48 新たな戦略魔導歩兵

「おめでとう、レインくん、レイナちゃん。

 君たちは、もう半端者ではない、兵士を名乗って恥ずかしくない

 立派な兵士の仲間入りだ。」


 俺は嬉しくて、ニコリと笑いながらレインくんとレイナちゃんの肩に手を置いた。


 もっとも、俺に話しかけられたレインくんもレイナちゃんも、泥と水に濡れ、ズタボロ状態。

 着ている軍服は、チビ助が作った紡績機とミシンによるものだが、服は汚れているだけでなく、そこら中擦り切れている。



「ゼーゼー、ありが、とう、ございます」


「し、師匠、私も、兵士、なんですね」


「ああ、そうだ」


 2人は疲労の極致にあり、息も絶え絶えといった様子。


 やせ細り、頬がコケている。

 立ち上がる元気などなく、2人とも地面に両手を着き、肩で息をしている。


 でも、目だけはギラギラと輝いて、目の前にいる俺に鋭い眼光を飛ばしている。


 きっと今の2人なら、こんな苦行に叩き落とした俺を殺してやると、心の中で本気で思っているだろう。

 昔の俺も、そう考えたから間違いない。


「フフフ、2人ともいい目をしている。いい兵士とは、そういう目ができないとダメだ」


「フ、フフフッ、そうですか」


「師匠に認められるなんて、嬉しいです」


 俺の笑いにつられて、レインくんもレイナちゃんも嬉しそうに笑う。

 ただし、以前のいい子ぶった態度は消し飛び、口が裂けた笑いを浮かべている。


「そうそう、その笑顔を忘れないように」


 2人の兄妹が、ここまで成長したことに感動だ。


 最初に出会ったのは、レインくんたちの住んでいる村が山賊に襲われていた時。

 あの時の2人はただのド素人で、碌な殺しもできない、ただの甘ちゃんだった。


「今の君たちなら、次の段階へ進める。

 俺やチビ助と同じように、空を支配する戦略魔導歩兵になるんだ」


「はい、師匠」


「私、どこまでも師匠について行きます」


 2人がそう言ってくれると、俺も胸にくるものがあって、思わず涙が出てしまった。


「っ、2人がそんな風に言ってくれるなんて、嬉しいな」


 嬉し泣きをしてしまったよ。




 ところで、今回レインくんたちがズタボロになっている理由だが、地獄の40日行軍訓練をしたからだ。


 通常の歩兵であれば1週間の行軍訓練を行うが、魔法使いは身体能力が常人より高い。

 特に高位の魔法使いになれば、さらに身体能力が向上する。


 そのため、1週間でへばる魔法使いなんていない。

 その程度でへばる魔法使いがいれば、それは魔法の使えないただの自称魔法使いだ。



 と言うわけで、レインくんとレイナちゃんには、戦略魔導歩兵の練兵過程で一度は通ることになる、地獄の40日行軍訓練を行った。



 40日もろくに飲まず食わずで、重たい荷物を背負いながら行軍を続ける。

 舗装された道でなく、山中の悪路をひたすら歩き続ける。


 非武装での行軍で、道中に存在するモンスターは俺が処理していたが、途中撃ち漏らしが出たせいで、2人が素手でゴブリン相手に戦うなんて事態も起きてしまった。


 もっとも、2人とも格闘戦だってちゃんとこなせる。


 レインくんは素手でゴブリンを殴り殺し、レイナちゃんもゴブリンの首をへし折っていた。


「2人の成長していく姿が眩しい」


 子供が成長していく姿が、こんなにも喜ばしいなんて思ったことはない。

 この2人なら立派な兵士になって、俺やチビと同じように、沢山の人殺しができるようになるだろう。


 フハハハハッ。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 それから数日後。

 休息を取り、ゆっくりと体を休めたレインくんたち。


 いくら魔法使いの体が頑丈でも、あの訓練の後には体がいうことをきかなくなる。

 数日の休息は必須だ。



 そんな2人の下に、チビ助がやってきた。


「レイン、レイナ、よくぞ地獄の行軍訓練を通過した。そこでお前たちに、特別なプレゼントを用意した」


 そう言ってチビ助が用意したのは、2つの演算結晶だ。


「お前たちに与えていた演算結晶だが、あちらは予備にして、今日からこの演算結晶を使うがいい」


「新しい演算結晶ですか?」


「なんだか、凄い力を感じる」


 戦略魔導歩兵にとって、一番の武器は演算結晶。

 寝るときでも肌身離さず装備しておくべき武装で、使い続けることで魔力が馴染んでいき、より扱いやすくなる。


 2人はチビ助から渡された演算結晶を手に取り眺める。


「魔力を流してみるといい」


「「はい」」


 チビ助に言われて、2人が演算結晶に魔力を流し込んでいく。


「っ、今までの結晶より、魔力を吸っていく」


「重たい……けど、凄い力を感じる」


 2人の姿を見て、チビ助が嬉しそうに笑う。

 人殺しをしている時に浮かべる笑いによく似ているが、でもほんの少しだけ違っている。


 どちらにしても、嬉しい笑顔であることに変わりはない。



 そんな2人にプレゼントした演算結晶だが、俺は物凄く心当たりがある。


「なあ、この演算結晶って、俺が創世魔法を使った時に出来たやつだよな」


「ああ、その通りだ」


