34 謁見

 王都にたどり着いた俺たち。

 目的は王への仕官だが、魔法使いとは言え、ただの一般人である俺たちが、直接一国の王に会えるはずがない。



 しかし心配ご無用。

 俺たちには、心強いチビ助大先生がついている。



「役人に有り金のほとんどを使って、賄賂を送った。王に謁見するには、何も問題ない」


「流石チビ助」


 俺と違って、ちゃんと考えているので手際がいいな。



「有り金のほとんどって、山賊の拠点やオーク討伐、それにイェーガー男爵から搾り取った金まで!?」


「き、金貨が軽く100枚以上あったはずなのに……」


 なぜかレインくんとレイナちゃんが真っ青な顔をしてるが、2人ともこの程度で慌ててどうしたんだ?



「大丈夫だって。なくなっても、また山賊の拠点を何個か潰せばいいだけだ」


「それに当分の生活費までつぎ込んだわけではない。切りつめれば、ひと月もつくらいは残している」


「ぜ、全然安心できない」


 レインくんの言葉に、レイナちゃんがコクコクと首を縦に振る。



「まったく2人は心配性だな。だけど大丈夫。全てチビ助大先生に任せておけば、問題ないさ」


 俺はチビ助の頭をポンポンと叩いて撫でる。


「鬱陶しい」


 ペシリとチビ助に叩かれてしまったが、何も問題なしだ。



「なーに、俺たちだったら、この国の王様に仕官するなんて簡単さ。

 ちょっと脅し……俺たちって、優秀な魔法使いだから」


「脅しって、師匠たちは何をやるつもりなんですか!」


「私、犯罪者になりたくない」


 俺の説明の仕方が悪かったか、レインくんたち兄妹が慌ててしまった。



 でも大丈夫。

 全然問題ないから。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




「魔法使いアルヴィス・ガイスター、リゼ・ルコット、レイン、レイナの4名は、陛下の御前へ」


 てなわけで、俺たち4人は賄賂の力で、王宮の謁見の間にやってきた。


 なお、本日は俺だけ黒のローブを纏って、いかにも魔法使いっぽい格好をしている。

 俺個人としては、魔導鎧を着ていないと落ち着かないが、今回は仕込みがあるので仕方ない。


 俺たちは謁見の間へ踏み入るが、その瞬間玉座に座っている老王と、その傍に控えている老人。

 さらに謁見の間を守護している近衛騎士たちが、一斉に警戒した。


 謁見の間はなぜか、ズズズズッという地響きのような音を立て、室内が鉛のよう重たい空気に満たされている。


 決して、老王の放つ威厳が物質的な重さを伴っているとか、謁見の間が醸し出す威圧感が原因ではない。


 俺とチビ助が、普段体の外にあまり漏らすことのない魔力を、今回は盛大に放出しているからだ。

 大賢者グランドマスター2人が放出する魔力は、それだけで物質的な影響力を伴うレベルになる。



「な、なんという魔力。これはもしや、伝説の大賢者グランドマスターでは!?」


 老王の隣に立つ老人が、俺とチビ助の魔力に目を見張る。



 俺が見るに、その老人は上級魔導士アークウィザード級の魔力の持ち主だ。

 俺とチビ助より格段に魔力量が低く、レインくんとレイナちゃんの兄妹よりも、さらに下。


 ただし、魔導士ウィザード級以上の魔法使いは、老化の速度が遅くなるので、この老人は見た目以上に年を取っているはずだ。

 100歳以上と言われても、俺は驚かない。



 そんな老人、そして玉座に座る老王に、俺は笑ってみせる。

 チビ助も、笑っていることだろう。


 俺たちは背後にレインくんとレイナちゃんを従えたまま、謁見の間を進んで王の前へ行く。

 王に謁見する者は、王の前で跪いて頭を垂れるのが礼儀だそうだ。

 だが、俺たちはそれを無視して、王の前で立ったままでいる。



「お初お目にかかる、ザルツブルク王国の王よ。私は大賢者グランドマスターのリゼ・ルコット。

 そしてこっちは、私と同じ大賢者グランドマスターである、アルヴィス・ガイスターだ」


 俺は黙って王を睥睨する。


 玉座に座る王の方が、俺たちより高い場所に座っている。

 物理的には王が俺たちを見下ろしているが、実際には俺たちの放つ魔力の圧で、王より俺たちの方が圧倒的な存在感を放っている。


 だから、俺たちが王を睥睨しているのだ。



「実はここにいるアルヴィス・ガイスターだが、彼は千年ほど前に、空の大魔王やら、殺戮の悪魔、黒の厄災など、いろいろと酷い呼ばれ方をしていた男でな。

 早い話が、大量殺戮を行い、当時存在した高位魔法使いの多くを殺戮して回った、凶悪な大魔王なのだよ」


 そこで、チビ助の口が裂けたような笑いを浮かべる。


 その姿に、俺たち以外のこの場にいた、全ての人間が息を飲む。


「ちなみに私の事は、アルヴィスのおまけ扱いで、金髪の悪魔なんて呼ばれていたそうだ。

 我々は千年ほど眠っていたせいで、この時代では、もはやお伽噺にしか登場しない魔王一味らしいがな」


 チビ助は嬉しそうに、破顔した。


 俺から見れば嬉しそうに見えるが、幼女がしていい顔じゃない。

 見た目は幼女だが、中身はオバ……それなりの年をしているから、まあ、いいのか?



