6 双子の忌子
(レイン視点)
「レイン、レイナ、山賊の奴らだ」
その日、
手には斧を持ち、物々しい雰囲気を出している。
「山賊!」
この辺りの寒村で山賊と言えば、略奪に来た悪党でしかない。
奴らは村を襲って略奪を働き、若い娘を連れ去っていく。
僕の妹のレイナも、山賊に見つかればただで済むわけがない。
そんな不安から、レイナが僕の手を握ってきた。
安心させるために手を握り返したが、レイナの手はかすかに振るえていた。
無理もない。
この村には、まともに戦える人間なんて多くない。
ほとんどが、ただの農民だ。
「おじさん、山賊の数は?」
「30人はいる。だが、おそらくはそれ以上だ」
「そんな!」
僕たちの村の住人は200人。
ただし、そのうち半分が女性で、さらにもう半分は年寄りか子供。
まともに戦える大人の数は、わずか25人。
非常事態ゆえ、女性も村の奥で震えているわけにいかず、戦いに加わらなければならない。
しかし、村にある武器と言えば、木こりのおじさんが持つ斧以外では、農業で使う鋤や鍬。
それも木製でできているため、金属の武器と戦えば、折れるか曲がるかして、使い物にならなくなる。
この辺りを治める領主様は、農民が鉄製の農具を持って反乱を起こされてはたまらないと、農具を金属で作ることを禁じていた。
「猟師のおじさんは?」
「ダメだ、今は狩りの最中で村にいない」
「っ」
村で山賊とまともに戦えるとすれば、弓の扱いに長けた猟師のおじさんがいる。
だが、村を留守にしているのでは戦力にならない。
「すまんが、お前とレイナには、村のために戦ってもらうぞ。前線で」
「……分かった」
「すまんな」
「……」
僕だけでなく、レイナも無言であるが、首を縦に動かす。
僕とレイナは、あと数日もすれば15歳の誕生日を迎え、この村を出ていくことになる。
近くにあるイェーガーの街に行って、冒険者として活動する予定だった。
ただし冒険者に憧れを抱いているからでなく、僕とレイナは、この村では嫌われているから。
僕とレイナは、男女の違いはあるが、双子のために姿かたちがそっくりだ。
双子は不気味な存在として扱われ、昔から忌子として嫌われている。
僕たちの両親が若くして死んでしまったのも、僕たちが双子だからだと言われた。
僕たちの村での立場は、非常に悪いものだ。
それに加えて、僕たちは2人とも髪が漆黒の闇のように黒い。
黒は悪魔の属性であり、昔存在した空の大魔王と、同じ色の髪とされている。
空の大魔王は、笑いながら人を殺戮し、たった1人で1万を超える人間を殺した。
普通の人だけでなく、その時代にいた
今とは比べ物にならないほど発達していた、魔導科学文明時代に終焉をもたらした、大悪党とされている。
大魔王は封印されることで、世の中から姿を消したが、いずれは封印が解け、従者である金髪の悪魔を従えて、再びこの世界に舞い戻ってくるとされている。
皆が知っている、ただのお伽噺。
でも、そんな大魔王と同じ髪の色をした僕たちは、村人から好かれる要素などなく、嫌われるだけの存在でしかなかった。
一つだけ幸いなのは、目の色がアメジストなこと。
これで目まで黒ければ、僕もレイナも、問答無用で火あぶりにされ、殺されていただろう。
僕たちは村で嫌われているが、それでもここまで生きてこられたのは、村長が最低限の好意で、僕たちが村にいることを許してくれたから。
あとは、木こりのおじさんが、僕たちのことをそれとなく気遣ってくれているおかげだ。
「お前たちは村のために戦ってもらう。すまんが、そうするしかない」
「はい」
木こりのおじさんは、申し訳なさそうな顔をして、僕たち兄妹に言ってくる。
「どのみちここで戦わなければ、僕もレイナも無事ではすみません。僕たち自身のためにも、山賊と戦います」
「そうか」
本当は、僕たちを戦いに巻き込みたくない。
そんなおじさんの優しさを感じたが、僕もレイナも、ここで逃げるわけにはいかなかった。
