救われた魂 - 上

 火の玉のようなぼんやりとした物体が紺色の天空に向かって昇る。


 まるで夜空に浮かぶ満月を目指しているように。


「リュクレーヌ……何あれ?」


「魂……だな」


「魂?」


「あぁ、メリーさんの魂は、無事天に召されたんだよ」


「そっか……」


 マスカにされた魂は天に昇り、無事成仏したのだろう。


 昇天する魂なんて、初めて見た。マスカに支配されていた心が、無事救われた証拠なのかもしれない。


「ありがとな」


「え?」


「メリーさんの魂を救ってくれて」


 リュクレーヌは柔らかく微笑んで感謝の言葉を口にした。


 僕が、メリーさんの魂を救った。その事実だけで胸がいっぱいになりそうで、僕も頬が緩む。


 するとリュクレーヌは仕切り直すように「という事で!」と切り出した。


「お疲れ様。これで採用試験は終了だ」


 そうだ、これは試験だった。すっかり忘れていた。


「あの、結果は」


「ん? そうだなあ……」


 僕がおずおずと訊くと、リュクレーヌは考え込む。


 すると、瓦礫まみれの街の奥から「フラン!」と声を掛けられた。


 声の方を見ると、オクト曹長が雪を踏みしめながら僕達の元へと歩み寄る。


 そうか、通報があったからアマラ軍が来たのか。


「これは一体どういう事だ」


 思わず「オクト曹長?」と言いかけた。けど、慌てて口を塞ぐ。


 僕は、記憶を消されたことになっているんだ。忘れているふりをしなきゃ。


「おやおや、これはアマラ軍の皆さん。遅かったですね」


 リュクレーヌが僕の前に出て、代わりに対応してくれるようだ。


「貴様ら、何をした!」


「何って……マスカの討伐?」


 リュクレーヌは首を傾げながら、僕の方へ視線を流す。


「あ、うん……そう、です」


 僕がぎこちなく頷くと、オクト曹長は目を丸くした。


「ということはフラン、これはお前がやったのか!」


「ええと、まあ……はい」


 一応、肯定すると、オクト曹長はぱあっと目を輝かせて、僕の手を両手でガシッと握りしめた。


「すごいじゃないか! お前がこんなに強かったなんて!」


「え、ええ!?」


「もう一度軍に戻らないか?」


 ぐ、軍に戻る? 一度追放されたのに? なんか、ものすごい手のひら返しを見てしまった……。


 僕が困惑していると「ちょっと待て」と遮る言葉が低く響く。


「わっ!」


 リュクレーヌがニヤリと笑いながら、僕の手を取り、抱き寄せる。


「残念でした。こいつは、俺の助手なんだよ」


 助手。僕、助手になったの? という事は──


「じゃあ、試験は」


「合格だよ。文句なしの、な」


 僕が顔を上げると、リュクレーヌは白い歯を見せて笑いかけた。


「試験だと?」


「とにかく! こいつはもうアマラ軍には戻らないからな! ほら、帰った帰った」


 リュクレーヌは、怪訝な顔をしたオクト曹長に、しっしと手を払って追い返す。


「そうだ、手ぶらで返すのも申し訳ないな。お土産にこれをやるよ!」


 そう言って、一枚の紙きれ取り出して、オクト曹長に渡した。


「これは?」


「請求書だ。新聞社を壊した分の」


「なっ!」


「アマラ軍の方で払っておいてくれよ」


 オクト曹長は、紙きれを見て、まるで断末魔の様な悲鳴をあげた。


 ひ、ひどい。アマラ軍関係ないのに。


 ……でも、本音を言うと少しだけ胸がスカッとしたのは秘密だ。


「さて、俺達は事務所帰るぞ。これからよろしくな」


 リュクレーヌが手を差し伸べる。僕はその手を取ろうとした。


「うん……っ」


 したけれど──


「フラン!?」


 なんだ、これ──意識、が? 


 僕はその場に倒れてしまった。


◆◆◆


 ぼんやりとした視界がゆっくりと開く。


 白く、明るい光が差し込む。


「……朝?」


 僕は寝ぼけ眼で呟く。すると、ベッドの横の椅子に座ったリュクレーヌが「おはよう」と声をかけた。


「やっと起きたか」


 上体を起こして、辺りを見回す。綺麗に整頓された部屋だ。ベッドや机など最低限の家具がある。


 この景色には見覚えがある。昨日掃除した、生活スペースの一角だった。


「あれ、ここ、もしかして事務所?」


「俺がおぶって運んだんだよ」


「そうだったんだ……」


 なんだか申し訳なかった。せっかく雇ってもらえる事になったのに、気を失ったなんて。


「ごめん……」


「気にすんな。ブラーチ曰く、あの銃弾を撃ち過ぎた副作用だって」


「副作用?」


 リュクレーヌはブラーチさんのモノマネをしながら説明をする。


「一応、魔力が使われているものだからな。所有者に何かしらのエネルギー消費は起こる……だってさ」


 正直、似ていない。


「気づかなくて、ごめんな」


「あ、うん。大丈夫。気にしないで」


 謝るリュクレーヌに僕は両手を振って答える。



 その時、ぐう~と緊張感のない音が響いた。


 リュクレーヌは微笑んで、「朝食にするか?」と訊いた。


「うん」


「ちょうどよかった。昨日のスープ温めたんだ」


「そう、なんだ……」


 用意してもらって申し訳ないけど……だ、大丈夫かな?


 リュクレーヌ、料理全くしないって言っていたし。


「なんだよ、その顔。温めるくらいは、流石に出来るぞ。俺も」


 僕の不安は顔に出ていたらしく、リュクレーヌは子供が拗ねるように頬を膨らませた。

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