35 大規模破壊魔法
「丸腰だと落ち着かない」
さて、高度1万メートルを超える世界へやってきたが、今の俺は魔導甲冑なし、演算結晶なし、ついでに魔導ライフルもなしの丸腰状態だ。
魔導甲冑は身体能力の強化と、物理的な防御力を向上させる効果があり、さらにヘルメットに搭載されているモニターは、魔導科学を凝らした装置が備え付けられている。
また演算結晶は、
それらの装備全てを、チビ助に渡して丸腰になっている。
戦場にばかりいたせいか、自分が丸腰なことにひどく落ち着かない。
お守り代わりに、せめてナイフ1本でも持ってくればよかったと思うが、今更そんなことを愚痴っても仕方ない。
「うえー、魔導甲冑なしでこの高度はヤバイ!」
それに魔法使い用のローブだけでは、高度1万メートルの世界に耐えるのはつらい。
この高度になると、地上とはけた違いに空気が薄く、おまけに肌が凍り付くほど寒い。
だが、今回俺は、丸腰でなければならない。
その中の一つが、
演算結晶を装備した状態で、
また別の欠点として、
大規模魔法は膨大な魔力を用いることで、初めて発動可能になる魔法だが、演算結晶には一度に処理できる魔力量に限界があるせいで、大規模魔法の行使に耐えられない。
そんなわけで、
演算結晶を装備したまま大規模魔法を放とうとすると、演算結晶の機能が停止する。それどころか膨大な魔力に当てられて、演算結晶が物理的に壊れてしまう。
もし大規模魔法を使おうとすれば、演算結晶を身に着けてない状態で使用しなければならない。
今回俺が魔導甲冑と演算結晶を装備せず、丸腰になっている理由がこれだ。
俺は今から、大規模魔法を使う。
事前にしたチビ助との打ち合わせで、まずは軽い下位戦術級の大規模破壊魔法から始める。
そのために長い詠唱を始める。
高度な集中力が必要になるため、飛行魔法を同時に維持することはできない。
飛行魔法の力が失われて、俺の体が星へ向かって落下し始めるが、そんな中で下位戦術級の大規模破壊魔法の詠唱を続けた。
この高さまでわざわざ昇ってきたのは、周囲に敵がいない状態で、やたらと詠唱の長い大規模破壊魔法を使うためだ。
さすがにこの高度であれば、自然落下中に全ての詠唱を完了できる。
そして詠唱中の魔法使いは、無防備すぎる。
一度詠唱に入れば、途中で止めることができず、詠唱を失敗すれば魔法の反動を受けて、自分の体が吹き飛びかねない。
そんな状態の高位魔法使いを、俺とチビ助は大戦時代に散々狩りまくった。
自分の安全を守りつつ、大規模破壊魔法を使おうとすれば、超高々度の空間で、詠唱を行うというのがひとつの方法だ。
もっとも大戦時代だったら、この高度に来るための手段があったので、こんな事をしても撃ち落されてお終いだ。
この時代では、流石にこの高度までくる手段がないだろうから、安全に詠唱できるだろう。
……多分。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
(リゼ視点)
「一体、どこに行ったのだ?」
戦友が超高々度空間へ飛んで行ったあと、老王が私に問うてきた。
「安心しろ、すぐに分かることだ」
事前の打ち合わせ通り、今頃戦友は大規模破壊魔法の詠唱に入っている。
空の一点に魔力が集中しているのを、感じ取ることができ。る
それは私だけでなく、レインとレイナ。そして、老王の隣にいる老人も理解していた。
ほどなくして、王都近くにある山に、巨大な炎の塊が生み出される。
紅蓮の球が出現し、山の木々を一瞬で吹き飛ばし、大地を溶かして溶岩の塊へ変える。
山の中腹に生み出された炎から熱波が発生し、熱が王城にいる私たちのもとにまで届く。
「グヌッ、なんという火力!」
「とてつもない魔法だ!」
