28 幼女を賭けたごっこ遊び
イェーガー男爵家軍改め、サーカスのパレードの行進が続く。
俺はこの集団を、もはや軍隊と呼ぶことがなければ、行軍と呼ぶこともしない。
「あら、お兄さんカッコいいわね。今夜私と一緒にどう?ウフッ」
「……」
そんなパレードの行進が数日続くのだが、ある日俺は、オッパイボインボインの娼婦に話しかけられた。
肉厚な唇をしていて、そこに人差し指を当てている。
物欲しそうな眼を俺に向けて、胸のスリットから大胆な胸の谷間を拝むことができた。
昔の俺だったら、確実に手を出していた。
手を出して、一夜の思い出にして、さようならだ。
ただ、いろいろとやりすぎた結果、俺は一度女から背中を刺されことがある。
心臓をグサリだ。
それでも悔い改めなかった結果、次はあそこをちょん切られそうになる目に遭った。
あれ以来、俺の息子は元気をなくしてしまった。
「いらない」
「あらそう、残念ね。おいしそうだから誘ったのに残念」
俺の心は凪の海のように穏やかで、豊かなオッパイ山脈の姿に屈することはなかった。
娼婦の方も、さして残念そうにせず、次の獲物を見つけて話しかけている。
そのまま、馬車の一つに男を連れ込んでいく。
「……ああ、なんで俺はこんな体になったんだろう」
心の中を秋風が吹き、無性に泣きたくなった。
でも、なぜか涙は流れない。
「ヌフフフッ、まさかこんなところに子供がいるとはな。
お嬢ちゃん、おじさんについてこないかい?
おじさんについてきたら、沢山おいしいものを食べさせてあげよう。
そればかりか、とても気持ちいいことをしてあげるぞ。ヌフフフフッ」
一方、チビ助の方も変な男に絡まれていた。
金属鎧を着たオッサン騎士で、身なりはそこそこいい。
男爵直属の騎士か、そうでなければ貴族だろう。
そんなオッサン騎士を、チビ助が睨む。
「いいことだと?」
「そうだよ。おじさんと一つになるんだ。とっても気持ちいいことだよ。お嬢さんにはちょっと大きいかもしれないけど、大丈夫。これでも私は紳士だ。安心して体を委ね……ゴハァッ!」
鼻息を荒くして、ハアハアしていたオッサン騎士。
チビ助の両肩に手を伸ばそうとしたが、その前にチビ助に足払いを食らって地面に転倒。
「この幼女趣味の変態野郎が!」
「グボハアーッ!」
続いてチビ助の蹴りが、騎士の鳩尾に決まる。
金属鎧を着ていたが、魔法使いの身体能力は高く、鎧が凹んでしまう。
さらに追撃で、股間に蹴りが入った。
「ヒギャーッ!」
オッサン騎士は女の子のような悲鳴を上げると、そのまま口から涎を垂らし、白目を剥いて気絶してしまった。
「う、うわー、オッサンの方が悪いのは確かだが、酷すぎる」
あれでオッサンの息子さんがお亡くなりになったら、どうしよう。
同じ男として、思わず同情してしまう。
なんて思っていたら、チビ助と目が合った。
俺の方を、ゴミクズを見るような目で見てきた。
考えを読まれているな。
でも仕方ないだろう。この光景を見て、オッサン騎士に同情しない男はいないぞ。
実際、レインくんだって……慌てて体ごと後ろを向いて、気づかないふりしてやがる。
なんて奴だ。
「安心しろ、ちゃんと手加減はしている」
「ソウデスカー」
「殺してないぞ」
「ソダネー」
命までは取ってないが、本当に息子さんは無事なのだろうか?
