30 賭け付きスポーツ大会

 サーカスの行進が終わり、ようやく目的地についた。


 大戦時代の軍隊であれば、歩兵でも2、3日で到着した距離なのに、この集団は10日以上の時間をかけて到着だ。


 さすがサーカス。もはや、それしか言うことがない。


 そして始まったのは、戦争とは程遠い、スポーツマンシップに溢れる運動会だった。



 青空の下、吹く風は心地いい。


「ザルツブルク王国紛争立会人の名のもと、これよりイェーガー男爵家とゲイル男爵家の戦争を執り行うものとする」


「「「ウオオオーーッ!」」」


 王都からやってきた、紛争立会人とか名乗るじいさんが開会を宣言すると、イェーガー男爵家諸侯軍とゲイル男爵家諸侯軍の兵士(?)たちが、一斉に雄たけびを上げて応える。


 これは何のスポーツ大会だ?

 両陣営合わせて千人近い人数になるが、それが陣営ごとに分かれて固まっている。



 その後は、両軍が布陣しての会戦……なんてものには全くならない。



 両陣営から、1人ずつ騎士が出てきた。


「我はイェーガー男爵家諸侯軍ゲイル・レイゲンボルク騎士爵、いざ尋常にお相手を」


「我はゲイル男爵諸侯軍デュオ・マクスウェル騎士爵、いざ尋常に相手せよ!」


 なんて口上を切った後、1対1の正々堂々の、近接武器での戦いを始める。

 決闘だ。いや、決闘ごっこだろう。



「そこだー」


「やっちまえー!」


「イェーガー男爵家の奴なんて、ぶっ飛ばしちまえー!」


 戦う騎士の周囲では、歓声をあげて応援する連中。

 両陣営の兵士というか……ただの応援団の連中が、好きな事を叫んで声援を送る。



「一体何だ、これは?」


「まさか、ここまでひどいとは私も思っていなかった」


 俺もチビ助も頭が痛い。

 これのどこが戦争だ?




「ヌオオオーッ、やられた―!」


 俺たちが頭を抱えているうちに、1対1の決闘ごっこの決着がついた。


 ただし、やられたと抜かしている騎士だが、全身に金属鎧を着こんでいるので、剣を叩きつけられても、体が切られることはない。


 打撲や打ち身くらいはするだろうが、無傷と言っていい状態だ。


 ただ地面の上に転ばされ、相手の騎士から剣を突き付けられていた。



「この勝負、ここまで。勝者イェーガー男爵家諸侯軍レイゲンボルク騎士爵!」


「「「ウオオオーッ!」」」


 審判を務めている立会人のじい様がそんなことを言うと、観客たちが歓声をあげた。



「者ども、ひっ捕らえよ!」


「オオオーッ!」


 そして負けた騎士は、徴兵された農民兵たちによって、縄でグルグル巻きの簀巻きにされ、捕らわれてしまった。



「マクスウェル騎士爵、貴殿は戦争捕虜として当家で預かる。身代金に関しては、後日相談しようか」


「クウッ、我が領の借金が、またしても増えてしまう!」


 どうやら負けた騎士は戦争捕虜扱いとなり、身柄開放のためには、身代金の支払いが必要になるらしい。


 戦争捕虜の概念は大戦時にもあったので、もちろん俺も意味は知っている。



 意味は知っているが、なんだこれ?


