第3話  木島柚葉

「いただきます。」

「どうぞ~!」

にこにことこちらを見てくる。うーん、見られると食べにくいな。

「もー早く食べてくださいよ~」

「分かったって。」

一口、味噌汁を啜る。

その味噌汁は、懐かしいような、何かホッとする味だった。

「美味しい…」


朝から、あったかいものを食べたのはいつぶりだろう。いつもはコンビニで買いだめした、冷たいごはん。そのせいか、久しぶりに食べた味噌汁はよりおいしく感じた。

「でしょ~」

「久しぶりに温かい物を食べたよ。」

「え!?いつも冷たいもの食べてるんですか!?」

「そうだけど…やっぱり温かいほうがいいな」

「当然ですよ!?」


久しぶりに騒がしい朝だった。

いつもは時間ギリギリに起きて、冷たいご飯を食べ、出勤する。そんな毎日だった。

だが今日は、いつもより早く起き、温かいご飯も食べ、隣にも話す人がいる。

昔は、当然だったこの生活。だが、今となっては、特別な朝となってしまった。

「ごちそうさま」

「お粗末様~」


「そういえば、何時に出勤するんですか?」

「5時だよ」

「さすがブラック企業~」

「それ誉め言葉じゃないぞ」

「すみません~」

えへへ、と笑みを浮かべる。


そういえば、名前聞いてなかったな。

「お前、名前は?」

「あ、まだ言ってませんでしたね。」

「私は、木島柚葉!25歳です。」

やっぱり、兄妹なんだな。苗字が同じだし…

ってか、年が意外と近かくてびっくりなんだが…


「よろしくな。柚葉」

「よろしくお願いします!」

そういえば、何で敬語なんだろう。

「別に敬語じゃなくてもいいぞ」

「いや…それは…」

柚葉の表情が曇る。さっきまでの笑顔が噓のようだ。

何か触れてはいけないものだったか?


「まあお前がいいならいいけど」

「はい…」

ちょっと気まずい…

「あ。そろそろ行く時間だー。それじゃあ行ってくるぞー」

と渾身の棒読みを一つ。そしてすぐにドアを閉める。


ガチャ バタン

「はあ~…」

なんか聞いちゃダメだったのかなあ。

敬語にするかしないかなんてどうでもいいと思うんでけど…

もう考えてもしょうがないか。仕事に集中しなきゃ。


「おはようございます~」

今日はいつもより明るい声であいさつができた気がした。柚葉のおかげだろうか。

「あ。先輩~おはようございます!」

と一番先に、挨拶をしてくれたのは、部下の凛だった。

凛は、いつも真面目に仕事をしてくれる後輩だ。そして、俺のことをいじる唯一の後輩だ。


「おう!」

「なんかやけに今日、テンション高くないですか~?」

「そうか?でも、調子はいつもよりいいぞ。」

ばれてたか。そんなにわかりやすかったか?俺。

「先輩、彼女でもできたんですか~」

「この俺にできるとでも思うか?」

「あっ…それはないですねー」

酷すぎないか?本当に「理解しました」って感じの顔するのやめてよ。

「少し話しすぎたな。もう仕事につけよ」

「はーい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る