ま、同情はしても俺の体じゃないからいいか。
俺は、それ以上考えるのを放棄した。
ただ、この事件はこれで終わりにならなかった。
後日、オッサン騎士が俺たちの所にやってきた。
「貴族であるこの私を散々こけにしてくれるとは、ただではおけん。そこの幼女の身柄をかけて、この私と決闘せよ!」
「はいいぃっ?」
オッサン騎士は、チビ助でなく、なぜか俺の方を指さしてきた。
試しに横に移動してみる。
オッサンの指先も、俺の方を追ってくる。
それではとレインくんの後ろに隠れてみれば、オッサンの指はレインくんを指さした。
「レインくん、この人、君と決闘したいって」
「どう見ても、師匠に決闘を申し込んでいますよ」
「おっと、動かないで」
レインくんが移動しようとしたけど、オッサンに指をさされたくない俺は、両手で掴んで動けないように拘束する。
「師匠、諦めて相手してくださいよ」
「イヤだ。なんてこんなオッサンと決闘ごっこをしないといけないんだ。俺はオッサンの遊びに付き合う趣味なんてないぞ!」
俺とレインくんの2人で、ギャーギャー喚き合う。
「き、貴様―!この私をどこまでも愚弄する。とにかく決闘だ。私と戦わぬというのであれば、決闘を辞退したとみて、その幼女は私の物にさせてもらうぞ!」
気が付けば、オッサンが吠えて、勝手にチビ助を自分のものにしようとしていた。
「ふむ、2人の男が私を巡って決闘か。
女心としては、なかなか悪くないシチュエーションだが、決闘相手の顔がいただけないな」
「チビ助―」
「私の危機なのだ。戦ってやれ戦友」
「えーっ」
チビ助がこの決闘ごっこを受けろと言うが、俺はやりたくない。
ごっこ遊びは嫌いなんだよ。
「私はガルフレッド・オーマン騎士爵。そこの幼女を巡って、この男に決闘を申し込む。まさかとは思うが、逃げ出すような騎士の風上にも置けん振舞いはせぬであろうな!」
俺はイヤなのに、オッサンは大声を出して、周囲の人間にまで聞こえるように言い放った。
「うおおおーっ、決闘だ!」
「おお、これぞ戦場の見世物だ!」
「いいぞー、やっちまえ。あのすかした顔の野郎を、ぶっ飛ばしちまえ!」
気が付けば周囲の野次馬たちが声を荒げ始め、決闘を断れない雰囲気になってしまった。
「ウワー、面倒臭いことになった」
そんなわけで、まったく乗り気でないものの、俺は決闘ごっこに付き合う羽目になった。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
「決闘の見届け人はこの私、クリムゾン・イェーガー男爵が行う。
アルヴィス・ガイスター殿とガルフレッド・オーマン騎士爵の両名は、正々堂々、互いに武器を構えて戦われよ!
なお、決闘においては、どちらかの命が失われることがあっても、罪は不問とする。両名は、そのことをしかと心に刻まれよ」
てことで、決闘ごっこが始まってしまった。
それも、このサーカス一座の中で一番偉い、イェーガー男爵が審判になっての試合だ。
「やれー、殺しちまえー」
「2人とも盛大に戦って、派手に楽しませてくれよ」
「さあさあ、どっちが勝つか、盛大に賭けておくれ!」
周囲には野次馬根性丸出しの観客が集まり、見世物状態になっていた。
本当にサースカにいるのではないかと、錯覚してしまう。
さて、決闘ごっこであるが、俺はいつもの魔導甲冑に、魔導ライフルを装備した姿。
対するオッサン騎士は、鳩尾部分が若干凹んだままの金属鎧に、ハルバードを構えている。
中世の騎士って感じだが、俺から見れば時代遅れどころか、骨董品に身を包んだ、頭のおめでたいオッサンにしか見えない。
「ふん、見事な鎧を着こんだ魔法使い殿とお見受けするが、決闘に魔法銃を持ち出すとは笑止。詠唱をしなければ戦えぬ武器など捨てて、正々堂々近接武器でワシとたた……」
パンッ。
これ以上オッサンとごっこ遊びに興じるつもりはないので、俺はオッサンの頭を魔導ライフルで吹き飛ばした。
中世の鎧兜で、魔導ライフルの一撃を受け止められるわけがない。
オッサンは金属兜を着ていたが、魔導ライフルの一撃でそれごと弾け飛んだ。
オッサンの言う魔法銃であれば、確かに詠唱をしなければ攻撃できないが、俺が使うのは
詠唱不要で、引き金を引くだけで銃弾を発射できる。
「はい、お終い」
面倒なので、俺はそのまま回れ右して、決闘会場を後にする。
「「「……」」」
その間、観客の全員が声も出せず、沈黙していた。
「しょ、勝者、アルヴィス・ガイスター……」
1人、イェーガー男爵は我に戻ると、俺の勝利を宣言したが、それでも観客たちは沈黙したままだった。
みんな呼吸することさえ忘れたようで、身動きすらしなくなっていた。
くだらないごっこ遊びは、こうして終わった。
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