29 傭兵団ギルベルドの翼VSオーク
軍隊ではない、サーカスの行進が今日も続く。
この団体、各々が好き勝手に並んで歩いているので、奇襲された場合の備えなど全くされていない。
この辺りの土地は、千年前から黒い森と呼ばれている広大な森林地帯で、視界はかなり悪い。
大人数で歩いているから、襲われることはないだろうという、かなりいい加減な集団心理が働いている団体だ。
それだけで、この連中がどれだけ本物の戦争に慣れていないかが分かる。
「ブモォー」
そんな集団が、森から出てきた二足歩行の豚、オークに襲われた。
「うわああっ、オークだ!」
「誰か助けてくれー!」
「こっちに来るんじゃないよ、豚野郎。いくら私が美人だからって、あんたなんてお断りだ!」
軍隊の行進ではないので、ただのオーク1体にみんな大慌て。
いきなり現れたオークに逃げ惑うのは、農民兵たち。
彼らはまともな武器を持たず、農具しかもっていないので、そもそも戦力にならない。
馬車に荷物を満載した商人たちは、我先にと馬車を操り、オークから離れようとする。
「誰か、誰か私を助けておくれー!」
オークは美男美女に目がないと言われているからか、集団の中にいる娼婦に向かって歩き始めた。
「この愉快なパレード集団はどうするつもりかな?」
イェーガー男爵家諸侯軍などという大層な名前を持っているが、兵士未満の素人の寄せ集めでしかない。
男爵家直属の騎士たちは、流石にオークの出現に動じてないものの、男爵の守りを優先して、オークに手を出そうとしない。
諸侯軍の中には、男爵の寄子である騎士爵クラスの貴族の軍もあるが、こちらは農民主体なので戦力外。
オークを見て、逃げるだけだ。
戦争どころか、オーク1体でこのざまだ。
こんな愉快な連中で、一体何ができるんだ?
魔導ライフルを使えば、1発でオークの頭を吹き飛ばせるが、俺は好奇心からこの集団がどうするのか見物することにした。
さて、どうするのか眺めていたら、オークに向かって進んでいく5人組がいた。
「どけどけ、ここは傭兵団ギルベルドの翼が相手してやる。素人どもは引っ込んでやがれ!」
そう言ったのは、眼帯をした厳つい顔のオッサン。
オッサンが自分の身の丈程の長さがある大剣を抜けば、その傍に大盾を構えた男も並ぶ。
「大将、やる気ですかい?」
「当たり前だ。ここでいいところを見せて、男爵に気にいられないとな」
大剣を持った男が、傭兵団のリーダーのようだ。
「ハッ、たかがオークごとき、俺たちにかかれば朝飯前よ」
巨大な
「よし、行くぞ、野郎どもー!」
「「「ウオオオーーッ!」」」
彼らが雄叫びを上げると、オークのヘイトがそちらに向いた。
オークは巨大な丸太を持っていて、それを振りかぶる。
「おっと、手前の攻撃は通さないぜ」
振られた丸太だったが、それを受け止めたのは大盾を持った男。
盾と丸太が激突した際に盛大な音を上げるが、盾を持った男は体勢を崩されることなく、オークの一撃を受け止めた。
「おらー、いくぜー!」
「沈みやがれ、豚野郎!」
攻撃を防いだ隙をついて、大剣とハンマーの男が左右から攻撃を繰り出す。
「ちいっ、油が多すぎだ!」
大剣がオークの皮膚を切り裂いたが、分厚い脂肪のせいで体の途中で止まり、めり込んでしまう。
致命傷を与えるには至らない。
「フンヌー」
ハンマーを振るった男はオークの右腕を捕らえ、強力な一撃を入れた。
「ブモォーッ!」
オークが悲鳴を上げたところを見るに、腕の骨を砕くぐらいはしたのだろう。
「ブモオオーッ!」
「ヌオオッ」
「マズイ!」
だが、中途半端に怪我を負わせたせいで、オークが怒り狂って暴れまわる。
大剣をオークの体にめり込ませた男は、剣を手放して後退。
ハンマーを持った男も、慌てて後ろに下がる。
「チクショウ、お前ら今の一撃で仕留めろよ!」
泣き言を言ったのは大盾を持つ男。
怒り狂ったオークが拳を乱打してきて、それを盾で受け止める。
しかし丸太で攻撃された時より、こっちの方が防ぐのが難しいらしい。
ガンガン盾が音をたて、男の体勢がじりじりと崩れそうになる。
若干の劣勢と言ったところか?
