42 オーク殺しの英雄

「ようこそ諸君。集まってもらった君たちには、軍人になるための訓練を受けてもらう。

 それも剣や槍で遊んでいるお飾り騎士でなく、人殺しをやる本物の軍人だ」



 100人の人間を集めたので、そいつらの前で宣言した。

 俺はこいつらを鍛えて、本物の軍人に仕立て上げる。


「騎士がお遊びだと!将軍、流石にその言葉は撤回して……ゲフッ」


 100人の中には、俺の要請で送られてきた6人のヘボ騎士たちもいる。

 その中の1人、青髪の青年騎士アレクシス・フォックスが叫んだが、即座にレインくんがライフルの銃床で殴り、鎮圧した。


「なっ!」


 その行動に100人の人間が動揺するが、レイナちゃんがライフルの銃口を向けて、強制的に黙らせる。


 よしよし、いい子たちだ。

 まだ訓練途中だが、この子たちは、俺とチビ助が直接教え込んでいる。


 俺のやりたいことが分かっているので、いちいち指示しなくても動いてくれ、大変助かる。



 なお、肝心のチビ助は、現在進行形で俺とは別行動中。

 この国の筆頭宮廷魔法使いの爺さん、ローレンツ・ホーエンベルクと仲良くやっている。

 チビ助の事だから、爺さんたちを巻き込んで、大戦時代の兵器の作成でもしているのだろう。


 本物の戦争をするためには兵士だけでなく、兵器がいる。


 俺たちが眠っていた地下秘密基地の備蓄分だけでは、いずれ足りなくなるので、この時代での兵器作成は重要事項だ。




 ま、チビ助の事はともかく、俺は目の前にいる、徴用したばかりの100人を見る。


「ここから先は、お前たちを一端の兵士にするための訓練を行う。

 よって上官である俺へ、反抗的な態度や暴言を吐くことは許されない。

 軽微であれば懲罰房送りで済ませるが、最悪の場合はその場で銃殺する。

 死にたくなければ、態度と言葉遣いには、気を付けるように」


「そんな、おうぼ……」


 バカが何か言おうとしたが、ひと睨みして黙らせる。


 この程度で黙るのだから、そいつは人殺しもしたことがない、ただの素人だ。




「とはいえ、集まってもらった諸君を、強制的に訓練するだけで終わらせるつもりはない。

 訓練を終えた暁には、君たちを特別な存在にしてやる」


 にこりと笑い、俺はこの場にいる衛兵に指示する。


 王都の治安維持を主に行っている衛兵隊所属の兵士だが、今回の訓練のために、無理を言って数人貸してもらった。


 こいつらは訓練の準備などを行う役で、100人の訓練生には入らない。



 そんな衛兵たちが、数人がかりで檻に入ったオークを運んでくる。



「ブモォーッ」


 体中を鎖で雁字搦めにされ、檻に入れられているオーク。

 人間に比べて巨大な魔獣モンスターは、拘束されている状態でも、鼻息を荒くして暴れる。


 暴れるたびに、体に巻き付いた鎖がジャラジャラと音をたてる。

 満足に動けない体でも、無理に体当たりして、その度に檻がミシミシと音をたてる。


「オークだ」


「どうしてこんなところに?」


「まさか、俺たちにあれと戦えなんて、無茶を言う気じゃないだろうな!?」


 100人の訓練生たちが、オークの姿を目にして怯える。



 そんな訓練生たちを前に、話していく。


「聞いたところによると、この国では1人でオークを殺せる人間は滅多にいないそうだな。

 それ故に、オークを仕留めることができれば、オーク殺しの英雄と呼ばれ、周りから崇められる。

 冒険者や騎士だと、箔が付くそうじゃないか」


「ああ、確かにその通り……です」


 訓練生の1人が、俺の言葉に頷く。


「では、今からオーク殺しの英雄を1人作るとしよう。

 ……そこのお前」


「ヒャッ、俺ですか!?」


 俺は訓練生たちの中から、一番体が細くて、弱そうな男を指さす。

 見ただけで、争いごとと無縁なひ弱な男だと分かる。


「お前が今からオークを殺す。手伝ってやるから、こっちにこい」


「ヒエエエーッ」


「もちろん逃げようなどと考えるな。上官反抗罪で殺す」


「は、はいっ!」


 強制的に、男をオークの檻の前に立たせる。

 その男の隣に、俺も立つ。


 オークが、ブヒブヒうるさい声を上げる。

 目の前にいると、顔面に生えた鋭い牙が目につき、人間よりも巨大な体が、より一層大きくなって見える。


「ヒエエエーッ」


