46 訓練の仕上げ

 100人の訓練生と、おまけ騎士たちの訓練は続く。


 1週間、ほぼ飲まず食わずの状態で、山中の行軍を行う。

 武器は持たないが、荷物として40キロの重さを背負わされ、一行は黙々と行軍を続ける。


 時折遠くから爆音が轟くが、それは俺が空中から付近にいるモンスターを排除しているから。

 現在非武装の彼らを守るために、邪魔なモンスターを駆除しているわけだ。


「トロトロするな、進め進め!」


 もっとも銃弾はモンスターに向けられるだけでなく、時に行軍を続ける訓練生たちの付近にも降り注ぐ。


「鬼だ」


「悪魔だ」


「お前ら黙っていろ、しゃべるだけ無駄な体力を使う」


「「「……」」」


 訓練生たちはどいつもこいつも死んだような目をして、ただ黙々と歩き続ける。



「うわっ!」


 途中、泥濘に足を取られた男が地面に転がる。

 普段であればそのまま立ち上がるだろうが、既に何日もまともな食事をとっておらず、しかも40キロの荷物を背負わされている。


「ここで荷物を放り出せば……」


 男の脳裏に一瞬、この地獄の行軍訓練から逃げ出そうとの思惑が過る。


「ほら、手を掴んで」


 だが逃げるより早く、男には手が差し伸べられた。


「……ありがてぇ」


 逃げようとしたが、それより先に、差し出された救いの手を取った。


「こんな時に助けてくれるなんて、あんた立派だよ」


「いいんです。僕はこれくらい慣れてるので」


「そうか……」


 男は柄にもなく目に涙が貯まって、自分を助けてくれた青年に感謝した。

 限界の状況にあるせいか、涙もろくなってしまっている。


 その後、男は何とか立ち上がり、行軍に遅れまいと再び歩き出した。


 既に平時の判断能力が欠如していて、視野狭窄に陥っている。

 ただ前へ、前へと進め。

 その言葉だけが頭の中で反芻し、歩き続けた。




 なお、そんな男を助けたのはレインくんだ。

 彼が背負わされている荷物の重量は、訓練生たちの倍の80キロ。


「魔法使いは、普通の人間より頑丈にできている。この程度は当たり前だ」


 俺の指示なので、レインくんは逆らうことなく従った。


「兄さん、私たちも早く進もう」


「ああ、そうだね、レイナ」


 レイナちゃんの荷物も60キロ。

 性別の差こそあるものの、やはり魔法使いの体は頑丈。

 成人男性が背負う以上の荷物を背負い、彼女も行軍の列について行った。




 そうして一行は、1週間に及んだ行軍訓練の目的地へたどり着く。


「諸君、よくぞここまで頑張った。お前たちは無価値な存在から、一端の兵士に昇格だ。

 今のお前たちはとてもいい目をしている。これから先の戦いで、俺はお前たちを英雄にしてやる。

 この国の民衆の誰もがお前たちの名を記憶し、お前たちの名を子孫たちが常に褒め称える英雄にしてやろう。

 だが、今は食え、そして眠りを貪るといい」


 一行の行軍訓練の終了と共に、彼らに食事を与え、休憩をとる許可を出した。


 途端にその場に崩れ落ち、ぐったりと動かなくなる者。

 疲れのあまり、これ以上体が動くことを拒否したのだ。


 そして食事と言っても、用意されたのはただのスープ。

 それも固形物がろくに入っていない、ほぼ汁だけのスープだ。

 だが、1週間ろくに食べずに行軍を続けた彼らの胃では、固形物を取るのは危険だ。

 まずは汁から初めて、ゆっくりと胃を慣らしていく必要がある。


 どいつもこいつも、飢えて瘦せこけているが、目だけは異様にギラギラと光り輝いている。



「新米だが、いい兵士に育ってきている」


 俺が育てた兵士と言うのは、見ていてなかなかに嬉しい。

 俺は笑顔になって、兵士たちの姿を祝福した。



 俺が笑っているのに気づいた兵士も、俺に笑いを返してきた。


 いい奴らだ。

 もう訓練生は終わりで、これからは兵士として扱ってやる。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 だが、兵士なるためには最後に潜り抜けるべき関門が、一つ残っている。


