31 虐殺

「王国紛争立会人の元、これより飛行騎士アルヴィス・ガイスターと飛行騎士アンスフォン・フレーゲルの決闘を執り行うものとする。

 両者互いに空へ」



 いよいよ俺の決闘ごっこの番が来た。


 立会人の爺さんと対戦相手が、詠唱を行い空へ浮かび上がる。


 対戦相手は、空中戦をするから魔法使いであるのは当然、立会人の爺さんも魔法使いだ。

 魔法使いのランクとしては、上級魔術師(アークメイジ)級といったところ。


 それなりに高位の魔法使いだが、大規模魔法を使える魔導士ウィザード級には及ばない。


「飛行騎士アルヴィス?」


 2人が空に浮かんでも、俺が詠唱すらしないことに、爺さんが不審がる。



 だが、心配は無用。

 俺は、現代魔法モデムを用いて、空に浮かび上がった。


「飛行魔法を無詠唱で行使しただと!」


「ただの魔法使いではない!」



 立会人と対戦相手が勝手に驚くが、現代魔法モデムは、魔法を使うのに詠唱が必要となる前時代魔法オールドとは異なる。

 装備している演算結晶が、詠唱にかかる処理を全て代行してくれるので、詠唱を必要とせずに魔法を使うことができる。


 一応、前時代魔法オールドでも詠唱を省いた無詠唱があるが、これは相当に高度なテクニックで、扱える人間は限りなく少ない。

 特に高位の魔法になるほど、難易度が爆発的に上昇した。



 俺が無詠唱で飛行魔法を使ったと勘違いして、対戦相手がかなり警戒する。



「さて、とっとと試合開始の合図をしてくれないか?」


 俺は魔導ライフル片手に、立会人を促す。



「う、うむ。

 しかし、飛行魔法を使いながら、さらに別魔法を行使することは、賢者マスターであっても至極困難なことだぞ?」


 立会人は心配しているらしい。

 俺が持っている魔導ライフルを、前時代魔法オールドを使う際に利用する魔法銃と、勘違いしているのだ。


 前時代魔法オールドでは別種の魔法を同時に扱うには、ダブルスペルと呼ばれるテクニックが必要になる。

 これもまた超高等テクニックで、こんな技を扱える魔法使いは、極度に限られている。


 だが、それはあくまでも前時代魔法オールドの話だ。


「心配無用だ」


 俺は立会人の心配を無視して、対戦相手を見た。



「クッ、舐めおって。

 魔法の扱いに優れているようだが、魔法銃で戦おうとするなど笑止千万。

 我が貴様を切り捨ててくれるわ!」


 むしろ、俺が魔法銃で戦うと勘違いしている対戦相手が、そんなことを言って意気込んだ。



 飛行騎士同士の戦いでは、魔法銃を使用しての戦いも認められている。


 ただ、実際には飛行魔法を行使しながら、さらに魔法銃を使って戦える魔法使いなんて、まずいない。

 それに魔法銃を用いる場合は、詠唱を抜かすことができないという、常識が存在する。


 戦闘開始後に、魔法銃で詠唱している間抜けがいれば、その間に近寄って近接武器で切り付けてしまえば、それで勝ててしまう。


 そのため飛行騎士同士での戦いでは、魔法銃を使うことが認められているというより、使うことが想定されていないために、ルールから漏れていた。


 ただ、これらの常識は、全て前時代魔法オールドの話だ。


 現代魔法モデムには、そんな制約は存在しない。




「さっさと開始の合図をしてくれ。本物の戦争を教えてやるから」


 今の俺は立会人と対戦相手から、常識知らず扱いされている。

 だが、そんなものはどうでもいい。


「ムウッ、そうまで言うのであればよかろう」


「ハッ、その余裕を打ち砕いてやるぜ!」


 立会人が不承不承頷き、対戦相手は獲物を構えて破顔した。



「それでは両者、決闘を開始せよ!」


