25 巨大魔力結晶

「レイナ」


「兄さん」


 一時期壊れていたレインくんとレイナちゃんだけど、変に殺してやるって態度はなりを潜めて落ち着いた。

 かわりに双子の兄妹なのに、たまに抱き合ったりするようになった。


 ……クッ、羨ましくなんてないからな。




 それはともかく、俺たちは生活のために仕事をしなければならない。


 山賊の拠点を潰すとそれなりの実入りがあるが、所持金は少ないより、多い方がいいに決まっている。


 と言うわけで、冒険者ギルドに行くと、その日は珍しい依頼があった。



「イェーガーの街の巨大魔力結晶への魔力補給依頼か。依頼主は男爵本人になっている」


 興味を示したのは、チビ助だ。


「巨大魔力結晶?普通の魔力結晶なら知っているが、どれくらい大きいんだろうな?」


 魔力結晶と言うのは、高純度の魔力を含んだ物質の事で、魔獣の体内からとれる魔石や、俺たち戦略魔導歩兵が使用している演算結晶も含まれる。


 この両者の間には純度にかなりの差があるが、どちらも魔力結晶の分類になる。



「魔力結晶は自然界には存在せず、人工的に作り出すしかない。

 私たちのいた時代では、技術的な制約から巨大化するのは実質不可能だったのだがな」


「ふーん、そうか。流石チビ助、詳しいな」


「当たり前だ。私は戦友と違って、技研に10年は所属していたからな」


「技研?ああ、軍の技術研究所のことか。

 マッドサイエンティストがたくさんいるって話だな」


 そんなことを、俺たちは話し合う。




「10年?前々から思っていたけど、リゼ先生って何歳なんだろう?」


「少なくとも、僕たちより年上なのは確実だよな」


 レイナちゃんたちも、こっそりそんなことを話している。


 だが、2人ともその話題はやめておけ。

 チビ助の年齢を知ろうとするとボコられる。


『妙齢の女性の年を聞こうとは、躾のなっていない戯けが!』


 なんて言われて、ボコられてしまう。




 俺はレイナちゃんたちの話題をスルーしておく。


 そしてチビ助も、この話題はスルーした。



「実際には、膨大な資材と時間をかければ、巨大な魔力結晶の生成も不可能ではない。

 だが、軍ですら手を出さなかった。

 国家予算をドブに捨てるようなものだからな」


「へー」


「だが、ここは千年後の世界だ。

 もしかすれば、私たちの知らない技術で作られているのかもしれないな」


「ほー」


 チビ助は興味津々。

 俺は興味がない。


「戦友、お前も魔法使いの端くれであれば、多少は興味を持ったらどうだ?」


「兵器なら少しは興味が出るけど、ただの石ころに興味はないな」


「チッ、つまらん奴だ」


 舌打ちされてしまったが、全く興味がないので仕方ない。




 ただ、チビ助が異様に興味を示したので、俺たちはこの依頼を受けることになった。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 というわけで、俺たちは依頼主であるイェーガー男爵の元を訪れた。


「アルヴィス殿にリゼ殿か、やはりお2人がこの依頼を受けてくれたか」


 男爵の所に行くと、やはりと言われてしまった。


「男爵は、我々が来ると分かっていたのか?」


「無論。巨大魔力結晶への魔力補給だが、あれは複数人の魔法使いが集まって行う作業だ。

 1回行うだけで、魔法使いたちの魔力が空になる作業だ。

 作業に耐えられるほど、魔力を持つ魔法使いとなれば、貴族お抱えの魔法使いくらいしかいない。

 冒険者ギルドに在籍している、名ばかり魔法使いにこなせる作業ではないよ」



 魔法使いだが、個人によって保有している魔力量に差がある。

 魔力はあるけど、小さな火を起こしたり、水をちょっとだけ出せるなんて程度の者から、人を殺せるだけの威力を持つ魔法を使える者、さらに上に行けば空中を飛ぶことができる者もいる。

 この上に行けば、単独で大規模魔法を行使できる、規格外の魔力持ちになる。


 俺が見た範囲だと、イェーガーの街の冒険者ギルドにいる魔法使いは、魔法銃の補助を得ることで、なんとか攻撃魔法を使っているレベルの者が多く、空を飛べる魔法使いなんていなかった。