「ようやく来たか、遅いぞ」
「すまんな、2人を連れてくるのに時間がかかった」
「ふん、黒い兄弟か」
僕とレイナ、そして木こりのおじさんが、村の正面にある正門までくると、そこには村長がいた。
村長は今年で40歳になる。
村で40といえば、既に初老になる年齢だ。
村人で50まで生きられる人は、滅多にいない。
50になるまでに、病気や飢饉、村の外に生息している魔獣に襲われて、大体が死んでしまう。
寿命まで生きられる人は、滅多にいなかった。
村長の髪にも、既に白髪が混じっていて、顔には皺も刻まれている。
「黒い兄弟。忌み嫌われているお前たちを、今日まで村で面倒みてやったのだ。最後は村のために役立って。それくらいのことはしてもらうぞ」
「……はい、分かっています。村長」
「……はい」
「ふん。すぐに、戦う用意をしろ」
村長に、ゴミでも見るような目で見られた。
でも、これが僕とレイナの村での立ち位置。
だから、これはいつも通りの事。
この戦いで僕たちが死んでも、村長も村人たちも、悲しんだりはしない。
僕は、村の正門の前。他の村人たちが、鋤や鍬を構えている最前列に並んだ。
「まさかこんなところで、こいつが役に立つとは思わなかったな」
僕は手にしている、銅の剣を見る。
あと数日で冒険者になる予定だったので、最低限の武器として、銅の剣を買っていた。
あまり耐久性がある武器ではないが、こんな状況では鋤や鍬で戦うより、遥かにマシだ。
そしてレイナも、短剣を1本持っている。
でも、そんな武器で山賊とまともに戦えるはずがない。
「レイナ、危なくなったら僕の後ろに隠れろ」
「兄さん……」
「レイナだけは、絶対に守るから」
山賊の数が多すぎて、僕1人が頑張ったところで、レイナを守れないだろう。
それでも、僕が死んだとしても、唯一の肉親であるレイナだけは救ってやりたい。
「兄さん。もしもの時は、私は兄さんを1人で逝かせないから」
「レイナ……」
でも、僕が覚悟をしているように、レイナも覚悟をしていた。
それは僕が願う内容とは、少し違っている。
「私は、絶対に兄さんを1人にしない。だから、兄さんも私を1人にしないで」
「ああ、そうだな。僕たちは生まれてからずっと、2人でいるもんな」
レイナの覚悟を聞いてしまった僕は、そう答えるしかなかった。
「僕たちはずっと2人だ。いつまでも、いつまでも」
「うん、兄さん」
レイナが震える手で、僕の手を握ってきた。
そんなレイナを勇気づけるように、僕もレイナの手を握り返した。
そうして、戦いの時間が訪れる。
「村の連中に告げる!今すぐありったけの食い物と金を出せ!村は完全に包囲している。
もし50人の武装した山賊相手に戦う勇気があるなら、皆殺しにしてやるから安心していいぞ。ガハハハハッ」
村の柵の向こうから、山賊の頭目の声が響く。
「お前らに渡す食い物も金もない。ただの村人だからって、戦って無傷で済むと思うなよ!」
村長も怒鳴り声で、山賊に言い返した。
「ふん、生意気な連中だ。野郎ども、やっちまえ!」
「「「へえッ、親分!」」」
そうして、戦いの火ぶたが切って落とされた。
だが、戦いの開幕は僕たちの予想もしない形で始まった。
「不味い、山賊の中に魔法使いがいる!銃を持っているぞ!」
村長の声が響く。
銃。
それは魔法使いだけが使える魔法の杖で、そこから放たれる攻撃は、一撃で何人もの人間を殺せる。
「奴に、魔法を撃たせるわけにはいかん。弓を使えるものは、今すぐ射掛けろ!それと投石だ。手の空いている者は、全員石を投げろ!」
僕たちの村には、魔法使いなんて1人もいない。
そして普通の山賊でも、魔法使いを抱えていることは滅多にない。
魔法使いとは数が少なくて、強力な存在だ。
そんな魔法使いが敵にいる。
僕たちを襲ってきた山賊は、最悪の敵と言ってよかった。
村長の命令で石が投げられ、猟師の家に残っていた予備の弓で、矢が射られる。
「だめだ、届かない」