 そんなオークの姿に、男はへっぴり腰になって、後退ろうとする。

 もちろん逃げ出さないように、俺が背中に手を回して、脱走を阻止する。



「訓練生諸君、これからこの非力極まりない男が、オーク殺しの英雄になる。

 諸君はこれから行われる戦いを、よく見ておくように!」


 俺は大声で、訓練生に注目するように指示した。


「もっとも、戦いと呼べるほどのものにはならないがな」


 と、最後に小さく付け加えてだが。



「さて、訓練生。これはライフルだ。

 兵士にとって命よりも大事な武器であり、戦場で自分の命を守ってくれる、最も心強い相棒だ」


 俺は男にライフルを間近で見せる。


 今回用意したライフルは通常の歩兵用ライフルで、俺が普段使用している魔導ライフルではない。

 魔導ライフルは魔法使いでないと使用できないので、ただの歩兵では扱えない。

 逆を言えば、歩兵用ライフルは魔力の有無に関係なく、誰でも使える武器だ。



「訓練生、ライフルはこのように構える。早速構えてみろ」


「は、はいっ」


 俺から逃げられないと分かって、男は目の前のオークに怯えつつも、俺が示したようにライフルを構える。


「腕の位置がダメだ。背筋は正して、足は開く……」


 立ち方が悪いので、直接指示して男の姿勢を正させる。


「では、照準サイトを覗け。この距離であれば外れることはないが、お前は扱うのが初めてだから、今回は直接指導してやる」


 男の背後から、密着する形になって姿勢を正させる。

 そしてライフルをのぞき込む。


「よし、いいだろう。ここの引き金を引け」


「はい」


 次の瞬間、男が引き金を引くと、ライフルから爆音が轟くと同時に、弾丸が発射される。


「ヒイッ!」


 至近距離で発生した爆音に男は驚くが、俺が密着する形で男を捕まえているので、逃げることはできない。



 それに、大事なのはそこじゃない。


「動かないぞ」


「見ろ、眉間から血を流してやがる」


「オークが死んでいるぞ!」


 離れた場所から一連の様子を見ていた訓練生たち。

 彼らが、オークが死んでいることに気づいた。


「えっ、どうしてオークが死んでるんだ?」


 そしてオークを撃ち殺した男は、茫然として突っ立っている。




 そんな連中を前にして、俺は宣言する。


「おめでとう。お前はたった今、1人でオークを殺した英雄になった」


 オークを殺した男の肩に手を置いて、褒めてやる。

 男は実感がないようで、ライフルを握っていた両手を茫然と眺める。



「諸君、これが人殺しをするための武器である、ライフルの威力だ。

 君たちにはこれからの訓練で、ライフルの扱いを覚え、一人前の兵士になってもらう。

 ライフルを扱えるようになれば、この場にいる全員がオーク殺しの英雄様になれるぞ!」


「オーク殺しの英雄?俺たちが?」


「でも、あの弱そうな男が間違いなくオークを殺したよな」


「俺たちでも、そんなすげえ武器を扱えるのか!?」


 俺の言葉に、訓練生たちの様子が変化していく。



「そうだ、オーク殺しの英雄だ。

 もっとも、それはただの始まりだ。

 俺は、お前たちをオーク殺しの英雄なんて、小さなレベルじゃない、本物の英雄にしてやろう」


 俺は叫び、ライフルの銃口を空へ向けて数発放った。


 ライフルの発砲音の後、辺りはしんと静まり返った。


 だが、俺の言葉は徐々に訓練生たちに染み込んでいく。



「騎士にも官僚にもなれなかった、落ちこぼれの俺たちが?」


「オーク殺しの英雄になれる?」


「本物の英雄?」


 訓練生たちは、半信半疑の様子。

 だから、俺が彼らの背中を押ししてやろう。


「かつて英雄と呼ばれた俺が、お前たちを本物の英雄にしてやろう。

 誰もが認め、この国の英雄はお前たちなのだと、皆から認められる本物の英雄にだ!」


 俺は叫び、彼らを見た。


「「「英雄、英雄だ」」」


「「「ウオオオオーーーッ!!!」」」


 訓練生たちは雄叫びを上げた。



 これでいい、俺はこいつらを英雄兵士にしてやる。

 そのために、まずは地獄の訓練からだ。



「「……」」


 訓練生たちが高揚し、雄叫びを上げる中、レインくんとレイナちゃんの兄妹は、無言でその様子を見ていた。

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