17 男爵と対談

 宿に部屋を取って、これから街の観光だ。


 そう思っていると、なぜか領主に仕える騎士がやってきて、領主に会って欲しいと頼まれた。

 騎士の見た目は、門番より格段に上の鎧を着ていて、見ただけで立場がかなり上の人間だと分かる。



「俺は何もしてないぞ?」


 魔獣や山賊は殺したが、マズいことは何もしてないはずだ。

 あれは殺してOKの連中だからな。



「イェーガー男爵様は、御高名な魔法使い様に、是非お会いしたいと仰せです。

 魔法使い様を接待もせずに領から去らせては、イェーガー家の恥とまで申されています。

 なにとぞ、領主様にお会いいただけないでしょうか」


 騎士は必死な様子をしていた。



「私が思う以上に、この時代では魔法使いが厚遇されているのだな」


 必死過ぎる騎士の姿に、チビ助はそう推測する。



「行っても大丈夫だと思うか?」


「この様子ならば、問題ないのではないか?

 あったとしても、その時は……」


 そこで言葉を切って、笑顔になるチビ助。

 チビ助が嬉しそうに笑うから、つい俺も口を曲げて笑顔になってしまう。


「「「ヒィッ!」」」


 俺とチビ助は笑っただけなのに、なぜか騎士とレインくん、レイナちゃんに怯えられてしまった。


「おっと、我々の笑顔は一般人には怖がられるか」


「そうみたいだな」


 戦場に出て屍の山を築いてきた俺たちなので、耐性の無い人には怖がられるようだ。


 ただ、迎えに来た騎士がこの程度で怯えている。


 仮の話だが、領主の前で武力行使することがあっても、素人集団相手ならどうとでもなる。


 なので、領主に会っても問題ないと、俺とチビ助は判断した。





△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 というわけで、領主の館に俺たちはやってきた。



 俺の弟子と言うことで、レインくんとレインちゃんも同伴だ。


 ただ、この2人。


「こ、ここが領主様の館」


「わ、私達、どうしたらいいんだろう」


 ガチガチになって、緊張していた。


「落ち着け。とって食われるわけでもない。普段通りにしていればいいのだ」


 あまりにも緊張しているので、チビ助が呆れている。



「そう言われても、領主様ですよ」


「私たちなんかじゃ、お会いすることもできない雲の上の人です」


「安心しろ、貴族と言っても我々と同じ人間だ」


「そうそう、死んだら血を流して動かなくなる、ただの人間だ」


「「……」」


 2人があまりにガチガチなので、俺は人好きのする好青年の笑みを浮かべて、2人を安心させることにした。


 だけど、2人とも沈黙してしまった。


「戦友、頼むからあまりもバカなこと言わないでくれ」


「?」


 はて、俺はバカな事を言ってしまったのか?


 俺たちを案内する騎士が、少し体を強張らせたが、俺はバカなことを言った自覚がない。


「戦友は、たまにとんでもないバカをしてくれる」


 チビ助が頭を振るが、俺には最後まで意味が分からなかった。


 ま、いいか。

 特に問題ないようだし。





 そうして俺たちは、館で領主と面会した。


「お初お目にかかる。私の名はクリムゾン・イェーガー男爵。魔法使い殿にお会いできて光栄だ」


 そう挨拶した領主は、カイゼル髭を生やしたオッサンだった。



 千年前だと、軍の将軍クラスの人間は大体こんな感じだったので、あまり違和感がない。

 ただし、将軍連中は頭の毛が白くなっているか、禿げている爺さんたちだった。

 それに比べて、男爵はだいぶ若かった。


「戦略……魔法使いのリゼ・ルコットだ」


「俺はアルヴィス・ガイスターです」


 相手が名乗ったので、チビ助と俺も名乗る。



「報告で聞いた通り、家名持ちの魔法使いか。

 しかし、どちらも若い。特にお嬢さんの方は、本当に魔法使いなのかね?」


 男爵が懐疑的になる。


 俺の見た目は18歳くらい。

 チビ助に至っては、10歳児程度の外見をしている。

 ひどけりゃ、年齢一桁代の幼女に見えなくもない。



「失礼ながら男爵閣下、妙齢の女性に向かって、お嬢さんはやめていただこう。

 レディーに対して失礼であろう」


「ムッ、確かにそうだが……」


 戸惑う男爵。


 幼女が自分のことをレディーと言っても、説得力がない。

 子供が背伸びをしているようにしか見えない。


「安心しろ、私はこう見えても、ここにいる戦友……こいつより年上だ」


「本当なのか?」


 ついには自分の年齢の事を、口にするチビ助。


 たが男爵、俺の方に話を振るな。

 チビ助は普段年齢の事を口にすると、機嫌が悪くなって殴りかかってくるんだ。


「ソウダナー」


 なので俺は、可能な限り感情のこもらない、棒読みの声で答えた。


「……」


 そんな俺の態度をどう受け取ったのか知らないが、男爵は呆れた表情になる。


「安心しろ、魔法使いであることは事実だ」


 チビ助も、自分の年齢が勘違いされることが多いので、あまり深くこだわらないようだ。

 かわりに、その場で少し空中に浮かんでみせ、自分が魔法使いであることを示す。



「空中浮遊、それも無詠唱だと!」


 現代魔法モデムであれば、簡単にできることなのに、男爵の口が割れんばかりに広がった。

 貴族として重々しい雰囲気を出していたのに、間抜け面のオッサンになってしまう。


 プー、クスクス。



「これは失礼した。魔法使いであることを疑い、申し訳ない」


「構わん。私は見た目がこんなのだから、勘違いされることがよくあるのでな」


「確かに……」


 チビ助は、本当にチビだから仕方ない。





 こんなやり取りがあった後、俺とチビ助、そして男爵は適当な話をした。

 いわゆる貴族の社交辞令だろう。


 こういうのは、俺にはよく分からないので、適当に答えておくだけ。

 チビ助が、率先して男爵と会話を交わすので、俺はたまに振られる話題に応えておくだけでよかった。


 そして、この場にはレインくんとレイナちゃんもいるけど、2人は最初から最後まで一言も話せず固まっていた。

 緊張しすぎだ。


 ただの貴族相手に、なんで緊張できるのか分からない。



 ところで、一つだけ言っておかなければならないと思い出した。


「男爵、俺たちがこの街にいる間に戦争があれば、声をかけてください。

 傭兵として一緒に戦いますよ」


「ふむ、戦か。

 魔法使い殿の申し出はありがたい。その時は、ぜひともご協力願おう」


 話の分かる男爵で、俺の提案に一も二もなく、すぐに頷いてくれた。


 この男爵って、すごくいい人だ。


 俺がつい笑顔になると、チビ助まで笑っていた。


「ヒィッ!」


 だけど、なぜか俺たちの笑顔を見て、男爵が顔を青くした。



 あれ、いい人だと思ったけど、案外耐性がないのか?

 人殺しの顔でビビるなんて、あんまりこっち方面には慣れてないのか?

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