 そんな俺の考えはともかくだ。


「黒髪黒目。あのお伽噺に登場する魔王だと!?」


「高位魔法使いを殺して回り、古の魔法文明を滅ぼした悪魔」


「文明に終止符を打った大魔王」


 この場にいる近衛騎士たちが、そんなことを口にする。


 ここにいる近衛騎士たちも、魔法使いとしては魔術師メイジ級の魔力量を持っている。

 魔術師メイジ級になると空を飛ぶことができるので、近衛であると同時に、この時代で言うところの飛行騎士なのだろう。


 だが、彼らも魔法使いとしては高位に分類される側だ。

 それ故に、俺とチビ助の放つ魔力のヤバさに気づいている。


 近衛騎士たちは顔面を蒼白にし、それぞれに怯えを含んだ態度を見せている。

 表面上は顔を強張らせる程度で、怯えを見せていない。


 でも、俺やチビ助ならば、近衛騎士たちが内心で怯えているのが分かる。

 大戦時代に殺戮をしまくったので、そういう機微を見て取ることができる。



「我々は千年の間眠っていたが、実はつい最近起きたばかりでな。

 しかし困った。我々がいた時代とこの時代では、あまりにも文明のレベルに差がありすぎる。

 とてつもなく文明が後退し、まるで原始人の集まりのような社会になっている」


「げ、原始人だと!」


 チビ助の言葉を侮辱と受け取ったようで、国王が小さく呻く。

 だが、チビ助が冷ややかな目で国王を見れば、それだけで黙った。



「我々はかつての時代の文明を取り戻したい。

 そしてこの地に、千年前に失われた偉大な帝国ライヒを、再度創建したいと思うのだよ。

 そこで、私と大魔王を雇ってみる気はないかね、国王陛下?

 我々が協力して、この国をかつての強大にして偉大なる帝国ライヒへと導いてあげよう」


 チビ助は国王の前で両手を上げ、さあYESと言えといった感じで迫る。

 身分的には国王の方が偉いのだろうが、そんなことはお構いなしだ。

 この場では、どう見てもチビ助が一番偉く見える。


 俺に関しては、チビ助に丸投げで、単に魔力垂れ流しで突っ立っているだけだしな。



 とはいえ、俺から見ると、チビ助は随分芝居がかった仕草をしている。

 ただし、強大な魔力で周囲を威圧しながらの芝居だ。


 普通の人間だと、これに屈せずにいることはできない。




「陛下、彼女の言葉の真偽は分かりかねますが、少なくとも私以上の魔法使いです。

 いえ、私とは比べ物にならない、とてつもない魔力の持ち主です」


 そんな中、老王の横にいる老人が、王に小声で呟く。


「我が国随一の魔法使いである、そなたが及ばぬというのか?」


「はい、もしも魔法使いとしての戦いになれば、私はおろか、この場の全員が束になっても叶う相手ではありません」


「それほどとは……」


 老王と老人が、小声で話し合う。




 この会話は、俺とチビ助には聞こえている。

 魔法使いは、普通の人間に比べて身体能力が高く、それは聴力にも及んでいるからだ。

 レインくんたちでも、聞こえているだろう。



 そんな会話を聞きながら、チビ助はひとつの提案をした。


「だが、君たちにはこれだけでは理解できないだろう。

 だから大魔王と呼ばれた男の力を、その目でぜひとも見届けてくれたまえ」


 そう言うと、チビ助が俺の方を見て頷く。


 俺はフッと笑ってみせると、普段はやらない前時代魔法オールドの詠唱を行って、空へと浮かび上がった。



「一体何をするつもりだ?」


「安心しろ、ここから見えるあの山を消し飛ばすだけだよ」


 国王の問いに、チビ助が言い返す。



 謁見の間、そこから先にあるベランダからは、王都の傍にある山を見て取ることができる。


 俺はそんな山の方へ向かって飛ぶ。

 瞬く間に王城の上を飛び去り、周囲に広がる王都の街を飛び超え、目的の山へ近づく。

 そこから山の遥か上空へと飛び上がった。


 すぐさま山がただの豆粒と化し、視認できない大きさになる。

 雲が存在する高度より、さらに上に広がる世界へ飛んで行き、俺は雲を下に見ることになる。

 瞬く間に景色が変わっていき、俺の体は上空一万メートルを超える高さまで移動した。


 ここまでくると、地平線の彼方が曲線を描いているのを見て取ることができる。

 同時に極度に薄い空気と、極寒の世界。


 今までいた地上とは、何もかもが違う天空に、俺はたった1人でやってきた。



 ここまでくれば、当たり前だがチビ助や老王たちの声なんて聞こえない。

 だが、チビ助からは、事前の段取りを指示されているので問題ない。


 なので、俺はこれから始めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る