救われた魂 - 下
にんじんのポタージュは少しだけ焦げが浮いていた。けど、そんなの気にならないくらいに温かくて美味しかった。
「そうだ」
僕が、トマトジャムをスコーンに塗っていると、リュクレーヌが切り出した。
「都市伝説はもうあまり他言しないでくれ」
「え、どうして?」
「ファントムの事が知れるとファントムに接触しようとする奴も出てくる。今回のメリーさんみたいにな」
メリーさん……彼は僕の都市伝説の事を聞いて、ファントムに接触を図った。
取材としてファントムの記事を書くために。
だが、丸め込まれてマスカにされてしまった。
「それにファントムはわざわざ取材を受けていた。メリーさんを広告塔に使おうとしたんじゃないのか?」
「広告塔?」
「メリーさんに記事を書いてもらって、ファントムという存在を知らしめたかったんだよ」
「一体、なんのために?」
「決まっているだろ。マスカを増やすためだ」
新聞にマスカの都市伝説が載ることになると、都市伝説が事実となり多くの人がマスカの真実を知る。
真実を知った者の中に、転生を望む人が居たとしたら、その人はファントムと契約し仮面を買う事になるだろう。
「つまり……マスカの事が公になると、今よりたくさんの人がマスカにされちゃうかもしれないって事?」
リュクレーヌは「そうだ」と頷く。
「でも、奴の思惑は俺達のおかげで見事に失敗! 今日の新聞にはでかでかと俺達の活躍が書かれているはずだ!」
深刻なムードは一転、リュクレーヌは意気揚々とネオン新聞を開いた。
「依頼殺到したらどうしようか。楽しみ!」
捕らぬ狸の皮算用をしながら、新聞を捲っていった。
「って……あれ?」
「どうしたの?」
「書いてない? 嘘だろ! あんなに頑張ったのに!」
どうやら僕らの活躍はどこにも取り上げられていないようだ。
「どうして……」
「魔術師によって記憶を消された……か?」
記憶消去の魔術。そう言えば、魔術といえば……。
僕が気づくよりも先にリュクレーヌは事務所の電話へと一目散に駆けだしていった。
「もしもし、ブラーチ?! お前、新聞社の人達の記憶消しただろ? ったく、俺がせっかく頑張ったのに……って、え? そう、なのか?」
リュクレーヌはキッチンに居ても聞こえてしまう程の大声でブラーチさんに電話をしていた。
「ああ、そうか。ごめん。悪かった。じゃあな」
リュクレーヌは電話を切って、ゆっくりとキッチンへと戻ってくる。
「ブラーチさん、知らないって?」
「ああ、みたいだな」
肩をすくめながら、リュクレーヌは再び食卓へと着いた。
「ブラーチが知らない、という事は……」
彼は、ぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった。
「この街に、ファントム側の魔術師がいる?」
リュクレーヌは答えを出して、顔を上げた。
「それって、ファントムの仲間って事?」
僕は訊く。
──そんな。あんなに恐ろしい悪魔にさらに仲間がいるなんて、どうすれば
不安に押しつぶされるように俯くと、ぽん、と頭に手が置かれた。
「心配すんな、フラン。俺にだってお前がいる」
「僕? でも僕なんて、見習い兵で、射撃もうまくないし……」
「そんな事はどうでもいいんだよ」
リュクレーヌは僕の短所を遮るように言った。
「お前がマスカを救いたいって思ってくれれば、きっとなんだって出来るはずだ」
「リュクレーヌ……」
そう、だよね。だって──
「僕も、僕の事を信じてくれた名探偵がいれば、何も怖くないよ!」
「お、嬉しい事言ってくれるね」
リュクレーヌは照れ笑いを見せた。
「じゃあ、さ。フラン」
僕の目の前にリュクレーヌの右手が差し伸べられる。
「ん? えっと……?」
「握手だよ。握手」
僕は、戸惑いながら──いや、少し照れながら、リュクレーヌの手を取った。
「これから一緒に、マスカの魂救おうな!」
「うん!」
僕が笑顔で頷くと、リュクレーヌもつられるように、はにかんだ。
満月の瞳は一層輝いて僕の方を向く。
大丈夫。きっとリュクレーヌとなら、なんだってできるし、どんな敵にも立ち向かえる。
それが例え、魔術師でも、おぞましい悪魔でも。
「さて、今日もひと仕事するぞ!」
ルーナ探偵事務所はマスカの魂を救う為に、今日も営業開始だ。
「フラン、依頼は」
「来ていないね」
「依頼人は?」
「来ない、ね」
「……よし! 平和な証拠だな!」
フィジカルだけじゃなく、メンタルも滅茶苦茶強い名探偵は、とりあえず、紅茶をすすってスコーンを嗜む。
「うっま!」
「でしょ?」
リュクレーヌは綺麗な顔にジャムを付けながら笑った。
僕の使命はマスカを救う事。
それと、この笑顔を護る事だって、気づくのはまだ少しだけ先のお話。
マスカレイド・ラビリンス 宵之祈雨 @Kiu_Yoino
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