「全く、これだから男どもは見てらんないね」
そんなところで、一行の後ろにいた女が弓矢を放って、オークの右目に矢を突き立てる。
「ブモォーーーッ!」
目を攻撃された痛みに耐えられなくなったオークは、顔を抑えて仰け反る。
「ほら、時間は稼いでやったから、とっとと魔法で止めを刺しな」
「分かっている、アイスバレット!」
そして5人組最後の1人。
魔法銃を構えた少女は、先ほどから一行の後ろで魔法の詠唱を続けていたが、ようやく詠唱が完了すると、魔法銃の引き金を引いて魔法を放った。
魔法でできた、氷の弾丸を発射する魔法だ。
魔導ライフルの弾丸に比べて、発射までに時間がかかり、弾速が遅く、射程が短く、火力も低い。
すべての面で魔導ライフルの超劣化版の攻撃だが、放たれたアイスバレットの一撃が、オークの眉間に突き刺さった。
「……」
そのまま、オークが悲鳴すら上げずに立ち尽くす。
かと思えば、その体が後方に仰け反って倒れていった。
魔法の一撃が脳まで届いて、止めとなった。
「よっしゃー、やったぞー」
「どうだ、これが俺様達の実力よ」
「男爵どうです、俺たち傭兵団ギルベルドの翼をよろしくお願いしやす」
前衛で戦っていた男たちは、歓喜の声を上げる。
「まったく、私たちがいなけりゃ、逃げるしかなかったくせに。威勢だけはいいわね」
「私の魔法は最強。フフフッ」
後衛の女性陣も、そんなことを言っていた。
「ふあああっ、退屈だった」
「原始的な戦いだな。まるで野蛮人だ」
好奇心で見ていた俺だけど、欠伸が出て目に涙が浮かんでしまう。
チビ助も、彼らの戦い方を見て、あきれ果てていた。
まあ、こういう集団だから仕方ない。
本当に、これが千年後の時代とは思えない酷さだ。
「凄い、たった5人でオークを倒すなんて!」
「兄さん、あの人たち強いわね」
と思っていたら、レインくんとレイナちゃんが、非常に明後日な感想を口にしている。
「……君たちが持ってるライフルでも、オークくらい簡単に射殺できるよ」
中世の武器では倒すのに苦労するだろうが、時代遅れ過ぎる武器がすべて悪い。
あの程度の豚なんて、ライフル兵がいれば、1人で打ち殺してお終いだ。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
俺とチビ助の認識では、傭兵団ギルベルドの翼の評価はゼロ。
蛮族の戦いをする連中でしかない。
だが、冷めている俺たちとは違って、この後5人はイェーガー男爵に直々に呼ばれ、褒美を与えられた。
「すげぇー!」
「さすがはオーク殺しだ!」
「俺だって、やればあれくらいできたんだ。ただ、ちょっと腹の具合が悪かっただけだ」
褒美をもらっている間も野次馬ができて、羨ましがられたり、妬まれたりしていた。
大変、どうでもいいな。
なお、そんな傭兵団ギルベルドの翼だが、その日の夜の食事で、仲間内での喧嘩になった。
男爵からの報酬で、上質な肉を貰えたが、その配分を巡って喧嘩に突中。
「大将、あんたばかりいいところを食いやがって、ズルいぞ!」
「うるせぇ、これはリーダーである俺の取り決めだから、文句は言わせんぞ!」
ただの殴り合いで終わることなく、刃物を持ち出しての殺傷沙汰になってしまった。
リーダーの男は元々隻眼だったのに、残った左目を失って完全に失明。
ハンマーを持って戦っていた男は、右腕の健を切られ、戦えない体になってしまった。
だが食事の最中の喧嘩は、サーカスパレード集団の中では、これが初めてというわけではない。
刃物での殺傷沙汰になることはあまり多くないものの、それでも食事の量を巡って、仲間内で乱闘騒ぎになることが多い。
毎日どこかで、何かしらの喧嘩が起きている。
「これでは、猿山の猿と変わらんな」
「そうだなー」
この集団は、本当に愉快なサーカスだ。
こんな連中が、まともな戦争をできるはずがない。
これから戦うことになるゲイル男爵とかいう相手も、こっちと似たような、猿だかチンパンジーだかを連れた、愉快な集団なのだろう。
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