 そんな低レベルの魔法使いすら、ギルドに数人しかいないが。



「軍事にもかかわる事ゆえ、あまりこちらの内情を話すことはできないが、我が家で魔力結晶に魔力を補給していた魔法使いの体調が、あまり良くなくてな。

 今回は例外的に、リゼ殿たちにお願いしたい」


 さて、俺が考えている間に、チビ助と男爵の間で話がまとまっていた。



 その後、俺たちは男爵お抱えの魔法使いに案内されて、領主の館の地下にある部屋に連れて行かれた。


「祖国が戦争に勝っていれば、俺も南の島の領地で、こんな屋敷に住んでいたはずなのに……」


 屋敷の中を見ながら、俺の中で過去のちょっとした悔しさが、頭をもたげる。


 祖国から貴族に任じられ、領地までもらえたのに、それが全部パアになってしまった。


「いつまでもグダグダと男らしくない。シャキッとしろ!」


「ヘーイ」


 チビ助に怒られてしまった。



 そんなことを話しつつ、地下にある部屋に入る。



 そこには、巨大な魔力結晶が鎮座していた。


「こちらが、我がイェーガー男爵領が王家より下賜された、巨大魔力結晶です。

 あなた方には、この魔力結晶に魔力の補給をお願いしたい」


 巨大な魔力結晶は球形で、そこから魔力の波動を感じることができる。


 補給が必要と言うことは、今の状態は蓄えている魔力が底を尽きかけている。

 または、かなり目減りしている状態なのだろう。


 魔力結晶には様々な性質があるが、その内の一つに、魔力を蓄える性質がある。



「おお、素晴らしい。

 しかし王家より下賜されたということは、王家にはこの魔力結晶を作り出す技術があるという事か?」


「……リゼ殿、その辺の事情は、あなたが知るべきことではありません」


「ムウッ」


 知識欲にまみれたチビ助だが、男爵家の魔法使いにあっさり拒否されてしまう。


 まあ、仕方のないことだろう。


「いずれ王都にも行きたいな。

 これほどの物を作る技術、私たちの時代には存在しなかったのだから、ここがやはり千年後なのだと理解させられる」


 クツクツ笑いながら、チビ助が巨大魔力結晶の傍まで歩いていく。


「リゼ殿、魔力結晶に魔力を補給するには、複数の魔法使いが必要です。

 あなたは空を飛べる魔法使いのようですが、たった1人で……」


「安心しろ、私をその辺の魔法使いどもと同じと思うな」


 そう言うと、チビ助は巨大魔力結晶に手を当て、魔力供給を始めた。


 ズゴゴゴッという音がして、屋敷の地下室が振動し始める。



「じ、地面が揺れている!」


「に、兄さん……」


 ついてきたレイナちゃんが怖がり、レインくんに抱き着いている。


「そ、そんなバカな。こんな魔力みたことがない!」


 一方、男爵家の魔法使いは、揺れのことなどお構いなしで、チビ助の方をガン見している。



 リゼの手の平から、膨大な魔力が尽きることなく供給され続け、みるみる間に巨大魔力結晶が光り輝き始める。

 虹色の光を放って、きれいな光だ。

 そんな光が、部屋の中を煌々と照らし出す。


 でも、ここまで光ると眩しい。



「リ、リゼ殿、そこまでです。

 それ以上魔力を供給すると、魔力結晶が壊れる危険があります!」


「そうか、なかなかの魔力貯蔵量があるな。これは大変面白い技術だ」


 魔法使いが大慌てで止めに入った。

 チビ助は手を放して魔力供給をやめたが、目は魔力結晶から全く離れない。


 人を殺す時に浮かべる笑いとは、違った笑いを浮かべるチビ助。



「そんなバカな……魔力供給をするために、我が領の魔法使いが総出になって行う作業なのに、それをたった1人で。

 しかも、魔力結晶の貯蔵限界を、明らかに超えた魔力の所持者だと!?」


 魔法使いは、驚きすぎて目が血走っている。



 でも、俺とチビ助はただの魔法使いでなく、大賢者グランドマスター級の魔法使いだ。

 魔法使いとしては最高位にあるので、巨大魔力結晶と言っても、この程度の大きさを魔力で満たすなんて簡単にできる。


 その後、チビ助は魔力結晶をしげしげと眺め続け、魔法使いは口をあんぐりと開けたまま、我を忘れていた。



「リ、リゼ殿……いや、様。

 魔力の供給は完了しましたので、上へお戻りいただけますか?」


「もう少し見ていたいのだが、残念だな」


 その後、魔法使いのチビ助に対する態度が、へりくだったものになった。



 魔法使いとしての格の違いに気づいたからだろう。





 なお、今回の依頼は無事に成功したが、魔法使いが男爵に何やら耳打ちした。


「リゼ殿、あなた様は、まさか伝説の大賢者グランドマスターなのでは?」


「さて、どうだろうな」


 男爵が目を大きく見開いていたが、チビ助はしらばくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る