 簡単な話で、人を殺すことだ。


 と言うわけで、訓練生に最後の関門を突破させるため、山賊の拠点を襲撃した。



「全体、撃ち方開始」


 俺の号令一下、兵士たちがライフルを構えて山賊の拠点に撃ちかかる。

 片膝を地面に着き、ライフルの照準サイトを覗いて、敵を撃って行く。


「野郎ども軍隊だ、反撃……」


 剛毅な山賊が叫んだが、銃弾が飛び交っている中で体をさらすのは間抜けのすること。

 銃弾を何発も体に受け、あっさりあの世行きになった。


「第1、第2部隊は前面に進出。残り部隊は援護射撃を継続」


「第1小隊了解」

「第2小隊了解」


 命令を出せば、部隊を率いる小隊長からの返事が返ってくる。


 なお、第1部隊の小隊長は赤髪。

 第2部隊の小隊長は青髪だ。


 以前は舐めた態度を取っていたこいつらだが、今では俺に対して逆らうことを、全く考えなくなった。

 銃弾の下で匍匐前進をさせ、1週間の行軍訓練もした。


 死と隣り合わせの訓練を何度もさせたことで、兵士としての規律を理解したわけだ。

 言葉で教える必要などない。

 体と魂に刻み込まれる恐怖を経験すれば、人間は生まれ変わるのだから。



 2つの小隊が山賊の拠点に取りつき、攻略を開始していく。


 丸太の柵で囲われている山賊の拠点だが、柵から体をさらせば、山賊たちは次々に撃ち殺されていく。


「爆薬を設置」


「周辺の兵士は離れろ!」


 援護射撃を受けている間に、前進した2つの小隊の行動が完了。


「爆破!」


 命令を下せば、丸太の柵が爆薬で発破されて吹き飛んだ。


「突撃!拠点内の山賊どもを一掃しろ」


「「「ウオオオー、突撃、突撃―っ」」」


 盛大な喚声を上げ、ライフルの先端に着いた銃剣を向けながら、兵士たちは拠点内部へと突入していった。



 その後は山賊たちの悲鳴が続く。


「ダメだ、逃げろ!」


「逃げろって言っても、一体どこへ行けって言うんだ!」


「とにかくここからとんずらしなきゃ、俺たちは皆殺しだ!」


 山賊は総崩れとなり、拠点からの脱出を試みた。



「ただの1人も逃がすな。背中を見せている者でも、迷わずに撃て!」


 山賊を1人も生かすつもりはない。


 殲滅が目的だ。


 俺はこの命令を、わざと青髪の傍で行った。

 俺がジッと見ていることに、青髪も気づいただろう。

 彼は迷うことなく、ライフルを逃げる山賊の背中へ向ける。


「ウギッャ!」


 そして引き金を引けば、山賊の1人が体を撃たれて倒れた。


 即死していないようだが、倒れた山賊に追い打ちで複数の銃弾が突き刺さり、ズタボロの肉の塊になる。


「よくやった」


 背中から山賊を撃った青髪の肩に、俺は手を置いて褒める。


「兵士として、当然のことをしたまでです」


 青髪の返事も頼もしい。


 以前のこいつだったら、役に立たない騎士道精神を振りかざして反論してきたが、そんな様子が全くない。


 本当に、いい兵士に育ってくれた。




 その後、山賊の拠点を制圧し、生き残った山賊たちを、武装解除させたうえで、1か所に集めた。


 集めた山賊たちには、既に戦う気力などない。

 なんとかこの状況で生き残ることはできないかと、奴らは卑屈になって泣き叫び、命乞いの叫びをあげている。


 そんな連中を前にして、俺は兵士たちに言う。


「いいか、戦場では背中を見せて逃げ出る敵、武器を捨てて降伏しようとする敵兵もいる。

 だが、相手が無抵抗であっても、戦場では敵を殺せ。上官の命令がない限りは、殺せ。

 場合によっては相手が自爆して、道連れで味方が殺されることもある」


 俺は手本に、命乞いをしている山賊の1人を撃ち殺した。



 相手が武器を持っていて、こちらの命が危険にさらされている状況ならば、勢いで相手を撃ち殺すことができる。

 だが、敵が無抵抗の場合、途端にそれができなくなる兵士がいる。


 そういう態度をとる兵士を作らないためにも、無抵抗の相手を殺せる訓練は必要だ。



「お前たちもやれ、無抵抗であっても敵は殺せ!」


「「「ハッ!」」」


 そこからはライフルの射撃音が連続し、山賊たちが物言わぬ骸となり果てる。


「結構、これでお前たちは一通りの訓練を成し遂げた。

 兵士としての規律と、軍人としての人殺しも果たした

 今この時から、お前たちはこの国が誇る兵士だ」



 これにて、俺の訓練は完了。

 今日から、こいつらを兵として扱っていく。


 いずれ戦場で戦いを共にすれば、戦友として扱おう。

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