 創世魔法を使った際の、副産物でできた魔力結晶だ。



「あの時に出来た魔力結晶を元にして作った、演算結晶だ。

 ここまで高密度の演算結晶は、他には存在しない。

 おそらく人類史において、最高峰の性能を持つだろう」


「そんなに、凄いものなんですか!?」


「それを私たちに!」


 2人とも、驚いている。



 演算結晶は現代魔法モデムを使うために必須の道具だが、元になる魔力結晶は自然界に存在せず、人工的に作るしかない。

 高密度の魔力を物質に付与することで作りだすが、付与する魔力が濃くて濃密であるほど、魔力結晶の性能が向上し、そこから作る演算結晶の性能も向上する。


 俺の魔力量は、大賢者グランドマスタークラスで、魔法使いとしてはこれ以上上がないレベルにある。

 その上、大戦時代にはチビ助と共に、敵国の高位魔法使いを殺して回ったことで、もともと膨大だった魔力量が、さらに増強されていた。


 高位の魔法使いを殺した際、魔力の元になる要素が放出される。

 その要素は、周囲にいる者の中でも、特に高い魔力を持った人間に吸収されやすい性質を持っているので、俺たち2人に強く吸収されている。


 たぶん俺とチビ助は、人類歴史上最も魔力を持っている人間だ。

 あの時代に存在した高位魔法使いの多くを、俺たち2人は殺して回ったからな。


 俺たちより魔力を持っている存在なんて、それこそ魔法使いの伝説に登場する、始まりの魔法使いくらいだろう。


 そんな膨大な魔力を持った片割れの俺が、創世魔法を用いた際に出来た魔力結晶。

 それが元になっているとなれば、2人に渡した演算結晶は、そうとうヤバい性能になっている。



「この演算結晶を使いこなすことができれば、お前たちは私や戦友と同じ次元に上がってくることができる。

 これからも励むといい」


「はい、リゼ先生」


「ありがとうございます、リゼ先生」


 喜ぶ2人に、チビ助がほほ笑んだ。

 珍しく凶器を孕んでいない、愛おしむような笑い。


 チビ助っぽさが全然ない笑いに、俺の背中に悪寒が走った。


 ゲシッ。


 なんて考えていたのがバレたようで、チビ助に無言で蹴られてしまった。


「折角のいい場面で、何を考えているのかな?」


「しかたないだろ。普段のチビ助と落差がありすぎるんだよ」


「ふんっ、私だって普通に笑うことはできるぞ」


 テレが入ったのか、チビ助はソッポを向いてしまった。



 とまあ、そんなことがあったが、俺からもレインくんたち兄妹に贈るものがある。


「今日から2人は、戦略魔導歩兵の仲間入りだ。

 2人の魔導ライフルだ、受け取れ」


 今まで2人が使っていたのは、通常のライフル。

 魔力を込めて放つ魔導ライフルは、通常のライフル以上の破壊力を持つ。


 そして、戦略魔導歩兵の主力武器。

 演算結晶と共に、手放すことのできない相棒だ。


「レイン、今日から戦略魔導歩兵として、帝国ライヒのために尽力せよ!」


「はい、師匠」


「レイナ、今日から戦略魔導歩兵として、帝国ライヒのために尽力せよ!」


「はい、師匠」


 戦略魔導歩兵が誕生した際に行う、一つの儀式であり、様式美だ。

 魔導ライフルを手渡す瞬間と言うのは、戦略魔導歩兵にとって特別な瞬間で、2人は恭しく魔導ライフルを受け取った。



「そしてお前たちの鎧だ。

 帝国ライヒのために励め!」


「「はいっ!」」


 演算結晶に魔導ライフル、そして最後に魔導甲冑。

 これら3つの武具を持つことで、本物の戦略魔導歩兵として戦っていくことになる。




 ああ、なんて感動的な場面だろう。


「でもさ、帝国ライヒの為にはいいけど、肝心の帝国がとっくの昔に滅びているんだよな」


 様式美なので、帝国ライヒという言葉を使ったが、既に千年前の遺物でしかない。



「何を言っている。だからこそ我々は、再び帝国ライヒを作り出すのだ。

 このザルツブルク王国を、かつての帝国ライヒに劣ることのない大帝国として、世界に冠たる帝国へと育て上げるのだ」


「オーッ!」


 チビ助、マジで帝国ライヒの再建をするつもりなんだな。

 道中沢山人殺しができそうで、俺としては異論がない。


 すぐに拳を上げて賛成だ。



「帝国、ですか」


「かつて存在した、国」


 帝国ライヒは、俺とチビ助にとってはかつての祖国。

 だから、俺たちには共感できるものがある。


 だが、レインくんたちはこの時代の人間で、千年前のホコリが積もりに積もった時代の国に、共感はできないだろう。


「僕たちに、何ができるかは分かりません」


「でも、私たちも師匠とリゼ先生のために働きます」


 共感はできなくても、俺とチビ助についてきてくれるという。


「2人とも、いい子だな」


 そんな2人の姿に、嬉しくなる。


 だからなのか、俺たち4人は揃いも揃って、笑顔になった。


 俺とチビ助は人殺しの笑い。

 レインくんとレイナちゃんは、俺たちには全く届かないが、それでも目のギラツキがいい。


 昔に比べて、この2人もいい目をするようになってきた。

 これからの成長が、ますます楽しみで仕方ない。

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