第1章 魔王と悪魔は千年の眠りから目覚める

1 百年後の目覚め

「起きろ寝坊助。起床の時間はとっくに過ぎているぞ!」


「ふああーっ」



 怒鳴り声で起こされた。

 目をこすって上体を起こせば、そこには見た目幼女のチビ助少佐がいた。


 見た目幼女だけど、眼力だけで人を殺せる目付きをしている。

 早い話が大量殺戮者の目だ。


 俺と同じだな。



「おはよ。朝早くから大声で怒鳴るなよ」


「やかましい、軍人とは規則正しくあるべきもの。起床時刻を守れずしてどうするか!」


「ヘイヘイ」


 チビ助は俺の部下だけど、口やかましいのは昔からだ。



 俺は怒鳴るチビ助に逆らわず、大きく伸びをして、それから立ち上がった。



「おっと」


 だが、いつもならふらつきもしないはずなのに、体がよろめいた。

 慌てて腕を伸ばして、倒れるのを防ぐ。



「コールドスリープの影響だ。

 魔法使いの体が頑丈にできているが、長く眠れば、いつもの起床と同じようにはいかん」


「ふーん、そんなものか」



 そういえば、俺たちはコールドスリープで、百年の時間を寝ていたなと思いだす。



「てことは、もう百年経ったのか。全く実感が沸かないな」


「当然だ。戦友も私も、ただ寝ていただけだからな。

 コールドスリープ中は、夢すら見ることができないとされている。

 一度目を瞑り、次に開けた時には、百年が過ぎているわけだ」


「そうなのか」



 コールドスリープなんて貴重な体験をしたものの、実感はゼロだ。


 殺すことと壊すことくらいしかできない俺と違って、技術系の難しいことも、チビ助はこなせるからな。



「むしろ、百年の間、ここが誰にも見つからずに済んでよかったな」


「そうだな。基地周辺にはありったけの爆薬をセットし、万が一の際には爆破する予定だったが、無駄になって幸いだ」



 ちなみに爆破しても、俺たちが寝ている場所までは吹き飛ばない。

 爆破が起きた場合は、俺たちのコールドスリープが強制解除され、爆発の混乱の最中に逃げる算段になっていた。


 命あっての物種なので、死なば諸共で、敵と心中するつもりはサラサラない。




「お互いに無事だったのは何より。それじゃあ早速準備して、外に出てみるか」


「そうだな。

 百年後の世界か。どれほど魔導技術が進んだのか、この目で見られるのが、楽しみで仕方ない」


「そりゃよかったな」



 俺もチビ助も、魔法使いのランクの中では、大賢者グランドマスター級と呼ばれる位にある。

 魔法使いの中では、これ以上上のない、最高位に位置付けられている。


 魔力が多すぎるせいで不老になっていて、寿命によって死ぬことのない化け物。

 バカみたいな魔力があるため、戦術級の大規模魔法を何発でも打ち放題という、真正の化け物に与えられる称号だ。



 と言っても大戦時には、大規模魔法を撃とうと頑張って詠唱している敵の大賢者を、俺もチビ助も、魔導ライフルで撃ち殺しまくった。

 俺も結構殺したが、チビ助は長距離から頭を、パンパン吹き飛ばしていたな。


 俺より、こいつの方が大賢者を殺して回ってるぞ。



 そんなチビ助は、百年間の魔導技術の進歩に、並々ならぬ興味があるようだ。


 俺の方は、全く気にならない。

 俺は殺すことと壊すこと専門なので、技術的なことはどうでもいい。


 でも、新型の魔導ライフルや爆薬には、興味があるかも。

 大戦の時に手に入れた最新型の連射式魔導ライフルなんて、引き金を引けば無尽蔵に弾を吐き出せたので、敵の殲滅効率が上がって超面白かった。




「よーし、それじゃあまずは服を着るか」


「……戦友、今すぐ向こうを向け」


「はいっ?」


 外に行くためには、まず服を着なければ。

 コールドスリープ装置の中では裸だったので、今の俺とチビ助はもちろん全裸だ。


 敵からも味方からも、戦争狂扱いされた俺とチビ助だが、ちゃんとした文明人だ。

 外を全裸で歩き回るなんて、アホなことはしない。



 俺の前で、チビ助は全くない胸を両手で覆い隠して、プルプルと震えた。



「今すぐ、向こうを向け!」


「へえへえ、どうせ10歳児の見た目してるくせに、恥ずかしがるような体じゃないだろ」


「やかましい!」


「グヘッ」


 俺は幼女の全裸を見て、興奮する性癖は持ち合わせていないのに、理不尽にも打たれてしまった。


 まったく、チビのくせに一丁前に恥ずかしがりやがって……


 俺がぶつくさと文句を言ってる間に、チビ助は服を着替えに行った。



「む、しまった。この基地には軍服しかないぞ。

 他に体を隠せるものと言えば、魔導甲冑しかない」


「あー、そりゃ不味いな」


 外の世界を、百年前の軍服で歩き回る。

 絶対に目立つな。


