32 次なる目的

「悪魔だ、魔王、空の大魔王」


「殺戮の悪魔」


「黒の厄災」


「金髪の悪魔」



 敵軍の殲滅を終えて、俺たちがイェーガー男爵の元に戻れば、周囲では味方の連中が様々な声を上げていた。


 どれもこれも、俺の昔の2つ名。

 と言っても、敵国の兵士たちから一方的に罵られた2つ名だな。


 なお、金髪の悪魔に関しては、俺でなくチビ助の事だ。



 そんな懐かしい2つ名を聞きながら、俺はチビ助、そしてレインくんとレイナちゃんと共に、男爵の傍にやってきた。



「イェーガー男爵。戦争に雇われた傭兵として、きっちり敵の殲滅を行ってきました」


「……貴様らは、なんということをしてくれたのだ!」


「?」


 せっかく戦争に勝ったのに、男爵は暗い顔をしていた。

 大戦時代の将官クラスの人間だったら、ここは嬉しそうに祝杯でも挙げてよさそうだが、男爵にそんな様子はない。


「私はお終いだ。このような蛮行を行った者を引き入れたとあっては、もはや貴族として生きていくことはできない。

 貴様らは、私の顔に泥を塗ったのだぞ!」


「はあっ」


 どうやら敵を全滅させると、この国の貴族的にはアウトらしい。

 と言っても、男爵の価値観を理解しかねるので、俺にはよく分からない。



「それより男爵。

 戦争に勝利したのです。当然、俺たちに契約金の残りを出してもらえますね?」


 今回の戦い、俺たちはイェーガー男爵から直々に雇われている。

 契約の前金はもらっているが、戦後には契約金の残りをもらわないといけない。



「契約金だと?

 貴様ら、あのような非道な行いをしながら、このワシにさらに金をたかって……」


「閣下!」


 男爵が飛び出るほど目を見開いて、俺を睨んできた。

 大戦時代に、こういう変顔をする将官が帝国軍にもいたなー、と俺としてはちょっと懐かしいことを思い出す。

 まあ、あの将官も銃弾を雨あられと浴びて死んだので、今じゃ鬼籍に入った人だ。


 いや、ここは千年後だから、大戦時代の知り合いは全員墓の中だな。



 そんなことを考えていたら、男爵の傍にいる騎士が、小声で男爵に何か言った。


「ここで奴らの機嫌を損ねてはなりません!我々まで皆殺しにされてしまいます」


 まあ、本人は小声のつもりでも、結構大きくて、俺の耳にもしっかりと聞こえた。


「……グヌッ、仕方ない。約束の契約金をこいつらにやれ」


「ハッ!」


 男爵が命令すると、騎士はすぐに敬礼した。

 慌てて陣幕の奥へ行き、契約金を持ってきてくれる。



「ふむ、確かに契約通りの額だ。

 男爵、この度は戦争にお誘いいただいて、大変うれしかったよ」


 契約金の確認はチビ助がして、ニコリと笑顔を浮かべた。


「悪魔め」


「ああ、その通り。軍人とは敵から見れば悪魔であり、死神そのもの。まさに、私たちにはぴったりの2つ名だ」


「グヌッ」


 男爵が悔しそうな顔をしている。

 チビ助は、やっぱり性格が悪いな。




 ところで、そんな俺の所に、紛争立会人の爺様が姿を見せた。


「おのれ、悪魔どもが。男爵、今すぐこ奴らを捕らえよ!神聖なる決闘を破壊し、我が国の貴族と多くの民を殺戮して回った悪魔を、今すぐ処刑せよ!」


 年寄りのくせに、顔を真っ赤にして怒鳴る爺様。



「それはつまり、俺たちの敵になるってことかな?」


 俺の中では、立会人は中立勢力。

 イェーガー男爵家とゲイル男爵家の戦いに加わることのない、第三者の立場だと認識していた。


 俺は人殺しで大量殺戮者ではあるが、軍人として殺していい相手と、そうでない相手がいることは理解している。



 でも、敵になるなら、殺していいよな?


 俺は試しに、魔導ライフルの銃口を、立会人の爺さんに向けてみる。



「ヒイッ、誰か私を守れ!そこの悪魔から、私を守る盾となるのだ!」


 爺様が顔を引きつらせて叫ぶが、この場にいる誰も動かない。



「やれやれ、戦友あまりからかうのは良くないぞ。

 そこにいる紛争立会人殿は、あくまでも中立の立場だ。

 少々取り乱しておられるが、敵ではないのだから、そのような行動は慎むべきだ」


「はーい」


 チビ助が笑いながらストップをかけてきたので、俺も笑顔で銃口を下げた。


 もちろん、冗談でやっただけだ。

 ちょっと口が悪いからって、それだけで中立の相手を殺したりしない。


 そのことをチビ助も分かっているから、笑っている。



 ただ、爺さんは冗談だと受け止められなかったようで、その後腰を抜かしてガタガタと震えだしてしまった。


「おっと失礼。冗談が過ぎたようです」


 一応、謝罪しておこう。

 まったく心のこもらない、棒読みの謝罪だけど。




 それはともかく。


「男爵、この度の契約はこれで終了だ。

 我々は次に向かうべき場所があるので、ここでお別れだ」


 チビ助が俺たちを代表して、男爵に別れを言った。


「また会えるといいですね」


 俺もチビ助に続いて、笑顔で別れを口にする。


「「……」」


 レインくんとレイナちゃんは、無言だけど問題ない。


 俺とチビ助が空中へ浮かび上がり、少し遅れてレインくんたちも続く。




「貴様らなど、もう2度と会いたくない。悪魔どもめ!」


 俺たちが空中に浮かび上がった後で、男爵が低い声で唸った。

 だがそんなものは、俺たちにとって何の脅威にもならない。






「さあ、次はこの国の王都を目指すぞ」


 そして地上からある程度の高さになると、チビ助がそう言って俺たちの先頭を飛び始める。


「了解、王都では何をするんだ?」


 今回は貴族同士の戦争に参加したが、これから先何をするか、俺は知らない。

 難しいことを考えるのは、いつもチビ助の担当だから、チビ助が行くと言えば、ついて行くだけだ。


 レインくんとレイナちゃんは、強制でついてきてもらう。

 他の選択肢は、2人にない。



「この国の王に仕官する。

 千年後の世界でありながら、国内の貴族が勝手に戦争をしているような国だ。

 王の権力が弱すぎる。

 ここは私たちが手を貸して、かつての帝国ライヒと遜色のない姿を取り戻してやらねばならん」


「ふーん」


 つまりは、大戦で滅びた帝国ライヒを再建するってことか。

 チビ助がやりたいって言うなら、ついて行くか。


「でも、チビ助の事だから、当然戦争が起きて、大量殺戮が起きるよな?」


「愚問だな」


「やっぱり」


 祖国の再建はただの口実。

 俺と一緒で、チビ助も大量殺戮者だ。

 大量殺戮のついでで、祖国再建をする。


 今回はこんなのだったが、チビ助について行けば、きっと千年前の大戦のような戦いが再び起こるだろう。



「やっぱりチビ助と一緒だと面白いな」


「ああ、私も戦友と一緒にいると非常に楽しいぞ」


 俺とチビ助は空を飛びながら、互いに笑い声をあげた。



「本物の魔王だ」


「私たち、これからどうなるんだろう」


 俺たちの後ろをついてくる、レインくんとレイナちゃんが青白い顔をしているが、問題はない。


 2人も、そのうち慣れるから。

 でなきゃ、死ぬかだ。

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