間は非常に有意義なものであり、私の開発した道具が、戦場で実際に役に立っていると聞いた時は、嬉しくなったものだ。




 そんな生活が10年ほど続いたが、どうも私の存在が魔導協会側に漏れてしまったらしい。


 私が関わることがない上の連中たちで協議の場が持たれた。

 その結果、私は軍の技術研究所を放り出され、戦略魔導歩兵の1人として前線に駆り出された。


 軍と魔導協会の妥協点が、私を前線送りにすることだったらしい。



 戦争に出向いたことはないが、人殺しは何度もしているので慣れたものだ。


 私が最初に赴いた戦場は、帝国から見ればただの弱小国でしかなく、戦争そのものは一方的な戦いで終始し、そのまま終わった。



 だが、その後は周辺の強大国を巻き込んだ大戦が勃発し、帝国も安穏としていられない時代へ突入する。




 そんな大戦の中で、私は戦友に出会った。


 温い環境で育ったいけ好かないお坊ちゃんだと思っていたが、殺すことと壊すことにかけては、面白いほどに天才的な男だ。


 いろいろと気に食わない男であるが、互いに命を助けたり助けられたりしているうちに、互いに馬が合うのだと分かった。


 互いの性格の枝葉末節など関係ない。

 私も、この男も、人を殺すことに対して、息をするように自然に行う人種だと理解できたから。

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