23 童貞卒業

 軍隊では、訓練生の時代に死刑囚を銃殺することで、殺人に慣れさせる習慣がある。


 戦場に出る前に、一度でも殺人の経験をさせておくと、初めての戦場で動きが変わるからだそうだ。


 俺の場合はどうだったかなー、と思いだそうとするが、初めての殺人を思い出せない。

 いっぱい殺し過ぎて、とっくに5桁を超えているので、もはや思い出す次元になかった。



「なあ、チビ助の初めてっていつだ?」


「ぶふおっ!せ、戦友、貴様は、突然何を言い出すのだ!」


 珍しいことにチビ助が噴き出して、その後ゴホゴホと咳までし始めた。


「えっ、最初の殺人をいつしたかって聞いたんだが?」


「な、なんだ、そっちの事か。てっきり私はあっちの事かと思ってしまったぞ」


 どうやら勘違いをしていたようで、途端に落ち着きを取り戻すチビ助。

 でも、咳き込んだ際に変なところに唾が入ったようで、涙目になっている。



「あっちの事?」


「お前が女に、ちょん切られそうになった方の事だ」


「ぶふおっ!」


 今度は俺の方が噴き出して、思い切り咳き込むことになる。


「ちょっと待て、あのことは思い出させるな!」


「私に勘違いさせた報いだ。これくらいはやり返さないとな」


「ううっ……」


 チビ助、性格が悪いぞ。



 昔の俺だが、撃墜王だ、英雄だともてはやされて、メチャクチャモテていた時期がある。

 いや、祖国の英雄様に祭り上げられたので、一時的なものでなく、ずっと続いた。


 ただ、それに調子をよくしていた俺は、手当たり次第に女性に手を出して……女の嫉妬の恐ろしさを、身をもって体験させられた。


 手を出し過ぎた結果、あわや俺の息子がちょん切られそうになるという形で……



 あれ以来、俺は女性関係は慎重に行くことにした。

 というか、俺の息子さんがあの一件以来、元気をなくしてしまった。



 なぜか秋風が吹いた気がして、俺はその場に体育座りをして、黄昏れる。




「ちなみに、私の最初はまだガキの頃だな。スラムで何人かやった」


「そうかー」


 チビ助はスラム育ちで、20歳まではスラム街にいたそうだ。


 でもチビ助の言う最初ってのは、殺人童貞の話だよな?

 もう一つの方じゃないよな?


 俺が無言でチビ助を見る。


「安心しろ、殺しの方だ。

 いつまで、そんなしょげた顔をしている。シャキッとしろ」


「……うん」


 俺はふらりと立ち上がた。

 もう、殺人童貞の話なんてどうでもいい。





 なお、俺が殺人童貞のことを考えたのは、今回レインくんたち兄妹を連れて、山賊の拠点潰しに行ったからだ。


 既にレインくんは、故郷の村で山賊相手に戦い、何人か殺しているが、一応軍隊の訓練を思い起こして、山賊相手に殺人の経験をさせておいた。

 もちろん、レイナちゃんもセットだ。


 最初の殺人は、山賊の襲撃を受け、余計なことを考えている余裕がなかったレインくんたち。

 だけど、今のレインくんたちだと、中世武器しかもっていない山賊なんて、ライフルで簡単に射殺できる。


 余計なことを考える余地がある状態だ。



 山賊相手に最初の引き金を引くまで、2人は時間をかけていたが、それでもちゃんと山賊を撃ち殺した。



「撃たなきゃ、俺が君たちを撃つけど?」


 と、俺が2人の背中を押してあげたのも大きいだろう。



 その後は、ちゃんと山賊を撃ち殺してくれた。


「OKOK、師匠として2人がちゃんと人殺しをできて嬉しいよ」


 あの時の2人に、俺は心底嬉しくなったね。



 まあ、拠点の山賊を全滅させた後は、2人して座り込んで泣いていたけど、俺とチビ助はそんなの関係なしで、山賊拠点を略奪していった。


 あいつら金目の物と食料を、結構蓄えているので、普通に冒険者をしているより儲かる。


 懸賞首になっている山賊だと、街まで頭を持って行けば、報奨金がでるそうだ。


 頭ごと弾け飛んだ奴が懸賞首だったのが、少し残念だ。


「俺は人殺しのイルカム、この俺を相手に生き残った奴は、今までに1人も……」


 何か1人でしゃべっていたが、魔導ライフルで頭を弾き飛ばせば、即座にあの世行きだ。




 ところで、そんな山賊討伐から街へ帰ってくると、そのままレインくんたち兄妹は部屋に引きこもってしまった。


「兄さん」


「レイナ」


 その後2人は、部屋の中でゴソゴソ。



「あれ、まさか?」


「双子の兄妹とは、普通の兄妹より人一倍関係性が強いと聞いたことはあるが……」


 2人がひとつのベッドに入って、とても御熱心に体を上下させていた。




「私、人としてやったらダメなことをしちゃった」


「レイナ、僕もだ。僕がレイナを守らないといけないのに、それなのに……ううっ」


「兄さん落ち込まないで。私がいるから、だから大丈夫」



 殺人童貞だけでなく、もう一つの方まで御卒業していた。


 双子の兄妹なのに、いいのか?



「まあ、こういう事もあるのだろう」


「いいなー、俺も息子が元気になれば……ウウウッ」


 俺とチビ助は大量殺人をしているので、今更細かいことは気にするまい。



 でも、でもさ、俺の息子さん。

 あなたはどうして、元気がなくなってしまったんだ!


 シクシク。

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