 パンッ


 開始の合図とともに、俺は対戦相手の頭を魔導ライフルで吹き飛ばした。


 頭を失った死体が、飛行魔法の効果を失って地面へ落下していく。



「ひぃっ……」


 その光景に、立会人の爺さんが小さな悲鳴を上げた。




 だが、こんなのは序の口だ。


「では皆、これから本物の戦争を始めよう。精々頑張って生き残るといい」


 俺はこのちんけなスポーツ大会に用などない。

 イェーガー男爵からは、戦争の傭兵として雇われたのだから、本物の戦争を行おう。


 魔導ライフルの照準を地上にいる、敵側の指揮官であるゲイル男爵に向ける。


 パンッ。


 俺より早く、チビ助が魔導ライフルを放ち、ゲイル男爵の頭が吹き飛んだ。

 チビ助は精密な射撃が得意で、大戦時代には敵の指揮官を次々に狙撃して、敵の指揮系統を破壊するのに長けていた。


『敵司令官の射殺を確認』


「了解、敵司令部を爆破する」


 魔導甲冑に装備されている通信機から、チビ助の声がする。

 敵司令官が戦死したのを目視して、俺は爆裂弾を装填した魔導ライフルを放った。


 爆裂弾が地面に着弾すると、男爵の周辺にいた連中が、爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。



「敵司令部を破壊。敵の退路を火炎弾で塞ぐ」


『了解、こちらは敵の指揮官クラスの殲滅を優先する』


 戦略魔導歩兵の戦いの基本は、一か所に留まらないこと。

 俺は即座に空中を高速で移動し、そのままゲイル男爵家諸侯軍――つまりは敵軍――の後方へ向かう。



「これ、待たぬか、どこへ行く!」


 立会人が何か叫んだが、”中立勢力”の人間が言うことなど、無視だ。



 火炎弾を装填し、それを地上に向けて次々に撃つ。

 魔力を燃料にした炎の壁が、敵軍の後方に次々と生まれ、それが敵の退路を塞ぐ。



「うわああー、炎だ!」


「何が起きてるんだ!爆発したぞ!」


「男爵閣下が殺された!」


 地上で様々な悲鳴が巻き起こり、混乱している様子が見て取れる。


 だが、敵軍の指揮官クラス――つまり騎士爵たち――は、チビ助が撃つ魔導ライフルによって、次々に頭を吹き飛ばされて死んでいく。


 指揮官クラスが立て続けに頭を失って死んでいくことで、敵軍は指示出せる者が減っていき、混乱がさらに拡大していく。


「爆裂弾を使用、敵の殲滅に移る」


『了解』


 敵軍は混乱し、蜘蛛の子散らすように、バラバラになって逃げ始めた。



 それに向かって、俺は爆裂弾を連続で放ち、一度に十数人、数十人単位で爆破していく。

 特に優先すべきは、遠距離攻撃能力を持つ敵魔法使い。


 空を縦横無尽に移動して戦う戦略魔導歩兵に、前時代魔法オールドを命中させるのは至難だが、現状敵軍の中で最も脅威になりうるのは、魔法使いからの攻撃だ。


 仮に命中しても防殻が受け止めるが、戦場慣れした兵士としては、敵戦力のもっとも脅威となる部分から切り崩していくのが肝要だ。


 俺は爆破を続けて、敵軍を駆逐していく。


 時に爆薬を投下して、敵を一方的に蹂躙していった。





△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 (リゼ視点)


 戦友が空中から敵を殲滅している間、私は味方陣地の奥から敵指揮官クラスの狙撃を行っていた。

 戦略魔導歩兵としては、空中移動をしながらの戦いを行いたいが、私がいる位置は味方の最奥。


 肉壁がいくらでもいるので、敵から爆破されなければ、命の心配をする必要はない。



「やめよ、なんという事をしてくれたのだ!