 正々堂々をモットーとしたスポーツ大会かと思ったから、自分の身柄をかけた賭け付きスポーツ大会だったらしい。


「「……」」


 俺もチビ助も、死んだ目をして、この賭け試合付きスポーツ大会を眺めるしかない。


 そんな俺たちの前で、次の騎士たちが向かい合い、次の決闘ごっこを開始した。




「果物はいらんかねー、新鮮でおいしい果物だよー」


「焼き立てパンはいかがかねー」


「ビールだよ!せっかくの戦争だ、皆で酒を飲んでパーッとしようじゃないか」


 決闘ごっこと並行して、両陣営についてきた商人たちが、それぞれの商品を手にして、売り子のごとく歩き回る。

 決闘を応援している応援団たちが、それを買い食いしている。


「ガハハーッ、やっぱ戦争はこうでなくちゃな。おい、追加で串焼きの肉だ!」


「ヒック、いやー戦争で飲む酒は最高だね。今晩は、娼婦の所にも行ってみるか」


「馬鹿言え、娼婦を抱きたいなら、決闘で勝った奴でないとダメだぞ。娼婦も、決闘で勝てない男にゃ、見向きもせんからな」


 戦争なのに誰も死ぬことがない。

 完全にただのスポーツ大会だ。

 集まっている連中も、どいつもこいつも呑気な顔をしている。



 いや、決闘ごっこの最中、たまに運悪く鎧の隙間を剣が通って、死んだ奴もいた。


 ただ、そいつは不運だった扱いされて終わりだ。



 たまに死ぬ可能性のある、賭け付きスポーツ大会だ。





「アホらしい、俺も何か食おう」


「戦友、お前までこの空気に毒されるな」


「毒されるも何も、ただのスポーツ大会だろ」


 戦争なんてどこにもない。

 俺は売り子をしているお姉さんに声をかけて、食べ物を買い、それをレインくんとレイナちゃんに渡して、3人で飲み食いしながら、スポーツ観戦としゃれ込んだ。


「おい、私の分はないのか?」


「なんだ、やっぱりチビ助もいるんじゃないか」


 お堅いことを言っていたが、結局チビ助も加わってスポーツ観戦となった。




 このスポーツ大会が、3日ほど続いていった。


 最初は騎士同士の戦いだったが、たまに傭兵たちが4、5人の集団戦を見せてくれる。

 どいつもこいつも剣や槍といった近接用の武器で、弓や魔法銃は使わない。


 遠距離武器を使用した場合、死亡する危険が高くなるので、禁止なのだそうだ。



 ただし、遠距離武器専用の戦いもある。

 戦いでなく、試合だな。


 弓を使った専用の試合があり、そこでは遠くの的目掛けて弓を射る試合が行われた。

 両陣営から1対1で、交互に弓を射かけ、先に的に命中させた方が勝利となる。


 また、魔法銃でも同じような内容で試合が行われた。

 ただし魔法銃の場合は、的に命中させるだけでなく、魔法の破壊力も試されていて、どちらの方がより派手に的を破壊できるかを競っていた。


 弓も魔法も、相手に向かって撃ち合うと、簡単に殺しかねないので、的に向けての攻撃になっている。



 なお、それらの勝敗を判断するのは、紛争立会人のじいさんだ。

 スポーツ大会の審判だな。


 魔法試合では、審判の判定に対して、たまに観客からのブーイングが起こるが、おおむね公平な審判をしていた。



 また、試合の中には人間の何倍ものデカさがある、ゴーレムを使った試合もあった。

 この時代では機動騎士と呼ばれる、人間が内部に乗って操縦して戦う、人型兵器による試合だ。


 騎士の決闘ごっこと同じように、機動騎士が近接専用の武器を構えて、互いに切り合いを行う。


 機動騎士は、体はデカいものの、動きは愚鈍だ。


 俺だと簡単に避けられそうな攻撃を繰り出しているが、互いに動きがノロマなので、伯仲した試合が繰り広げられた。


 機動騎士用の剣を盾で受け止め、返す剣の一撃を繰り出す。

 行儀悪く足蹴りしてもよさそうだが、それは騎士道精神に反するとのことで、反則負けになってしまうそうだ。


 そんなルールまであるとは、本当にスポーツ大会だ。


 ただ、見た目がでかいので、近くで見ているとそれなりに迫力がある。



「愚鈍な上に近接戦しかできないとは、戦車の方が遥かにましだ」


「スポーツ大会だから、いいんじゃないか?」


 チビ助が兵器としての機動騎士にケチをつけるが、俺は純粋にスポーツ観戦の気分だ。





 その後、スポーツ大会の舞台は、地上から空中へ移行する。


 この時代では戦略魔導歩兵という単語は、既に存在しない。


 かわりに飛行騎士と呼ばれる連中がいて、鎧甲冑を纏った彼らが、飛行魔法を用いて空中戦を繰り広げる。


 ただし、相も変わらず使う武器は近接専用の剣や槍。

 そして1対1の戦いだ。


 試合の開始前に、両陣営の飛行騎士は詠唱を唱えて、空へ浮かび上がる。

 前時代魔法オールドによる飛行だ。


 俺たち戦略機動歩兵の使う現代魔法モデムであれば、瞬時に空中に浮かび上がれるが、前時代魔法オールドでは、詠唱を抜かすことができない。


 そして飛行魔法を行使しながら、さらに別の魔法を使用するのは、かなり難易度が高い。


 結果、飛行魔法を使いながら、空中で派手に魔法を打ち合うなんてことはできず、剣や槍で戦うしかない。



 ちなみに飛行騎士になるためには、飛行魔法が使えなければならないため、魔力量の関係で、魔術師メイジ級以上の魔法使いでないとなれない。


 魔術師メイジ級は、高位魔法使いに分類されるため、かなりレアな存在だ。


 イェーガー男爵家側にいる飛行騎士は、雇われた俺たちをのぞいて5名。

 ゲイル男爵家も5名しかいなかった。




 そして、今回イェーガー男爵から直々に誘われて、傭兵枠で参加している俺とリゼは、この戦いに参加することになる。


「飛行騎士同士の戦いは、戦争最大の華。

 例え他の戦いで負けたとしても、この戦いで勝つことができれば、貴族として大変な名誉となる。

 ぜひとも、アルヴィス殿と、リゼ殿には、盛大な活躍をしていただきたい」


 “スポーツの戦い”を前にして、俺とリゼは、イェーガー男爵から発破をかけられた。



 ここまでの試合で、既にイェーガー男爵家側の敗北が決まっていた。

 そのせいか、男爵は余計に俺たちへの期待を強くしていた。


「ええ、分かっています。本物の戦争を、見せて上げましょう」


 俺は男爵の期待に応えるために、笑顔で請け負った。


「そうだな、本物の戦争を皆に味合わせてやろう」


 俺だけでなく、リゼも笑顔で請け負った。



「ヒィッ!」


 俺たちは笑顔だが、男爵とその周辺にいる騎士たちが、なぜか青い顔をして及び腰になる。


 何、心配はいらない。

 そんな態度、一瞬で吹っ飛ぶから大丈夫だ。



「イヤな予感しかしない」


「やっぱり兄さんもそう思うのね」


 俺たちの傍では、レインくんとレイナちゃんが心配そうな顔をして見つめ合っている。

 どうでもいいけど、2人とも見つめ合うだけでなく、どさくさに紛れて指を絡めて手を握るんじゃありません!


 この2人、双子なのに、完全にデキてる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る