 それと魔導甲冑ってのは、戦略魔導歩兵である俺たちが装備する鎧の事だ。

 魔力によって強化されている鎧で、これを身に着けていると、並の銃弾は通らなくなるし、力も増強されて、トン単位の大岩をラクラク持ち運べるようになる。

 顔面部分もフルフェイスの兜(ヘルメット)で覆われていて、外の世界の光景を、魔導処理された映像(スクリーン)で、ヘルメットの内部から見ることができる。


 そんなもの、軍服以上に目立つな。

 軍事用の鎧なので、大慌てで憲兵が飛んでくるぞ。

 下手すれば憲兵どころか、軍隊の登場になりかねない。


「仕方ない、ズボンは軍服で、上はシャツで我慢するか。

 無駄にジャラジャラした階級章と勲章はいらんな」


 ガシャリと音を立てて、階級章と勲章を、地面に投げ捨てる音がする。


 俺も無駄に装飾されて重たいだけの勲章を持っているけど、チビ助も俺に負けず劣らずの勲章を付けている。

 従軍記念章だの、戦争英雄章だの、鉄血黒十字章だの、とにかく訳の分からない大量の飾りだな。



「こっちを向いてもいいぞ」


「へーい」


 やがて着替えが終わったようで、チビ助の許可が下りた。


 チビ助の方を見ると、なぜかまっ平らな胸を強調して、俺の方を威張った姿勢で見てくる。


 カーキ色をした軍のズボンに、白シャツという姿。

 金髪の髪を後ろで結んで、ポニーテールにしている。

 髪はくせ毛で、ウェーブを描いている。


 美少女と言ってやりたいところだが、見た目が幼女なので、少女という年齢にも届かない。



「どうだ、美しいと言え」


「……よし、着替えるか」


「戦友、妙齢の美女の体を見て、その感想はなんだ?

 少しは私の体を褒めろ!」


「無茶言うな。チビ助のどこに妙齢要素が……ウガッ」



 理不尽だ。

 幼女に発情する要素などないのに、殴られてしまった。



 こんなドタバタがあったが、その後は俺も着替えた。


「……貴様は、相変わらず見た目だけはいいな」


「そりゃどうも。と言っても、生まれた時からこの顔だから、俺にはいいのか悪いのか分からんな」



 近くに鏡があったので、そこで顔を覗いてみる。

 黒髪黒目の十代後半といった見た目の、青年の顔がある。


 身長は平均より高い方だが、長身というほどでもない。


 ただ、目が戦争でいっぱい人を殺しましたって感じの、鋭い眼光をしているので、笑顔で隠してみる。


 これで俺がイカレタ殺人狂には、見えなくなる。たぶん。


 人のいい優男、好青年感溢れる青年だ。



 祖国が健在だった頃には英雄扱いされて、老若男女を問わずに、キャーキャー言われて喜ばれていたからな。

 でも、国が敗北してからは、敵から空の大魔王、殺戮の悪魔、黒の厄災などなど、散々な言われようだった。





 この後俺たちは、衣服だけでなく、魔導甲冑に魔導ライフルなどの武具を手にして、それらを魔導量子ストレージにしまっていく。


 魔導量子ストレージは、腕に装備する携帯型の端末だ。

 魔導科学によって生み出された道具で、物質を量子レベルにまで分解することで、内部のストレージに物体を保存することができる。


 保存できる容量に限りがあるものの、ストレージ内に格納された物は非物質化しているため、重たいものをわざわざ持ち運ぶ必要がなく、大量の物を入れたまま移動することができる。


 取り出したい時には、再物質化することで、いつでも自由に取り出すことができる。



 なお、意外と高い。

 英雄と呼ばれ、大佐まで昇進した俺でも、1台購入しようとすれば、1、2年分の給料をつぎ込んでも、手が出ないほど高価だ。


 軍製品なので壊しても弁償の必要はないが、値段を聞いてからは、一時期おっかなびっくりで、扱いに気を付けていたことがある。



「爆薬だ、大量の爆薬だ!」


 さて、そんな魔導量子ストレージだが、チビ助が興奮した声で、次々に爆薬を放り込んでいた。

 入る量に限界があるとはいえ、そこは軍用品。


 一体何トン入れるんだってくらい、爆薬を入れ込んでいた。



 俺もチビ助も、英雄にして大量殺戮の大戦犯なので、これくらい普通のことだけど。




「てかチビ助。百年も置いてたら、湿気ってるんじゃないか?」


「安心しろ、この基地の最下層部は時間停止タイムストップの魔導術式が施されている。

 百年経っても、出来立ての状態を維持しているから問題ないぞ。

 もちろん、私たちの装備品も同じだ」


「そうなのか」



 なら、外に出てドンパチになっても、問題ないな。



 そう判断して、俺もチビ助に習って、爆薬をストレージの中に放り込んでいった。


 爆薬は、いくら持っていても困らないからな。

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