10 まともな食い物

「このような小さな村を救っていただき、ありがとうございます。

 魔法使い様が助けて下さらなければ、我々は全員、山賊に殺されるか捕えられていました」


 夜になると、村長を先頭に、村人たちからお礼を言われた。

 物凄く慇懃な態度をとっているが、そこに怯えを見て取れる。

 俺とチビ助を怖がっているみたいだ。


 そうだよな。俺とチビは、プロの軍人。

 一般人からしたら、武器を持った戦略魔導歩兵を、怖いと思って当然だ。


 その気になれば、俺とチビだけで、この村を潰すことが容易にできる。




 そんな村長との交渉は、俺でなくチビ助が行う。


「構わん。我々も無辜の民衆が襲われているのを、放置するつもりはなかった。当然のことをしたまでだ」


「当然、ですか?」


 村長が戸惑いを浮かべる。


 軍人としては、自国民が襲われていれば、それを助けるのは当然の事。

 まあ、大戦ではそんなこと言ってられなくて、色々あったが、原則として軍人は自国民の保護を優先するために存在している。


 もっとも、今の俺たちは仕えていた国が滅びているので、ここの村人を自国民として扱える立場にないが。




 そしてチビ助が口にした、無償という言葉に村長が戸惑う。


 その姿に、少し考えるチビ助。


「もしかして、無償で助けられたことに疑問を持っているのか?」


「魔法使い様がお怒りになられるかもしれませんが、その通りです」


「そうか。では対価を適当に貰うとしよう」


 俺たちの時代でも、軍隊が自国民を助けた際、多少物をねだることがあった。

 公には許されていないものの、命を張ったのだから、見返りをよこせという人間は、軍隊でもそれなりにいた。

 それは末端の兵士だけでなく、指揮官クラスの人間でも。


 千年経っても、その辺のことは変わらないのだろう。



「このような寒村ですので、魔法使い様のお気に召すものを差し出すことはできないと思います。それでも、できる限りのご用意をいたします」


 要求されるものは色々。

 村長は、俺とチビ助の機嫌が悪くならないよう下出に出ているが、俺たちの要求次第では、そんな態度も吹き飛びかねない。



 でも、村長が言ったように、こんな村で用意できる物なんて、俺たちも分かっている。


「安心しろ、無理難題は吹っかけん。

 とりあえず飯だ。私たちはここ最近ろくなものを食ってなくてな、人間が食べられる、まともな飯を用意しろ!」


「おおーっ、流石チビ助!」


 俺はさっきまで頭の中が食い物の事で一杯になっていたが、チビ助も同じだったんだな。

 やはり俺の戦友。以心伝心という奴だ。


 思わず、歓声をあげてしまった。



「へっ?飯って、そんなものでいいのですか?」


 だけど、俺たちがどれだけまともな食事に飢えているのか理解してない村長は、要求の内容を聞いて、間抜けな顔になった。


 でも、俺たちにとっては、重大事だ。

 それくらい、マズイ飯続きだったんだよ!


 いや、軍の携帯食料は食べ物ではない。必要な栄養を押し固めただけの塊だ。

 食べ物と呼んではいけない、固体だ。



「今すぐ用意しろ。そこの猟師、肉を我々に捌いてくれると言ったな。早く肉料理を用意しろ。それと肉だけじゃないぞ。果物でも野菜でも、我々はまともな食い物を所望する!」


「は、はい!お前たち、急いで魔法使い様たちのお食事を用意しろ!」


 チビ助が凄んだ顔をすれば、村長が大慌てで村の女性たちに指示した。


 チビ助って見た目幼女だけど、人殺しなので目と表情がイッちゃってる。


 幼女相手に村長は震え、村人たちが急いで俺たちの食事を用意してくれることになった。


「フフフッ。戦友、我々の辛く厳しかった食生活が、ようやくまともになるぞ」


「ああ、チビ助。俺は今日という日を絶対に忘れない。……1週間くらいは」


 村人たちが大慌てで食事を用意しだす中、俺とチビ助は互いに腕を組んで、ガッツポーズをとった。


 マズい食事よ、さらば。

 うまい飯、俺たちはお前のことを待ってるぞ!




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 そんなわけで、村人たちに食事を用意してもらった。


「うまい、うまいぞ!」


「うおおおーっ、こんな食事一体いつ以来だ!」


 トロトロに煮込まれたウサギ肉のシチューは、口に入れただけでウサギの肉がほぐれていき、上に散りばめられたハーブが、味にアクセントをだす。


 黒パンはパサパサで硬く、軍用携帯食を思い出させる代物だが、これもシチューに着けてふやかして食べれば、問題なし。

 ああ、マズい物でも、シチューに浸すだけで味が大変身する。

 料理の付け合わせって、物凄く大事だな。


 果物は、口の中に入れると酸っぱさが強く出るものの、ウサギの足肉と一緒に食べれば、ちょうどいいスパイスになる。


 野菜たっぷりサラダは、新鮮。

 野菜をただの草と勘違いしてはいけない。

 みずみずしくてシャキシャキしている野菜は、前線では食べることができない贅沢品だ。

 これだけでも、涙が出てきそうになった。


「う、ううっ、生きててよかった。今まで生きてて、今日ほど嬉しかったことはあんまりない」


「戦友、泣くな。ただの食い物でなくバカがいるか!」


「チビ助だって、鼻水垂らして泣いてるだろう」


「違う、これは心の汗だ。断じて鼻水などではない」


 まともな食べ物があまりにも嬉しくて、エグエグと俺たち2人は泣きながら食べた。



「「「……」」」


 そんな俺たちの姿に、村長を始めとした村人たちが、絶句している。



「こ、こんな粗食ですが、魔法使い様にお喜びいただけて嬉しいです」


「ありがとう、ありがとう、村長」


「この恩は、絶対に忘れないぞ。3日くらいは」


 俺もチビ助も、村長の両手を握って、ブンブンと握手した。


 この感動を与えてくれてありがとう。

 この村の人たちは、俺たちにとって女神様みたいな存在だ。

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