それらの攻撃は、全て魔法使いがいる場所まで届かない。
ただの石や弓では、魔法の射程とは開きがありすぎる。
「ウォーターブレス!」
やがて魔法使いの詠唱が終わると、魔法名と共に、銃が発射された。
銃の先端から、勢いを持った大量の水が吐き出され、それが村の正門に向かって飛んでくる。
「男どもは全員正門を抑えろ!突破されれば、村が滅ぼされるぞ!」
「「「オオオッ」」」
正門のすぐ傍にいる僕とレイナ。
そして村の男たちが、全力で正門を抑え、魔法使いの水流に抵抗しようとする。
「ダ、ダメだ。とんでもない力で押される!」
「うわああっ!」
魔法の水流の力がとてつもなく強く、抑えた正門をあっさり突破されてしまった。
開け放たれてしまった正門。
「男は皆殺しにしろ!」
「「「ウオオオーッ」」」
山賊の頭目が叫び、手下の山賊たちが武器を持って、一斉に突撃してきた。
「兄さん!」
「レイナ、立つんだ。もうこの村はダメだ!」
僕は地面に倒れたレイナに手を伸ばし、急いで立たせる。
「死ねや!」
「クッ、もう敵が!」
このままレイナを連れて、逃げ出したかった。
逃げる場所なんてどこにもないけど、それでもレイナにだけは、何とか生き残ってほしい。
レイナは僕と一緒でないとダメだと言うが、それでも僕は、レイナにだけは生き残ってほしい。
僕が犠牲になってもだ。
「このっ!こんなところで、レイナを死なせられるか!」
僕は吠えて、切りかかってきた山賊の剣をはじき返し、がら空きになった胴体を斬りつける。
胴体から血と、体内にある臓物が流れ出し、山賊が崩れ落ちる。
人を殺すのは初めてだったが、そんなことを意識している暇などない。
「てめえ、やりやがったな!」
即座に、次の山賊が現れて戦いになる。
僕だけでなく、周囲の村の男たちも、手にした鋤や桑を振るって、山賊と交戦する。
「こんなところで、死なせるわけにはいかない!」
僕は感情に任せて、2人目の山賊を切り捨てた。
ああ、だけど周囲は散々だ。
僕が戦っている傍で、手にした鋤ごと切られ、地面に倒れる村人。
反対側では、胸に槍を突き立てられ、口から血を噴き出して倒れる村人。
遠くから放つ山賊の弓矢が、後方から石を投げて応戦していた、村の女性の胸を貫いた。
「ああ、そんな、こんなことって……」
次々に死んでいく村人たち。
近くで上がる悲鳴が聞こえた。
もしかすると、その悲鳴は僕が上げたのかもしれない。
だが、そんなことを呑気に考えていられない。
「イヤだ、僕はまだ死にたくない。レイナ、レイナだけは、絶対に!」
僕は狂ったように、剣を振った。
次々に村人が殺されていき、僕の周囲は山賊に囲まれていく。
「僕の傍から、絶対に離れるな!」
僕は背中にレイナを庇って叫ぶ。
「このっ、来ないで!」
背後にいるレイナも、短剣1本の状態でも、攻撃してくる山賊の剣を受け止めていた。
レイナも守られるだけでなく、僕の背中を守ってくれている。
「ふっ」
僕は短い呼気と共に、背後にいる山賊を切った。
僕とレイナは双子だからか、言葉がなくても意思が通じる。
僕が背後を切り裂く瞬間、レイナはしゃがんで、僕の行動を妨げないようにしてくれた。
「あのガキ、かなりできるな。魔法使い、あいつを吹き飛ばせ」
「へえ、親分」
ああ、だけどダメだ。
僕たちを囲んでいた山賊たちが、距離を取った。
かわりに遠方に控えている魔法使いの銃口が、僕とレイナの方を向いた。
遠くから放たれる魔法を防ぐ方法なんて、僕にもレイナにもない。
村人たちの多くは倒れ、生きているようには見えない。
「レイナ、ごめん。どうやらここまでみたいだ」
「大丈夫。私は兄さんと一緒なら、死んでからも一緒にいるから」
魔法使いの呪文の詠唱がされる中、僕とレイナは最後の会話を交わした。
「ファイアー……」
そうして僕が睨む先で、魔法使いの銃が放たれた。
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