 こんなのは戦争ではない。これはただの人殺し、人間のやることではない!」


 ただ味方の陣営最奥では、イェーガー男爵が叫び声をあげていた。


 私の傍に、この男がいるのだよ。


 私は魔導ライフルの照準サイトを覗き込むのを中断して、男爵へ向き直る。


「やめよとは滑稽な。我々は戦争をしに来たのです。敵は全て殲滅する。降伏するのであれば 捕虜としますが、敵からは未だそのような返事はありません」


「私が言っているのは、そのようなことでない。

 このような蛮行は貴族の行うべき決闘ではない。

 ただの殺戮だ。血に飢えた野獣のすることだ!」


「おや、戦争とは元来そういうもの。敵を1人残らず殺し尽くす、人間の最も野蛮な行いではありませんか」


「貴様、正気で言っているのか!?」


「当たり前でしょう」


 目の前にいる男爵が睨んでくるが、ただ当たり前の事実を私は指摘しただけだ。

 こんなことも理解できないグズに、私はおかしくなって笑いを浮かべてしまう。


「グ、ウグッ……」


 私の笑みをどう受け取ったのか知らないが、男爵が勝手に後退る。



 そして男爵の傍にいた、お抱え騎士どもが剣の柄に手を当てる。

 いつでも抜刀して、私に切りかかってくることができる態勢だ。


 もっとも、今日まで兵士としての訓練を叩き込んできたレインとレイナの2人が、私の傍でライフルを構える。

 もちろん、狙いは男爵の騎士どもだ。


 2人は顔に緊張を浮かべているが、実戦の場は初めてなので、仕方のないことだ。



「騎士諸君、剣を抜くのはご自由に。

 だが、その場合はあなた方を敵勢力に与した反乱兵と判断する。撃ち殺される覚悟はおありかな?」


 私は1歩前へ踏み出して、騎士どもを眺める。


 騎士たちは、剣の柄に手を当てたまま動こうとしない。


 今すぐ敵にならないのであれば、それでいい。




 その時、戦場でひと際派手な爆発音がして、私たちが居る場所まで爆発の余波が届いた。


 さては戦友、爆薬を派手に投下して遊んでいるな。

 やれやれ、私としてはもっとスマートに戦ってもらいたいのだが、まあよかろう。


「男爵閣下、我々はこのまま敵を1人残らず始末します。

 戦後は勝利の美酒でも飲まれ、ごゆるりとなされるがいい」


「……悪魔どもめ」


「ええ、兵士ですので、悪魔にも魔王にもなります」


 男爵は悪態をついたつもりだろうが、何ほどの事もない。


 私は、レインとレイナの2人を促して、空中へと浮かび上がった。



「2人も戦いに参加しろ。命令拒否は上官犯行罪とみなし、銃殺刑とする。死にたくなければ、敵を殺せ」


「はい」


「了解しました」


 さあ、この2人にも戦場での人殺しを体験させよう。

 もっとも、敵軍はろくな反撃もできない動くカカシどもだ。

 以前山賊相手にやった処刑訓練と、さして違いがない。




 その後、我々4人で敵軍の殲滅を行った。

 ダリル男爵軍は総勢500名程度の軍勢だったが、多くが爆破されて木っ端微塵に吹き飛ぶ、あるいは退路を塞ぐために展開した炎の壁に突っ込んで、焼身自殺した。


 戦略魔導歩兵2人に、見習いが2人。

 たった4人の戦力で殺戮を行ったため、敵の逃亡をある程度許したが、敵軍の組織的な戦闘能力は壊滅させた。



「それにしても、なんと温い。

 かつての敵国との戦いに比べれば、あまりにもひどい」


「戦争っていうより、ただの虐殺だったからな」


 辺りは血と硝煙、人間の肉が焼けるにおいと炎の熱で包まれた。


 しかし、何とも見どころのない戦いだった。


「そうだな、これは戦いと呼べるものではない。ただの一方的な殺戮だ」


 だが、久しぶりの大量殺戮に、私は口の端を曲げずにはいられなかった。

 戦友の奴も、ぎらついた眼をして笑っている。



「「……」」


 レインとレイナは、何も口にしないが問題はない。

 何度も繰り返していけば、じきに慣れる。


 あるいは、慣れる前に死ぬかの、どちらかだ。

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