「これが古の魔王の力なのか!」
謁見の間にいる外野どもが、ガヤガヤと騒ぎ始める。
ほどなくして、炎の塊が消え去り、山の中腹を抉る大穴が作り出された。
「なんということだ。こんな破壊魔法が存在するとは……」
老王を含めた外野の連中は、作り出された巨大な穴に驚いている。
だが、この程度で驚くのは一般人か、ただの魔法使いでしかない。
「やはり大規模破壊魔法か」
「ご名答」
数いる外野と違い、王の傍にいる老人は冷静だ。
「確かに見事な魔法だ。しかし、この程度であれば、私でも撃つことができる」
老人が言うことは正しい。
大魔王と呼ばれ、大賢者(グランドマスター)が使う魔法としては、あまりにもショボい。
だから、私は老人を安心させるために言ってやる。
「これはまだ最初の1発だ。続きを見るといい」
「ふむ、続きがあるのか」
老人は、戦友の放つ魔法の上限を知りたがっている。
高位魔法使いと言うのは、業の深い生き物だな。
それから続く2撃目が始まる。
戦友が空で長い詠唱を続け、先ほどとは比べ物にならない魔力がさらに放出さる。
最初の1撃目は、天空の1点に魔力が集まるだけだったが、今度は空全体が魔力の色に染まる。
青かったはずの空が、膨大な魔力によって紫に変色し、そこから暗色のオーロラが生み出されて、空の上で蠢き始める。
「死の凶兆だ!」
「神が我らに神罰を与えようとしている!」
「どうか、お許しを!」
外野どもは、相変わらず騒ぐだけだ。
だが、先ほどまで冷静にしていた老人は、口の端を歪めていた。
「おお、魔力だけで、物理世界にここまでの影響を及ぼすとは、なんと凄まじい力だ」
冷静さの仮面がわずかに外れて、高位魔法使いとしての狂気を垣間見せる。
それからほどなくして、王都の近くにある山が巨大な火炎に薙ぎ払われた。
先ほどの山の中腹を抉るだけだった炎とはけた違いの大火炎が出現し、それが山全体を焼き払う。
山の木々は消し炭となり、土は溶岩となって溶け崩れる。
強大な火炎は、強力な上昇気流を生み出し、周囲の風をかき集める。
やがて風が炎の形を強制的に変えさせ、天へと上る巨大な炎の柱となる。
まるで地上から空の果てまでが、炎の柱で焼かれているかのような光景。
巻き上がる炎によって、世界は赤く染められ、王都は夕焼けに染まったかのような、赤一色が支配する世界となる。
そして巻き起こる風は止まることを知らず、炎へ向けて強力な風が吹き込み続ける。
「おおおおーっ、なんという破壊、なんという超魔法。素晴らしいぞ、この私でも、これほどの破壊魔法を見たことはない。なんと美しい魔法なのだ!」
老人の冷静な仮面が剥がれ、高位魔法使いとしての狂った姿をさらけ出す。
それから10分以上にわたって炎の柱は天を焦がし続け、地上にあった山は、そのほとんどが溶岩へと姿を変え、原形を残さなくなった。
それでもまだ、微かにこんもりとした形が残っている。
「では、次をお見せするとしよう」
だが、これはまだ2発目。
戦友には、この後とっておきの1発を撃つように、事前に言っておいた。
ただ、私が笑って周囲の者達に言った瞬間、全員が凍り付いた顔をした。
「ま、まだこれより上がある?」
「に、兄さんっ」
誰も身動きできなくなる中、レインとレイナだけはそう言った。
2人とも不安そうにしているが、魔力量的には、私と戦友に続く量があるので、ここにいる連中の中では一番冷静かもしれない。
「う、上だと―!」
老王や近衛たちは、もはやしゃべることもできずに茫然としているが、老人だけは狂ったように戦友のいる天を見上げた。
目をこれ以上なく広げ、血走った目をしている。
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